HUNTER DAYS FACTER

夜を刈り取る黒い走狗(イヌ)
闇を迷うものと過去に苦しむもの

 クーゲルの目の前に、身の丈数十メートルの巨大なバケモノが居る。
 シグマが、JOKERが、ガングレイブが、次々と倒れ、残されたハンターズ(女性)も追い詰められている。
「それ以上はさせねぇゼ!!」
 颯爽と登場したクーゲルのウォルスMK-IIが正確に相手の頭部を砕き、巨大なバケモノがその場に倒れ、消えて行く。
「サンキュー!クーゲル。助かったわ♪」
 サイカが、セツが、クーゲルに駆け寄り、抱擁とともにお礼の言葉を告げる。
「だはははははー!!任せてくれっての!!」
 クーゲルがそう言ってだらしなく顔を弛緩させながら笑ったときだった。
“キタレ・・・”
 それは、“声”だった・・・。
「ん?」
 きょろきょろと辺りを見回す。しかし、声がどこから来たのかわからない。いつの間にか女性ハンターズも、倒れていた男性ハンターズも消え、辺りの地形も鬱蒼とした森林区画ではなく、荒廃しきった大地に変わっていた・・・。
「な・・・何だぁ・・・?」
 動揺しているクーゲルに、再び声が聞こえた。
“ここへ・・・早く・・・来て・・・”
 いつの間にか目の前には一人の女性が背を向けて立っていた。クーゲルは、多少いぶかしみながらもその女性に近づく。気のせいだろうか・・・クーゲルはどこかでその女性の姿を見た気がしていた・・・。
「お嬢さん、来ましたよ。貴方の味方、クーゲルが!」
 ポーズをつけて気取ってみせるクーゲルに、その女性は振り返り様に抱きついた。そのままクーゲルの胸に顔をうずめるようにして抱きしめてくる。
「なかなか積極的なお嬢さんだ・・・素敵ですよ・・・そういうの・・・」
 クーゲルがその女性の肩に手を添え、顔を見ようと身体から離した。
 その女性の顔に当たる部分には、闇が広がっていた。黒々とした闇の空間が広がり、侵食し、その女性を包み込もうとしている。
“ハヤク・・・ココマデ・・・キテ・・・”
 その女性の手がクーゲルの手を頼りなげに握り締める。
“ハヤク・・・ココマデ・・・・・・”
 壊れたテープレコーダーのように繰り返し繰り返し続く言葉の余韻を残しながら、クーゲル自身の意識が光の中に溶けて行こうとしていた・・・。
「待った!!・・・キミの名前は・・・!!」
 クーゲルの声に、その女性が絞り出すように言葉を紡いだ・・・

「げぐぶふぅ!?」
 腹部への痛烈な一撃とともに、クーゲルは眠りから引き起こされた。
「起きたか?クーゲル」
 腹部にめり込ませていたセーフティブーツ(つま先を防護するために鉄板で固めてあるブーツ、人を蹴ると危険)の爪先を引き剥がしてからそう言うと、シグマはクーゲルから離れた。
「手前ぇ・・・いい度胸してんじゃねぇか・・・何の恨みがあって・・・」
「恨みが無いとでも思うのか?」

 シグマに聞き返されて、怒り心頭のままクーゲルは考える。心当たりのあまりの多さに、怒りがすっかり抜けてしまったか、クーゲルは落ち着いた声で脇腹を押さえた。
「ったく・・・骨折れてたらお前の責任だぞ?ライフル撃て無くなったらどうすんだヨ・・・」
「心配するな、拙者もレイマーだ。・・・それに、貴様がうなされているのは鬱陶しい」

 シグマの言葉に、クーゲルは記憶を探る。確かに何か重要な感じの夢を見ていたはずなのに、その夢の内容は、さっぱりと思い出せなかった・・・。
「で、このぶんだとここは坑道区画みたいだナ」
 クーゲルが言うとシグマはいかにもと言った調子で頷いた。
 どうやら多少のトラブルはあったが無事に到着したことを知ると、クーゲルはその場に座りなおし、愛用のリボルバー、ヤスミノコフの動作異常チェックを始めた。
「あの・・・大丈夫ですか?」
 もう一つ生まれた声に、咄嗟にクーゲルが懐に隠しているハンドガンを抜いた。独特の形状の銃口の先に、びっくりした顔のレイキャシールが一人、立っていた。

「へー、そうなんですかぁ♪」
 今までの雰囲気などどこかに飛んで待ったかのようにフレンドリーな対応のクーゲルに、シグマがため息と一緒に行っても無駄と悟った侮蔑の言葉を吐いて捨てた。
 クーゲルたちはどうやら一気に最深部、エリア3に表れ、気絶していたらしく、そこを歩いていたこのレイキャシール(シレルというらしい)に拾われたらしい。
 レイキャシール自身も探しものがあり、何か手がかりでもと拾っていったらしいのだ。
「それで、私と一緒に潜っていた私のマスターを探しているんです・・・」
 静かにそう言うと、レイキャシールはデバイスを操作して、ホログラムを投影する。
「ほぅ・・・“SAMURAI”か・・・」
「知ってるのか?シグマ!」

 クーゲルの言葉に、シグマが首を横に振る。
「いいや、拙者が言ったのはこの人物の髪型に過ぎぬ。しかし、どちらにせよ、セツ殿やジュエル殿と一緒に探す人物が増えたでござるな・・・」
「まぁ、速いところ探して帰ろうぜ、さっきも一仕事終えた後だから疲れてるしナ!」

 クーゲルが明るく言って立ち上がったその時、世界が揺れた。
「地震か!?」
「いや・・・上だ!!」

 シグマが叫ぶように言う。シグマたちの頭上で、何かが起こっているようだった・・・。

「クハハッ!!クハハハハッ!!」
 壊れたかのような笑い声が響き渡る。
 床に、壁に、天井に、次々に傷が付き、亀裂が走っていた。
「ったく・・・走狗(イヌ)の分際でぇっ!!」
 セツが繰り出される鎌を縫って走り、キリークに肉薄する。
「峨ッ!!」
 気合の声とともにセツが繰り出した貫手は、ブリッジをするようにしてかわしたキリークの腹部の上をすべるように抜ける。
 大きく距離をとって離れるキリークが、再び笑い声を上げた。
「・・・ハハハハハハハハハ!!貴様、“死を呼ぶもの(エンドブリンガー)”ダナ!!」
 キリークの言葉に、セツが苦い顔を見せる。
「その名で呼ぶな!私には・・・セツという名前がある!!」
 苦々しく吐き捨てると、セツはキリークめがけて突進した。大きく鎌を振りかぶるキリークの隙を突いて肉薄しようと身を低くして一足飛びに跳んだ。
「甘イモノダナ・・・」
 キリークがニヤリと皮肉めいた笑みを浮べて鎌をトワリングのように回転させた。
 ガリガリッ、という金属を千切り取る音とともに、無数の金属片がセツの身体めがけて襲い掛かった。
「・・・っ・・・こんなもの・・・“ギ・バータ”!!」
 セツが左掌を前に差し出し、叫ぶ。掌に凝縮した冷気が噴出し、網のように広がったそれが飛び来る無数の金属片を絡めとり、縫い付け、大きな氷の塊に変えた。
「はぁぁっ!!」
 そのまま勢いを殺さず、セツはキリークのいた場所めがけて左掌に止められている氷塊を叩きつけるようにして突進した。
−ぐしゃぁぁっ−
 氷の塊がひしゃげて金属片と一緒に辺りに散らばる中、セツはキリークがその場を移動していることにようやく気が付いていた。
「ダカラ・・・甘イト言ッタ・・・・・」
 ジャンプして難を逃れていたキリークは、そのままセツの頭上に振り下ろすべく、前に回転するようにして鎌を振るった。
−ザシュッ−
 小さな音を立てて、セツがジュエルの方に吹き飛ばされ、転がってきた。
「・・・く・・・・」
 小さく息をつきながら起き上がる。セツの着ていた法衣にも似たフォマールの正装。その背中部分に大きくスリットができていた。
「紙一重デ・・・避ケタカ・・・クハハハハッ!!」
「何が・・・おかしぃっ!!」

 怒りも露に飛び掛るセツに、キリークは鎌の石突きでその鳩尾を正確に突いた。
「・・・ぐぅっ!?」
 小さく呻いて吹き飛んだセツは、通路の天井に叩きつけられ、そのまま床になすすべなく落下する。
「ドウシタ・・・?オ前ハイツカラソンナニ弱クナッタ・・・?“死を呼ぶもの”」
「ぐ・・・ううっ・・・・」

 力が入らないのかガクガクと震えるセツの咽元に、鎌の刃が当てられる。
「モット本気デコイ・・・俺ヲタノシマセテクレヨ・・・クハハハハハハ・・・・!!」
 哄笑を上げるキリークに、ジュエルは何も言わずにその頭上めがけてマシンガンを掃射した。鎌の攻撃でもろくなっていた金属質の天井は、その外殻を重力に負けて引き剥がされ、落っことした。
−ガラガラ・・・ガシャーン・・・・−
 一瞬、視界を奪われたキリークの隙を突いて、ジュエルは走り、セツの襟首にライフルの焦点を引っ掛け、引き戻す。そのまま腿の部分に装着されている部品を取り外し、組み合わせる。するとその場に一丁のバズーカが出来上がった。
「照準・・・セット・・・R&R!!」
−BROOOOOOWN!!−
 バズーカが火を噴き、反動で後ろに吹っ飛ぶジュエルとセツの横を金属片と炎の舌が激しく通り過ぎていく。爆散した弾頭のためにキリークの様子は分からない。
 朦々と上がる火煙の中、ジュエルはセツを抱えたままガイアを引き連れて逃走した。
「やったのか?」
「こんなもので死ぬようなヤツなら・・・セツはもっと簡単に勝ってるわ・・・」

 憎しげに呟くジュエルは、背後で大きくなる殺気から必死で逃げるように足を動かしていた・・・。

−BOOOWBOOOOWBOOOOOOW!!−
−BAN!BANBAN!!−

 銃声が辺りに響き渡る。スプレッドを斉射するシグマ、ヤスミノコフを連射するクーゲル。
 上にあがった彼らを待ち受けていたのは、激戦区だった。
 周囲にはカナディンがヒュンヒュンと飛び回り、床にはギルチックとダブチックがこちらに照準を向けている。
「こ、コイツは・・・COOLだねぇ・・・ちょっちキビシーぜぇ・・・」
「無駄口を叩いている暇があったら・・・一匹でも多くの敵を撃て!」

 エネルギーの復旧の追いつかないスプレッドを捨てて、シグマがオロチアギトを引き抜いた。
「寄らば・・・斬る!!」
 シグマが声を上げたその時、
−ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・−
 争っているシグマたちにすら感じられるほどの大きな揺れが伝わってきた。
「な・・・何だ!?」
 音は次々と断続的に発せられ、そのたびに激しく地が揺れる。ギルチックやダブチックでさえも、この揺れに対応できないのか動きを緩慢にしていた。
「今ですっ!!」
 クーゲルの陰に隠れるようにしていたシレルが両手を前に差し出した。その手首が下方にスライドし、手首のつなぎ目からクーゲルのヤスミノコフと同型のハンドガンが姿を現す。
「ええーい!!」
 スライドしたままの手でそれを握ったシレルは、手首の中で弾倉の自動装填を行いながら、さながらマシンガンのように滅茶苦茶に撃ち続けた。
 そして・・・
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ〜・・・・」
 ゆっくりと息を吐いたシレルの目の前には、死屍累々と横たわる敵の残骸と、それに埋もれるようにして倒れている二人のレイマーの足が見えていた・・・。
「・・・この照準精度は・・・問題ありでござるな・・・」
「・・・COOLだねぇ・・・・ホント・・・」

 呆然としたように呟く二人の耳に、遠くからの声のように「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝るシレルの声が響いていた。

「落ち着きなさい、セツ。・・・貴方・・・さっきからおかしいわ・・・」
 優しく諭すように言うジュエルの言葉に、耳を塞いでいやいやとかぶりを振るようにしてセツが叫ぶ。
「おかしくなんかない!そんなんじゃない!」
「・・・さっき、黒い猟犬が言っていたな・・・“死を呼ぶもの”って・・・」

 ガイアが漏らした呟きに、セツがビクッと総身を震わせる。左手に押さえられている右手が青白く変色するほど、セツの手は力強く握り締められていた。
「聞いたことがある・・・組織にいた殺し屋、黒い猟犬と同格の始末屋の名前・・・“死を呼ぶもの”」
 ガイアの言葉にセツが荒い息をつき始める。まるで何かを必死に押さえ込もうとしているかのように、それは強い意志に纏われ、そして同時に儚く脆い代物であるかのように思われた・・・。
「・・・死を・・・呼ぶもの・・・?」
 ジュエルがそう呟いたとき、
−ぐしゃあぁぁぁっ−
 ジュエルの顔のすぐ横で板金の壁がひしゃげて散った。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
 獣のような息をつき、普段の涼しげな顔からは想像もできないようなつらそうな顔をしているセツは、壁を変形させた自分の手をそこから引き抜く。紅い血に塗れた掌にを見るセツの表情は、付き合いの長いジュエルですら今まで見たことのない表情だった・・・。

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