鬼神集う時代

 

第三話 泥棒娘ラディア
第三節 奪去

 

 サラマンドラ島の周辺には、石柱らしき物が沈んでいるのをいくつも目撃する。
 学者の説によると、もともとサラマンドラ島周辺は陸であり、火山の噴火が原因で水没したとのことらしい。
 石柱は、陸だった頃に建てられた遺跡の名残。
 死霊が待つカメ岩は、その名残が色濃く残る場所として学者が注目している。
 学者だけではない。遺跡と共に沈んだ財宝を目当てに盗掘も行われている。
 今、死霊の周りにはその財宝が積まれていた。
 人の手がなかなか入りにくい水没した遺跡も、霊であれば易々侵入できる。
 バカンスついでに、ありったけの財宝を盗掘してくるとは・・・やはり生前は大泥棒と言われただけはある。
 満月になるまでの暇つぶしとしては、盗掘は最適だ。彼にとっては。
「来たかラディア・・・」
 そして、もう一つの暇つぶしのタネが、船でやってきた・・・。
「グハハハハッ!!もうすぐ、俺様は生き返る!どうだ、うれしいかラディア!!」
 強欲の権化は、かつて娘だった者へ賛辞の言葉を求めた。
 普通の親子であれば、父親の復活に涙して喜ぶだろうが・・・。
「よく言うよ・・・・・・」
 ポツリと、一人つぶやく。
 親友から、神父から、みんなから寿命を盗み、自分の欲を満たす悪霊。
 人から盗むことを血で教え伝えた父親から、娘は盗むという強欲な行為がいかに悪であるかを教わった。
 盗むことで、生きながらえてきた。
 盗むことしか、できない。
 ならば、盗むことでみんなを救うしかない。
 だが、どうやって?
 寿命という形のない物を、人である自分はどうやって盗めばいいのか?
(あそこに寿命が貯まっているのかも・・・)
 餓鬼のように膨れた腹に、ハート型の器が浮き出ている。
 泥棒の勘が、あそこにお宝が眠っていると告げている。
(一か八か・・・)
 一世一代の大博打。
 生きるためにスリをしてきた娘が、強欲のためにスリをしてきた父親から盗みを働こうとした。
 結果は・・・
「何っ!?ラディア!おまえっ!!」
 失敗だった。
 手並みは鮮やかだった。
 油断していた悪霊から盗むのはそう難しいことではなかったが・・・
 実体の無い寿命を盗むということは、人の手に余る行為だった。
「今、俺様の大切な寿命を、盗もうとしやがったなっ!?」
 娘とは、無条件で父親の言うことを聞くものだ。
 そんな身勝手な考えを持った、名ばかりの父親は、娘の反逆に激怒した。
 まだチャンスはある。
 もう一度、スリを実行するラディア。だがしかし・・・やはりタダの人間である彼女に、寿命を盗むなど出来るはずもなかった。
「ムムムムムムッ!」
 二度もスリ取ろうとした小娘。もはや彼にとって言うことを聞く娘ではなくなっていた。
「どうやらに本気のようだなっ!ラディア!!」
 返事の代わりに、キッとにらみ返す。
「いいだろう・・・」
 もはや、少女の手を借りずともよい。寿命はすでに集まった。
「だがな!親子といえども、俺様のお宝を盗もうとする奴は・・・」
 親子であることなぞ、はじめから問題ではなかったかもしれない。
「絶対に許さん!!」
 問題なのは、自分に対して忠実なのかどうか。
 言うことを聞かない娘には、親としてしつけが大事だ。
「食らえっ!俺様の怒りのイナズマ!!」
 ガンッ!ガンッ!
「あっ・・・はずれちまった・・・」
 激しいイナズマは完全に的を外れ、周りに転がっていた石柱を砕くだけに止まった。
 だが、ラディアにとってはそれだけで身震いするほどの恐怖を与えられた。
 もちろん、それで許すつもりもなければ、逃げ出すわけにもいかなかった。
「え〜いっ!もう一発っ!!」
 バシッ!
 痛いとか、痺れるとか、そういった感覚はまるでなかった。あまりの衝撃のために、一瞬にして意識を失った
 声を発する間もない。
「それっ!もう一発っ!」
 バシッ!
 すでに意識のない少女に、無慈悲な一撃がまた加わる。
「もう一発だぁ〜!」
 バシッ!
 さらに一撃。
「グハハハハッ!!」
 自分の力を誇示することが楽しいのだ。
 与えた結果は二の次だ。
 少女がすでに動かなくなっていることなど、眼中になかった。
「どうだ?俺様の怒りのイナズマは?」
 動かない少女に声をかける。
「しびれるぐらいグッときただろうっ!」
 ちょっとしたユニークを織り交ぜるも、聞く者は誰もいない。
「んっ?ラディア?」
 反応がないことに、ようやく気がつく。
「ラディア!!」
 呼びかけど、声が無情に霧の中を木霊するだけだった
「・・・・・・」
 自分のしたことを振り返る。
「グハハハハッ!!ひょっとして、死んだのか?」
 そこに、後悔などあるはずもない。
 ただ、自分の大切な物をふてぶてしくも盗みだそうとした罪人に、罰を与えたに過ぎない。
「おろかな娘だ・・・おまえの汚らわしい死体など、その船とともに流してくれる」
 死んでしまえば、それはタダの屑。
 リゾート地は綺麗にしなければならない。この地を活用する者としては、清掃は常に心がけなければならないマナー。
 かつて娘であった塵を、古びた船に積み込む。
「地獄にでも流れ着くがいい!グハハハハッ!!」
 ゆらゆらと、木の葉が水面を揺らぎながら流れていった。
 その先では・・・大悪魔が待っている・・・・・・。

「ラディア・・・ラディアよ・・・・・・おのれの体に流れる・・・父と同じ泥棒の血が憎いか?」
 夢を見ていた。
 ここ最近、毎晩見る夢だ。
 映像は・・・ない。
 ただ、声だけが響く。
「ならば、火口に飛び込むのだ」
 一瞬、氷の女神像が浮かび上がる。
 あぁ、そうだ。
 ラディアは思い出していた。
 夢で女神像を何度も見るから、欲しくなったんだなぁ。
 鍵は四つてに入れた。
 後は、鍵を外して手に入れるだけれなのに・・・。
(欲しかったなぁ・・・)
 みんなを救うことよりも、なんとなく女神像の方が気になった。
 何故だろう?
 それは・・・まだ救うチャンスが残されているから。
「ラディア!ラディア!」
 夢で聞いた声とは違う・・・現実から呼び戻す野太い声。
「誰・・・」
 次第にはっきりしていく意識。
 うっすらと開かれた瞳には、無骨ながら心配そうにのぞき込む大男の顔があった。
「ゴメス・・・」
 どうやら、ここは地獄ではないようだ。
 自分を助け出した大男は、鬼のような面構えではあるが。
「助かった・・・みたいだね。わたし」
 辺りを見回す。
 どうやら、共同墓地まで流れ着いたらしい。
 あるいは、ゴメスがここまで運んだのか・・・。
「どうよ、俺が救いの天使に見えるか?」
 ラディアに肩を貸し、助け起こす。
「・・・・・・こんなごっつい天使がこの世にいるならね・・・」
 立ち上がる際に、すこしよろめく。
 それは、まだ回復しきれていないからなのか?それとも、不気味な天使を想像してなのか・・・。
「ラディア・・・これからどうするかは、おまえ自身で決めるんだ・・・」
 助力はここまでだ。と、訊かれもしない内に宣言をする。
「そのために、おれはおまえを助けたんだからな」
 ラディアも、なんとなく覚悟していた。
 盗み返さなければならない寿命。それを所持しているのは父親。
 だから、自分がやるしかない。・・・・・・とは、考えていなかった。
 けじめ。
 事の始まりは、自分が悪霊の墓を暴いたこと。そして、手クセが招いた寿命の奪取。
 血の繋がりだとか、元々こだわってはいない。
 自分は自分。だから、けじめを付ける。
「火口に飛び込め・・・か・・・」
 けじめを付けるにも、何をしていいか判らない。
 ならば、夢のお告げに従うしかないだろう。
「あぁ、そうだ。これを持ってけ」
 不意に、ゴメスが一体の像を差し出した。
 それは、マデラにあるはずの氷の女神像だった。
「どうしたの!それ!」
 あわてて、自分の懐を探る。
 集めた4つの鍵がなくなっている。
「お前が気絶している間な、俺がお前の代わりに取って来てやったんだ
 じゃら、と、鍵をお手玉のようにほおって見せる。
「・・・・・・変な事しなかったでしょうねぇ!」
 鍵がゴメスの元にある。ということは、ゴメスはラディアの懐から鍵を取っていったということで・・・
「ばっ!なんもしてねぇよ!」
 みるみるうちに、顔を真っ赤にする。まるで、赤い旗をちらちらと見せつけられ興奮する闘牛のように。

 女神像は、その大きさからは想像できないほど軽かった。
 魔晶石で出来ているというだけあって、質量はさほど無いようだ。少女が片手で持てるほど軽いのだ。
 抱える脇の下が、ヒンヤリと涼しい。
 火口に近づけば近づくほど、熱気がまるで形をなして迫ってくるようだ。
 だが、その熱気も女神像のおかげでかなり和らいでいる。
 普通なら近づくことも困難な火口に、あっさりと登り切ることが出来た。
「問題は・・・ここからよね・・・」
 いくら女神像があるからと言って、このまま火口に飛び込んでは溶岩に溶かされるだけである。
 ふと、頭にイメージが沸いた。
 夢で見たイメージ。
「たしか・・・」
 火口に女神像を掲げる。
 夢で見たイメージ通りに
 氷の女神像が、青白い光に包まれはじめ、独りでに火口へと飛び込んでいった。
 シュウゥゥゥゥゥゥ!
 けたたましい、何かが蒸発するような、凍り付くような、そんな音が火口から吹き出してくる。
 熱気と冷気が、強風となり交互に襲いかかる。
 しばらくして・・・熱気も冷気も感じなくなった。
 火口をのぞき込めば、溶岩が完全に固まっている。
「これなら行ける・・・けど・・・」
 熱気や溶岩の問題は片付いた。だが・・・
「この高さに飛び込めっていうの?」
 そこが見えない火口の中に飛び込むなど、自殺行為に等しい。
「・・・・・・・・・・・・迷ってても仕方ないか」
 恐くないと言えば嘘になる。だが
「なんとかなるって」
 楽観的に考えた方が、物事というものは何かと進みやすい。
「・・・・・・えぇーい!!!」
 助走を付け、一気に火口に飛び込んだ。

 火口の中は、洞窟になっていた。
 一見して、天然の洞窟のようにも見えるが・・・
 溶岩をせき止めるように出来た道,柱を出し入れするスイッチ。
 明らかに、人の手が加えられている。
 これも、遺跡の名残なのだろうか?
「考古学者が見たら、泣いて喜びそうね」
 残念なことに、彼女は泥棒だった。興味あるのは、歴史が残した文化よりも財宝の方である。
「ま、財宝はあてに出来ないけど・・・」
 と言いつつ、自分よりも先に火口に飛び込んだ先客を抱え込み、道なりに先を目指す。
「手クセ、直しに行きましょうか」
 途中に少なからず点在した財宝を手にしながら・・・。

 先には、奇妙な球体に囲まれた巨像が待ち受けていた。
「あれはたしか・・・」
 神話や聖書に興味はない。が、教会で生活している以上、何度か目にすることはある。
 大悪魔ラージン。
 教会の礼拝堂の前に置かれた石版。そこには、全能の神ダイオスと大悪魔ラージンの戦いが描かれていた。
 目の前の巨像は、そのラージンの顔をかたどったものに間違いない。
「・・・よくぞ・・・来た・・・・・・魂を受け継ぐ者よ・・・」
 声がした。巨像から。
「・・・今こそ、封印を解こう・・・」
 巨像を囲んでいた球体が次々と消え失せていく。どうやら、これが封印だったようだ。
 ああ、そういえば・・・
 ラディアはまた、夢のことを思い出していた。
 どこかで見た光景。
 だから・・・なのだろうか?あまりに唐突で奇妙なこの現象を、冷静に受け止めていた。
「ラディア・・・・・・ラディアよ・・・」
 巨像が呼びかける。
 つられて、一歩二歩と巨像に近づいていく。
「・・・ラディアよ・・・・・・・・・鬼神の魂を受け継ぐ者よ・・・」
 鬼神?魂を受け継ぐ?
 意味は判らない。
 だが、なぜかすんなりと自分のことなのだと受け入れられる。
 まるで、運命を掲示され、それに従う殉教者のように。
「おまえの悪い手クセは私が預かる。これで・・・二度と不要な盗みをすることはあるまい・・・」
 不意に、巨像の頭上に煌めく光が集まっていく。
 その光は、次第に形を形成していき、一つの紋章が出来上がっていく。
「・・・おまえの・・・能力を・・・今・・・覚醒・・・させん・・・」
 フォックスのエンブレム
 それが、ラディアを象徴した紋章であり、彼女の運命。
 紋章を受け取った瞬間、眩いばかりの光が彼女を包む。
 これで、不要な盗みはしないだろう。
 何故か自覚があった。
 もっとも、だからといって盗みそのものを封印されたわけではないようだ。
 泥棒は、やはり泥棒なのだ。
 それもまた、運命。
「せめて、怪盗って名乗ろうかな」
 それもいいなと、自分のジョークに軽く笑ってしまう。
 女狐。怪盗。
 自分には、よく似合っているかも知れない。
「・・・12人の・・・仲間を集め・・・大悪魔ラージンを・・・復活・・・させよ」
 ラージンが最後の言葉を残し、気配を消していく。
 巨像はまたそこにある。
 だが、役目は終えたとばかりに、ただ黙って立ちつくすだけだった。
 もはや、何も語ることはない。
「さて・・・世紀のヒロイン怪盗ラディア様が、大悪党ラディガンから、みんなの宝石を奪い返しに行きますか!」
 自慢のマントを翻し、さっそうと駆けていった。

 洞窟の先は、やはり遺跡につながっていた。
 どうやら塔のようだ。
「ここを登り切って、まずはここから脱出しますか」
 脱出しないことには、ラディガンとの対決もない。
 だが、塔を登り切った先では、意外なものが待っていた。
「んっ!生きてやがったか!運のいい奴め!!」
 頂上の先は、カメ岩だった。
「また何かバカなことを、やりに来たのか?」
 人の子に、何が出来るか?
 人を超えた力を得た悪霊は、余裕だった。
 だが・・・
「さて、どうかしらね・・・」
 ラディアは人の子であると同時に、鬼神の魂を受け継いでいる。
 覚醒した今のラディアもまた、人の力を超えている。
「こんな具合に・・・わりと簡単なものよ」
 ラディアの読みは当たっていた。
 浮き上がったハート型の器に、寿命は蓄えられていた。
 それをスリ取ることは、先ほどまでのことが嘘のように、あっさりと手元に引き寄せることが出来た。
「グッ!!」
 寿命を力にしていた悪霊は、その力を奪われたことで低級霊へと姿を変えていった。
「どう?ダイエットに成功したご感想は?」
 目の前にいるのは、やせ細った哀れな罪人。
「寿命・・・お、俺様の寿命っ!!かっ、返しやがれ!」
 泥棒にとって、自分の所有物を奪われるほど屈辱的なことはない。
 たとえそれが、元は他人から奪ってきたものだとしても。
「ラディア〜〜ッ!!」
 怒り狂う低級霊は、叫きながら迫ってきた
「あらあら、やめときなさいって!」
 両手にナイフをかかげ、迫り来る霊に一瞥をくれ台詞を吐く。
「このラディア様になぐられたら痛いわよ!!」
 どうも、泥棒の才能ばかりを受け継いだ訳ではないようだ。
「今度は手加減しねぇぞ!」
「手加減なんかしてなかったくせに!」
 壮絶な親子喧嘩が始まった。
 爪を立て、襲いかかるラディガンの攻撃を軽々とかわす。
 隙をついてナイフの閃光がラディガンを襲う。
 が、お互いなかなか決定打が与えられない。
「なら・・・」
 懐から、魔晶石を取り出す。
 モンスターから必要があって盗み取っていた魔晶石を、三つ重ね合わせる。
「リーフン!」
 魔晶石による攻撃は、的確に敵を捉える。
「グッ!な、何っ!!」
 ただの小娘と思っていたが、まさか魔法を使ってくるとは・・・
「ラディア!ここからは、本気で行くぞっ!!」
「口ばっかりの男は嫌われるよ!」
 だが、口ばかりでもなかった。
 強烈な体当たりがラディアを襲う。
「うっ・・・」
 さすがのラディアも、これは効いた。
 しかし、チャンスでもあった。
 勢いのありすぎた体当たりは、体勢を立て直すのに時間がかかる。
「隙だらけね!」
 隙を逃しては、泥棒・・・いや怪盗とは言えないだろう。
 煌めく閃光が一つ。ラディガンを襲った。
 そして懐からは魔晶石を盗み出す。
「ラディア、いいかげんにしろっ!俺様の寿命を早く返しやがれ!」
 深手を負った霊が、吠える。
「盗人猛々しいわね!」
 盗人が吠える。
「これで・・・・・・トドメよ!」
 ズシャッ!
 鋭い音と共に、決着が付いた。
「チクショーッ!もう少しで俺の野望が・・・!!」
 無念の叫びが、霧の中に木霊する。
「実の父親に、こんなひどい仕打ちを、するとはっ!!」
 実の娘を塵屑同然に扱った父親がよく言えたものだ。
「親子の絆ってこんなものなのかっ!」
 体が消えかかる中、不条理を訴え続ける
「絆なんて・・・」
 血の繋がり。ただそれだけ。
「ケケケケ・・・ケケ・・・ケ・・・」
 消えかかりそうな体を必死に保ちながら、しぶとく吠え続ける。
「ラディア・・・お父さんはさみしいよ・・・」
 娘に倒された事がか?いや、違う・・・
「チクショ〜!長生きしたかったよ〜!!」
 寂しいのは、野望を果たせなかった事。
 最後の断末魔と共に、体が光に包まれ四散する。
 と、同時にラディアの手元にあったみんな寿命が、マデラの町へ飛び立ち、光の雪を降り注ぐ。
「これでよし。っと」
 ヒロインはマントをはためかせ、カメ岩を後にした。

 マデラに戻る前に、ラディアは寄り道をしていた。
「父親なんて・・・」
 ラディガンの墓の前で、一人愚痴る。
「結局さ・・・イヤでも私は、ラディガンの娘なのよね」
 その事実は変わらない。
「親子の絆がどうとか、いってたね」
 父の死に際・・・もっとも霊となっていた父親は、すでに死んでいたと言えるのだが・・・断末魔に残した言葉を思い出していた。
「よくわからないよ。あんたは何も、してくれなかったしね」
 そういいながら、墓石に供えてあったマントを取り出す。
「ただね・・・どうせイヤでもラディガンの娘なら、それはそれでいいかなって」
 取り上げたマントを羽織る。
「親子の絆なんて、あんたとはあってないようなものだけど・・・せめて、形見くらいは持ってあげるよ」
 墓に背を向ける。
 かつて父が身につけたマントをなびかせながら。
「じゃあね・・・」
 親友と神父の待つ町へ、ラディガンの娘は帰っていく。
 その際、背中からこんな声が聞こえたような気がした。
「それ、パパと思って大切に使ってね?じゃ、シーユーアゲイン!」

「ありがとうな!ラディア!!みんな、ラディアのおかげさ!!」
 町を救ったヒロインを出迎えたのは、親友一人だけだった。
「なによぉ、みんなの寿命を取り返してあげたって言うのに・・・歓迎はこれだけ?」
 ちょっとふてくされながらも、まぁそれも仕方ないかとあきらめる。
 なにせ、町の人たちは「ラディアが町の人を老人に変えた」と勘違いされていたのだから。
 もっとも、それはラディガンの宣言のおかげで、誤解は解けているのだが・・・それでも、警戒こそすれなかなか歓迎は出来ないだろう。
 ラディガンを倒して寿命を奪い返したのがラディアだと、知る者は親友一人だけである。
「ところでラディア、町の奴らが女神像がないって騒いでるんだけど知らない?」
 二人の視線が、ラディアの脇に抱えられた像に注がれる。
「あははははは・・・」
「・・・って、持ってるじゃん。ヤバいぞ、早く戻してきな」
 バツが悪そうに、笑うだけのラディア。そんな彼女に対して、一応警告だけは発する。
 ただ、それでラディアが素直に返すとは思っていない。
 欲しい物を手に入れたら、そうそう手放す性格ではない。それを知っていたのだが・・・。
「そうだね・・・ちゃんと返しておかないとね」
「え!?」
 ラディアからの返答は、意外なものだった。
「じゃ、これ返してくる。またね!」
 女神像を抱えながら、駆けていった。
「・・・何かあったのかなぁ・・・・・・」
 ラディアの笑顔が、やけにいつもより嬉しそうだった。

「これでよしっと・・・」
 女神像を所定の位置に戻したラディアは、ほっと胸をなで下ろした。
「ふぅ・・・長い一日だった・・・」
 すでに日も暮れ始めている。
 ゴメスに出会うという、日常と異なる出来事からここまで、それこそ非日常的な出来事の連続だった。
 しかし、それこそラディアにとって運命の起点となることばかり。
 そして・・・平凡な日常の終わりを告げていた。
「いや〜、ご苦労様でした、ラディアさん」
 不意に、聞き慣れない声がラディアに向けてかけられる。
「さあ、どうぞこちらへ!」
 声と共に、足下から青白い光が放たれ、ラディアを包んでいく。
「何?何?何?何?」
 訳もわからぬまま、光はラディアを包んだまま、まるで水滴がこぼれ落ちたように地面に広がり、消えていった。
「ラディア、さっきいい忘れてたんだけど・・・」
 ラディアを追いかけて親友が声をかけたときには、もうラディアの影すら見あたらなかった。
「ラディア?どこに行ったの。ラディア?」
 忽然と消えた親友を、必死に探すが・・・返事はない。
「ラディアァァァァァァァァァ!!」
 町に、ラディアの名が木霊するだけだった。

「お待ちしていましたよ、ラディアさん」
 見慣れない場所。
 だが、何となく懐かしい匂いのする場所。
 そこで、声の主・・・小太りの怪しげな男が、ラディアに声をかける。
「どこ?ここは・・・」
「今日からここがあなたの家です」
 ラディアの問いに答える男。だが、ラディアにとってそれは答えになっていない。
「ほら、お仲間の人も、出迎えに来てくれましたよ」
 ラディアの困惑を無視して、彼は仲間だという人を招き寄せた。
「ようっ!ラディア」
「ゴメス!」
 そこには、厳つい大男が立っていた。
「やっと来たか・・・まぁ、なんでこんな事になったのか、訳がわからねぇだろうが・・・」
 本当にわけわからないわよ・・・
 そう言いたげな、きょとんとした顔でゴメスを見つめる。
「これでよかったんだよ、これで・・・」
 なにがよかったのか、さっぱり判らない。
 ただ、今までとは違う、新しい日常が始まる。
 そんな予感だけはしていた。

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