novel

No.7 混沌する裏事情
〜Underworld chaos〜(前編)

 十の指が手早く動く度に、眼前のモニタには文字が列を成して表示されていく。いくつかの文字に意味が成されるとモニタに映し出されている画像が動く。パイオニア2という上空からの目で見た、惑星ラグオルの一地域の映像だ。
 軍の動きが急に慌ただしくなった・・・映像に映る軍人達の様子を目の当たりにし、ノルは不安を覚えた。
 ノルは今、普段座している受け付け窓口ではなく、オペレータルームの一席に座っている。彼女はルピカ救出のために動き出したハンター達をサポートするため、こうして上空からの監視を続けていた。つい先ほどまでは軍の妨害・・・ジャミングの影響で鮮明な映像が届かなかったが、ようやくジャミングの波長を掴みそれをキャンセル出来たばかり。そうして得た映像では、特に変わった様子もなく、上手く彼らが地下へと潜入できたのだとホッとしていたのだが・・・この慌てよう、何かあったに違いない。当たって欲しくはないが、自分が抱いた不安に間違いはなさそうだ。
 願わくば、せめてルピカを奪取され慌てているのだと思いたい。そして無事彼らが戻ってくると・・・。
「・・・ノル・リネイル、そこにいたか」
 不安に怯える彼女にとって、唐突に開いたドアにさえも驚きの対象となり得る。そしてそのドアから現れたのがパイオニア2ラボのチーフ、ナターシャであること、そしてそのチーフが自分を探していることも、彼女の心臓を縮み上がらせるに充分な要素となった。
「チーフ、いえあの、これはですね・・・」
 ハンター達も心配だが、今ノルにも危機が迫った。なぜならば、彼女は自分の仕事からこっそり抜け出しオペレータルームの使用許可を取らず、ハンター達のサポートを行っていたから。彼女と同様にサポートに付いているアイリーンは総督の許可が下りているが、総督と犬猿の仲と噂されるラボチーフに「総督府と共同で個人的にハンターチームを支援したいので」等といった理由を通せるなどとノルは考えるはずもなく、無断使用という暴挙に出たのだが・・・首も覚悟していたとはいえ、現実になれば多少の怯えは仕方あるまい。
「言い訳は良い、全て判っている・・・それより、今すぐZER0達と、そしてバーニィ達とコンタクトを取りたい。繋いでくれ」
 かの女狐、氷のナターシャの目を誤魔化すのにノルは若すぎる。ナターシャはもちろん、ノルが何をしているのか、誰のために動いているのか、全て把握済み。そもそも彼女をチーフルームの受付嬢に抜擢した背景には、彼女の交友関係が理由に挙げられるのだから。むろん彼女の元ジャーナリストとしての腕前なども考慮しているが・・・。
「はっ、はい。すぐ繋ぎます・・・」
 元々必要なこと以外あまり話さない上司だが、それにしても単刀直入すぎる指示。若いノルにでも、今上司が慌てている・・・傍目には落ち着いて見えるが、動揺しているだろう事は察せられる。
 何が起きたの?
 つい先ほど目にした軍部の動揺と、氷とあだ名されるチーフの動揺。無関係であるはずがない・・・ノルは心配で心配でキリキリとした痛みを胸に感じつつ、手早く二手に分かれたハンターチームそれぞれに通信を繋いだ。

「なんだよそれ・・・どういう事だよ」
 意味が判らない。アッシュは突然ラボチーフから告げられた言葉の意味を、上手く整理できなかった。
 出来なかったと言うよりは、理解することを気持ちが拒否しているとでも言うべきだろうか?
 ルピカが消息を絶った。軍部の手からも逃れ、突然消え失せたという。
 そもそも人が跡形もなく消える、という現象自体が信じられないことだ。まずそれを理解しろという方に無理がある。しかも奇天烈なことを言い出すチーフは、おそらくルピカは「何者か」によって強引に拉致されたのだと・・・つまり誘拐犯はもはやWORKSではなく、全く別の第三者に成り代わったのだと言い出した。
 おかしいだろ、普通に考えて。アッシュは女狐が自分を化かしに掛かったのだと思った。思いたかった。
「原因等を考慮する必要はない。ルピカが消えた、その事実だけをまず受け入れなさい」
 冷たい、あまりにも冷たい言葉。端末を通じて告げられる暖かみのない言葉に対し、アッシュは熱く怒鳴り散らす。どういう事だよ。なんだよその言い方・・・言いたいことは一つだが、少ない語録をどうにか並べアッシュは姿の見えない遙か上空の相手に噛み付いた。
「・・・悪いんですがね、もう少し状況を詳しく説明して貰えますか・・・流石に俺も、事態を上手く飲み込めませんよ」
 怒り狂うアッシュを放置し、バーニィが説明を求める。ラボチーフから告げられることは最初の報告とさして変わらないが、繰り返し報告されることで事態を徐々に把握し始める。それは声をからし始めたアッシュも同じだった。怒鳴ることで熱を放出するかのように、徐々に冷静さを取り戻し始めた彼の耳に届く報告。嫌でも事態を理解し始めるしかない。
「・・・くそっ!」
 どうにか状況を飲み込めたとき、アッシュはその悔しさからか、愛剣を思わず地面へと叩きつけ怒りを露わにする。怒鳴り散らす気力は枯れたが、怒りは止まることなくあふれ出る。
 ルピカが消えた。それだけで異常事態だ。しかしこれは大きな異変の、僅か一片に過ぎない。
「報告によれば・・・ルピカが消えた時、側にいた誘拐の首謀者たるWORKSの者達も動揺していたらしい。つまりこれは、奴らにとっても想定外だったという事だ」
 誰からの報告なのか、ラボチーフはあえて明言しなかった。する必要がないといえばその通りだが、明言すること自体支障がある為でもある。何もわざわざ「ブラックペーパーからの情報」などと言う必要も尋ねる必要も、この状況では無いのだから。
「問題は、ルピカを誰がどうやって連れ去ったか・・・ってとこですか。わざわざあんたが出てくるってことは、当然見当が付いているって事ですよね? チーフ」
 少しばかり意地の悪い尋ね方だな。普段から軽口が多いことを自覚しているバーニィとはいえ、今のは尋ねる態度ではないなと言った直後に反省する。普段なら同じような軽口を言ったとしても気にはならないが、どこか、自分も隠しきれない怒りを言葉に滲ませてしまったかと彼は敏感になっていた。
「・・・我々は常に、「最悪のケース」を想定して動かなければならない。今回の事で私が考えるそのケースが現実ならば、犯人は至ってシンプル・・・かつ、凶悪な相手になるだろう」
 明言を避ける物言いに、アッシュですら背筋に寒気を感じる。マァサに至っては見て判るほどに震えていた。
「君達も既に知っていると思うが・・・ルピカはパイオニア1ラボチームによってD因子を移植され生み出された「ネオ=ニューマン」だ」
 冷たい言い様に一言二言言ってやりたいアッシュだったが、さしもの彼ですら、場の重い空気に押され、黙ってチーフの言葉を聞いている。
「彼女に移植されたD因子によって、彼女には「特殊」な力が備わったが・・・それは同時に、D因子の影響を大きく受けているという証でもある」
 ルピカには現在の「テクニック」では再現できないエスパーの技、「マジック」を使う力がある。そもそもネオ=ニューマンは「MOTHER計画」の一端であり、D因子を取り扱うことも、エスパーの再現をすることも、計画の上で欠かせないことだった。当時のパイオニア1ラボなら・・・D因子がもたらす「あの恐怖」を知らなければ・・・ルピカという成果は大喝采で迎え入れられていたはずだろう。
「そのルピカが忽然と消えた。報告には、消える直前に意味不明な事柄を呟いていたとも添えられている。以上のことを踏まえれば・・・我々が絞り込める予測は、一つしかない」
 思い出した。思い出したくもない恐怖を・・・。
 ハンター達が次々と姿を消した事件。その現場に居合わせたアッシュは、あの時の事を思い出し、嗚咽しそうになるのをどうにか我慢する。
 ある者は突然、ある者は惚けたように何かを口走り、ある者は狂気に触れ暴れ回りながら、消えていった。その事件は四英雄が地下遺跡深くに住まう邪悪の根元を成敗する前の話。
 邪悪の根元・・・欲望の権化。かの邪神が引き起こしたあの事件は、もう二度と起きないものと思っていた・・・そう信じたかったのだが・・・。
「・・・ダークファルス、あるいはかの邪神と深く関係した者の仕業・・・そう考えるのが妥当だろう・・・」
 もっともシンプルな推測で、かつもっとも凶悪な犯人像。誰もがそれを思いつき、そして誰もがそれを否定したがる。まさに最悪のケースだ。
 認めたくはない。しかし・・・誰もチーフの言葉に異論を唱えることは出来なかった。

 内外から高い評価を得ているのは自覚しているし自負している。諜報から実戦まで、好む好まざる様々なやり口で成果を上げてきた。だからこそ、一度組織を抜けたにもかかわらず再びスカウトされた。スゥはそんな自分の評価が、過大であったのだと思い知らされた。
 任務失敗。それも、一度は成功したかに思えた瞬間、自分の目の前で再び連れさらわれるという失態。屈辱と後悔が、重く重く心にのしかかる。
「また私は、守ってやれないのか・・・」
 吐き出される弱音。普段の彼女を知るものが見れば、あまりにも、あまりにも弱々しいその姿に驚くだろう。TSですら・・・まだ親子の関係を続けて日が浅い間柄とはいえ・・・こんな彼女を見るのは初めてのこと。母の落胆ぶりにどう対処すべきか、娘は戸惑っていた。
 母の姿もそうだが、TSの戸惑いはもう一つ別に理由があった。
 何故こうまで、落ち込んでいるのだろうか?
 任務の失敗は確かに手痛い。しかし逆に言えば、それだけの事。多少上から咎められるだろうが、それだけですむ話。たかが小娘一人、それも組織と何ら関係ない娘が一人拉致されただけ・・・その娘の存在が重要なのは判るが、ここまで感傷的になる理由がわからない。現場から手早く撤退し報告をすませた今、ここに止まり悔やむ理由は何もないはずなのに・・・。
 TSには、人の温かみが欠落している。故に人を思いやる心が皆無。母が落ち込んでいるのに戸惑ってはいるが、それは母を心配してというよりは、知らない母の姿目撃している現状への戸惑い。
「・・・くだらんな」
 そしてもう一人。感傷などとは無縁の男がふさぎ込む母親に言い放つ。
「任務失敗、それが結果だ。他に任務がない以上、撤退するぞ」
 組織の一員として、キリークの言い分は正しい。任務に私情を挟む余地はなく、結果に感傷を加える必要はない。それが正論であり、一流ならばそれを通すべきだろう。
「・・・TS、旦那と一緒に戻って」
 またも戸惑う娘。何故一緒に戻らない? その疑問を差し置いたとしても、ここで母を置いていくことが正しいことなのか判断が付かない。
 娘としてではなく組織の一員としてならば、誰がどうするかなど関係なく撤退すべきだ。居残る理由など無いのだから。それは自分がスゥの娘だとしても、さして変わるものではない・・・はず。だが・・・自分でもよく判らないが・・・このまま母をほおって置いて良いのかと、自分を戸惑わせる心の声が聞こえる。その声が何故するのか、それが判らずやはり戸惑う。
「断る。俺に子守を押しつけるな」
 更にTSを戸惑わせる、猟犬の台詞。もうどうして良いのか、ただTSは黙って立ちつくすしかなかった。
「貴様が何をするつもりなのか、丸わかりで面白味に欠けるな。だがそれは、俺にはもはやなんの関係の無い事。お前の都合で小娘を押しつけられるいわれはない」
 小娘呼ばわりされたTSには、その「丸わかり」な母の考えが見えていない。判るのは、今自分は二人に拒絶されてしまっているということ。
「なんのために組織に戻ったかのなど、興味はない。あの娘を「守る」と言うお前の言葉にも、意味を見出すつもりも無い」
 押し黙ったままのパートナーに対し、口数が多いとは言い難い猟犬が冷たく静かに、しかし響く言葉を続ける。
「だが今すぐ側にいる娘一人「教育」出来ず、ただ境遇に同情しただけの娘を守るなどとは笑止。なれば、唇を噛むことしか出来ぬ今の貴様は、罵倒する価値もない」
 あまりの言い様。流石にスゥは吠える猟犬を睨みつけるが、それも一瞬。目の力が抜け、口元も緩む余裕すら出てきた。
「そうね・・・旦那にあれこれ言われてるようじゃ、ダメね」
 何が面白いのだろうか。クスクスとスゥは笑い始めた。
 らしくない。そんな自分に笑いがこみ上げていたから。
「TS、行くわよ。付いてきて」
 ようやく自分への対応が、訳のわからぬまま決まったらしい。TSはまだ戸惑っていたが、母の指示に逆らうつもりはなかった。とりあえずTSは、行くというその行為が撤退するという意味ではない事は理解し、また普段通りの姿に戻った母に安堵を覚えた。
「で、旦那はどうするの?」
 キリークがスゥの行動を読み切れたのと同様、スゥにもキリークの行動は読めている。だがあえて、それを尋ねた。
「折角の「好機」だ。逃すつもりはない」
 キリークにとっての好機。それは今、事情を知った者が絶望を感じているこの現状を指している。好機という物言いにスゥは腹を立てたいところだが、相手がキリークならば立てたところで仕方ない。歯に衣着せぬ言い様は、いつものことなのだから。
 そして事実、彼にとって「好機」なのはスゥも理解しているから。
「そう・・・なら先に行くわ」
 それだけを言い、スゥは走り出した。慌てて娘が母の後を追う。
「くだらん」
 走り去る親子を見つめながら、キリークは一言で切り捨てた。浮き沈みある人の感情そのものを。
 そしてその感情に対しわざわざ呼び水を差し向ける、自分に対しても。
「・・・くだらん」
 もう一度猟犬は言葉を場に残し、場を後にする。
 向かう場所こそスゥとは違うが、向かう未来はもしかしたら同じなのかもしれない。
 その先は、地獄だから。

 何か「一つの事」を成し遂げる。その「一つの事」が大きければ大きいほど、必要とする人材は多くなり、そして役割も細分化される。今自分に出来ること、自分の役割を果たさなければならない・・・頭では判っているが、気持ちは釈然としない。敵の猛攻をかいくぐりながら、ESはその鬱憤を赤い刀身に込める。
 傍観者でいるよりも当事者でありたい。ハンターとしてあらゆる事柄を見てきたESは常々そう考える。積極的に首を突っ込むようなことはしないが、関わるならばとことんまで。そして知り得る事柄は全て把握したい。それはある種の「欲」だろうか? 好奇心という欲はハンターならば皆常人よりも多く、そしてESはその中でも特に多い方だと自覚している。
 ルピカが消えた。その一報を聞いたとき、当然のことながらすぐにでも探索へと乗り出したかった。しかしそれは自分達の「役目」では無い。元々ルピカを救出するプランをESが立案し状況によってその案を練り直し、一報を聞くまで彼女達はルピカの救助から離れ別の任務をこなす事になっていた。そしてその役割は、事態が急変した今でも変わらない。変えられないのだ。
「何が気に入らないって・・・あの女狐に指揮権握られてる事よ・・・ねっ!」
 ピョンピョンと跳びはねる奇っ怪なエネミーを斬り払いながら、不満を口にする。斬られた真っ赤なエネミーは見た目こそD因子で構成された亜生命体のようだが、見た目の色と黒い靄になって四散しないところを見ると、ダーク系ではなくアルタード系のようだ。むろんそんなこと、今のESにはどうでも良いことだが。
 ルピカ失踪の一報は意外にも・・・いや、彼女の声を聞いたときにES達は「やはりきたか」と苦笑混じりに溜息を漏らしたくらいには予見していたが・・・氷の女狐ナターシャからであった。状況説明はアッシュサイドが・・・これも予見通りだが・・・揉めに揉めたため彼らを中心にして行われたが、以後の作戦確認はES達を中心に行われた。
 内容は至ってシンプル。このまま作戦を決行するということ。違いは以後の指揮をナターシャが執るということくらいだ。
 それに不服があるわけではない。作戦全体を見れば、指揮官と実行隊長は別々にいた方が効率が良い。しかし不満は大いにある。少なくともESにはたっぷりと。
 あの女に命令される。その不快感は筆舌し難いほどの不満要素だ。しかしだからといって、一流のハンターであるESが意固地になることはない。ないが、不満は不満だ。加えて「ルピカ救出」という本命から外れている事への不満、そしてルピカを案じるが故の不安。アッシュやZER0ほどに彼女と関わってきたわけではないが、彼女の身の上・・・兵器として生み出された経緯を知るESにとって、ルピカを他人のようには思えなかった。それだけに、彼女の救出に直接絡めない不満は募った。
 しかし自分達が行っているこの作戦も、全体的な観点から見ればかなり重要なこと。そしてこの役目は、ES達で無ければ難しく、代われる者は他にいない。その事実がESのストレスを緩和し、任務達成への意欲になっている。
 先に待つのは、ルピカ同様に大切な人達だから。
「ようやく見つけたわ・・・まったく、かくれんぼは日が暮れるまでって言われてないの?」
 エネミーという看守をなぎ倒し、その先にあった監獄。中に捕らわれていた無実の被告人に、ESは笑顔を向けた。
「ああ、もうそんな時間だったか。いやすまない。見ての通り、ここでは日没どころか時刻も判らなくてね」
 解放されたのは軍部高官であり、ルピカをさらった張本人・・・と同一の名を持つ男。そして男の傍らには、かつての仲間である女性。
 もう一人のレオ・グラハートと彼の部下であるDOMINOの救出。ES達の作戦はひとまずの成功を得た。
 むろん、本題はここから。レオと、ES達に付いてきた天才博士モンタギューから事件の真相が語られるのは、これからなのだから。

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