novel

No.ex13 マリーゴールド

「裏切るとは良い度胸じゃねぇか」
 三文芝居の乾いた台詞が、洞窟内に軽く木霊する。
「その上でノコノコと・・・よく俺達の前に面出せるな、ええ?」
 男がライフルを構える。銃口の先を、訪れた女性に向け。
 女性・・・面影は少女と呼んでも差し障りがないほど幼さを残しているが、男に向けた鋭い視線は、とても少女の物とは言い難い。
「覚悟は出来ているんだろうな?」
 緊迫という名の空気。洞窟の一角が、この重苦しい空気で満たされる。
 一瞬。それが全てを決めるだろう。
 両手に握りしめた各々の短剣に力がこもる。相手が引き金を引くその瞬間まで、気の抜けない間が続く。
 銃弾をかいくぐり、一気に懐まで。そして喉元に短剣を押し当てれば勝ち。少しでも踏み込みが遅ければ負け。僅かに落とした腰が、勝負の号砲を待ちかまえている。
 今か、今か、今か!
 重くなる空気に押しつぶされぬよう、双方が息をのむ。
 そして、勝負の瞬間(とき)は来た。
「お前、何をしている!」
 第三者の来訪。勝負は、予期せぬ形で終わりを向かえた。
「ちっ」
 悔しそうに舌打ち、長銃を構えていた男は脱兎のごとくその場を駆け逃げた。
「・・・大丈夫か?」
 逃げていく男が見えなくなったのを確認し、勝負を終わらせた男が声を掛ける。
「あ・・・あっ・・・」
 緊張がほぐれ安堵した為か、唇が震えなかなか言葉が言葉という形を成さない。
 いや、唇が震えているのは緊張と安堵の為ではない。
「あんたねぇ、なんでもー、邪魔してくれちゃうかなぁ!」
「はっ、はぁ?」

 唇は怒りによってワナワナと震える事もある。

「タイミングが良かったのか悪かったのか・・・」
 一連の出来事を聞き、溜息と共に妹が複雑な表情を浮かべる。
「ごめんなさいね。親切というか正義感というか、あなたに悪気がないのは姉も判ってますから」
 ばつの悪そうな顔のまま、怒られた男は助けた・・・つもりでいた女性の妹に頭を下げた。
「まったく、折角チャンスだったのにさ!」
 助けられた・・・つもりのない姉は、パイオニア2に戻ってもなお、愚痴をこぼしていた。
「もお、いい加減にしなさいよ、アナ。だいたい、一人で危ない事はしないって、約束したでしょ?」
 妹にたしなめられ、とりあえず愚痴る事は止めた姉。しかしまだ不服そうだ。
「偶然、あのゲキガスキーの奴にバッタリ出くわしただけだもん。これをチャンスと言わずになんて言うの?」
 愚痴は止めても言い訳をする為に口は止まらない。
「それに、元々このゴタゴタはアナが・・・」
 続く言い訳に、妹が割ってはいる。
「何度も言うけど、もうアナだけの問題じゃないのよ。私はもちろん、「あの人」や他に色んな人達にも関わる問題なの」
 まるで妹をあやすように、ゆっくり優しく、妹が姉をなだめる。
「汚名返上したいのは判るけど・・・ね、お願いだから」
 姉は黙って、頷くしかなかった。納得し切れている訳ではないが、これ以上妹に心配を掛けたくないのもまた本音なのだから。
「ごめんなさい、見苦しいところを見せてしまって。アナはともかく、私は感謝してるわ。ありがとう」
 礼を述べられた男は、いえいえと軽く手を振る。
「ああ、自己紹介がまだでしたね。私はクロエ・ウェインズ。こちらは姉のアナ・ウェインズです。失礼ですが、あなたは?」
 名を聞かれた男は、改まって姿勢を正し答えた。
「ボガードです。見た通りあなた達と同じくハンターズに身を置く者です」
 僅かながら緊張した面持ちで、軽く名乗る。話しぶりからも、真面目な好青年という印象を受ける。
「あの、差し支えなければ・・・どういう事だったのか、教えて貰えないか?」
 女性が銃口を向けられている。この状況に出くわしたならどうすべきだったのか。ハンターならば、男ならば、まず助けに入るのが当然と思っていたボガードにしてみれば、何故邪魔になってしまったのか、気になるところである。
「そうね・・・差し支えは正直あるんだけど・・・」
 差し障りあるから駄目とはさすがに言えず、クロエは事の成り行きを話し始めた。
 昔、と言う程過去の事でもないのだが、アナが「ある組織」に騙され、悪事の片棒を担ぐような事をさせられていた。その組織から抜け出したアナは、裏切り者として狙われている。狙われ続けているのは危険なため、アナは返り討ちにする機会を狙っているが、それは危険すぎるとクロエ他仲間達が一人で事に当たらぬようにときつく言い聞かせている。
 ざっとこのように説明したが、大筋は間違いない。ただ、多くの部分をぼかしたままであるため、正確には伝わらないだろう。それはクロエにも判っていたが、しかしここは正確に事情を伝える事が重要なのではなく、「銃口を向けられた事情」と「助けが邪魔になった事情」を理解して貰えればそれで十分だと思っていた。
 しかし自体というのは時に、思わぬ方向へと展開する事もある。
「なるほど、判りました。ならどうでしょう、お詫びとして、しばらく俺に彼女の護衛と手伝いをさせて貰えぬか?」

 ハンターズに身を置く者は、そこに至るまで様々な経緯を持ち込む。それこそ事情は千差万別。それだけに「何故ハンターになったのか」という質問は野暮と言える。
「俺は憧れていてね、ハンターに」
 自分から語る場合は当然除くが。
「なんというか、子供の頃ハンターをヒーローのように見て憧れていてな。さすがにハンターとヒーローをイコールで結ぶなんて考えはもうないが・・・」
 笑いながら、会話を楽しむように話しかけるボガード。対してアナは、興味がないとばかりにただ黙って森の中を歩いていた。
 ただの世間話。なんとなく沈黙が気まずいと思ったのか、ボガードから一方的に始めた会話だが、アナが黙ったままでは会話として成立しない。
「ところで、アナさんは何故ハンターに?」
 会話を成立させるために、話題を振った。だが、その振った質問はハンターにとって「野暮」そのもの。ボガードはその野暮を知らぬ程新米という訳ではないが、会話の流れから自然に口から出てしまった。
「生きるために。憧れで生きていける程、世の中甘くないものね」
 迫害され続けた双子のニューマン。守ってくれる両親もいない孤児であった二人にとって、生きていく事そのものが闘いだった。ならば闘う事を生業とするハンターへと身を置くのは至極当然の流れともいえる。
 だからこそ、憧れとか、生ぬるい考えでハンターになったなどという話は面白くない。憧れで強くなる者もいる事くらい承知しているアナは、その動機を否定するつもりはないが、しかし不快さを隠すつもりもない。それが皮肉という言葉となって現れた。
「あっ・・・すまん・・・」
 そこで謝られるのも、なにか釈然としない苛立ちを覚える。それが「無視」という形で現れた。
 アナは見た目以上にハンターとして確かな腕を持っており、経験は豊富だ。それだけに生ぬるい憧れだけでやっていける程、ハンターという生業は甘くはない事を知っている。そしてアナは見た目以上に性格が幼く、相手の気遣いや社交辞令を把握出来ない。楽しむ時は徹底してはしゃぐが、不機嫌な時はそれが直るまで頬を膨らませ不快感を露わにし隠そうとしない。
 気まずい雰囲気のまま、二人は森の中を歩んでいく。
 ボガードは失態の穴埋めとして「護衛」を買って出たが、当然アナは即座に断った。アナは今までハンターの仕事を一人ないしクロエと共にこなしていた。最近になって勢いだけは勇ましいヒューマーの男の子や愛くるしいフォマールの女の子と共にパーティーを組んで仕事をする事もあるが、基本的には一人だ。それだけ腕に自信があり、むしろ力量の知れないハンターと一緒では足手まといに成りかねないから。
 それでもこうして今一緒にルプスの森を散策しているのは、クロエの一言があってこそ。
 折角だから、一度くらいお願いしてみたら?
 ボガードに配慮しての、推薦だろう。このままではボガードの気が納まらず失望させたままにしてしまう。初対面の相手に気を使う必要があるかどうかは判らないが、仲間意識の強いハンターズの一員だからか、それとも気を使う性格だからか、クロエはボガードの申し出を受けるよう薦めた。アナはそれに渋々答えたという形になる。
「ここだな」
 無言のままであった重苦しい雰囲気の中、ようやっと口に出来たのは到着の確認と安堵。
「ここで待つようにとの指示か。しかし何を依頼する気なのやら・・・」
 愛用の長銃を手持ちぶさたに持ち替えながら、少し愚痴る。
 ボガードの護衛が乗り気ではないアナは、さっさと済ませようとギルドに寄せられた依頼の中から適当に簡単そうなものを選んで受けていた。その依頼が「ルプスの森の指定場所まで来て欲しい」という簡素なもの。依頼料がかなり低価な事から、たいした依頼ではないのは明白。本来なら駆け出しの初心者が受けるべき依頼だが、アナにとってつきまとう男を振り切るにはちょうど良い依頼とも言えた。
 さて、いつまで待つのやら。まだとても回復したとは言い難い雰囲気の中で、ボガードは頭をかいた。
 今更ながら、己の性格にほとほと呆れる。ボガードは現状を改めて見直しながら一人反省していた。
 余計なお世話。それをいったいどれほど人に押しつけてしまったのやら。正義の名の下に、など大それた事を考えている訳ではないが、困った人に手を差し伸べるのが男として当然という、今時にしては珍しく硬派な考えを脳に定着させているボガード。そんな自分が嫌いな訳ではないが、もう少し手を差し伸べるならその前にあれこれと考えてからにしろと自分に説教をしたくもなる。今回の事も、邪魔してしまった事はそれとして、アナの境遇を聞いて護衛させてくれなど、どうしてこの口は言ってしまうのかと小一時間自分に問いつめたい気持ちでいっぱいであった。
 そして先ほどの会話。もっと自然に話せないのかと自分を責め立てている。
 硬派な性格であるからなのか、女性と会話する事が、それも軽い世間話といったものが非常に苦手であった。仕事や用件で女性と会話するのは問題ないのだが、親しく接しようとすると固くなる。それを意識し努力すればする程、なにかちぐはぐでつまらない会話になってしまい相手を飽きさせてしまう。先ほどもそうだ。どうにかこの場の雰囲気を軽くしようと話し始めたは良いが、相手を怒らせ余計重くしてしまっただけ。
 溜息を一つ。ボガードは一向に現れない依頼人を待ちながら、自分のふがいなさを呪った。
 まだ、空気は重い。それだけに溜息の声も重く当たりに響いてしまう。
 それだけ、今この場は重くとても静かだ。
 それが、幸いだった。
 ガサッ
 微かに揺れた茂みに、ボガードもアナもすぐに気付いた。
「危ない!」
 揺れた茂み、そこからキラリと光る何かが見えた。
 銃口。その口は真っ直ぐアナに向けられている。
 響く銃声。そして真っ赤な飛沫(しぶき)。
「ボガード!」
 咄嗟にアナを庇い前に出たボガードが被弾した。
「くっ・・・」
 左の肩に鋭い痛み。そしてじわじわと染み広がる鮮血と苦痛。あまりの痛さに、膝を曲げ地に付ける。
 いや、これは痛みのためだけではない。
(麻痺・・・これは麻痺の属性を持ったフォトンの銃弾か・・・)
 身体は痺れ言う事を聞かないが、ハッキリした意識と脳が自分のみに起きた事を冷静に分析していく。
「ちっ、外したか。まあいい、邪魔者を排除出来ただけな」
 茂みの中から現れたのは、アナが待ち望んでいた、しかしこのタイミングで望んではいなかった男・・・ゲキガスキー。アナが抜けた「ある組織」の一員。
「さあ、続きといこうじゃないか、アナ」
 どうしてここにゲキガスキーが? その疑問はすぐに追いやられた。今それを考える時ではない。
「・・・こっのぉ!」
 間を取らず、速効で詰め寄るアナ。膠着状態を嫌って起こした速攻ではない。完全に血が頭に上った結果の速効。
 いささか危険だが、しかし効果はアナにとって優位と出た。
「くそっ」
 迫る短剣の刃に対し、長銃では対抗出来ない。組織の男は後退を余儀なくされる。
 それでも、アナは更に踏み込み刃を喉元へと目掛け振り切る。
 風を切るフォトンの音だけが、哀しく鳴り響く。
 僅かに乱れた姿勢。間を取り直した男は銃を構え、再度アナへ向け引き金に手を掛ける。
 させじと、アナも再び踏み込む。だが退いた男は思った以上に後退していた。一歩の踏み込みでは短い刃は届かない。そして二歩目は銃を構えた男が許してくれそうにない。
 放たれた銃弾。
 それは見事相手の右肩を捉え、深く貫いた。
「大丈夫か!」
 後方から、ボガードの声。手には長銃が構えられている。
 目には目を。ボガードは持っていた長銃の特殊効果・・・麻痺の属性を発動させ相手を痺れさせる事に成功した。むろん自分を襲った痺れはどうにか自分でソルアトマイザーを用い回復させていたが、それと同じ事を倒れた男にさせるつもりはない。
「とにかく、すぐに縛り上げよう」
 逃げられぬよう、ボガードは痺れ動けない組織の男をロープで手際よく縛り上げる。
「時折保安部から犯人拘束の依頼とかもある故、こうしてロープを持ち歩いていたが・・・それが役に立ったな」
 何故ロープなんか持ち歩いている。そんな疑問をもたれる前に、自分から話し始めたボガード。
「さて、こいつを保安部に着き出せば完了か」
 まだアナの機嫌は直っていないかも知れない。もしかしたら、横から手を出し決着させてしまった事が、また「余計なお世話」になってやいないかとびくつきながら、ボガードはまるで独り言のように一方的な口調で話を続ける。
「いやしかし、護衛のつもりがそれ以上の成果を出せ、俺とし・・・」
 不意に、アナが目の前に立った。それに少し驚き声を止めてしまったボガード。
 やはり、なにかまずい事をしたか? 冷や汗がこめかみより一筋流れる。
「うっ・・・ふぇっ・・・」
 アナが瞳を潤ませている。何か、何かもっと重大な失態を? 女性を泣かせてしまうとは、いったいどれほどの大失態なのか? あれこれと心の中で慌て、しかし表には動揺を表すことなくアナに向き直る。
「うぅ・・・ふえぇーん、怖かったよぉー!」
 泣きじゃくるアナに対し、ボガードはただ胸を貸す事しかできなかった。
 怖かった。ごめんなさい。良かった。ありがとう。
 鳴き声に混じり漏れる、様々な言葉。それを聞きながらボガードは、有り余った腕をどうしたものかと悩んでいた。
 ここで軽く包容してあげれば良いのか? しかしそこまで女性に馴れ馴れしく接して良いものかどうか。女性に不慣れなボガードは戸惑ったが、しかし結局は余った両腕をアナの背中に回した。
 なんとなく、これが正しいと思える。そう思えた根拠はよく判らないが、これで良いと自分に言い聞かせた。
 強いて根拠を示すなら、愛おしかったから。そう答えるところだろう。

「罠だったようね。実はアナが担がされた事というのが、誘拐の片棒だったのよ」
 パイオニア2へ無事帰還し、組織の男を保安部に届けた二人は、帰りを待っていたクロエの下へ報告に来ていた。
「おそらくですが、あの依頼は新米ハンターをおびき出す罠で、待ち伏せして誘拐するつもりだったのではないかと・・・詳しくは保安部が聞き出してくれるでしょうけど」
 そもそも組織がハンターを誘拐する目的は何なのか? その真相は未だに謎のままだ。しかし今重要なのは、事の真相ではない。
「ともかく、これでアナが狙われる事も少なくなるんじゃないかしらね」
 捕まえた男は、アナが事件に巻き込まれた時一緒にハンターを襲っていた男なのだとクロエが説明した。その男が捕まったからと言って組織が崩壊した訳ではない以上、危険はまだ去ってはいないが、直接誘拐に携わった者が捕まった事は大きい。既に誘拐犯の何人かはクロエと有能なハンターによって捕まっている事も加え、これ以上組織がアナに手を出しても無益だと考えるだろう。そうクロエは睨んでいる。
「ともかく、ご苦労様。助かったわ、あなたがいてくれて」
 深々と頭を垂れるクロエに対し、とんでもないと謙遜するボガード。そんな二人のやりとりを眺めながら、アナが微笑んでいる。
「ねえねえ、ボガード。あなたチームとか何か、ハンターズの中で組んでいる人とかいる?」
 突然の質問に戸惑ったが、ボガードはいないと簡単に答えた。
「ならさ、今度から組まない?」
 突然の申し出に、またボガードは戸惑いを見せた。
「いいよ、あなた。良い腕してるし、よく見たらいい男だし。なんか頼れそうだし」
 一転して、ご機嫌なアナ。自分を褒めちぎってくれるのは嬉しいが、照れながらもどう反応して良いか困り果てる。
「あは、なんか思ってたよりかわいーね、ボガード」
 可愛いというのが容姿ではなく、照れて何も言えなくなっている今の様子。そう理解するのにも少し時間が掛かり、理解したところで更に顔が高揚していく事にも気付く。
 ラグオルで何かあったのだろう。アナの様子を見ながらクロエはそれを直感したが、あえて口にする事はなかった。口にしては「野暮」というもの。
 一方ボガードは、ラグオルで何をしただろうかと自分の行動を振り返りながら考えていた。
 護衛すると申し出た以上、アナを助けた事は当然。それだけが彼女の態度を一変させた訳ではないはず。むしろ機嫌を直して貰おうと取った行動は全て裏目に出ていたはず。
 なのにどうして?
 その答えは、はしゃぐ本人のみぞ知る、と言ったところか。
 ボガードには判らない事が多すぎるが、一つハッキリしている事がある。
 ころころと変わる喜怒哀楽。子供のように幼い性格が、彼女の魅力なのだということ。
 そしてそんな彼女の愛くるしさに、鼓動を高鳴らせている事実。
 初めての感覚と感情に戸惑うボガードは、後にさらなる感情の高見を知る事となるだろう。

「へぇ、そんな事がねぇ」
 カウンターで一人のハンターが事の顛末を聞き、感想を漏らした。
「アナは人見知りが激しい反面、一度なつくと甘えまくるんですよ。そのあたりは、ZER0さんもよーくご存じだと思いますけど」
 乾いた笑いをカクテルで潤すハンター、ZER0。
 この男も、アナに「お兄ちゃん」となつかれている一人だ。
「私としてもボガードさんはしっかりした方ですし、安心して任せられます」
 一人にすると危なっかしかった姉。とてもではないが他の人になど任せていられないと思っていたのだが・・・ZER0に続き、双子にとって信頼できる異性がもう一人増えた事になる。
「なんか寂しそうだな。姉離れは辛いか?」
 ZER0に指摘され、複雑な心境をなんとも言い難い表情で表したクロエ。何よりも姉であるアナの身を案じて来た妹としては、姉が自分の手から離れていくのは確かに寂しいのかもしれない。
 しかし、嬉しくもある。たった二人きりで生きてきた自分達に、こうして仲間と呼べる人達が増えてきた事。そしてアナに・・・おそらくは仲間以上に親密な仲になって行くであろう人が現れた事は、素直に祝福できる事柄だ。
「そういうZER0さんはどうなんです? 軟派師としては、甘えん坊の妹に彼氏が出来るかもしれないとなると・・・気が気ではないのでは?」
 馬鹿を言え、とZER0は苦笑しつつまたカクテルを喉に流し込む。クロエ同様、ZER0も複雑な心境のようだ。
 複雑と言えば、クロエはもう一つ「複雑な心境」となる事がある。
 ライバルとして、アナが戦線を離脱した。これで残るは強敵が二人・・・いや、最近ではZER0の側にいるアンドロイドも戦線に加わりそうな雰囲気だが・・・とりあえず姉と争う事が無くなったのは嬉しい。
 そして今、こうして姉の話を餌に、自分の戦況をより有利にすべく標的に近づいている姑息な自分。姉を餌にしてしまった後ろめたさと、これから何処まで戦況を有利に出来るのかとドキドキしている自分の心境は、やはり「複雑」としか言いようがない。

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