novel

No.9 閉ざされる地下砂漠
〜The shell's desert〜

 時間はない。一時間先か一秒先か、見えないタイムリミットに急かされながら、ハンターズの一団が地下に広がった砂漠を疾走する。向かう先は、地下要塞の中心部・・・愚かなテロ集団が完成させてしまった、破壊兵器。そこにたどり着けば・・・何かが進展する。そのはずだ。だが具体的に何が進展するのかは定かではなく、何よりも・・・そこにたどり着き何かが待っているかどうかも定かではない。ただ彼女らは、僅かな可能性に賭け、そこへ向かう。それだけ。それしか、彼女らに出来ることはなかった。
 目的地にある破壊兵器、「ヘブンストライカー」を破壊することは、確かに一つの目標だ。だがそれよりも優先しなければならないのが、少女ルピカの救出。ヘブンストライカーのエネルギー源に彼女の力を利用しようと企んだWROKSのリーダー、レオ・グラハート・・・厳密に言えば、三人いると明かされた内の一人だが・・・その愚かなクローンがルピカを拉致し、ここ地下砂漠へ連れ込んだ。しかし状況は一転し、そのルピカは大勢の者が見ている前で忽然と姿を消し行方をくらませた。こんな芸当が可能なのは・・・その名を口にするのもおこがましい邪神、ダーク・ファルスしかいないだろう。そもそも、技術者のそろっていないWORKSだけでヘブンストライカーを完成させたとは考えがたく、ここにもかの邪神が絡んでいると推測できる。破壊兵器を目的地に選んだのは、ルピカを消し連れ去った者と、破壊兵器を完成へ導いた者が同一の存在であると仮定したからこそ。憶測だらけの、僅かな可能性だが・・・それに賭けるしか、ない。
 いや、もう一つだけある・・・ヘブンストライカーが打ち落とし、ルピカ同様兵器のエネルギー源にしようとした隕石だ。こちらは初めから「あたり」をつけており、別の一団が向かっている最中だ。どちらかにでも、ルピカの消息がつかめる何かがあれば良いが・・・最悪、既にルピカが邪神のによって・・・その可能性は大いにあるが、考えてはいけない。今はただ、先を急ぐしかない。彼女は無事だ、間に合うのだと信じて・・・。
「無駄よ、もう手遅れ。諦めて絶望なさいな」
 不意に、急ぐハンターズへ掛けられる声。漆黒のアンドロイドがその一言で、彼女達の足を止めさせた。
「あんた・・・ちっ、よりによってその姿・・・」
「流石ね。もう気付くなんて・・・どう、似合うでしょ?」

 能面のように表情のないアンドロイドは、言葉こそ親しげだが、言い様のない「威圧」を一団のリーダーESに放っている。そのESはこのアンドロイドの正体を、ふざけた態度と威圧・・・そしてその格好・・・色は漆黒だが間違いなく、かつては「R3」を名乗っていたアンドロイドと同じ姿をしていることで見抜いた。
 欲望の化身、ダークファルスだと。
「そうね、とってもお似合いよ。他人の姿を借りないと自分を維持できない、その惨めで非力なアンタにはね」
「相変わらず減らず口ばかり・・・」

 R3は邪神に取り込まれてしまったリコ・タイレルが、邪神の力から強引に肉体を作り出し邪神から逃れた姿。元が邪神の一部である以上、魂の抜けたその身体を邪神が利用するのも理解できるが・・・かつては圧倒的な力を見せつけるかのように強大な身体をしていただけに、ごく普通のアンドロイドと変わらぬこの姿はスケールダウンと言われても仕方のないところだろう。事実ESが指摘するように、邪神にかつてほどの力は無い。とはいえ・・・その驚異は、見た目ほどに衰えているわけでもない。
「いいわ、ちょっとその口を閉ざしてあげましょう」
 軽く払うように、邪神が手を前へ振る。するとES達の周囲に、不穏な空気が流れ始め・・・
「ちょっ・・・ったく、親玉らしい小細工をしやがる」
「後ろからも・・・完全に囲まれてます」

 ZER0が愚痴り、DOMINOが状況を報告する。言われるまでもなく、ESも、他のメンバーも、邪神が何をしたのか把握しきっていた。
 ある者は地から這い出るように、ある者は闇を凝縮していくように形作りながら、その姿を現してくる。
「息つく暇も無いほどに、たっぷりと楽しみなさい」
 取り囲むのは、異形のバケモノ達。邪神が生み出した兵士達が数多、ES達に刃を向けている。
「・・・後ろは気にしなくて良いわ。正面突破、死ぬ気で抜けるわよ!」
 絶体絶命。だが、これはある種、希望でもある。
 明確な足止め。邪神が自ら出向き、自分達を足止めしようと躍起になっている。それはつまり・・・これ以上先に進まれたくないという、焦りに他ならない。しいては、この先に進むことが「正解」なのだという証にもなる。
FOIE!」
 Mの手によって上がる爆炎が、決死の正面突破・・・その号砲となった。

 まるで沸騰する湯の中で踊る気泡のように、敵は次から次へと「沸いて」出る。それらを時にいなし、時に叩き斬り、前へ前へと、がむしゃらに突き進む。作戦なんて無い。ただ前へ進む・・・それしか、アッシュ・カナンは思いつく術がなかったから。
「だから、なんなんだよお前ら」
 その頼りなきリーダーは、並走する女性に突っかかる。良く見れば、あこがれのハンターであるESによく似ている。しかし髪の色と形が違うだけでこうも印象を「悪く」するのか・・・いや、単純にアッシュが圧倒的な戦闘力に「嫉妬」しているだけともいえるが・・・雰囲気はESのそれとは幾分か違う。同じなのは・・・
「あら、さっそうと現れた頼もしいお姉さんに対するにしては、つれない言いぐさね」
 例えるならそうだ・・・隣の綺麗なお姉さんに子供扱いされふて腐れる坊やか。アッシュは明確に返答しない女性に対し、頬を膨らませ抗議する。まあ要するに、誰に似ているかというのはアッシュにとって重要ではなく、自分とどう接してくるか、その時の第一印象で善し悪しを区別する、それだけなのだ。
「・・・ガキね」
「なんだと!」

 見たところ、ちょうどマァサと同い年ぐらいか・・・並走する女性とよく似た少女が、アッシュの態度を批判する。たった一言だが、その言葉はまさに「的を射ている」為か、バーニィが思わず噴き出してしまう。状況が状況でなければ、足を止め振り返り、何十倍もの抗議の声を上げただろう。
 相手が悪い。バーニィは苦笑いを浮かべながら、アッシュを哀れんだ。何せ相手はブラックペーパー名うての暗殺者スゥと、その娘TS。アッシュが憧れているESとは奇妙な血縁関係にある者達だ。それをアッシュが知ったら、どんな顔をするのか・・・それはバーニィの想像の中だけで止められた。なぜならば、スゥもTSも、けして自ら名乗らないから。当たり前だろう。彼女達はブラックペーパー執行部隊の者なのだから。彼女達はバーニィに自分達の正体が割れていることは自覚しているだろうが、だからといってわざわざ名乗る必要もない。執拗にアッシュが質問を繰り返すが、敵の猛攻同様、スゥは言葉をいなし続けた。
「それにしても・・・妙ね」
 アッシュの質問をかわす為だけではなく、スゥは話題を変えようとする。それを許さないとアッシュは声を上げるが、当然無視される。
「敵が少なくなったこと・・・か?」
 バーニィが言うように、先ほどまでの猛攻と比べて敵の数は極端に減った。それこそ、スゥ達が駆けつけなければ危うかったアッシュ達が、今は走りながら怒鳴れるほど余裕があるのがその証拠。流石のアッシュも、バーニィの言葉に周囲を見渡し二人の言葉に納得するしかない。
「ええ・・・何かあったと思うのが妥当だと思わない?」
 先ほどまでは、何が何でも先には進ませないという「意志」が、徒党の中に見受けられた。しかし今は・・・おざなり程度でしかないといわざるを得ない。
「ハッハッハッ、きっと我らの強さに、きゃつらめ、腰が引けているのでございましょう!」
 主を背負いながら、アンドロイドの執事が高らかに宣言する。
「そんなわけ無いでしょ。バカじゃないの?」
 キツイ言葉が、巨大な爪を持った少女から発せられる。
「あの・・・もしかして、ESさん達の方へ向かったのでは・・・」
 もう一人の少女が、従者の背から予測を立て発言する。
「そのようだ。今ES隊は大多数のエネミーに囲まれている」
 ずっと話を聞いていた、遙か上空にいる司令官から声が届く。氷と表現される司令官の声は冷静だが、当人が凝視しているモニターの映像は、それほど冷静に言っていられるような光景ではなかった。謎の黒いアンドロイドに先導されたエネミー軍が、四方八方ES達を取り囲み押し潰さんとする勢い。それはまるで、飴玉に群がる蟻の大群。
「大丈夫なのか?」
 冷静な声が幸いしてか、アッシュの耳には見えないES達の状況があまり深刻には伝わっていない。それで良い。司令官ナターシャは見えない相手に軽く頷いた。
「気にすることなく、アッシュ隊は先を急げ。もうじきポイントに到達するぞ」
 敵の戦力が大幅に偏ったのは幸か不幸か・・・言えることは、隊を三分させた事が功を奏しているということか。
「ま、あの娘達なら平気でしょ」
 軽い言葉に隠された、不安。我が娘を案じぬ母親など、いない。スゥの言葉からそれを感じ取れた者も感じ取れなかった者も、彼女の言葉を信じるほかなかった。
「おし、急ごうぜ!」
 せめて自分達が作戦を全うすれば、ES達のピンチを救えるかもしれない。アッシュの足は気持ち分、急かされていった。

 空気が乾いている。地下でありながら足下に砂漠が広がる一種独特なこの空間だからこそ、湿度も低くなるのは当然だろう。しかしこの乾きは、なにも環境によるものだけではない。
「クックックッ・・・」
 この乾いた空気にほどよく合う、合いすぎる、乾いた笑い。その笑い声を両断するかのように、巨大な鎌が振り下ろされる。虹色に輝くフォトンが、まるで人魂のように、残像を残しつつ刃の後を追う。笑い声の主は僅かに歩を下げるだけでその刃をかわし、同じく大鎌を横一線に振り抜く。が、こちらも人魂の残像を残しつつ乾いた空気に乾いた音を唸らせるだけに止まった。
 猛攻・・・そうとしか表現のしようがない。たった一言だが、いや、一言でしか言い表すことが出来ない、二人の激しい闘い。余計な言葉は、純粋なこの闘いを言い表すには全てが適切ではないと感じてしまう。最小限の動きで最大限の攻防。わずか1ミリ、1グラムでも、余分な動きや力を加えれば、それは即己の負けを意味する。それだけギリギリの、拮抗した闘いが続いている。
 当然だ・・・両者は、元を辿れば同一の人物。黒い猟犬キリーク・ザ・ブラッドなのだから。
 一方は力を欲するあまり邪神の誘いに乗じてしまった猟犬。一方はスペアのボディにデータを移され復活した猟犬。道を違えた同一人物は、我こそが正道と、互いの行く道、すなわち未来を絶とうと鎌を振りかざす。
 大鎌がぶつかり合い、激しく火花を散らす。光沢を放つ黒いボディと、光沢を飲み込む黒い生体が、その火花によってより己の黒を際だたせている。
 あまりに、あまりに激しい戦闘に、カレン・グラハート・・・いや、マーヴェルを自称する軍人は身動きが取れなかった。おぞましくも神々しいこの争いを目にし、釘付けとなった・・・のも、一つある。しかしそれ以上に、この争いを僅かでも乱してしまえば、我が身は二人の悪魔によって即座に四散するのではないか・・・そんな恐怖に駆られ、動けないでいた。つい先ほどまで感じていた怒りや悲しみも、この恐怖を前にしては遙か昔の出来事のようにすら感じてしまう。長い長い地獄の刻が、彼女の身を拘束している。生命の危機に瀕していたところから、まだ命を長らえている喜びなど、ありはしない。助かったなどと、どうして思えようか・・・。確かに悪魔の一人・・・正気を保っているキリークは彼女にとって命を長らえた「希望」ではあったが、しかしその希望は「光」ではなく「闇」なのだ・・・勝者がどちらになっても、そこに喜びはない。
「クックックッ・・・いいぞ、こうでなくてはな」
 悪魔の一人が笑った。けして形を変えることのない、アンドロイドの能面が、微かに微笑んだようにすら錯覚する。永遠の地獄とも思えるこの戦闘を、彼らは楽しんでいる。だからこそ、悪魔なのか・・・。
「ハハ、ヒハハハハ・・・」
 マーヴェルの耳に、悪魔達のとは違う、不快な笑い声が突然飛び込んできた。この緊迫した空気を乱した元凶を、マーヴェルはビクリと身を強張らせながら振り返り確認した。
 そこにいたのは、一人の哀れな男の姿。
「そう、そうさ・・・俺は、俺達はなぁ・・・レオ・グラハートさ。ああそうさ。例え「俺の記憶がクローン」だとしてもなぁ・・・俺はレオ、WORKSを統べるレオ・グラハートだ!」
 もう一人の、命長らえた者。レオの名を叫ぶ男は、あからさまに・・・狂っていた。猟犬同士が闘犬を始める直前まで、この男は邪神に魅入られ取り込まれるところだった。その時にもう、この男は正気を邪神に持って行かれたのだろう。同情などはしないが、哀れである。マーヴェルは奇妙にくねりながら語り続ける男をただじっと見つめていた。
「お前は何処まで知っているんだ、ああ? クローン計画も、ストライカー計画も、ぜぇんぶお見通しだって言いたいのかぁ!」
 よたよたと歩を進めながら指を指す・・・が、その先には誰もいない。間近にいるマーヴェルの姿は、彼の視界には入っていなかった。
 見ているのは、もう消えてしまった邪神。哀れな男を手玉に取り、ストライカー計画に便乗して己の野望を押し進めた策士。自分をコケにした見えない相手へ向かい、男は狂いながらも自分のちっぽけなプライドを保とうと、必死の弁明を行っている。
「いいか、お前はクローン計画が失敗したものだと思っているだろうがな・・・我々は、俺は、新たな可能性を見出したんだ!」
 誰も何も言っていない。なのに自ら「失敗」を口にする。それはつまり、口では否定しているが本心は肯定しているという現れ。自らクローンであることを認めた男・・・彼の傲慢なプライドは、その負い目を虚勢で覆い隠したがっていた結果なのだろう。
「死した人間の記憶を復元し、そこから蘇生させるという新たなクローン計画・・・記憶の復元が可能ならば、そのデータをコピーし移植すれば、同じ思想の人間を幾人も産み出せる・・・そうして生まれたのが、この俺だ」
 DNAから肉体のクローンは出来る。だがDNAとは無関係の「記憶」は真っ新。これがクローンの常識。だがもし、記憶をも完全にデータ化し保存が出来、更にそれをクローンに移植できれば・・・完璧なクローンが出来上がる。これはある種、転生とも言い換えられ・・・クローン最大の研究テーマと言えた。幾人もの研究者がこのテーマに取りかかり、挫折を繰り返してきたが・・・そうして築き上げてきた一つの答えが、今ここに、「生き証人」として存在している。
「データの保全は完璧だった。だが、同一のデータを同時期にそれぞれのクローンに移植すると、何故か複数の内の一体だけが成功する」
 これは、アンドロイドでも同じ結果が出ている。当然、原因は不明。そんな中で、この現象の要因に「魂」の存在をあげ力説する科学者もいた。しかし当然ながら、科学者故に「魂」の存在は否定的に捕らえる者が圧倒的。原因不明のまま、「必然の現象」として認知されることになった。
「そこで「我らの父」は考えた。同一データを違う肉体に移植するとどうなるか・・・結果、成功したよ。こうして我ら、「三人のレオ・グラハート」が誕生したのだからな! ハハ、どうだ、これを成功と言わずになんと言う!」
「・・・失敗って言うのよ、偽物め・・・」

 たまらず、マーヴェルが口を挟んでしまった。どうしても譲れないものがある・・・哀れな出来損ないの戯言に、彼女は怒りを禁じ得なかった。すぐ側ではまだ死神達の饗宴が続いているというのに・・・。
「失敗だと? ふざけるな! 失敗などあるものか・・・現にこうして、我がレオ・グラハートは蘇った!」
「あなたはお父様・・・レオなんかじゃないわ。「性格」が全く違うじゃない」

 オリジナルのレオ・グラハートは、この場にいる狂った愚者とはまるで異なる性格をしていた。確かに「記憶」や「知識」は継承していたが、オリジナルはそれらをもっと有効に活用する「冷静さ」や「狡猾さ」を持っていた。少なくとも、得体の知れぬ協力者の力を借りるなどという愚行は行わなかっただろうし、それ以前から・・・強引すぎる作戦を強行するような愚行だってしないはずだ。WORKSのリーダーは、彼のように愚かではなかったはず。
 そう・・・三人のクローンは、記憶や知識こそ継承していたが、性格はいずれもオリジナルとは異なった。強いて言うなら・・・大胆なところは似ているかもしれないが。
「そんな些細なことがなんだ! いいか、俺は三人の中で唯一オリジナルと同じ肉体を持ったクローンだ。だから俺だけがWORKSの指揮官として君臨しているのだぞ! 他の連中は違う肉体を持ったから、顔の知れていなかった政府の連中の元へ高官として潜り込んだり、あるいは・・・」
「ふざけてるのはどっちよ! 些細なこと? 姿が同じだからって何? あんたはレオなんかじゃない・・・お父様なんかじゃないわ!」
「黙れ! お前とて我が娘のクローンだろう、カレン!」
「私はマーヴェルよ。カレン・グラハートは死んだわ!」

 涙ながらに訴える、もう一人のクローン。彼女は間近に「恐怖」が戦闘を続けていることも忘れ、叫び続けた。
「カレン・グラハートも、レオ・グラハートも、もう死んでるのよ・・・戦場で、とっくにね・・・」
 ごく一部の者は、こう知らされていたはずだ。「レオの父親であるTEAM00のリーダーは、黒い猟犬に暗殺された」と。しかし狙われた理由が明確には伝えられていない。様々な説が飛び交ったが・・・その真相は、こうだ。
 息子と孫の死を嘆き悲しんだ男が、研究中だったクローン計画をもって二人の「復元」を決意し、実行した。それは母星政府の意向を無視することであり、極秘裏に行ってきた研究を一個人の感情で乱すという行為。身勝手な行為に対し政府は暗殺という制裁を加えることになったが、一歩遅く、クローンは誕生した後だった。既に記憶と知識を携えていた彼らは即座に行動を取り、あたかも「レオもカレンも生存していた」かのように見せかけそれを世間に認知させた。更に彼らは、自分達がクローン計画の生き証人であることを盾に、政府を脅し自分達の身から暗殺者を遠ざけることに成功。だが政府もこのまま黙認することなく、彼らが結成したWORKSの分断やクローンの一人を高官に祭り上げる等して、クローン同士を分断させていった。こうして、三人のレオと娘のカレンは、それぞれの道・・・「別人」として歩んでいくことになった。
 それでもなお、レオ・グラハートであることにこだわった男がいた。その男とは対照的に、カレンでいることに違和感を持ち続けていた女もいた。二人は今、思考と思想、価値観の違いをぶつけ合っている。
「クローンなんて・・・同じ人間が蘇る事なんて出来ないのよ。私は私で、カレンじゃない・・・なのにあなたは、自分がレオであることに固執した。だからどうしても、側に「娘」が欲しかった。たったそれだけの理由で・・・「私のお父様」やDOMINOを人質に取ってまで私を連れ回した・・・くだらない、あまりにもくだらないわ」
 レオとDOMINOの失踪。この大きな事件の根底は、一人の男が持ち続けた価値観、存在意義にあった。
「くだらないだと! いいか、俺はレオだ! レオ・グラハートだ! 私には娘がいる、いなければならない! 部下達は我ら親子を尊敬し崇拝しているのだ。俺がレオである以上、娘であるお前が必要のだ。お前の存在は、俺のためにある!」
「私はマーヴェルよ! カレンは死んだわ! あなたも、お父様なんかじゃない!」
「きさまぁ、いい加減にしろぉ!」

 暴走、そうとしか言い様がない。男は自分を否定し続ける女に、飛びかかった。だが怒りのためか、それとも既にふらついていたためか・・・いとも簡単に、身をかわされる。ふらつく足はまだ動き勢いは止まらず、つんのめるように前へ前へ・・・。
 男は倒れた。真っ赤な鮮血を大きく切り裂かれた二つの傷口から、まるで噴水のように飛び散らしながら。鮮血は漆黒に吹きかかったが、死神二人は気にもとめていない。邪魔な障害物を撤去した、ただそれだけのこと。
 存在を無視され、否定され、拒絶され・・・哀れな実験体は、その存在を完全に失って逝った。

 無視したくても、否定したくても、拒絶したくても・・・塵のような雑魚は積もり、山となって襲いかかってくる。
 パイオニア2がラグオルに到達したばかりの頃・・・まだ誰もが、希望の新天地が地獄と化しているのを信じられなかった頃。森に、地下に、遺跡に・・・各地でのさばる狂ったエネミーには戸惑わされた。しかしそれももう、遠い昔・・・実際の年月はともかく、積み上げた経験が初々しかったあの頃を遠い昔と錯覚させる。そんなES達にとって、もはやラグオルのエネミーはやり慣れた相手でしかなかった。どう踏み込んでくるのか、何処が弱点なのか、どんな攻撃をしてくるのか・・・脳で考えるよりも早く反射で対応できるほど、幾度も相手をしてきた。最低限の動きで、力で、さばける自信があった。
 しかし、最小限でも動き、力を込めなければ相手を倒せない。僅かにでも、体力も精神力も使っていくことになる。その僅かが、積もりに積もれば疲労となって身体を襲い始めるのは当然。今まさに、ES達はその疲労が最大の敵となっている。
「いい加減・・・飽きたわ。もうちょっと楽しませてはくれないの?」
 さしものESですら、減らず口にも荒い息が混じる。ESの挑発は、一方では強がりに聞こえるが、しかしその一方で、本心でもある。
「そう? 私は楽しいわ。あなた達がのたうちもがく様を見ているのはね」
 限りなく湧き続ける雑魚。大型のエネミーはもとより、小型でも強力なエネミーは一切出てこない。言葉の意味そのままに、「雑魚ばかり」が湧き続けているのだ。当然だが、雑魚を溢れるほどに生み出している当の本人は、言葉通り見て楽しんでいるだけ。一切自ら手を出そうとはしなかった。
 これはまごう事なき時間稼ぎ。ES達の進行は全くと言っていいほど進んではおらず、完全に足を止められた。邪神の狙いは真中を寸分違わず射ていた。
 確かにESは邪神の作戦にしてやられた。しかしこれは、完敗ではない。なぜならば、この「時間稼ぎ」は「耐久戦」という側面も見せており・・・ここがES達の付け入れられる隙となっている。
「もしかして、こんな事くらいで勝てた気でいる? もしそうなら、あまりにもお粗末じゃない? ま、弱り切ったお山の大将に出来る事なんて、この程度か」
「フフフ・・・なんとでも言うが良いわ。もうすぐ、あと僅か・・・あなた達の邪魔がなければ、取り戻せるのよ・・・力をね」

 邪神の狙いは、力を取り戻せるまでの時間を稼ぐこと。その為に最大の障害であるES達を足止めしていた。しかし彼女達の進軍を止める為に、邪神は残り僅かとなっている自身の「力」を削りながら雑魚を生み続けている。そう、この時間稼ぎはES達の体力や精神力だけでなく、邪神の力も消耗し続ける「耐久戦」に持ち込まれているのだ。
 そしてもう一つ、ES達・・・いや、ハンターズとして邪神の隙に付け入る一団が、一つの、たった一つの希望になっている。彼らが見事に邪神の隙を突く為にも、この場に邪神を「足止め」させる必要がある。この耐久戦、なにも邪神だけが狙っていた訳ではない。
 勝負は、この場で決まるものではない。人類と邪神の決着は、ここより僅かに離れた・・・できたてのクレーターでつけられる。

「なんだよこれ・・・」
 とうとうたどり着いた。その安堵感を感じる間もなく、アッシュは目の前に見えた巨大な「隕石」を見つめ呆然としていた。
 ここはクレーターの中心。WORKSが完成させたヘブンストライカーによって打ち落とされた隕石によって出来たくぼみ。当然ながら、このクレーターを作った隕石が中央に鎮座している。クレーターとは言っても、地下砂漠に出来ただけあり天井は残っている。遙か上空には隕石が落ちて出来た「穴」があるのだろうが、ここからではよく見えない。
「なんでしょうか・・・卵、のような・・・」
 アンドロイドの執事が主を背から下ろし、感想を述べている。彼が言うように、その隕石は巨大な卵にも見えた。通常隕石といえば、ゴツゴツとした黒みがかった岩で出来ている。しかしこの隕石は表面が滑らかで妖しげな光すら放っている。色は白に近く、良く見れば僅かに透き通っており、更に目をこらして見てみれば・・・
「ルピカ!」
 中には人影。それは紛れもなく、さらわれた少女のものだ。
「待てアッシュ!」
 不用意に近づくな。そんな警告がバーニィの口から発せられるよりも早く、アッシュは駆けだしていた。
「ルピカ、ルピカ!」
 まるで眠っているかのよう。中に閉じこめられたルピカは目蓋を閉じ、宙に浮いたかのように立たされている。アッシュは隕石の表面をこぶしで叩き呼びかけるが、少女がアッシュに気付く様子は全くない。
「チクショウ! どっかになんかねぇのかよ・・・」
 中にルピカがいる。つまり、ルピカをこの中へ入れる為の「入り口」がどこかにあるはず。隕石をくまなく見渡し、手探りし、手がかりを得ようとするがすぐには見つからない。
「なんだ、なんなんだよ・・・クソッ! おいルピカ、起きろよ!」
 再び卵を叩くアッシュ。割れるどころかビクリともしない卵にただいらつくことしかできない。どうにかして割ることは出来ないか? 歯がゆいままでは終われないアッシュは、ご自慢の両剣を取り出す。
「ちょっ、アッシュ!」
 不用意に傷つけることを制止する・・・つもりだった。しかしバーニィは妙な「音」に気づき、警告の意味合いを変更していた。
 ピキッ。それはまるで・・・卵が割れる音。その音は一回では収まらず、数を増やし、音量を増し、誰の耳にも、そして「目」にも、明かとなっていく。
「離れろアッシュ!」
 強引にアッシュを引っ張り戻し、バーニィ達は後退する。
 羽化。まさに、巨大な卵が孵る瞬間。
「ふざけるなよ・・・なんだってんだ・・・」
 あまりにも巨大で、あまりにもおぞましい。芋虫とも蛇とも言い難い不気味な「それ」は、ドーム型になった地下クレーターに産声を響かせていた。

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