HUNTER DAYS FACTER

夜を刈り取る黒い走狗(イヌ)
手に入れたものと失ったもの

 暗く殺風景な洞穴とも言うべき場所に、その少女はいた。目の前に立つ老人と向き合っている。
 天然の石壁には血の跡が生々しく残り、自然石でできているものらしき鍾乳柱のような柱は、そのほとんどが“何か”によって砕け散らされていた。
「どうしても行くのか・・・?」
「はい・・・」

 短い言葉が交わされる。少女は老人の存在を無視したかのように歩き出す。
 それを見送る老人が小さく呟いた。
「“死を呼ぶもの”よ・・・お前に日の光は似合わぬよ・・・」
 少女の腕が素早く動き、老人の顔のすぐ横を通って壁に拳の型を刻み込んだ。
「私をその名で呼ばないでいただきたい・・・私には、セツという名前がある・・・」
 少女は歩き出す、老人は止めないでその場に立っているだけ・・・。
 やがて、外からの光が少女を包み込んだ。

「私は・・・・・私は・・・・・」
 掌に残る鈍い痛みと血の赤い、紅い色。
「私は私だよ・・・私は・・・セツだ・・・・」
 小さく震えるセツをそのままに、ジュエルはキャノンを手に立ち上がった。
「・・・宝石は気まぐれな未来を映すの・・・私が時間を稼ぐわ・・・その間にシレルさんを見つけ出して・・・」
 ガイアに向かってそう言うと、ジュエルはキャノンを構え、もと来た道の方へと向く。
「待った」
 ガイアが静止の声をかける。進みかけた足を止めたジュエルに、ガイアは自分の刀の柄に手をかけながら立ち上がり、言った。
「俺も行く。どうせアイツの狙いは俺だ。それ以上に、借りを残したまま死なれても困る」
「・・・時々理解不能になるわ・・・あなたたちって・・・」

 ジュエルは淡々とそう言うと、ガイアが付いてくることも確認しないで走り出した。
 ガイアは黙ってジュエルを追うようにして走り、セツはジュエルたちとは逆方向に走り出す。
 セツは無意識のうちに祈っている自分に気が付き、自責の念とともにそれを打ち消した。
「明日は買い物に付き合ってもらう約束してるんだから・・・死ぬんじゃないわよ・・・」

「ってことは、シレルちゃんはジャンクパーツの集まりでできてるのか!?」
 何度目かの戦闘を終えて、通路を走りながら何気なく聞いた答えにクーゲルは、大声を上げて驚いていた。
「はい・・・マスターの趣味で全身に射撃火器が装備されています」
 クーゲルの言葉に明るく頷いてみせるシレル。話の内容で言えば暗い話になってもおかしくない内容ではあるのだが、本人にその自覚は無いのだろう。
 あるいは、登録主(マスター)に服従するような回路が仕掛けられているのかもしれない。などとクーゲルは考えていた。
「あのさ、キミのマスターなんだけど・・・どんなヤツ?」
「マスターですか?私をジャンクのなかから救い出してくれた恩人です」

 嬉しそうに話すシレルの様子にクーゲルは全てを理解し、力が抜けたかのようにスピードを落とした。
「どうした?疲れたか軟弱者が」
 シグマの皮肉にも力なく手を振る。
「やぁってらんねェ・・・・・・恋する乙女は妄信的だねェ・・・」
 半ば投げやりに言うとクーゲルがいきなりスピードアップした。併走するシグマを置いて、シレルを猛スピードで追い抜き、通路の曲がり角に消える。
−ズダンッ!!−
「ぐぇっ!?」
 大きな音と振動、そしてクーゲルのくぐもった悲鳴が聞こえたのはその直後だった。
「クーゲル!?」
「クーゲルさん、どうしたんですか!?」

 シグマが、シレルが、勢いを上げ曲がり角を曲がった。
「まだ居たの!?」
 曲がり角を曲がった先で、そんな声をシグマが聞いた直後、腹部に何かが触れた。
「・・・っ!!」
 一瞬にして膨れ上がった殺気に反応してシグマは後方、壁にぶつかるように跳んだ。
−ズダンッ!!−
 先ほどと同じような音が響き、シグマは跳んだ力に加えられた後押しを受けて激しく壁に激突した。
「うぐぉっ!!」
 威力が殺されはしたが、胃の中身をシェイクされる感覚に、嘔吐感を飲み込んでシグマが壁から身を引き剥がし地を転がると、シグマへの追撃が壁に決まり、複合性の板金らしき壁が大きく撓んでその一部を引き剥がされた。
「・・・くっ!?」
 シグマは軽く呻きながらも、地面を転がりながら銃を抜き、伏した状態で相手を捕捉する。
「動くな!!」
 シグマがそう叫んだ瞬間、相手の影は消えていた。
 驚愕するシグマの首に冷たい感覚が走る。その頚部に、手刀が添えられていた。
「動かないで!!・・・死ぬわよ」
 シグマの背中にヒヤリとした死の感覚が走る。横目でシレルの位置を確認し、最後の手段である歯の裏に仕込んでおいたスイッチで、フレームを自爆させようとした瞬間、
「・・・あれ・・・?」
 間抜けな声が、殺気を放っていた相手から聞こえてきた。

「ゴメンゴメン。てっきりサイカが来ると思ってたから・・・ね・・・?」
 セツが苦笑まじりに謝る。飛び出してきた影を敵と勘違いしたセツは、相手を殺すつもりで思いっきり震脚からの打拳で応対してしまったのだと言う。
「ね?じゃないっつーの!ったく・・・」
 セツの言葉にクーゲルが憤慨する。いつも女性に優しいクーゲルも、勘違いで殺されかかってはたまらなかったのだろう。
「ともかく・・・セツ殿の話によれば、ガイア殿はもう見付かったのでござるな?」
 シグマの言葉にセツは頷く。
「とりあえず、先に逃げて・・・私はジュエルとガイアくんのところに行って、上手
く逃げ出すから。・・・でないと、アイツは今の私たちじゃ倒せない・・・」
「そんなにヤバい相手なのか?」

 クーゲルが少々逃げ腰で言うと、セツは重々しく頷いた。
「サイカと一緒なら、まだ勝ち目が見えたんだけどね・・・私とサイカの二人がかりなら勝てないことも無いわ・・・」
 セツがそう言うと、シグマが厳しい目つきでセツの方を睨んでいた。
「何か言いたいことでもあるの?」
 セツがシグマを睨みかえす。すると、シグマは答える代わりに腰のホルスターからハンドガンを抜き撃ちした。
−BOW!−
 撃鉄に弾かれて飛び出した弾丸は、セツの顔の横を通り過ぎて、そのまま暗闇の向こうの影にヒットした。
「どうやら遅かったようでござるな・・・来るぞ、気をつけられよ!!」
 シグマの言葉に各々が武器を構え、闇の中に目を凝らす。
 闇がうねり、セツたちの目の前に何か丸いものが放り出される。
−きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ−
 丸い物体の正体を見て、セツが悲鳴を上げた。
 スパークを起こすその丸い物体は・・・間違いなくジュエルの頭部だった・・・。

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