novel

No.ex14 青く淡い想い

 ハンターズという仕事は、今のパイオニア2内において言うなら、羽振りの良い仕事といえるだろう。もちろん、見返りに対する危険度を考慮しないならば、だ。
 その収入源は、ギルドから請け負った依頼を解決した時に得られる依頼料。しかし今のパイオニア2ハンターズは、必ずしもこのギルドからの依頼ばかりで稼いでいるわけではない。むしろギルドからの依頼料は微々たる物となっている。
 ハンターズには惑星ラグオルの地に降り立つ許可が与えられている。このこと自体が収入の主だった要因になっているのだ。
「あてもなく巡回するってのも、キッツイねぇ」
 一人愚痴るレンジャー。彼も又、ギルドの依頼とは別の方法で収入を多く得る一人だ。
「愛しい彼は現れず・・・か。まったく、じらすねぇ」
 彼には一つ目的がある。だがその目的は達成されず、しかし収入だけは増えていく一方。
 ハンターズの収入。それはラグオルの地で発見される、かつてはパイオニア1の物であったであろう数々の通貨と物資。
 どういう訳か、ラグオルの住人達はこれらの通貨や物資を所持したまま徘徊している。どんな目的でラグオルに降下するにせよ、ハンターズは彼ら先住人達との戦闘が避けられない為、必然と彼らの所持していた通貨や物資が手に入っていく。これがいつの間にかハンターズの主な収入源となり、そして今ではギルドの依頼をこなすよりも先住人達を狩る・・・まさにハンターとなって懐を潤す者が多くなっていた。
「今日の所は引き上げるか。参ったね、このままじゃ俺様億万長者だよ」
 収入が増えれば喜ばしいことなのだが・・・持ちきれない程の戦利品を手にしながら、男は溜息をついていた。
 欲しいモノが得られない。それが溜息となって現れた。

「もし見つけられたら、という話になりますけど・・・」
 話は数日前へと遡る。
 遠慮がちに、白衣を身に纏った女性が一人のレンジャーに依頼・・・というよりはお願いに近いだろう、その内容を話している。
「希少種である「ヒルデブルー」か「ヒルデトゥール」を見つけたならば、この短銃を使ってサンプルを採取して貰えますか?」
 女性が手にしているのは、一見ハンターズがごく普通に用いる短銃。
「これはラボで開発された簡易型生体データ採取のフォトン機材を搭載した短銃です。今までの物と違い、同じ生物に対して幾度もフォトンを打ち込む必要が無く、また時間の制約もありません」
 女性は以前、ラボが開発した機材をハンターに持たせ生体データの採取をお願いしたことがある。その時の機材はパイオニア2内で取り急ぎハンター用に作られた簡易型だった為か、機能面が非常に低かった。しかしそれをベースにラボ内で作り直された改良型がこの銃だと言うことらしい。
「ただ欠点は、一つの短銃に対して一発しかフォトンを発射できないことと・・・私の手元には、同じ銃はこれだけしかありませんので・・・」
「つまり一発勝負って事ね。なに、俺の腕ならわけないさ」

 申し訳なさそうに口ごもってしまう女性とは対照的に、依頼されている男性は何も問題ないと、笑顔を浮かべ軽く対応している。
「むしろ問題は、そー簡単に奴らが俺の前に出てくれるかって事だな」
 対象となるヒルデブルーとヒルデトゥール。どちらも希少種と呼ばれるだけ有り、そう滅多に見かけることがない。頻繁にラグオルへと降り立っているハンターズの面々も、この二種の王者に遭遇したという者は数える程しかいないのだ。
「ええ、ですから何かのついでという形で・・・偶然見かけたらで結構ですよ」
 依頼という形では、あまりにも達成が困難。だからこそ、「お願い」という形で銃を預ける方がお互いに有益だろう。依頼者、いやお願いをする立場にある女性はそう考えた。
 しかし、ここに考えの相違があった。
 頼まれた立場の男は、これを依頼と受け取った。もちろん女性の考えは重々承知しているのだが、男は女性のお願いを何より優先して果たしたい。そう考えていたのである。
「そうだな・・・ま、気長に待っていてくれ」
 と口にしながら、さてこの途方もない依頼をどう達成するか。その策を必死に考える。
「お願いします、バーニィ。こんな事頼めるの、あなたしかいないから」
 何とも嬉しい言葉ではないか。
 女性に頼られて気を悪くする男はいない。しかもその女性がアリシアならば、バーニィにとって尚更。
 こうして微笑む女神を、又更に満面の笑みで満たす為に、バーニィは一刻も早くデータを収集しなければと意気込んでいた。

 意気込んではいたが、その意気込みは当然のごとく空回りをしていた。
 希少種に会う。それは本人の努力や気迫でどうにかなるものではない。だからこそ、これは「依頼」という形では成立しないのだ。
 運。全ては、それが左右すると言って良い。
「するってぇと、俺様の運は底を尽きたってのか?」
 苦笑いを顔に貼り付け、森の王者達がよく出没すると言われているルプスの森を散策するバーニィ。
「ま・・・今までが運に助けられてばっかりの人生だったからねぇ」
 ただひたすらに森を彷徨うバーニィの脳裏には、次々と思い出という辛くも楽しくもあった記憶が蘇ってきた。
 母星コーラルでの戦争。そこで救われた命と、救って貰った恩人ゾーク・ミヤマ。思えば、恩を返したい一心で彼について行ったことから、自分の人生は大きく変わったな。バーニィは規則正しく鳴る、芝を踏みしめる音を聞きながら、思い出への旅路を脳裏が進めているのを感じていた。

 恩人ゾークには、「豪刀」という二つ名と「三英雄」という名誉が付けられていた。「豪刀」の名はさておき、「三英雄」という名誉に、彼は誇りと苦悩を抱いていた。彼の元で彼の手助けを続けていたバーニィには、それが日々感じられていた。
 三英雄と言うからには、他に二人の英雄がいる。ヒースクリフ・フロウウェンとドノフ・バズの二人だ。彼らと共に三英雄と並び称される事は、彼らの親友として誇らしかったであろうが、しかしフロウウェンと袂を分かってからは、それが苦悩へと変わっていた。けしてフロウウェンを憎く思っていたわけではない。ずっと、親友として彼を賞賛していただろう。だが、だからこそ、ゾークには辛かったのだろう。二人の間に何があったのか、バーニィは知らない。だがゾークの元に居続けた事で、ゾークの苦悩をなんとなしに感じていた。
 その一方で、ドノフとの付き合いは続いていた。かつてのような交流はなくなったとはいえ、少なくともフロウウェンよりは接しやすかったのだろう。むしろドノフは、三英雄が三英雄のままで有り続ける為の架け橋になっていた。彼がゾークとフロウウェンの間に立っていなかったら、三英雄の名は失われ、英雄としてフロウウェンの名だけが残ったかもしれない。
「面倒なことになっての」
 今から八年前、久しぶりとなったゾークとドノフの面識。その場で起きた様々な事柄を、バーニィは良く覚えていた。
「ヒースの奴め、アリシアのお嬢ちゃんをコーラルに置いていくなどと言いだしおった」
 パイオニア1がコーラルを飛び立つほんの数日前だった。陸軍副司令官としてラグオルへと旅立つフロウウェンが、自分の一人娘を置いて行くことをドノフに明かし、しかもドノフに、彼曰く「面倒な」事を願い出ていた。
「しかもだ、お嬢ちゃんを今後俺の元で育てて欲しいなどとぬかしおって・・・まったく、呆れるわい」
 アリシアはフロウウェンの一人娘だが、血は繋がっていない。彼女は戦争孤児で、フロウウェンに一命を救われた後に彼の養子として育てられている。
 フロウウェンが言うには、パイオニア1が向かう惑星ラグオルは危険な星故に、アリシアは連れて行けない。しかもアリシアはまだ幼く、誰かの養育を必要とするだろう。だからこそ、アリシアを任せたい。そうドノフに頼んだらしい。
「成人した女性ではないが、アリシアも子供ではない。今回の事、あのお嬢ちゃんがどう受け止めるか・・・」
 バーニィはこの時、まだアリシアとは直接会った事がない。フロウウェンの義娘である以上、ゾークやドノフから名と大まかな話くらいは聞いた事はあるが、どのような女性かは知らなかった。
 しかしそれでも、今のアリシアがどのような立場に置かれているか。それくらいは安易に想像が出来る。
 そもそもが養子。そしてまた、養子に出される。これはつまり、真意は別だとしても当本人は「捨てられた」と感じても致し方ないだろう状況だ。
「憎まれてでも・・・義娘の安全を考えれば、などとぬかしたのではないか?」
「その通りじゃ。奴の言い分も判らなくはないがな・・・酷な話じゃて」

 憎むかどうかは判らない。しかし間違いなく、「噂の女性」は悲しんでいるだろう。
「陸軍副司令官という立場が、父親という立場を上回ったか。何よりも公務を優先する男だな、相変わらず・・・」
 憎々しげに唇を噛むゾークの顔を、バーニィは何度か目撃している。それは決まって、フロウウェンの話題が出た時。それも、彼が他の何よりも軍人としての公務や任務を最優先した、と言う話を聞いた時。
 ゾークとフロウウェンが何故袂を分かったのか。その理由は詳しく聞かされていない。だが、その理由がゾークとフロウウェンの考え方の違いによるものだという事は薄々感づいていた。
 例え限りなく黒に近いと判っていても、まずは任務を遂行しようとするフロウウェン。そして任務の遂行よりも己の正義を貫こうとするゾーク。何時しか、お互いの道が分かれていったのは必然だったのかもしれない。
「して、そのお嬢さんは?」
 堅物のフロウウェンに呆れるより、今は傷ついた女性。ゾークは悲しみに暮れているだろうアリシアを心配した。
「その事でな・・・すまんが、バーニィ君を貸して貰えないか?」
 突然自分の名がドノフから告げられたこの瞬間、バーニィは運命的な出会いへと導かれる事となった。

 思い出がいよいよ核心部に入ろうとしたその時、ふと顔を上げると目的地・・・比較的頻繁に森の王者が出没すると言われているポイントまでいつの間にか辿り着いていたのに気付いた。
「さて、今日は現れてくれるかね・・・愛しい愛しいテディベアちゃんは」
 もちろん、蜂蜜の入った壷を片手に持ったヒルデトゥールでも構わない。
 愛らしいぬいぐるみ姿のヒルデブルーとヒルデトゥールを勝手に想像し、一人笑い出すバーニィ。
「とりあえず今はいないか・・・待ち伏せて出てくるような連中じゃねぇからな、一旦別のポイントに向かうか」
 一旦この場を離れ、バーニィはいくつか目星を付けておいた捕獲ポイントの一つへと、足を向けた。
 そしてまた、テンポ良く踏み鳴らされる芝の音を聞きながら、バーニィは思い出への旅路を続けていた。

 始めてアリシアと出会ったのは、ドア越しだった。
 アリシアはあまりの事に部屋に閉じこもり、出て来ないのだという。いずれ時が経てば落ち着くだろうとは思うが、かといってこのまま放置するのは忍びない。そこで、ドノフはバーニィの力を借りたい、と申し出てきたのだ。
(岩戸を開ける役目は、女神だって話だったよなぁ・・・)
 どこか遠い国の伝承にあったおぼろげな記憶をたぐり寄せながら、バーニィはあれこれと思案した。
(確か・・・って、使えねえだろ「その手」は)
 岩戸の奥に閉じこもった女神を、別の女神が気を引いて引っ張り出すという話なのだが、その時に用いた女神の手段・・・それはあまりに過激で、また女神だから許された手段だった。「それ」を自分がやる姿を一瞬でも想像したバーニィは、ちょっとした吐き気を催した。
(くだらねぇ事考えてる場合か。さて、どうするかな・・・)
 ドノフが言うには、とにかく話をするなり聞くなりしてやって欲しい、との事。
 新しい保護者もそうだが、義父もゾークも、アリシアとは随分と歳が離れている。ここは同年代のバーニィに頼んだ方が良いだろうという判断だ。
 その根拠は判るが、少しばかり安易に考えすぎる。
 同年代だ、と言う事以外に利点はない。相手は初対面な上に、落ち込んでいるという状況で、さて男としてどう話を切り出すべきなのか?  ゾークはバーニィがアリシアの元へと向かう前に言っていた。三英雄は功績をいくつも積み重ねてきたが、こと女性の事となると三人が三人とも全くお手上げなのだと。
 言われてみれば、三英雄は全員が独身だ。特にフロウウェンは三英雄の中でも持てたと聞いていたが、女性に関してかなり疎いらしく、これまで何人もの女性を知らずに泣かせてきたらしい。
 その一人が、アリシアという訳か。
 そんな女性に奥手の者達では、どうにもならない。ならばどうにかなる可能性が最も高いバーニィに・・・という事らしい。
 それもまた理解できるが、いざ自分がその立場になれば、やはり戸惑うばかりだ。
(・・・ええい、ままよ)
 ドアの前に突っ立っていても仕方ない。バーニィは意を決しドアを軽く叩いた。
「あの・・・初めまして・・・突然ですみません。俺、バーニィっていう、その、ゾークさんのところで世話になっているレンジャーです」
 我ながら、しどろもどろと口をついて出る言葉の情けない事。しかしそれでも、これでやっと一歩踏み出せたのは確か。
「事情はドノフさんから聞きました。あの、余計なお世話だとは承知していますが・・・」
 承知した上で、さて何をしに来たのか?
 目的は判っている。アリシアを慰めに来たのだ。しかしここで馬鹿正直に「慰めに来ました」などと言えるわけもなし。
 また振り出しに戻るのか?それでは意味がない。再びバーニィは意を決し、話を無理に続けてみた。
「・・・このままで良いです。俺の話を聞いてくれませんか?」
 返事はない。それでもバーニィは了解してくれたものと勝手に思いこむ事で口を動かし続けた。
「俺も、戦争孤児です」
 ドアの向こうで、アリシアはどんな反応を示しただろうか?
 戦争孤児は、そう珍しい事ではない。むしろ孤児は、資源の枯渇やニューマンの寿命問題なども含め、戦争に関係なく増え続けているのだから。つまりは、バーニィの告白はそう衝撃的なものではない。
 しかし、これでほんの少しでも共感してくれれば御の字。バーニィはそう考え自ら戦争孤児である事を告げたのだ。
「でも、アリシアお嬢さんと違うのは、俺は今でも戦争孤児で、親はいません」
 そう、アリシアのように拾われきちんと育てられる孤児の方が圧倒的に少ない。それを考えれば、仮に今「捨てられた」としても、アリシアは幸福だったはずだ。
「あ、いや、別にだからどうだというのではなくて、その・・・」
 拾われただけありがたく思え、などとアリシアを戒めるつもりがあるわけではない。しかし今の話し方では、そう受け取られてしまう。バーニィは慌ててそれを否定した。
「・・・俺にとって、ゾークさんが恩人でした」
 落ち着き、とにかく話を最後までしてしまおう。バーニィはゆっくりと続きを話し始めた。
「色んな事を教わりました。孤児の俺が一人で生きていけるよう色んな事を教えてくれました。ただ厳しい人ですから、その分きつかったですけどね」
 軽く笑う声が、虚しく響く。それでもバーニィはまだ続けた。
「生きていく、って意味なら、俺はゾークさんの世話になる必要はもう無いはずです。それでも、俺はゾークさんについて行こうと、今でも側にいさせて貰ってます」
 独り立ちできる状況になって決めた事。あえて独り立ちしないと決めた事。そこにはゾークに対する様々な想いがあった。
 だからこそ、バーニィは少しだけ、アリシアの気持ちが判っていた。
「アリシアお嬢さんも・・・同じなんですよね?独り立ちできるとしても、フロウウェンさんの側にいたいと願っていた・・・」
 なぜそう願うのか。さすがにそこまでバーニィは推測できない。しかし自分の心情に近い物があるのだろうと思っていた。
「俺だって、今ゾークさんに「もう付いてくるな」って言われたら・・・はは、あの人なら突然言い出しかねないから怖いなぁ」
 その恐怖が現実のものとなったアリシア。彼女の胸に去来する絶望は計り知れないだろう。
「でも・・・ついて行く事でゾークさんを困らせるくらいなら、嫌でも納得しなきゃならないかな・・・」
 おそらく、アリシアと同じように落ち込むだろう。そして、無理矢理自分を納得させる自分も想像できる。
 辛いが、今は現実を受け入れるしかない。それはアリシアも判っているはずだ。あえてバーニィが言う事ではない。しかし他に、かけるべき言葉がなかった。
 これで良かったのだろうか・・・続く沈黙がバーニィの不安をあおる。
「・・・悔しいんです」
 ドアの向こうから、始めて声が聞こえた。
「付いてくるなと言われた事も、そして付いて行けない自分も」
 貯まっていた「何か」を吐き出すように、今度はアリシアが話を切り出した。
「私は、学者の卵です。ヒースの側に居続ける為に、私は学者を目指しました」
 軍人になる方が近道だが、それを女性に求めるのは酷。彼女なりに、フロウウェンの側に近づく為の手段として学者という道を選んだのだろう。
「でも・・・間に合わなかった。パイオニア1に乗船する為に、私は学者になりたかった。でも選ばれなかった・・・」
 パイオニア1の出航自体は、数年前より準備が進められていた。そしてそこにフロウウェンが乗船する事も、本人は何度か拒絶したものの随分前から決まっていたらしい。その時から既に、フロウウェンはアリシアを連れて行けないという事を言い出していたらしい。
 そこで彼女は、意地でも側を離れまいと、パイオニア1クルーに選ばれる為に学者を目指していたのだと言う。元々才女として周囲から認められていただけに、学者になろうと決断するにはそう迷いはなかったとも、彼女は告げた。
「選んだのは・・・ヒースが選んだのは・・・リコなのよ・・・義娘の私より、ヒースはリコを選んだのよ。それが悔しくて・・・」
 嗚咽と共に、絞り出された言葉がドア越しに響く。
 例え学者になれなかったとしても、フロウウェンが義娘を連れて行くと言えば付いて行けただろう。彼女の努力はフロウウェンも知っていたはずだし、助手としてラボチームに迎え入れても足手まといにはならなかったはず。それでも、フロウウェンはかたくなに拒んだ。
 代わりに、フロウウェンは己の愛弟子にして一人の英雄、赤い輪のリコを選んだ。自分よりも愛弟子を選んだと、アリシアはそう言っているのだ。
「判ってる、判ってる!そんなんじゃない事くらい・・・でも、でも!うぅ・・・」
 激しく叩かれるドア。彼女の悔しさが、音と衝撃と、そして彼女の手に走る痛みとなって跳ね返る。
 けして、リコはアリシアの「代わり」ではない。
 赤い輪のリコ。学者としてもハンターズとしても一流の頭脳と腕を持ち、英雄と称えられた一人の少女。
 天才、と一言で片づけてしまうにはあまりにも惜しい。そんな英雄だ。
 彼女がパイオニア1のクルーとして乗船するのは、至極当然のように思える。アリシアの事など関係なく、彼女は選ばれていたはずだ。
 ただ、そのリコがフロウウェンの側にいる。それだけがアリシアの心を締め付けるのだ。
 嫉妬。どうしようもなく醜い感情。判っていても、それを押し殺す事など出来はしない。
 義父への溺愛。その「愛」がどういった形の物か、それは本人にも理解は出来ていないだろう。
「・・・ごめんなさい、みっともないところをお見せして・・・」
 ひとしきり泣きはらしたところで、アリシアはドア越しの相手に謝罪した。
「いえ、俺はただ、その・・・ああ、ほら、俺アリシアお嬢さんの事「見えて」ませんし」
 言葉尻からジョークをつまみ出し、どうにか場を明るくしようとバーニィは勤めた。
「ふふ・・・あっ、えっと・・・」
「バーニィです」
「・・・バーニィさん。どうぞ中へ入らして」

 岩戸が開いた。そして、そこには女神がいた。
「ごめんなさい、今私みっともない顔してるわよね」
 とんでもない。
 潤んだ瞳と、気丈に作られた笑顔。瞬く間にして、男は女神に魅了されていた。
 女性を口説くならば、傷心した時を狙え。どこかで聞いた薄汚いやり口だが、バーニィはまさに、この真逆を突かれた。
 守ってあげたい。この女性を守ってあげたい。
 この女性をもう、悲しませたくない。一目見ただけで、バーニィは女神に陶酔しきっていた。
「さあどうぞ」
「あっ、しっ、失礼します、アリシアお嬢さん」

 女性の部屋に入る事自体緊張するというのに、バーニィはアリシアの仕草一つ言葉一つに見入ってしまい、また口がうまく回らなくなっている。
「アリシアで良いわよ」
「いえ、そういうわけには・・・」

 とてもではないが、名前でなど呼べない。かといって、「フロウウェンさん」と呼ぶのは今はまずい。
「でも、同世代の方に「お嬢さん」って呼ばれるのはちょっと気が引けるのよ」
 先ほどまでよりは随分と自然に笑顔を作れるようになっていくアリシア。それがまた、バーニィには眩しすぎた。
「なら・・・そうだ、「嬢さん」で」
「ええ?なによそれ」

 お嬢さんよりも砕けた言い回しとして、「お」を外した「嬢さん」という言葉を思いついたが・・・やはり不自然だ。しかし今のバーニィにはこれが精一杯なのだろう。
 そしてこの呼び名が、八年経った今でも続く事になるとは、当の本人達ですら思いもしなかっただろう。

 気付けば、もう次のポイントに到達していた。ここで目的の王が現れないようならば、また別のポイントへと・・・そうやって今日も無駄に時間だけが過ぎていくのだろうか。
 溜息が自然と零れる。
 Thud!
 と同時に、上空から何かが飛来した。
「待ってたぜ、愛しのダーリン」
 飛来したのは三匹。黄色でも白でもない。地響きを鳴らす巨体の色は、二体は茶色の体毛に黄色がかった肌。
 残る一体は、岩肌のように灰色がかっている。
「こいつぁ・・・ようやっと俺にも運が巡ってきたな!」
 待ちこがれた希少種。それもレア中のレアにして、キング・オブ・ヒルデ。
 ヒルデトゥール。畏怖堂々と、二匹の配下を引き連れ、バーニィの眼前に降臨してきた。
 すかさず、腰に手をかけアリシアより受け取っていた短銃を右手に構える。
 この銃で一発、森の王者に弾丸を食らわせれば良い。簡単なことだ。
 言葉だけで言うならば。
「さすがに、そう簡単じゃなさそうだ」
 ターゲットは後方に陣取り、前方には障害が二匹。ここから狙うにはあまりに無謀。
 確実に当てるならば、近づくのが一番。だがそれも難しい。
 立ち塞がる二匹が振り下ろす巨大なハンマーのような腕をかわすだけでも手一杯になりそうな上、それを王がただじっと見守っているとは思えない。遠方より何か仕掛けてくるのは間違いないだろう。
 奴らは、口から様々な「息」を吐き出す。通常は炎の弾だが、これが希少種になると吹雪になり、そして眼前にいる二匹に至っては雷を吐き出す。これでも一応属性がネイティブ・・・つまり、ごく自然の事として行うというのだから驚かされる。
 そして肝心の王、ヒルデトゥールの息はもっとやっかいだ。
「っぶね!」
 早速、岩肌の王が毒々しく紫に染まった息を吐き出してきた。
 見た目通り、この息はとても危険だ。うっかり身体に浴びれば、あっという間に毒素が染みこみ、瞬時に命を奪う。
 二匹の猛攻をかいくぐり、克つ目標からの攻撃も避けつつ近づく。段取りを言葉に並べた以上にやっかいな事であるのは、今その境遇に立たされているバーニィが一番判っている。
「先に邪魔なこいつらを始末するか」
 性質上、ターゲットはまず逃げないだろう。しかしこちらから逃げれば当然見失う。ある程度の距離ならば追いかけても来るだろうが、その「距離」がどの程度かは掴めない。
 離れすぎず、ギリギリのところで攻撃をかわさなければならない。その上で、邪魔な二匹を始末する。
 作戦は組上がったが、実行に移すとなると気が重い。
「ま、やるしかねー訳だが」
 預かった大切な短銃を一旦仕舞い、愛用のバーニングビジットを担ぎ直す。
 複数の敵を倒すなら、このバーニングビジットでは少々役不足だ。本来ならここは、散弾銃で応戦するのが適切。一度に複数の敵に弾丸をぶち込めるだけでなく、ある程度照準を合わせなくとも弾数の多さと銃自体の自動照準機能によって、ほぼ間違いなく命中させられる。逃げながら攻撃する事も考えれば、やはり散弾銃が一番だろう。
 しかし散弾銃では問題がある。今回の目的は敵の殲滅ではなく、希少種のデータ確保だ。雑魚の駆除に気を取られ乱発したばかりに、大物まで倒してしまっては本末転倒。おそらく雑魚より大物の方が体力もあり、同時に倒れるなどという事は無いとは思うが・・・絶対とは言い切れない。ならば極々小さな可能性でも危険があるならば、避けた方が無難だ。
 なにせ相手は希少種。もう二度と出会えないかも知れない大物なのだから。
「食らいな!」
 担がれた愛用の銃から、炎の弾が轟音と共に射出される。そしてすぐさま駆けだし、もう一匹の雑魚が振り下ろした豪腕から逃れる。
Foie!」
 そして振り向きざまに、今度はテクニックによる炎を一撃。
 威力は高いが、愛用の銃にはその高い威力を維持する為のフォトンチャージに時間が掛かりすぎるという欠点がある。その為連射が出来ない。バーニィはそれをテクニックでカバーしつつ、攻撃の連携を途切れないよう保った。
 それだけではない。とにかくバーニィは走り回った。振り下ろされる豪腕から逃れるという事もあったが、遠方より即死性の息を吐きかけようとする砲台に、照準を合わされないようにする意味もあった。
 しかし走り回れる範囲は狭い。腕が届かないところまで離れすぎると、今度は護衛達まで息を吐きかけてくるようになる。彼らの息は追尾精度の高い雷。走り回るだけでは避けきれない可能性があり、もし食らえば感電し攻撃できなくなる可能性すら出てくる。
 付かず離れず。それでいて走り回り、銃とテクニックの攻撃を繰り返す。バーニィは地道にこれを繰り返した。
「ま、レンジャーらしい戦い方じゃねえけどよ」
 遠方より、正確な射撃で敵を倒す。そんなレンジャーのイメージとは随分とかけ離れた戦法だ。
 しかし、これがおそらく一番確実な方法だろう。
 格好で勝てる戦など無い。敵を倒す為ならば、不格好でも無様でも確実に行え。
 ゾークから学んだ教訓の一つ。バーニィはそれを忠実に守っていた。
「うちの相棒も、こーいうのを理解してくれると助かるんだけどねぇ」
 勢いに任せ敵陣に切り込むハンターの姿を思い浮かべながら、敵に習って愚痴という毒を吐く。
 地味だが確実に効いていた攻撃は、やっと実を結んだ。
 一体、地響きを立て崩れ落ちた。
「うし、もういっちょ!」
 数が減れば、当然それだけ楽になる。今までの苦労が嘘のように、二回目の地響きはすぐに鳴らされた。
「おっしゃ、待たせたなダーリン」
 愛しい獲物に心を込めた贈り物。それはもちろん、たった一発しかない貴重な弾丸。
「丁寧確実がモットーなんでね。キッチリ、お届けに参りましょう!」
 毒の息を吐きかけられないよう、弧を描くように接近。照準あわせに戸惑った受取人は直接出向き、パンチという印鑑を宅配人バーニィに押そうと迫った。
「もらった!」
 充分に保った距離から放たれたプレゼント。厚すぎる程の胸板でそれを受け取った。
「や・・・っと!」
 目標は達成されたが、終わりではない。
 データは確保できた。しかしそのデータ元は健在。振り上げた豪腕は止まることなく豪快に振り下ろされた。歓喜の声を上げる間もなく、バーニィはそれをスレスレでどうにか避けた。
「あぶねぇあぶねぇ。すっかり忘れてた」
 目標達成が確実なのは良いが、その後の算段も確実でなければならない。それを失念したバーニィの背中がじっとりと湿る。
「さて・・・じゃ、ずらかりますか」
 目的は達成された。ならば無理に倒す必要はない。
 けして手強いから、という事ではない。バーニィは眼前の王が希少種である事を考え、殺生を避けたのだ。
 倒してしまっても良い。むしろハンターズなら普通は倒すだろう。希少種は己が希少だからなのか、希少物資を保持している確率が高い。ハンターズが希少種を探す理由は、物珍しさなどではなく希少物資が目的である事がほとんどだ。今回のバーニィのようなケースの方がよっぽど珍しい。
 しかし、希少種は生物として貴重な存在。生態系もまだ把握できていない現状で、むやみに数を減らすのは忍ばれる。バーニィはそう考えたのだ。
 バーニィが考えたと言うべきか?正確には、アリシアの考えを彼が遂行したと言うべきだろう。
「ミッションコンプリート・・・ってね」
 充分に離れたところで帰路を作り出し、バーニィは本当に愛しい人の元へと帰っていった。

「本当にありがとう・・・まさか本当にデータを取って来てくれるだなんて・・・」
 女神の微笑み。今回の任務で得られた、いや得たかった報酬だ。
「いやあ、俺もまさか出くわすなんてね・・・いや、ホント運が良かったよ」
 二週間かけた地道な成果を「運」の一言で片づけたバーニィ。むろん「二週間も掛かった」などと言えるはずもないのだから。
「ああそうだ。残りのヒルデブルーなんだが」
 最も貴重なヒルデトゥールのデータは持ち帰ったが、アリシアが欲しているデータは二種類。そのもう一つについてバーニィは情報を得ていた。
「なんでも、ヒルデブルーの頭だけ持ち帰って、フォース用の杖に加工するなんて悪趣味な連中がいるらしい・・・いや、そういうのが嫌いなのは判ってるけどよ」
 悪趣味どころではない。アリシアは怪訝な顔を隠さずバーニィの話を聞いている。
「その杖か頭を持っている奴に頼めば、データはそこから取れるんじゃないかと・・・いや、そういう連中に頼みたくない気持ちも判るけどさ」
 更に眉をひそめたアリシアの顔を見て、この話はすべきではなかったと後悔しはじめていた。
 確実にデータをそろえるなら、ヒルデブルーを闇雲に探すよりはハンター達から話を聞き出し杖の所持者を捜した方が早いだろう。それはアリシアも十分理解しているが、気持ちがその方法を選択させないでいる。
「・・・そうですね。まずはデータを確保する事を優先すべきですよね・・・」
 気乗りはしないが、これ以上バーニィの手を煩わせるのも忍びない。
 運が良かった、と本人は言っているが、おそらくその「運」も、多大な労力によってもたらされたものだろう。アリシアはそれに気付いていた。
 実のところ、銃を手渡してから彼女は後悔していた。本当に「もしかしたら」という小さな可能性を託すつもりでバーニィに銃を渡したのだが、バーニィなら、受け取った事で無理をするだろうとすぐに気付いた。しかし一度手渡した物を返せとは言えず・・・彼女なりに悩んでいたのだ。
 バーニィの性格はよく知っている。八年前に慰めて貰ってから、彼はいつでも自分の心を支えてくれていた。
 ゾークの元であれこれと暗躍する事の多いバーニィは、いつでも側にいてくれていたわけではない。しかし彼は何時だって、自分の為に精一杯何かをしてくれていた。それでいて、たいしたこと無いという素振りをするのも決まっていた。
 そんな素振りを見せるから、「ご苦労様」とは言えなかった。
「ごめんなさい、いつも我が儘ばかりで」
「いやぁなに、物のついでだし。気にするなって」

 謝られてもバーニィが困るのは承知しているが、他に言葉が思いつかなかった。
 何故ここまでバーニィが自分に親切なのか。それに気付かぬ程、アリシアはもう子供ではない。
 あれから八年。二人の周りは劇的に変わっていった。特にここ最近の、パイオニア2がラグオルに到達してからの出来事は、二人にとって劇的などと言う二文字では言い表せない程に衝撃的な事が続いた。
 ゾークも、ドノフも、逝ってしまった。残された二人は、途方に暮れそうになった。
 それでも気丈に、現実という大地を立っていられるのは、お互いがお互いの心を支えているからだろう。
 目に見えない、この確かな絆を、なんと呼べばいいのだろうか。
 まだ二人には、その絆を言葉で表すには早すぎる。そんな気がしてならない。
 今言葉にするべきなのは、こんな事ではない。
 これが精一杯のお礼になる。自惚れているわけではないが、そう信じて、彼女は精一杯の笑みをたたえ、言葉にすべき言葉を口にした。
「いつもありがとう、バーニィ」

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