HUNTER DAYS FACTER

奪い去るものへの代価
前編

 ハンターたちにはハンターたちの生活がある。自分の生活を護るのもハンターズの基本だ。
 しかし、いたずらに他者の生活を脅かすものもいる・・・。

「泥棒!?」
「うん・・・」

 肌の白いハニュエールの素っ頓狂な声とともに、辺りがにわかにざわついた。それに気がついたハニュエールが辺りに愛想笑いを振りまきながら屈み込んで件のフォマールを覗きこむようにしてたずねる。
「で、ホントなの?それ」
「うん・・・」

 自身がなさそうだが、はっきりとフォマールは頷いた。
 ギルドカウンター前にはたくさんのハンターが集まっていた。ひょっとしたら、この中に件の人間や、その仲間がいないとも考えられない。
 そう考えたハニュエールはフォマールの手を引いて、一般区の辺りまで引いていこうとした。
「ちょっと、痛いよ。みわちゃん!」
 フォマールの声に耳を貸さず、みわと呼ばれたハニュエールはとりあえずフォマールの手を引いて歩き続けた。

「遅いな〜。みわ・・・」
 人の犇き合うロビーの中で、端っこに一人ぽつんと立ち尽くすハニュエールの姿があった。
 背丈は先ほどのミワと同じくらい、ハンターの証であるIDが首に光る。赤い色の髪のハニュエールだ。
 どうやら待ちあわせをしているらしく、時々辺りをきょろきょろと見回している。
「はぅ・・・。確かにここだと思うのになぁ・・・」
 自分のデータコンポーネントでシップの位置を確認していたハニュエールは、突然何者かに後ろから組み付かれた。
「き・・・きゃぁぁぁぁぁ!!!」
 驚きに一瞬身を硬くしたハニュエールは、次の瞬間目にも止まらぬほどの速さで相手の腹部と思しき場所に肘打ちを撃ち込んだ。
「ふぐぅ!?」
 ブーマがのけぞるときのような声を上げて、組み付いていたものが軽く浮き上がる。
 その瞬間を逃さず、ハニュエールは上体を起こしたまま下半身を沈め、足払いをかける。
「ぐぉっ!?」
 ハニュエールに組み付いていた影が宙を舞う。そして、そのまま回転のベクトルをずらしてエネルギーをすべて乗せた究極のキックが、空中でガードも取れない相手に命中した。
「がぁぁぁぁっっ!!?」
 決められた相手は大きく吹き飛び、ロビーの床を転がって無様に仰向けに倒れた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・」
 著しい嫌悪感から冷や汗さえ浮かべながら、ハニュエールは自分が思いっきり技を決めてしまった相手の安否を見るために歩み寄った。
「かっ・・・・は・・・・・」
 どうやら命に別状はないらしいが、最初の肘打ちで肺を強く打ったらしい。倒れているレイマーの格好をしたそれは、まるで金魚のように口をパクパクと動かしあえいでいた。
「やれやれ・・・だからやめておけといっておいたのによぉ・・・」
 ハニュエールの後ろからあきれた感じの声がした。
 振り返ったハニュエールに、とても懐かしい面々の顔が見つかった。
 アフロヘアーのハンター。赤い服のフォマール。そして、フォマールの隣にいる同じ顔をした赤い服のフォマール、こちらは帽子を取り、蒼い髪の毛をお団子頭に上げている。
「JOKERになゆきお姉さんとなゆちゃん。・・・・・・・じゃあこの人は・・・?」
 ゆっくりと振り返ったハニュエールの目に、倒れて半死状態ながらもまだ根性で這い寄り、ハニュエールのお尻に手を伸ばそうとしていたレイマーの姿が映った。
「っはは・・・。いよぅ、アイコちゃん。今日もかわいいじゃねえの、さっきはいいキックだったぜ・・・世界、狙ってみるかい?」
 アイコと呼ばれたハニュエールは無言で、さわやかに笑顔を見せるレイマーの顔に正拳を叩き込んだ。ゆっくりと崩れ落ちるレイマーに、JOKERと呼ばれたヒューマーが呆れ顔を見せる。
「学習しねぇ野郎だなぁ・・・クーゲルよぉ・・・」
「本当に・・・」

 なゆちゃんと呼ばれたフォマールが同意して頷く。
「そういえば、一体なんだってこんなところにいるんだ?」
 JOKERの質問に、アイコはクーゲルのほうを睨みつけながら答えた。
「みわを待ってるの。今日は一緒に森をお散歩するんだよ〜」
「で、美和ちゃんは遅刻してまちぼうけ、と?」

一瞬、心から嬉しそうな顔を見せていたアイコの表情が、なゆちゃんの一言で曇る。
「ああ、美和なら見たぜ」
いつの間にか起き上がったクーゲルが、眼の周りに青タンを作ったままそう答えた。
「どこに・・・?」
 相手がクーゲルであるからか、ダークベルラでも動けなくなりそうな情け容赦のないあいこの視線が注がれる。
「ああ、なんだか知らねぇが前に見たことのあるかわい子ちゃんの手ぇ引いて一般居住区画に向かってたぜ」
 クーゲルの言葉を最後まで聞かずに、アイコは居住区画の方向に走り出していた。

 そんな経緯があったとは露ほども感じない美和の方では・・・

「・・・なにその子?」
 一般居住区画の一角にある一室で、美和とフォマールの前に一人のハニュエールが立ち、まるで値踏みでもするようにじろじろとフォマールを見ていた。赤みがかったピンク色の髪、白い肌、ちみっちゃい身長、どれをとっても美和に瓜二つだった。
「ああ、この子は・・・」
 言いかける美和を手で制して、ハニュエールは言った。
「OKOK.。・・・わかったわ。さいかお姉ちゃんはすべてお見通しよん♪」
 サイカと名乗ったハニュエールは指を一本ぴんと立て、ご愛嬌とばかりに軽く振って見せた。
「さすがお姉ちゃんだね」
 美和が感嘆の息を漏らす。一人事情の飲み込めないフォマールは、蚊帳の外で頭に?マークをつけていた。
「じゃ、お姉ちゃんは外に出てるから。そうねぇ、40分くらいでいいでしょ?」
「へ?う、うん。・・・いいけど、別に外に出なくてもいいじゃない?」

 美和の言葉に、サイカが少し面食らった顔をする。
「・・・いや、ホラわたしがいても何かと居場所がないでしょ?・・・それとも何?私も参加するの?」
「うん。できればお姉ちゃんにも協力してほしいなぁって思ったから、ここにきたの」

 続く美和の言葉に、サイカがさらに驚いた顔になる。
「美和もまだ子供だと思ってたけど、お姉ちゃんに似てきたわね・・・」
「えへへ・・・、そうかな?」
「・・・・あの〜。みわちゃん?」

 さっきまでずっと黙っていたフォマールがようやく口を開いた。何か、すがるような視線を出している。
「ん?・・・ああ、ティアちゃんは初めてだっけ」
 視線を知ってか知らずか、美和はマイペースにそういってサイカの方を指して言った。
「サイカお姉ちゃん。正真正銘、私の姉なの。そっくりでしょ?」
「う、うん・・・」

 屈託なく笑う美和に、ティアと呼ばれたフォマールは少々歯切れの悪い答え方をした。
「ふふ・・・。よろしくね・・・・」
 少し妖艶な感じをまとわりつかせて、サイカがティアのほうに視線を送る。さながら、これから夕食に取り掛かる爬虫類が、餌である小動物を見るときの視線のように思えた。
 まとわりつく動物的危機感に一抹の不安を感じ、ティアが美和に耳打ちした。
「みわちゃん。あのね・・・さっきから、微妙に話がかみ合ってない気がするの」
「? そうかな・・・?」

 美和はティアの言葉に軽く小首をかしげて見せた。何気ないしぐさに小動物特有の雰囲気が垣間見える。
「それに、さっきから私・・・・、何か身の危険を感じるの・・・」
 ティアの言葉に、美和がようやく言っていることを理解したらしく、顔を見る見るうちに朱に染める。程なく耳まで真っ赤に染まった美和がサイカのほうに向き直り、言った。
「お姉ちゃん。何か勘違いしてるようだけど、お姉ちゃんに協力してほしいって言うのは、ティアちゃんの問題なの。そういったことじゃないんだよ?」
 美和がうつむき加減にそういうと、サイカは目を細めて少し悪戯っぽい笑みを見せた。
「何が?そういったことって何?お姉ちゃんわかんないなぁ〜?」
 わざとらしく言うサイカに、美和はさらに顔を赤くしてぽかぽかとその胸をたたき続ける。
「も〜!お姉ちゃんのばかー!!」
 ほのぼのとした空気の中、ティアは一人取り残されてぽかーんとした表情で座っていた。

「さて・・・、ティアちゃん・・・だったっけ?・・・話してくれる?」
 ひとしきり騒いだ後、サイカはイスに座りなおしてティアのほうを見ながらそう言った。
「は・・・、はい・・・」
 若干雰囲気に呑まれながら、本人の性格か、ティアはたどたどしく状況説明を始めた。
「最初は、私と、友達が一緒にラグオル危険区画にいたところから始まったんです・・・」
 ところどころ声が小さくなりながら、ポツリポツリと、ティアは話していった。
 要約するとこういうことだ・・・
 ティアと他、ティアの友達2名はトレジャーハントのためにラグオルの危険区域(ハンターLv20以上のハンターしか入れない区域)に降りており、ハンターたちの降りたつ安全区域に、後で分けあう予定のアイテムを置いておいたらしい。
 しかし、転送装置に乗り込み、戦闘区域で戦闘中にいきなり入ってきたハンターが安全区域にあっためぼしいアイテムを奪い、即座に自分を転送し、消えたのだと言う。
 あてとなるのは YUMA、つまりユーマと表示されたハンターネームとヒューマーを表すハンター IDのみなのだ。
「ひどい話ね・・・」
 サイカが歯を噛み鳴らした。握られた拳に怒りの色が濃い。
「うにゅ・・・。ティアちゃん、かわいそう」
「あ、でも・・・私たちもセキュリティをかけてなかったから・・・」

 弱々しくティアが言う。ちなみにセキュリティとは、特定区画の安全区域にキーナンバーによるロックをかけることで、パスコードを入力しない限りその場所にアクセスできないようにする対泥棒用の安全対策である。
「・・・あのね、ティアちゃん。それは違うわよ」
 サイカが一つ息を吐き、言った。
「どんな理由であれ、他人のものに手をかけるのはいけないことでしょ?大体、セキュリティをかけて一緒に冒険に出たい仲間を拒絶していくのはそれ自体間違ってると思うの。・・・そりゃあね、優秀なハンターは自分の素性を隠してる人もいるわ。でも、たとえ仮の名前でも一緒に戦う仲間は信頼してるわ。それは、私たちの世界で失くしてはいけない物だと思うの。・・・・わかるでしょ?」
 優しく、だが強く語りかけるサイカに、ティアは頷く。
「ありがとう♪わかってくれて嬉しいわ。・・・それで、奪われたものはどんなアイテム?」
 優しく微笑みながらのサイカの言葉に、ティアは少し逡巡しながら、やがて意を決したように言った。
「・・・高レベルのテクニックソースが幾つか・・・中に攻撃力上昇(シフタ)も入ってました。・・・それと・・・、アディションパーツ/タイプマインド・・・ゴッドマインドです」
 イスに座り、俯いたまま、膝を濡らす雫にティアの言葉が濁る。
 サイカと美和が同時に立ち上がった。
「OK,私も久々に動こうかな・・・。あなたの悔し涙、無駄にはしないわよ」
「ティアちゃん、安心して待っててね。お姉ちゃんは絶対に犯人を見つけ出すよ」

 同じ顔のハニュエール達は、そういってお互いの腕を軽くぶつけた。
「ありがとう・・・ございます・・・」
 俯いたまま、さらに涙を流すティアを優しく見つめて、サイカが美和の方に向く。
「美和、あんたはここに残りなさい。・・・ティアちゃんが泣き止んだら、私の位置を検索して飛んでくるように♪」
 サイカの言葉に、美和が無言で頷き笑顔を見せる。サイカは満足そうに頷き、久しぶりに打ち込む自分のIDが間違ってなければいいなぁと考えていた。

 一方そのころ・・・・

「うぁ・・・」
 美和のいる区画を検索して飛んできたはいいが、一般居住区の建物の多さにアイコは少しげんなりした声を上げた。
「みわの家ってどこだったろう・・・・」
 アイコがぽつりと呟いたそのときだった。件の美和らしき影がダガー片手に居住区の通路を駆け抜けていくのが見えたのだ。
「みわ〜!!」
 叫びながらダッシュをかけるアイコ。だが、消えていったハニュエールの方はアイコの声に気づいた様子もない。
「みわ〜!!!!」
 さらに声を上げながらアイコは全力疾走を続ける。しかしハニュエールの方は振り返る様子もなく走り続ける。
「うう〜!!」
 叫びながらでは走って追いつけはしないので、アイコは叫ぶのをやめた。歯を食いしばって、ハニュエールの後を追走する。と、ハニュエールが急に立ち止まった。アイコが少し遅れてたたらを踏む。
なぜか少し気恥ずかしくなり、アイコはすぐ傍の路地裏に体を滑り込ませた。
「ここね・・・」
 短く呟き、美和らしきハニュエールがすぐ傍にあった転送装置に入る。それに続いて、アイコもその中に身を躍らせた。
 転送装置に書いてあった行き先は“1−4−11”。通称“武闘会区画”と呼ばれる区画である。

 美和の家の中で、ティアは塞いでいた顔をようやく上げた。まぶたは少し腫れていて、頬に幾筋ものラインがくっきりと残っている。
「・・・ごめんなさい・・・。もう、大丈夫です」
 咽に張り付くような感覚を感じながら、ティアはやっとそう搾り出した。
「・・・うん♪シャワー浴びて、少し休むといいよ。私はずっと傍についててあげるから」
「でも・・・、さいかさんが・・・」

 言いかけるティアの唇に手を添えて、美和はもう一方の手の人差し指だけを伸ばし、その額を優しく小突いて少しお姉さんぶった笑顔を見せた。
「大丈夫。お姉ちゃんは強いから!」
 美和の言葉に、ティアがふっと微笑む。不安感と不信感の中に少女が見つけた安らぎは、一体どれほどのものだろうか・・・と、美和は幼い少女を見守る母親の気分に陥っていた。
「顔、すごいことになってるよ。 熱いシャワー浴びて、気持ち切り替えていこう!」
「・・・はい」

 その言葉に、ティアが明るい笑顔を見せた。それを見て美和が満足そうに微笑む。
「えっと・・・そっちの右の部屋だから」
「はーい♪」

 そう答えたティアが廊下の向こうに消えてから、美和は自分の首のIDデバイスに軽く触れた。
「ギルドカード検索開始、検索ID,saika・・・」
 音声認識で、メインコンピュータの検索エンジンを起動させる。少々のタイムラグの後に美和の目前の空間にウィンドウが開いた。
「該当データ4件・・・」
 機械音声が検索結果を伝える。
「個人データバンク開放。データ名、miwa。パスコード認識番号TAK892810」
 美和の言葉に、ウィンドウは閉じて、再び検索を開始した。と、思われた矢先に答えが返る。
「該当データなし・・・」
 返ってきた機械音声に、何か、信じられないものを見たような表情を美和が見せた。
「みわちゃーん?」
 その時、奥のほうから聞こえてきたティアの声に美和は我に返って平静を装って声を返した。
「な、何ー?」
「このシャワー。変な形してますけど、スイッチはどこにあるんですか?」

 訝しげなティアの言葉に、美和が答えた。
「右手の方向にレバーがあるでしょ?それがシャワーのコックだから、手前に倒してみて♪」
 やがて、きゅっという独特の音とともに盛大に水の落ちる音が聞こえた。
「きゃー!!」
「!? ティアちゃん!!」

 突如として聞こえる悲鳴に美和が動いた。廊下を走りぬけ、シャワー室のドアを開ける。
 ドアの向こうには、盛大に落ちるシャワーの水の中に服を着たまま座り込んでいるティアの姿があった。
「ぐずっ・・・聞いてないですよぉ・・・」
「あはは・・・^^;ごめんごめん」

 美和の服を借りて、自分の服を乾燥させながらべそをかくティアに、美和は苦笑した。
「まさか水のシャワーが初めてとは思わなかったもの♪」
「いまどき水の出るシャワーも見ないですよぉ・・・」

 美和の言葉にティアが返す。実際、パイオニア2では近年のフォトン力学の発達により、本人の持つ生体フォトンと同一のものを照射することで、身体の汚れ、垢、汗跡を払拭する方法が主となっている。水の出る美和の家のシャワーのほうが、異色といえた。
「どうしてみわちゃんは、生体フォトンシャワーに変えないんですか?」
「ん〜。・・・私は、水が身体を滑り落ちる感覚が好きなの♪」

 美和がそう答えてウィンクする。
 半分は嘘である。美和達ニューマンは生体フォトンの性質が不安定であるがゆえに短命種なのである。当然、フォトンが同一である証もない。同一のフォトンを流すフォトンシャワーは時に美和達の身体に傷をつけるタイプのフォトンに変わる可能性があるからだ。とくに、美和もサイカも特殊な生まれ方、育ち方をしたニューマンなだけに可能性は濃い。しかし、ティアに余計な心配をかけさせぬために美和はあえて黙っているという選択肢をとっていた。だが、先ほどの答えにしても嘘ではない。美和もサイカも、水が身体を洗い流す感覚がことのほか好きだった。
「ま、そのうちにね」
 あいまいな答えでその場を流し、美和は再びティアにシャワーを勧めた。
「どうも、ありがとうございました〜ほんとに、気持ちいいですね〜」
 シャワーから上がって、上気する真っ赤な顔で現われたティアを見て、美和は軽く笑った。
「私もシャワー浴びてくるね♪」
 美和はそう言って、自分の着替えを持って、シャワールームのドアを越える。
 人が3人くらい入れるほどのスペースに、シャワーが壁に取り付けられているだけのシンプルな造りのシャワールームだ。
「〜♪、〜♪」
 鼻歌を口ずさみながら、できるだけ陽気を装って美和がシャワーのコックを倒す。
 シャアアアアア・・・・・
 水の流れ落ちる音で周りの音がかき消される中、その中に身を置く美和の頬にはシャワーの水とは違うものが流れていた。
「お姉ちゃん・・・。大丈夫だよね・・・。もう、昔みたいに戻ったりしないよね・・・」
 独り言を呟く美和の瞳は、薄黒い雲がかかっていた。

「ちぃ・・・。どこだ!?」
 戦闘区域で敵の姿を見失ったハニュエール、mirla(ミリア)は、ソナーを起動させた。
 ピン・・・、ピン・・・、ピン・・・、ピン・・・、
 一定間隔でソナーの音が鳴り響く。
「どうやらまだ遠いようだな・・・」
 ミリアがほっと胸をなでおろし、手に持っていた古代剣<アンシエントセイバー>を下ろした。
 その瞬間だった、
 ピンピンピンピンピンピンピンピンピン!
 けたたましい音を立てて、すごい速さでソナーが警告音をならし始めた。敵がすぐ近くにいる証拠だ!
「く・・・」
 慌てて古代剣を構えようとするミリアの手を、背後から伸びてきた黒い影が払った。
「ち・・・、もう来たのか・・・」
 主の手を離れて地面を転がる古代剣を尻目に、ミリアが地面を転がる。反瞬遅れて、さっきまでミリアの立っていた位置を、銀の輝きが通りすぎた。銀の輝きはそのままくるくると弧を描き、主の手元にある投刃の柄に収まった。
「あらま、外しちゃったか」
 投刃、正式名称"暗殺者のスライサー”を手に持った、ハニュエールは明るい声で言った。
「そう簡単には、やられないさ・・・」
 ミリアがそう言って、素手の両の手のひらに何かを付ける。
「へぇ・・・」
 ハニュエールが短く呟いて、スライサーを放り捨てた。代わりに腰に付けていたダガーを引き抜く。ミリアが付けていたのは<アングルフィスト>。徒手空拳を使うものの間には広く使われている武器である。
「ありがたいな・・・。合わせてくれるっての?」
「武器の性能がすべてじゃないでしょ?・・・わからせてあげるよ。あんたじゃどうやっても今の私には勝てない・・・」

 ミリアの言葉にハニュエールが不敵に笑う。
 一種緊張した雰囲気の中、お互いに構えを崩さぬままに少しづつ少しづつどちらともなくにじり寄っていく。
「はぁぁ!!!!」
 お互いの危険域に入った瞬間、ミリアが動いた。牽制のために左手で軽くジャブを放つ。
「ふっ!」
 ハニュエールの方は、それを難なくスウェー・・・ボクシングのテクニック。上体だけを動かして敵の攻撃をかわす方法・・・でかわし、お返しとばかりに左手のダガーを閃かせた。ミリアはこの一撃を紙一重でかわし、ハニュエールの左手を自身の右手でパリー・・・これもボクシング等のテクの一つ、相手の攻撃を手で払いのける方法・・・でハニュエールの背後を取った。そのまま相手の片足を払う。
「もらった!終わりだ。サイカ!!」
 ミリアが、体制を崩しているはずの相手の着地予想点に渾身の蹴りを叩き込んだ。
「残念。は・ず・れ♪」
「なっ!?」

 渾身のけりが空振りに終わり、ミリアの顔が驚愕に歪む。ハニュエール、サイカは、足を払われる一瞬前にそれを見切って上体をそちらにわずかに沈み込ませて、払われる瞬間にそちらに向けて宙返りの要領で跳んでいたのだ。
「反撃・・・開始!」
「く・・・!」

 咄嗟に繰り出されたミリアの手刀を紙一重でかわし、サイカはダガーをミリアに向けた。
「神楽流短剣術奥義!双雷乱舞!!」
 神速にくり出される連撃に、ミリアのバリアが限界を超えてオーバーロードする。そしてバリアの消えた瞬間を切り裂いて、サイカの真紅のダガーがミリアの腹部に深くめり込んだ。
「ぐ・・・あ・・・」
 小さく息を吐いてどうと倒れ伏すミリアに、サイカは軽く微笑んだ。
「今回も、私の勝ちね♪」
 サイカの決め台詞とともにブザーが鳴った。バトル終了の合図だ。
「ミリアちゃん。ほら・・・、立って」
「ぐ・・・痛っ・・・・・」

 サイカがミリアの手を引っ張って立たせている間に他の連中も気がついたか、続々と起き上がり、出口に向かっていく。
「勝者!!saika!!」
 フロア内に放送が鳴り響き、高らかにさいかの勝利を伝える。サイカが、余った左手にダガーを握り締めて高く突き上げた。
「天下無敵の・・・大・勝・利!!」
 周りから歓声が上がる。そう、さいかは当初の目的を半分忘れ、バトルゲームで破竹の15連勝を続けていた。
「ああ・・・・っと、忘れるところだった」
 サイカが思い出したようにミリアのほうに向き直って言った。
「YUMA(ユーマ)君って知らない?」
「YUMA?」

 ミリアがオウム返しに聞き返すので、さいかは軽く頷いた。
「YUMAってのは・・・あそこにいるのがそうだが?」
 ミリアが指した先には、周りのハンターになれなれしく話しかけている一人のヒューマーの姿があった。
「・・・いきなりビンゴォ・・・あたしってば運がいいねぇ・・・」
 静かに呟いたさいかは、ミリアと別れを告げゆっくりとYUMAへと歩み寄った。

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