鬼神集う時代

 

第一話 めざめよ、ゴメス!
第三節 めざめ

 

 ドンッ!
 背中に強い衝撃を感じ、気がついた。
「・・・ここは・・・・・・」
 どうやら、鉱山の中らしい。
 切り取られた岩盤は、間違いなく鉱石を発掘するために作られたものだ。
「見覚えのない場所だな・・・」
 鉱山はゴメスが数日働いていた場所。至る所をかけずり回っていたゴメスですら、見覚え無い場所とは?
「なんだ?これ・・・」
 第2号道 ここは閉鎖されました。
 ゴメスが見つけた立て看板には、こう書かれていた。
「なるほど・・・あそこから落とされたって事か・・・」
 ゴメスの遙か頭上から、日の光が漏れている。
 どうやら、ゴメスは閉鎖された坑道に幽閉されたらしい。
「この高さじゃ・・・ちょっと無理か・・・」
 とてもじゃないが、素手で落とされた穴から這い出るのは不可能。それほど天井の穴は高い。
「何か道具でも探すか・・・」
 じっとしていても、始まらない。
 じっとしていても、マーシャを助け出すことは出来ない。
 行動を起こす。今出来ることはそれだけだ。
「坑道なんだ。ツルハシでもロープでも落ちてりゃいいがな・・・」
 注意深く、落ちているものに目を光らす。
 だからであろめうか、崩れかけた地面には気が回らなかった。
 ガラッ!
 気がついた時には、ゴメスの足下に地面はなかった。

 ドンッ!
 二度目の落下。
 あまりにも強い衝撃に、一瞬気を失ってしまう。
 その「一瞬」がどれくらいの時間であったのかは解らないが、落ちてきたゴメスの周りを、不思議そうに何者かが取り囲むには充分な時間であった。
「・・・にんげん、か?」
 しわがれた子供の声。あえて表現するならば、こう説明するのが適切だろうか?
 聞き馴染みのない声が、ゴメスに投げかけられる。
「かぶる?」
 意味不明の言葉。動詞なのだろうか?
「がぶるっ!がぶっ〜!」
 がぶっ!
 さして痛くはなかったが、ゴメスの目を覚ますには充分な刺激だった。
 どうやら、「がぶる」とは「かぶりつく」という意味のようだ。
「・・・?こいつ、へん。にんげん・・・ちがう!?」
 確かに、ゴメスは人間離れした筋力と体力を持ち合わせている。が、どうやらそういった意味ではなく「本当に」人間では無いという意味なのか?
「・・・人聞きの悪いことを・・・」
 「人間じゃ無い」という意味はともかく、ほめられている気はしない。
 二度も打った腰をさすりながら、ゴメスは立ち上がった。
 彼の周りには、毛で覆われた子供のようなものたちが、わらわらと集まっていた。
「なんだ?こいつら・・・」
 しわがれた子供。声だけでなく、彼らの容姿を表す際もこの表現がおそらく適切だろう。
 彼らを被う毛は一匹一匹・・・いや、一人一人と言うべきか?ともかく、彼らはそれぞれ毛の色が違う。それだけでも決定的に人間ではないと判断できる。
 だが、もう一つ人間と異なるものがあった。
 頭に一本の角が生えているのだ・・・。
「ガブリ・・・?」
 子供の頃、よく聞かされたおとぎ話に「ガブリ族」という鬼の一族が出てきた。彼らの容姿は、そのガブリ族のまさにそれだ。
「がぶり。おれ、がぶり!」
「おれも、がぶり!」
「がぶり〜!!」
 ゴメスの言葉を繰り返しているだけかもしれないが、どうやら彼らはガブリ族で間違いないようだ。
 おとぎ話が現実のものならば、彼らは大悪魔ラージンに寄生していた鬼で、人を食するとも言われている。
 とすれば、彼らがゴメスを「がぶった」のも納得がいく。
 では何故、彼らはゴメスを「がぶる」のを止めたのか?
「おれ、さんく。おまえ、まずい。にんげん、ちがう・・・」
 彼らの中のリーダー格と思われる真っ白なガブリが、ゴメスを指さしながら答える。
「・・・きしん・・・?おまえ、きしん!」
 鬼神?
「うんめい!がぶり、なかま!」
 運命?仲間?彼らは何を言いたいのか、伝えたいのか、ゴメスにはさっぱり解らない。
「・・・なかま?」
 別のガブリがつぶやく。
「・・・なかま!」
 また別のガブリが同調する。
「なかまーっ!」
 ガブリ達が一斉に叫ぶ。
 よくはわからないが、どうやらゴメスはガブリ達に仲間と認知されたらしい。
「どうなってんだよ・・・・」
 マデラに来てからというもの、立て続けにいろいろなことがゴメスの身に降りかかった。
 その中でも、今この状況が一番理解できないでいる。
「おまえ!うんめい!はなせ!ちょうろう!」
 長老か・・・彼らよりは話が出来そうだ。
 とりあえずゴメスは、長老とやらの話を聞くことにした。おそらく、長い髭を蓄えた、他のガブリとは明らかに異質のガブリが長老なのだろう。
「・・・あんたが長老か?」
 長老らしきガブリに声をかける。
 髪なのか髭なのか、毛で覆われた顔の中からほんの少し見える目を輝かせ、歓迎の言葉を述べる。
「よくきた。はいれ。めざめろ。うけいれろ。おまえの、うんめい」
 他のガブリ同様、片言の言葉で語りかける。だが、他のガブリよりは聞き取りやすい声だ。
「入れって・・・どこにだよ」
 長老は黙って、持っていた杖で方向を示す。
 そこには、さらに奥へと続く穴があいていた。
「あそこに行けって事か・・・」
 長老は黙ってうなずいた。
 鬼神。運命。仲間。
 漠然と、ゴメスはその穴の向こうで「何か」が待っているのを感じた。
 答え。
 その「何か」は一つの答えを導き出してくれるかもしれない。
 何に対する答えを?
 それは解らない・・・。
 ただ、ゴメスはこれだけは確信していた。いや、明確に確信したわけではないが、彼の勘がこう告げていた。
 また面倒なことになりそうだ・・・と。
「・・・よくぞ・・・来た・・・・・・魂を受け継ぐ者よ・・・」
 穴を抜けていくと、どこからともなく声が聞こえてきた。
 目の前には、青白く光る大きな玉がずらりと並んでいる。
「・・・今こそ、封印を解こう・・・」
 誰の声なのか?どこから聞こえるのか?普通ならそういった疑問がわいてくるものだ。
 だが、ゴメスは何故かこの声を素直に受け止めていた。別段気にもならなかった。
 なにか、不思議な感覚が彼を包む・・・。
 シュッ!シュッ!シュッ!
 目の前の大きな玉が、音を立てて次々と消えていく。
「・・・ゴメス・・・・・・ゴメスよ・・・」
 全ての玉が消えた先には、巨大な顔面像が建っていた。
 大悪魔ラージンの顔面像。
 ゴメスはダイオス教典に詳しいわけではない。
 ラージンに関して知る知識は、微々たるものであり、どんな姿をしていたのかなど知る由もなかったはずである。
 だが、彼は目の前の像がラージンのであることを確信していた。
「・・・ゴメス・・・・・・鬼神の魂を受け継ぐ者よ・・・」
 語りかけているのはラージンなのか?それとも・・・
 ただ、ゴメスは声に聞き入るばかり。
「・・・おまえの・・・能力を・・・今・・・覚醒・・・させん・・・」
 パッと、像の目の前に何かが光と共に現れた。
 巨大なエンブレム。
 ゴメスはその光景を、ただじっと見守っていた。
 エンブレムは徐々に小さくなり、静かに、ゴメスの頭上まで降りてきた。
 何かの儀式のように、ゴメスはそのエンブレムに手をふれる。それがまるで当然のように。
 カッ!
 刹那、まばゆい光が洞窟全体を被った!
 「何か」がゴメスの中で目を覚ました。
 これが、像の言う「能力」の覚醒なのか?
 今までにない「力」を感じる。
「・・・12人の・・・仲間を集め・・・ラージンを・・・復活させよ・・・」
 光の収まりと共に、ラージンの顔面像が語りかけた。
 そして、あたりは静けさを取り戻した。
「・・・・・・なんだったんだ?いったい・・・」
 夢から目覚めた。そんな軽い脱力感がゴメスを包んでいた。
 夢だったのか?いや、夢ではない。
 その証拠に、彼の手にはバッファローのエンブレムが握られていた。
「鬼神・・・・運命・・・仲間・・・・・・」
 面倒なことがまた始まった。
 やれやれ、と苦笑いを浮かべてみるものの、あまり嫌な気はしない。
 むしろ、これからの運命とやらを楽しんでみたい。そういう気すら起きている。
「さて・・・あとはどうやって、この洞窟から抜け出すか、だな・・・」
 急がないとマーシャが危ない。
 だが、不思議と今度こそマーシャを救い出せる自信があった。
 根拠はないが、確かな自信を。

「待ってましたよ、ゴメスさん」
 ガブリに教えられた抜け道を出ると、そこは鉱山の入り口だった。
 いつもならシーズが待っている入り口には、何故かバントロスが待ちかまえていた。
 まるで、ゴメスがガブリの洞窟から戻ってくることを知っていたかのように。
「おいおい・・・まだオーガストーンは見つけてねぇぜ」
 オーガストーンのコレクターであろうバントロスを、あまり歓迎できない。
 この男がすぐに現れなければ、マーシャがさわられることもなかったのだから・・・
「そんな、怪訝そうな顔をしないでくださいよ。ゴメスさん」
 愛想のいい男は、何がそんなに嬉しいのか、満面の笑顔でゴメスに近づいてきた。
「いやぁ、聞きましたよ。オーガストーンがないばっかりに、マーシャさんさらわれてしまったんですって?」
 笑顔でさらりと言い放つ。
「てめぇなぁ・・・
 普段なら胸ぐらをつかんで怒鳴り立てる所なのだが、何故かそんな気が起きない。そういう雰囲気を作り出すのが上手いのだ。バントロスは。
「いやいや失礼。私だって、すまなかったなぁと思っているんですよ?」
 どうも嘘臭い。
 このインチキ臭さが、起こる気力を減退させるのだろうか。
「ですから、ゴメスさんの力になろうと、こうしてやってきたという訳なんですよ
 なにか別の意図があるように感じる。
 しかし、そこを問いただす気も起きなかった。
「で、俺のためにどんな力になるって言うんだ?」
 ぶっきらぼうに言い放つ。はっきり言って、あてには出来ない。
「実はこっそり調べたんですがね・・・」
 急に声のトーンを下げる。重大な情報を教えるんですよ?という雰囲気を作り出そうとしているのだろうが、どうもインチキ臭いこの男がやると、よけいインチキ臭くなるだけである。
 だが、彼がもたらす情報は、本当に重要なものだった。
「去年、マデラであった大火事は、なんとガルードのしわざだったんですよ!」
「なんだと!」
 大火事は、ブイが借金を背負うことになった重要な事件。それを金を貸したガルードが行っていたという事は・・・。
「ブイじいさんに借金させ、マーシャさんを手にいれようとしたんです」
 そういうことか。
 全ては、ガルードの策略によるものなのだ。
「あのやろぉ・・・ふざけやがって・・・・・・」
 拳が怒りで震える。
「私はこれから警察に行って、全てを話してきます。ゴメスさんは、一刻も早く、、ヨークの町へ」
 一人冷静なバントロスが、ゴメスが次に向かう道を示す。
「ヨークへ?」
「連中は、そこから船で逃げるつもりです」
 船で逃げられたら、もう手出しできなくなる!
「今度は、いくら暴れても大丈夫。フレ〜フレ〜ゴメスさんですな。・・・アハハハハ」
 バントロスの気の抜ける応援は、もうゴメスの耳には届いていない。
 全速力で、ゴメスはヨークに向かった後だった。
「そう・・・鬼神の力で暴れても・・・ね」
 にやり、と誰もいなくなった鉱山で、一人つぶやいた。
「・・・さて、私らも行きますか」
 バントロスの言葉に応じるかのように、ゴメスが抜けてきた穴からガブリがぞろぞろと這い出てきた。
「では参りましょう。私らの運命の大地へ」
 まるでモーゼのように、ガブリ達を引き連れ歩み出すバントロス。
「・・・おっと、その前に・・・警察に行かなければなりませんでしたね」
 このとぼけた男が、群衆を導くような指導者になれるわけもなかった。

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