novel

No.8 大地の呼び声

 通常、ハンターズへの依頼は、ギルドを通して行われる。
 その際、依頼側はハンターズを選ぶ権利も所有しているのだが、指名すればそれ相応の指名料というものが負担される事になる。そのため、依頼は指名なしで行われるか、ハンターの腕を限定した簡単な指名を行うかのどちらかが通例だ。
 だが、例外もある。その例外のケースが、今回ESを指名して行われた特異なパターンの依頼である。
「ごめんなさいね。本当はギルドを通して指名するべきなんでしょうけど・・・うちの研究所もそんなに予算があるわけではないし・・・」
 ギルドカウンター前で落ち合った二人は、依頼主がその場でギルドへ依頼を要請し、すぐさまESがそれを受理する。こうすれば、指名料なしで指名したと同じ結果を得られる事になる。
 もちろん、事前に指名料代わりの謝礼がハンターに支払われるケースがほとんどだが、今回はそういった金銭の流れもない。
「いいのよ。本当ならギルドを通さないで、直接交渉でも良いのに・・・大体、あなたからお金は取れないわよ」
 依頼主は、ESが良く知る女性だった。
 アリシア・バズ。
 彼女とは、彼女の義父を通じて親しくしくなった仲だ。もちろん、親友として。さすがに、彼女の義父の手前、手は出していないようだが・・・。
「そういうわけにも行かないのよ。私個人の依頼ではなく、研究所の依頼だから。研究所としては誰でも良いみたいだけど、私としてはあなたにやってもらった方がいいし。なにより・・・」
 少し申し訳なさそうに視線を落とす。
「調査理由,および調査結果の公表は無し。今回の依頼で知り得た情報の口外禁止。まぁ、ハンターの依頼なんて、普段からこんなのばっかりだから、気にしなくていいのよ」
 口外という信用性において、アリシアとしては良く知るハンターの方が安心できる。今回の特異な指名には、そういった理由も含まれていた。
「ごめんなさいね・・・秘密が多い割に報酬も少ないし・・・」
 通常、依頼に対する報酬は、依頼内容の難易度によってギルドがある程度「標準額」というのを定めている。
 だが、必ずしもこの通りの依頼料にする必要はなく、依頼料の決定はあくまで依頼主に任されている。
 もちろん、ギルドの定めた標準額を基本としてハンターは仕事を選ぶため、標準より高ければすぐに依頼を遂行してもらえるが、低ければいつまで経っても依頼を受けてくれないという事になりやすい。
 アリシアが依頼した内容は、仕事の難易度というよりも秘密事の多さで標準額が上がるパターンに属していた。難易度としては標準額を満たしているために、さして少ないと言うほどでもないのだが、それでも彼女にしてみれば、一流のハンターに依頼する額ではないと恐縮しているのだ。
「だからいいって。ハンターは額じゃなく内容で仕事を選ぶものよ。あなたのお父さんだってそう言ってたのよ?」
 ハンターの大先輩であるアリシアの義父に、ESは様々な事を学んだ。ES流の仕事の選び方,仕事の楽しみ方は、彼女の義父に影響されたところが多い。
「そのおかげで、家計は大変だったけどね」
 昔を懐かしむように、二人の少女が笑いあった。
「さて・・・仕事の話をしようか」
 そして二人の女性は、真剣な面もちで本題へと話題を移す。
 本当ならば、昔を懐かしみながらお茶でも飲みつつ、談話に花を咲かせたいところなのだが・・・「軍服」を着た「研究所」の者に囲まれている中では、それは難しい。
「簡単にいってしまえば・・・ラグオルに住む原生生物の生体データ収集です。採取はこのフォトン機材を使用して行ってください」
 アリシアが取り出した機材は、武器のフォトン発射口に取り付けるコンパクトな物で、そこからコードで記憶装置につながっている。
「ハンター向けに開発した簡易型データ採取機です。この装置を通して、フォトンからデータを採取するようになっていますから・・・普通に原生生物と戦闘すればデータが集まります。ただし、簡易型の為に何度も同じ原生生物と戦闘を繰り返さないと、正確なデータは集まりませんから気をつけてください」
 つまり、この装置をつけて何度も戦えばすむ事。ハンターとしてはさして難しい作業ではない。ESにとってはなおさらだ。
「この装置を使うと、出力低下とかもあり得る?」
 とはいえ、命を張っての作業である事には変わりない。微々たる違いでも、気を配ってこそ明日という未来を手に入れられるのだ。
 ハンターとはそういう職業だ。
「データ上では、出力の低下は極僅かしかありません」
 ESの武器に装置を取り付けながら、データで物を語る。「極僅か」がどの程度戦闘に影響を及ぼすか、まして装置を取り付けた事による感覚的な煩わしさなどは、彼女の管轄外であり、彼女のデータにはない。
 科学者とはそういう職業だ。
 データでしか解らない事が多いからこそ、臨機応変に現場対応できるESのような腕利きのハンターが必要なのだ。だが、「現場」の細かい都合など、役所の考える事ではない。「ハンターにデータ採取をさせる」という、曖昧な作業内容だけで予算を組む為に、実労働の苦労と予算がかみ合わなくなる。もっとも、そういった「痛み」を直接関わらない役人にとってはどうでも良いことなのかも知れない。
 役人とはそういう職業だ。
「採取して欲しいデータは、全部で8系統。ブーマ系,バートル系,トーロウ,ラッピー系,モス系,ウルフ系,グルグス系,ヒルデ系の8系統です。ドラゴンに関しては、比較対照となるパイオニア1のデータがありませんから、除外して結構です」
 正直、あのドラゴンと何度も戦闘しろと言うのは、非常に酷な話だ。表には出さなかった物の、ESですら少々ほっとしていたのだ。
 だが、1つやっかいな問題が出てきた。
「それと・・・今回の作業の為に急いで作った装置なので・・・データを長時間保存できないんです。申し訳ないけど、20分くらいで作業を終えて、戻ってきてくれますか? データをこちらのメインへ移せば長期保存できるようになりますから」
 必要なデータが多い割には、時間が短い。しかも、原生生物を何匹倒せばデータ収集につながるのかがはっきりしていないのであれば・・・どれくらい時間がかかるか全く予測できない。
 しかも、装置は1つしかない。つまり、この過酷な条件で全てを20分でこなさなければならないのだ。
 アリシアがESにこの仕事を頼みたかったのは、実はこういう理由もあったのだ。
「大変ね・・・それで、時間はいつから計り始めればいい?」
 出来る限り、時間を大事にしなければならない。どこをスタートに選ぶかは非常に重要だ。が・・・
「・・・・・・ごめんなさい・・・装置を取り付けたことでデータ採取が始まってしまってるから・・・あの・・・今から・・・・・・」
 アリシアはすまなそうに、走り出したESの背中を見送った。

 運良く、と言うべきなのだろうが、今回は敵が混在して現れることがなかった。故にどのデータが採取完了したのかがわかりやすかった。
 まるで向こうからデータを提出してくれている。そんな錯覚すら感じてしまうくらいにスムーズに。
 だからといって、敵の攻撃の手がゆるまるほど甘くはない。
 GRRUUUU!
 今はウルフ系のデータ採取の真っ直中にある。
 早く殲滅してデータを採取しなければならないが、バーベラスウルフを筆頭に、弧を描くようにESを遠巻きに取り囲んでくる為、接近戦を得意とするESにとってはやっかいだ。
 四方を取り囲み、好きあらば背中から襲いかかる。狼種ならではの、統率のとれたチームワークには、野生生物の本能という驚異をまざまざと見せつけられたようにすら感じる。
 GRRRAAAAAA!
 背中めがけて飛びかかってきたバーベラスウルフを、半歩横にずれるだけといったギリギリのところで避ける。それほどまでにせっぱ詰まっての回避・・・なのではない。半歩だけの移動で、すぐに体勢を立て直す為なのだ。
 攻撃に失敗した狼は、逆にESに背中を見せることになる。この好機を逃すことなどするはずもない。
「双刃の露と消えな!」
 Shuk!Shuk!
 リズミカルな2つの音が、1つの命をデータへと変換していく。
 AAAWOOOOOO!!
 仲間をやられた怒りか、それとも次の攻撃に対する合図か。残った獣達が遠吠えで弔う。
 より激しい動きでESを翻弄しようと右へ左へと飛び跳ねる。
 だがESにしてみれば、怒りに我を忘れた狼達は、攻撃力も防御力も低下したようなもの同然。難なく残りを片づけ、ウルフ系のデータ収集を終えた。
「残りは後いくつだっけ?」
 採取したデータを確認しながら、次のエリアへと駆けだしていく。

 百戦錬磨のハンターといえども、振り上げた刃をたたき込むのにためらいを感じてしまう時がある。
 ラッピー種を相手にした時が、まさにその時だろう。
 愛らしい動作。かわいらしい鳴き声。抱きしめたくなるぬいぐるみのような毛並み。パイオニア1の乗員が、わざわざペット用にラグオルへ持ち込んだのもうなずける。
 だが、そんな愛玩動物が、今は狂暴なエネミーとして襲いかかってくる。
 PIYO
 それでもそのかわいい鳴き声に、攻撃を躊躇させられてしまいがちになる。
 もちろん、今のESにはそんな余裕などあるはずもない。
 Shuk!Shuk!
 ためらいもなく、握られた双刃を交互に繰り出す。
 色とりどりのヒヨコたちは、次々と倒れていった。その姿を愛護団体が見ようものなら、体を張って止めにはいるのではないか、と思いたくなるほどに、残忍な光景だ。が、
「またか・・・まぁいいけど・・・」
 死んだと思われていたラッピー達は、ESが離れていった所を見計らったように起きあがり、脱兎のごとく逃げていくのである。そう、ヒヨコ達は狸寝入りで場をやり過ごす習性があるのだ。
「それでもデータは集まったし・・・深追いするのも何だしね・・・・・・」
 何とも言い難い空気だけが、その場に漂うだけとなった。

 RRRRRAAAAAOOOOOOOO!!!
 断末魔の叫びと共に、ヒルデブルーが膝をつき、そして前のめりに倒れ込んだ。
 そしてそれは、データ収集完了の合図ともなった。
「ふぅ・・・15分か。なんだかんだで、意外と余裕あったわね」
 予定よりも5分早く作業が終わったことに、安堵のため息を漏らしながら、最後のデータを確認していく。
「・・・間違いなく採取できたみたいね。私には何の事やらさっぱりだけど」
 データが正常に採取されている、という事以外に、ESが知る必要は無い。データに関しては。
「問題は・・・これが何の為のデータか、と言う事ね」
 元々、ギルドの依頼をこなすということの目的に、情報収集というものがあった。今回は個人的な依頼ではあったものの、大本の依頼は研究施設からのものだ。それも「軍服を着た研究員」がいる研究施設の。
「・・・あの真面目なアリシアのことだから、教えてくれるわけはないか。彼女の立場を考えると、問いつめるわけにも行かないしね」
 そもそも、依頼内容に「調査理由,および調査結果の公表は無し。今回の依頼で知り得た情報の口外禁止」という約束事が交わされている。追求は出来ないと考えた方がいい。
「っと、考え事をしている場合じゃないわね。データを持ち替えるまでが20分に含まれていたんだっけ」
 急いでリューカーを唱えたESは、そこに出来たワープホールへと飛び込んでいった。

「ご苦労様。さすがは黒の爪牙、仕事は完璧ね」
 出迎えた親友は、笑顔で功績をたたえた。
「心の準備が整っていれば、もうちょっといい結果が出せたけどねぇ」
 しかしそれを、ちょっとした皮肉で切り返した。
「だからごめんなさいって・・・もう、しばらくそればっかり言われそうだわ」
 笑顔が苦笑いに変わる姿を見ながら、彼女の親友はより笑顔になっていった。
「ともかくお疲れさま。報酬はもう振り込んであるから、カウンターで受け取って。少なくて申し訳ないんだけど」
 それはいいって、と手をひらひらと振ることで示す。
「それじゃ、アリシア。今度はゆっくりとお茶でも飲みに来てよ。もっとも、なんか忙しそうだけどね、あなたは」
 本当は聞きたいことが山ほどある。だが、それを問いただすわけには行かない。今は素直に、何事もなかったように、この場を去るのがアリシアの為だろう
「あっ、ES・・・・・・」
 だが、アリシアの方から声をかけ、ESを場に止めてしまう。
「ん?」
 声をかけたものの、振り向いたESに次の言葉をかけられない。
 本当は、親友に隠し事などしたくない。
 そして何より、今彼女が抱えている悩みを打ち明けたい。
 苦しむ胸を押さえながら、唇だけが震えだしてしまう。
「・・・・・・いつか、話せる時が来たら・・・ね。あなたにも私にも、『立場』ってものがあるからさ。大丈夫、あなたはあのヒースクリフの娘でしょ?」
 義父の名と親友の優しさに勇気づけられ、言葉と涙を飲み込んだ。
 いつか話せる時。
 それは、さして遠くない未来の出来事だった。

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