HUNTER DAYS FACTER

奪い去るものへの代価
後編

「ほいほいほ〜い。僕のマグはヴァラーハさ〜」
 何が楽しいのか愉快な声で、そのヒューマーは周りの状況など気にせずに走り回り、辺り構わず話しかけていた。
「ねぇねぇねぇ♪君のマグも見せて〜」
 初めて会うハンターに、なれなれしくそんなことを話す。話しかけられたハンターはこの上なく不審そうな目を向けて、すぐに視線をはずした。
 ヒューマーの方も、会話をすかされたことを感じ取ると、すぐにそこから離れる。
「だれか〜、バトルしよ〜♪」
 そのヒューマーが唐突にそう言い出した。周りの視線が一斉にそのヒューマーに注がれる。
「バトルバトル〜♪」
 無邪気な子供のようにはしゃぐその姿はすぐに見るものの中から不信感を取り除いたのだろう。
 だが・・・彼女は騙しきれはしなかった。
「その勝負、私が受けるわ」
 いつの間にか、ヒューマーのすぐ近くまでやってきていた一人のハニュエールが勝負を買って出た。その腰には赤く輝くダガーが座っている。
「はは・・・。強そうだねぇ、キミ」
 軽く笑うヒューマーの視線は、ハニュエールの腰から離れていない。長く培われた業物のみを強く凝視していた。
「勝負はそのままのレベルでバトルよ。あなたのレベルも大したものなんでしょ?」
 ハニュエールが精一杯伸びをしてヒューマーの目を見つめてそう言った。実際、そうでもしなければハニュエールはヒューマーの顔まで背が届いていなかった。
「おっけー。・・・僕は強いよ〜あはは・・・」
 ヒューマーの楽天的な物言いに、ハニュエールは軽く笑った。
「どうやらあなたはさっきまでの戦いを見てなかったみたいね・・・」
 不敵に笑うハニュエールの周りで歓声が沸いた。
「姉御!そんなやつぶっとばせぇ!」
 いつの間にできたのか、親衛隊らしきレイマーとヒューマーの集団が檄を飛ばす。
 ハニュエールはその声に軽く手を振って応え、首のIDに触れてウィンドウを呼び出した。
「私のギルドカードよ・・・。よろしくね・・・」
 ギルドカードとは、ハンターギルドに登録した際に自分の身分を証明するために作られる名詞のようなものである。
「ほいほ〜い。ありがっと〜♪・・・んじゃ、こっちからも〜」
 ヒューマーも何事か操作しているようだが、一向にハニュエールにギルドカードが送られた形跡はない。ハニュエールはそれを確かめた後、口を開いた。
「悪いけど、私にギルドカードを渡せるのは私に勝ったやつだけなの。ギルドカードをくれるのなら、私に勝ってからにしてちょうだい」
「おっけー、わかったよ。・・・え〜と・・・サイケイ・・・さん・・・?」

 ヒューマーの言葉に、ハニュエールが小さく首を振った。
「サイカ、よ♪YUMAくん」
 そして、バトルモード用の特殊空間が開かれ、二人はその中に身を躍らせた。
 それから数秒後、バトルモード、戦闘区域の制御システムは何者かの不当なハッキングを受けて外部からの通信不能、制御不能という不測の事態に陥ることになる・・・。

 ・・・サイカとYUMAのやり取りの少し前に遡る・・・

「あそこで戦ってるのは、サイカお姉ちゃんみたいね・・・」
 バトルロビーの物陰で、サイカの戦っている様子を見ていた影があった。アイコである。
 サイカを美和と勘違いして追いかけた後、武闘会区画の中の屈強な男たちに少し怯んだアイコは、安全なロビーの端っこでサイカの戦いを見ていた。
「美和は、どこにいるんだろう・・・?」
 きょろきょろと辺りを見回す。二人と一緒に居る時間の長かったアイコには、美和とサイカは常に一緒に行動しているという概念があった。
「よう、姉ちゃん。一人かい?」
 きょろきょろと辺りを見回し続けるアイコの背中から、不意に声がかかった。ビクッと瞬間的に身を縮めて、アイコがおそるおそる振り返る。この上ないほど背の伸びきった痩躯のヒューマーと、それとは逆に横に膨らみきったちびすけのレイマーの二人組みがそこに立っていた。
「なぁなぁ、俺たちとバトルしようぜぇ・・・」
「みんなで汗かいて気持ちよくなろうよぉぉ」

 荒い息をつきながら、二人がアイコに詰め寄ってくる。一種異様な迫力に身を縮めて、アイコが後ずさった。
「い、いえ・・・私はいいですぅ」
 不思議な恐怖から言語までおかしくなってアイコが首をぶんぶん振りながら後ずさる。
「まぁまぁ、そんなこといわずにさぁ・・・」
「俺たち、フェミニストだからさ、女の子には優しいぜ〜」

 血走った目で食い下がる二人組に、あいこが壁際まで追い詰められた。二人組が逃げられなくなった獲物をつかもうと手を伸ばす。
(嫌だよぅ!!みわ・・・怖いよぉ!!)
 アイコが目をつぶってそう考えたとき、
「な、なんだよお前ら・・・」
「じゃ、邪魔をすんじゃないぜぇ・・・」

 二人組の驚いたような声が聞こえる。アイコは閉じた瞳を少しづつ開き、今の自分の立場を確認した。
 黒いアーマーのヒューマーと、対照的に白いフレームのレイマーが、アイコと二人組の間に立ちふさがるようにして立っていた。
「はっ!フェミニストが聞いてあきれるぜ!」
「この場でみっともなく倒されたくなけりゃ、尻尾巻いて逃げるんだなぁヒヨッ子」

 アイコのよく知った声がする。アイコは瞳を大きく開けてその二人の名前を呼んだ。
「JOKER!クーゲル!」
 アイコの声に応えて、クーゲルが軽くウィンクを返し、JOKERは鼻を鳴らした。
「YO HOOO!!あいこちゃん。なにやってんの?こんなとこでさぁ・・・」
「お前みたいなのはああいうやつらの格好のマトだ。気をつけろ」

 首だけをひねってアイコの言葉に応えた二人は、そのまま前方に立つ二人の男と対峙した。
「け・・・ケンカなら・・・バトルフィールドで受けるぜ・・・」
 ヒューマーのほうが口を開く、腰の引けたまま、それでもJOKERに向かって必死に睨みを利かせている。
「ほぅ・・・」
 短く呟くJOKERのサングラスに隠れた目が細く鋭く獲物を射抜いた。
「ひ、ひぃっ・・・」
 小さく悲鳴を上げて、レイマーのほうがその場にぺたんと崩れ落ちる。どうやら腰が抜けてしまったらしい。
「ったく・・・。根性ねえな・・・」
 クーゲルが崩れ落ちたレイマーに一歩近づく。
「う、うぅぅぁわわわ!!?」
 よくわからない悲鳴を上げながら、レイマーは地面を犬のように四つん這いで逃げ出した。
「お・・・おい!」
 一人残されたヒューマーも、格好悪いへっぴり腰のまま無様に逃げ出し始める。すべてを見届けて、無事を確認すると同時にアイコは大きく息を吐いた。
「ありがとう。助かったわ」
「いいっていいって♪ 困った女の子は助けるのが、俺の世界の常識だ」

 クーゲルが少しおどけてそう言う。JOKERの方はそんなクーゲルを一瞥してそっぽを向く。いつもどおりの二人組だった。
「ところで・・・アイコちゃん。なんだってこんなところにいるんだ?」
 クーゲルが不思議そうに聞く。それもそのはず、通称武闘会区画と呼ばれるここは、好戦的なハンターや腕に自身のある一部の戦闘快楽主義者以外は、迷い込んだのでもない限りは、アイコのように戦闘に関しては腕が立っていても好んで戦闘したりしないタイプの人間には縁のない場所のはずなのである。
「美和の姿を見かけて、それで・・・追いかけてきたらここに入っていったの」
「美和がここに!?」

 クーゲルが素っ頓狂な声を上げた。美和自体、戦闘を好んではおらず、ここの空気に一番あってない人物だといえるからだ。
「そりゃ、見間違いだろう・・・」
 クーゲルの言葉にアイコが首をかしげる。今思えば、あれもサイカだったのかもしれないとアイコは思い始めていた。
 アイコたちがそんな話をしていると、突然歓声が上がった。
「な、なんだぁ!?」
「おい!あれは・・・俺の見間違いか・・・?」

 クーゲルが慌てふためくところに、JOKERの声がかかる。アイコもクーゲルも、訝しげな顔でJOKERの指す方向を凝視した。
「なッ!?」
 二人がそろって声を上げた。
 バトルフィールドに、美和が立って歓声を受けてポーズを決めている。
「大・勝・利〜〜!!」
 美和が吼える。歓声がわっと沸き起こった。
「み、みわ・・・マジかよ・・・」
 クーゲルが呟く。JOKERも珍しく呆気にとられてしまっていた。
 そんな中で、アイコは一人美和の様子を見て呟いた。
「あれはみわじゃないよ・・・。あれはサイカお姉さんだ・・・。何でみわの姿を・・・?」
「勝者!saika!!」

 審判の機械音声が高らかに鳴り響く。クーゲルもJOKERも、その声に我に返った。
「・・・さいか・・・・だぁ?」
「ってぇことは・・・、あれはまさかサイカの方か!?」

 JOKERたちの言葉はすでにアイコの耳には入っていなかった。アイコの頭の中には疑問がたくさん浮かんでいた。その疑問を解消してくれる人物は現在バトルフィールドで戦闘をしているたった一人だけなのだ。
「お、おい!」
 クーゲルの制止の声も聞かずに、アイコは走り出した。目指すのはこの区画の中心にあるバトルフィールドである。
 サイカたちがいる座標を検索し、アイコは自分のIDを素早く打ち込んだ。
「転送」
 転送装置が作動し、アイコの身体はクーゲルたちの見ている前で揺らめき、消えた。

 ・・・一方、そのころ・・・

「あれ・・・?」
「どうしたんですか?みわちゃん」

 アイコが転送された場所からさほど離れていない所で、同じようにサイカの位置を検索していた人影があった。美和とティアである。
「バトルフィールドの空き、あと一人になってる・・・」
 美和の言葉にティアが首をかしげる。
「さっきまで、二人でしたよね・・・?」
 美和が自分の端末を操作して、登録IDを検索する。
「え、と・・・。サイカお姉ちゃんに、YUMA・・・こいつが犯人ね・・・。あともう一人は・・・アイコ!?」
 美和の大声に、ティアが身体を硬くする。
「間違いない・・・アイコだ・・・。・・・・・・なんで?」
 美和がぶつぶつと呟いているのを、ティアは心配そうに見つめていた。
「あの・・・みわ・・ちゃん?」
「・・・・・・・・・・ごめん!」

 おずおずと話しかけるティアにそう言って、美和は端末を操作して転送装置を起動させた。 
「みわちゃん!?」
 姿が揺らめき、転送されていく美和を見てティアが驚きを隠せないまま声を上げる。
「そこで待ってて、わたしもお姉ちゃんのところにいく」
 美和は消える直前にそう言い残して、転送された。
 ティアが辺りを見回し、その場に座り込む。回りには屈強な戦士の姿ばかり・・・、ティアには自分がひどく場違いな場所にいることを感じていた。
「みわちゃ〜ん・・・・早く帰ってきて〜」
 区画の端っこに座り込み、今にも泣き出しそうな顔でティアは美和の帰りを必死に待ち続けていた。

「あのさ〜。賭け、してみない?」
 バトルフィールドの選択をしているサイカに、YUMAは唐突にそう提案してきた。
「賭け?」
 問い返すサイカに、美和は楽しそうに言った。
「そう、賭けさ!何かをかけて戦うとみんなすごく強くなるんだ。もし僕が負けたら、このヴァラーハをあげるよ!でも、君が負けたら、君の腰のものをもらうよ」
 この上なく楽しそうに言うYUMAに、サイカは咽まで出掛かった言葉を飲み込んだ。
「・・・いいわよ。・・・その勝負、受けましょう」
 サイカの言葉に、YUMAの表情がはじめて動いた。目がわずかに細まり、獲物を狙う事が楽しくてしょうがない猫のような瞳になる。
「言っておくけど・・・僕は強いよ〜♪」
「あら・・・それは残念ね。私も強いのよ」

 二人の瞳が交錯する。
「その前に答えて・・・」
 サイカが口を開いた。
「ティアちゃん・・・って言うフォースの子がいるんだけどね。その子・・・。アイテムを奪われたらしいのよ・・・。名前は・・・貴方と同じね・・・」
 サイカの視線を受けて、YUMAは悪びれずに言った。
「ああ、それは僕だね。あれは、あの子からもらったんだよ」
「聞いてるわ。あれは、あの子が別の人にあげるつもりで置いていたアイテムなんだって」
「うわぁ・・・そうなの? もう使っちゃったよ〜♪」

 YUMAが驚いたといった感じで言う。サイカは、努めて冷静な声で言った。
「それに、後で分配するはずだったアイテムもおいてあったそうよ」
「知らないよぉ〜〜?」

 YUMAがおどけた調子で言う。
「そう・・。私はよく知ってるわよ」
 サイカがそう言って、端末を操作してウィンドウを広げた。サイカの目の前に広がるウィンドウに、びっしりとアイテムデータが並んでいる。
「高属性リミッター付きの軍部試作品セイバーが2つ、同系ダガーが1つ・・・。それにサミットムーンにサイコウォンド・・・あらまぁ、スプレッドニードルまで・・・。よくもまぁ、こんなに集めたものね・・・」
「・・・・・・お前は一体誰だ」

 YUMAの調子が変わった。明らかに先ほどとはうって変わった鋭い目つきをしている。
「さぁて・・・誰でしょうね♪」
 今度はサイカがとぼける番だった。
 YUMAの右手が素早く動き、サイカの首筋を狙ってセイバーの突きが繰り出される。
 サイカはとんぼ返りでそれをかわすと、距離をとってYUMAと対峙する。
「正直ね・・・あんたに最後のチャンスを与えたんだけどね・・・」
 サイカがそう言って再び端末を操作した。
 ぐにゃり・・・
 サイカを中心として空間がゆがみ、YUMAを巻き込んで大きく穴が開けた。
 驚愕に目を見開いたまま、YUMAはサイカと一緒に穴の中に吸い込まれていった。
 それからしばらく後に、アクセスが受け付けられ、アイコはバトルフィールド唯一の安全地帯であるロビーに現われていた。
「ん〜?サイカお姉ちゃんはどこ〜?」
 アイコがきょろきょろと辺りを見回していると、唐突に目の前に見覚えのある姿が転送されて来た。後ろにアップされたピンク色の髪。抱きしめたら折れそうなほどに細く、小さな姿をしたそのハニュエールは、アイコと同じように辺りをきょろきょろ見回して、言った。
「にゅうう〜、お姉ちゃん、どこ〜?」
 視線をめぐらせた美和がアイコを捕らえた。
「みわ〜!!」
「あいこ!!」

 紆余曲折を経て、アイコはようやく美和に出会い、その身体を抱きしめた。

「な、何だよ!ここは!!」
 YUMAが叫ぶ。
 穴に飲み込まれたYUMAとサイカは、ラグオルに存在する遺跡エリア最深部と思しき場所に落ちていた。
「見てのとおり、遺跡エリアよ」
 いつもと変わらぬ調子でサイカが言う。
「ここで俺を裁こうってか?」
 はははとYUMAが笑い声を上げた。
「何がおかしいの?」
 サイカが静かに言う。
「おかしいね!おかしいさ!・・・そうだよ! 俺は泥棒さ!! だがそれがどうした! 強いものが強い武器、防具を欲して何が悪い!! 単なる運で強力な武器防具を手に入れた弱者よりも、強力な武具を手に入れたはいいが使い方もなっちゃいない初心者が持っているよりも、俺みたいな凄腕が持つほうが有意義に使えるに決まってる!!・・・そうさ、俺は正しい! こいつらも、俺に使われて喜んでるんだよ!!」
「・・・・・下衆が・・・・・・」

 ぎりッという歯軋りの音が聞こえるほど、サイカは強く奥歯をかみ締めた。
「下衆か!? 俺は下衆か? はははははは!!・・・なら、その下衆に敵わないあいつらは何だよ? 下衆以下の畜生かぁ? こりゃいいや!!・・・なんか文句があるんなら、総督府にでも直訴してみろよ・・・」
「そしたら、きっと半年以下のハンターライセンス停止処分でカタがつくわね・・・」

 サイカが落ち着いた声で言った。実際のところ、そうだろう。パイオニア2では、ハンターは必要な人材である。まして、非常事態である今現在に、YUMA程のレベルのハンターに厳罰を与えて戦力を消耗するわけには行かない。
「どうする!? ここで俺を裁くか? 好きにしてみな!! 俺には大きなバックがついてる! 俺に何かしたならお前はそいつらに半永久的に狙われるようになるぞ!!」
 サイカが小さく息を吐き、端末を操作した。
「なら・・・その組織全部潰せば終わりね・・・」
 サイカの言葉にYUMAが殊更に大きな声を上げて笑った。
「そりゃ無理だ! 組織の全貌は俺ですら把握しきれない。そこいらのハンターが敵うものか!!・・・それともここでアイテムを取り返すか? ほらよ! クズアイテムならくれてやるさ!!」
 YUMAが壊れたように笑い声を上げ、その場にアイテムを放り投げる。サイカは黙ってYUMAに向かって歩み寄っていった。有象無象とばら撒かれたアイテムたちが歩み寄るサイカのブーツに次々と踏み砕かれていく・・・。信じられない光景だった。
「な・・・・なんだ、そのブーツは・・・」
「これ?・・・ただのブーツよ・・何の変哲も無い、ただのブーツ」

 サイカの姿が徐々に変わっていく、身長が倍ほどに伸び上がり身体つきもそれに合わせて成長する。ピンク色だった髪は、長く伸びてその色を銀色に変えていた。
「お前は・・・なんなんだ・・・!?」
 おびえた声でYUMAが言う。サイカは、それに答えずに一歩一歩、ゆっくりとYUMAに近づいていった。
「ひぃっ!!」
 YUMAが狼狽して震える手で端末を操作する。その手が緊急転送コードを入力した。
「!?」
 YUMAが驚愕に震える。転送が行われない。
「転送、できないんでしょ?・・・でしょうねぇ、私がこの場を周りから遮断しているんだもの・・・」
 サイカが無表情の奥に隠れた氷のように冷たい笑みを見せた。見るものすべてを凍らせる、そんな形容が似合うほどにそれは絶対的な冷気をはらんでいた。
「ひぃぃっ!! くるなっ! くるなぁぁ!!」
 狂ったように、YUMAが自分の剣を振るって襲い掛かってきた。
「・・・・・・」
 サイカは、自分を殺すつもりで打ち込まれたそれにむかって右の掌を差し出した。右の掌を切り飛ばし、サイカの顔を両断するかに思われた真紅に輝く剣は、サイカの右掌に触れた瞬間、淡い光の粒子の塊になり、空気の流れに溶けて消え去った。
「“砕き消す右の掌(イレイザーハンド)”・・・。封印したはずのこれをまた使うことになるとはね」
 サイカが自分の右手を静かに見つめる。その顔は普段仲間内にすら見せない暗とした深い悲しみの表情だった・・・。
「う、ぅああああああ!!」
 YUMAが叫びをあげて背中を向ける。その瞬間、サイカの左手が動き、YUMAの装備しているマグに触れた。“ごとり”という重い音を残してマグが地面に落ちる。
「約束どおり、このマグはもらうわよ。これはいかがわしい品じゃないみたいだしね・・・」
 サイカが静かに言って、腰の抜けてしまったヒューマーに向かって左手を振りあげた。
「なんなんだよぉ・・・。おまえはいったいなんなんだよぉ・・・」
 同じことを呟き続ける哀れなヒューマーに、サイカは冷酷な瞳を向けて言った。
「裏社会に生きる人間なら、知ってたんでしょうね・・・。<銀髪の悪魔>の名前を・・・」
 サイカの左手が地面をはいずるヒューマーに向けて振り下ろされた。

「泥棒!?」
 アイコは、どこかで聞いたような声を上げて美和のほうを見た。
「何でそんなにやばい話に首を突っ込んでいるのよ!」
 アイコの言葉に美和は少しうつむいて、言った。
「・・・ティアちゃんは、友達だから」
 美和の言葉に、アイコはあきれるよりも先に納得していた。美和がこういう性格だと熟知しているアイコだからこその賜物である。
「それに、お姉ちゃんも動いてるから平気だよ♪」
 明るいいつもの調子で言う美和に、アイコは一つ息をついた。
「本当、心配したんだよ〜」
 アイコの言葉に美和が苦笑したそのとき、唐突に目の前にパイプが開いて、銀髪のハニュエールが姿を現した。
「・・・・・・・ふぅ・・・」
 ハニュエールは辛そうに一つ息を吐くと、視線をめぐらせる。銀髪の視線が、美和と重なった。美和の方も、驚いた表情になる。
「・・・・・・・・・・」
 銀髪のハニュエールは、美和の目の前でふっと力なく崩れ落ちた。
「おねえちゃん!!」
 美和が怒りの声を上げる。明らかに怒っていると、そばにいるアイコに感じられるほどに、大人しい美和には珍しい、それははっきりとした感情だった。
 美和がハニュエールの傍に走り寄って抱き上げる。
 ハニュエールの身体が淡いフォトンの輝きに包まれ、見る見るうちに美和と同じ姿のいつものサイカの姿に戻ってゆく。
 ゆっくりと、サイカが目を開けて美和の頬に手を触れた。
「・・・悪かったわよ。ごめんね、みわ。もう二度と使わないって約束したのにね・・・」
「もう絶対に使わないでね・・・。お姉ちゃんが死んじゃうよぉ・・・」

 サイカの言葉にそう答えて、美和はサイカの胸に顔を埋めて堰を切ったように泣き出した。
 一人残されたアイコは、居心地の悪さを感じて転送装置を起動させてその場を後にしたのだった。

 うす暗い遺跡の奥で、ヒューマーは静かに目を覚ました。
「はぁ、はぁ、・・・畜生! あの女・・・」
 YUMAである。装備品はすべて消え去り、無様な姿を晒している。
「・・・はっ! だがあの女・・・詰めを間違いやがったなぁ。装備なんかなくても、この程度の遺跡くらい・・・」
 YUMAの言葉は最後まで続かなかった。YUMAが扉を開けてフロアに顔を出すのと同時に、遺跡に存在する生命体、ディメニアンが現われたからだ。
「へっ!死にやがれ!ザコが!」
 素手で殴りかかったYUMAは、ディメニアンに拳が当たった瞬間に身体を駆け巡った激痛に身をもじって苦しんだ。
「ぐぁぁぁぁっ!?」
 想像以上に堅いディメニアンの甲殻に、YUMAが喘ぐ。
「な・・・ま、まさか!?」
 YUMAが自分の端末を起動させる。自分の身体データが、盗んだアイテムによって強化していたときから、ハンター登録をしたばかりのころまで戻っていた。
 今のYUMAには微塵の力も存在してはいなかった・・・。
「ひ・・・、は、は・・・」
 慌てて転送コードを入力するが、機能はすでにサイカによって封じられている。
「戻せ! 俺をパイオニア2まで戻せよぉ!!」
 泣き叫ぶような声で端末を操作し続けるYUMAを、ディメニアンは機械的な動きで取り囲み、その鋭くとがった剣のような腕を振り下ろした・・・。

「細胞組織の配列を書きかえたぁ!?」
「そう、私にはそれができるの・・・」

 一般居住区、サイカの家で、一同が介してサイカを中心に話をしている。信じられないといった感じのアイコたちを尻目に、サイカはのんびりとした調子で言った。
「そうかそうか!サイカさんにはそんなことができるんだな!あっはははは・・!!!」
 クーゲルがそう言って笑った。
「なかなかすごい能力じゃねえか。クックック・・・」
 JOKERも笑っている。
「・・・・・・あっ!」
 アイコは自分たちが担がれたことを知って、顔を真っ赤にした。
「サイカお姉ちゃん!・・・もう、いいよぉ。言いたくないんだったら聞かない!」
「あはは・・・ごめんごめん」

 サイカはそういって、そっぽを向くアイコの頭を軽くなでた。ちょうど、母親がへそを曲げた子供をあやす時のように・・・
「・・・・・・あ」
 クーゲルがいきなり声を上げた。
「どうしたの?」
 美和と、サイカ、そしてアイコが同時に聞き返す。
「そういや、当事者の・・・ティアちゃんだっけか? どこにいるんだ?」
 クーゲルの言葉に、美和の顔がみるみるうちに青くなった。
「うぁぁぁぁぁ!!ティアちゃん忘れてたぁ!!」

 歓声もやみ、人の減った武闘会区画の端っこでうずくまったまま眠るそのフォースは、何度目かの寝言を小さく呟いた。
「みわちゃんのバカ・・・・」

To Be Contenued・・・
see you the next!

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