novel

No.7 パイオニア2の新聞

 あの軟派師が、女性を連れて歩いている。
 それだけで、彼をよく知る者は驚愕するだろう。
 ESもその内の一人だった。
「まぁ、そちらのお嬢さんがクライアントで、同行の依頼をこれからこなすって所だろうけど」
 もちろんその通りである。だが・・・
「いえ、あの、私は新米のハンターで・・・今日は先輩から色々教わるためにご同行をお願いしただけで・・・」
 ハンターの格好をしたクライアントは、初々しい演技でこの場をやり過ごそうと画策していた。
「ふぅん・・・まぁいいけどね」
 ESはクライアントを「一般人」と指摘はしていない。だが、新米ハンターを名乗る女性は、自分がハンターであることを強く主張してしまった。そんな女性のぼろに気がつきながらも、ESはさして気にもとめなかった。
 最近、パイオニア2に止まるの不安やラグオルへの好奇心といった理由で、地表へ降りたがる一般人が増えている。
 そのため、ギルドにはラグオルへ連れて行って欲しいという依頼が急増している。しかし、総督府はハンターと軍関係者,および許可を得た者以外の降下を認めていない。
 だが、それでもラグオルに降下しようとする人は後を絶たない。先日は一般人が勝手に降下し、ラグオルの土地所有を主張するというトラブルまで起きた。そのため一般人降下防止の見張りは厳しくなっており、ギルドも表向き一般人へラグオル降下の依頼は受け付けないとアナウンスし注意を促している。
 それでもラグオルへの同行降下の依頼は増えている。ギルドも多少目をつむっているところもあり、仮に問題が発生しても、全て依頼を受けたハンターに責任を負わせている。
 ZER0の連れている女性が新米ハンターでないことは明らかだ。だが、責任は全てZER0が担う以上、ESが口を出すことは余計なお世話といえる。それにZER0はESが率いているダークサーティーンのメンバーではない。ESに迷惑が及ぶことはいっさい無いのだ。
「なに、先輩として色々指導してやるのも仕事のうちさ」
 ESにばれているのは解っているが、クライアントを安心させるためにも、白々しい台詞で場を濁すのが適切・・・ではあるが、ESとしてはこの台詞を何度となく聞いているために少々呆れている。
「はいはい・・・お嬢さん、こいつのことをどれだけ知っているか知らないけど、気をつけなさいよ。軟派師ZER0の毒牙にかかったとあっては、世間の笑い者にしかならないんだから」
 ZER0のナンパに引っかかる事は、下手な痴漢行為よりもたちが悪いとさえ言われている。もっとも、ZER0本人は気にもしていなければ、それを本気で考え込む女性もいないだろう。ある意味、軟派師への親しみを込めた陰口といえる。嫌がられながらも親しまれている、矛盾した評価を受けているのだ。
「ところで・・・珍しい物持ってるな。それマグだろ?」
 ESが手にしていた尻尾の形をしたマグを見て、ZER0が話題を切り替えた。自分にとって不利な会話から脱却したかったこともあったが、ESがマグを、しかもレアタイプの物を持っていることが珍しかったのだ。
「あぁ、これ?今さっきもらったのよ。似合う?」
 手にしていたマグを装備して、くるりとその場で回ってみせる。猫のようにしなやかな動きに併せて、マグが尻尾を振るように動き出す。
「かわいい・・・」
 ぽつりと、クライアントの女性が呟く。それを聞いた色香漂う猫が、ありがとうと微笑みかける。同姓ながら、そんな仕草に顔を赤らめてしまう。
 一方ZER0はというと、何十回目かに惚れ直していたが・・・素直な感想を言うのが何となく照れくさかったのか
「・・・・・・キャットファイトでもやるつもりか?」
と口走ってしまい、パチンと強烈な痛みと音をプレゼントされていた。

 話は少し前にさかのぼる。
「あ、あなたがハンターの方ね」
 自らハンターの格好をしているハニュエールは、緊張した面もちでZER0と対面していた。
 何故緊張しているのか? ZER0という名の野獣を前にしているから・・・という理由もあるのだろうが、それだけではないようだ。
「そんなに堅くならなくても大丈夫だよ。俺、ZER0。見ての通りヒューマーだ」
 一目惚れでもして緊張しているのか? と勘違いしたいところだが、いくらZER0でもそれは無い事を解っている。それを自覚する事は悲しい事だが。
「こんにちは。ノル・リネイルです。ジャーナリスト。よろしく」
 ジャーナリスト・・・つまり、彼女はハンターの格好をしているものの、ハンターではないのだ。
 そしてここは、パイオニア2本船内にあるハンターズギルドのカウンター。本来はハンターズや許可を得た者以外の入場は許されない区域。つまり彼女は、ハンターに変装して不法侵入を試みている最中なのだ。スパイでもない彼女が緊張するのは無理もない話。
「ジャーナリスト? ちょっと待てよ、ラグオルに連れて行って欲しいという依頼だったよな? 解ってると思うけど、本来一般人がラグオルに降下することは禁止されているし、ギルドでもそういった内容の依頼は断っているんだぜ?」
 と、驚いて見せたものの、ZER0もクライアントが同業者ではないことは、依頼を吟味した時点で薄々解っていた。もし同業者なら自力で降下できるわけだし、同行者ならカウンターで呼びかければ済む話だ。わざわざ金を払ってまでパートナーを捜すなんて奴はいない。
「解ってるわよ。私、一応パイオニア2でオンラインのニュースなんかを扱っているんだけど・・・」
 現在、ニュースなどの情報やプライベートなメールといった情報通信は、すべてBEEシステムというソフトウェアで行われており、何らかの形で個人個人が所有しているのが一般的だ。オンラインとは、このBEEシステムで配信さているということを指す。
「私はね、真実を知りたい。そしてその真実をみんなに伝えたいの」
 自分のこと、そしてジャーナリズムというものを語っていく内に、緊張はいつの間にか解けているようだ。そして彼女の熱弁はさらにエスカレートしていく。
「今は情報管理の時代・・・実際ジャーナリストといっても、与えられた情報を整理して流すだけなんて事が多いの」
 むろん、その「管理」には、政治的な意味合いも含まれる。一般人のラグオル降下禁止も、そういった「情報管理」の一つだと言える。
「昔『新聞』という紙媒体のものがあった時代は、ジャーナリスト自身が真相を追いかけて走り回るのが主流だったって聞いてる。私は、それが正しいと思うの!」
 もちろん、今でもジャーナリストが真相を探るというスタイルがないわけではない。だが、情報自身が勝手に飛び込んでくることが多くなったため、デスクワークのみに徹しても、仕事として成り立つことが多い。
「それで・・・総督府や軍の発表だけでは納得いかないから、自分の目でラグオルを見てみたいって事か」
 解ってるじゃない! そんな言葉を瞳で語りながら、うんうんと大きくうなずいてみせる。
「ラグオルの地表はどうなっているのか? ウワサの爆発事故の真相は? パイオニア1の人々はどうなったのか・・・別にインタビューしたいわけじゃないわ。この目で見てきて、そしてみんなに伝えたい。だから連れてって欲しいの!」
 正直、それはZER0が、いやハンターズ全員が、総督府が、軍が、みな知りたいことなのだ。だが、それを伝えたところで彼女は納得しないだろう。「総督府と軍がラグオルの情報を管理している」以上、「ラグオルに関しては、解らないことの方が多い」と伝えても、情報管理しているのだと勘違いされてしまうだろう。
「・・・・・・OK、まぁいいだろう。ただ御法度に触れる行為だってことを肝に銘じといてくれよ」
 ここでZER0が引き受けなければ、誰かが引き受けるまで彼女は依頼し続けるだろう。ならば・・・という訳ではないが、多少背徳感は残るものの自分が引き受けるのも悪くないだろう。
 なにより、こんなかわいい娘と知り合いになれるのだ。ZER0としてはこれ以上の理由が必要だろうか?
「大丈夫よ。そのためにこんな格好してるんだから。ハンターのフリしてついていけばバレないでしょ?」
 とは言うものの、ハンターズにはバレバレだろう。同業者は理屈でない、感覚でお互いの力量さえも見抜く。戦闘経験もないノルであれば、慣れない服を着て歩くだけで一般の人でも怪しく思って当然だ。
 もっとも、ハンターズにばれることはさして問題ではない。一般人を連れて降下する依頼は、表だって禁止しているものの、ギルドですらそれなりに黙認はしているのだから。テレポータの前で監視している軍人にさえごまかせれば良い。軍人はハンターズを嫌っているためいちいち興味を持たない。服装だけハンターズのものならば、まず見抜かれることはない。
「じゃ、ヨロシク! そうね、まずはセントラルドームがどうなったか調査したいわ。そのあたりまで連れてってもらおうかしら?」
 初めはガチガチに緊張していた彼女も、すでにZER0とうち解けていた。それは彼女がジャーナリストとして、うち解けるのに長けていたからなのであろう。ZER0という男がうち解けやすい人物であるということもあるだろうが・・・。
「あ、そうそう。私に手を出したら、オンラインニュースを通じて有名になれるわよ? あなた」
 軟派師はジャーナリストの間でも有名なようだ。うち解け易いのと心を許すのは、全く別の話と言うことか。

「もうっ、なんなのよ! この星の原生生物が、こんなに狂暴だなんてっ! 軍からこんな報告はなかったのに!」
 当たり前の話だ。情報制限を強いているのだから。
 ラグオルに降りてすぐに、原生生物が二人に襲いかかってきた。もちろん、念のためにとハンドガンをノルに渡していたとはいえ、彼女は戦力になり得ない。むしろ彼女を守りながらの戦闘は通常より難しい。
「そう愚痴るな。これで真実の一つが解ったんだからいいだろ?」
「まぁそうだけどさ・・・」

 ZER0は、ラグオルに降下する前に諸注意を言い渡そうとした。だが「この目で確かめるからいい」と、聞き入れようとしなかった。なんとかハンドガンを渡すことが精一杯だったのだ。
「いいか? ラグオルがどういう所なのかこれで解っただろ。すぐに引き返せなんて無粋なことは言わないが、死にたくなかったら俺から離れるなよ」
 何故ハンターと軍しか降下が許されないのか。その理由の一つはこの凶暴化した原生生物にある。戦闘経験を持つ者でも、油断すればあっさりと死に至る場所なのだ。好奇心だけで来るべき場所ではない。
「・・・わかったわ・・・・・・」
 とはいえ、ノルだってただの好奇心だけで降下してきたわけではない。彼女のジャーナリズムが、先に進む勇気となっている。

 Skrritch!
「くっ!」
 身を挺して守る、という言葉を実行したZER0。振り上げられたブーマの爪が、左肩を切り裂く。
「ZER0!」
「心配ねぇ・・・よっ!」

 Sklishh!
 GLRRAA!

 錆び付きながらも鈍い光を放つ刃が、狂暴なアナグマの胴を貫く。
RESTA
 右手を左肩に当てながら、回復の呪文を口にする。
 傷口はすぐにふさがり、止血はされたものの、すでに流れ出た血がまだ肩口に残っている。
「だっ、大丈夫なの?」
 見た目が痛々しいだけに、心配で仕方ない。
「ん? あぁこれくらいはな。レスタもかけたし、やられる前と何ら変わらねぇよ」
 左腕をぐるぐると回し、無事をアピールする。
 その光景を、信じられないといった面もちで見つめる。
「痛くは・・・ないの?」
「そりゃ、やられた時は痛いさ。今は何ともないけどな」

 当たり前だろうとばかりに、平然と答える。
「・・・そんな顔すんなよ。姫を守るのは騎士の勤めだろ?」
 歯の浮く台詞も、こういう時には多少なりとも効果があるのだろうか? ノルはまんざらでもないといった表情を浮かべる。
「それより・・・これを調べたらどうだ?」
 ZER0としては、普段からくさい台詞を連発しているため、むしろ笑いを取ることで心配させないようにと選んだ言葉だったが・・・思わぬ反応に、うれしいはずなのだが少し動揺してしまった。その動揺がノルを和ませる。
「メッセージパック? 何故こんな所に?」
 調べるよう勧められたメッセージパックを見つめながら、独り言のように呟きながらもZER0に訪ねる。
「リコのメッセージ・・・俺たちを誘う道しるべさ」
 事実、初めてラグオルに降り立った時のZER0達は、彼女のメッセージに導かれるように奥へ奥へと進んでいったのだから。
 今でも、このリコのメッセージは多くのハンターズを導いている。本来は重要な証拠として軍が押さえても良い代物なのだが、こうして置かれた時のまま存在している。
 ラグオルに降り立つ全ての者へ。リコのメッセージはハンターズへも軍へも送られたものなのだ。それを邪魔する権限は、誰にもない。
 早速ノルは、リコのメッセージをノートパソコンへと記憶していく。タカタカとキーボードを打ち込む音が、木の葉を揺する風の音と共に森に響き渡る。
「スクープ・・・なんだろうけど、なんか素直に喜べないな・・・・・・」
 パタン、とノートパソコンを閉じながら、ぽつりと呟いた。
 真実の追究。ラグオルに降下する前は意気揚々と語っていたジャーナリズムが、ここに来て収縮し始めていた。
 ZER0は何も語らない。
 この目で確かめるからいい。その言葉通り、真実を目の当たりにしなければ、彼女はZER0の言葉を信じることはないだろう。今は彼女が納得するまでつき合うしかないのだ。
(まぁ、俺の体が持つまで・・・かな)
 騎士とて、限界はある。特にZER0は特攻を得意としているため、人を守りながらといった戦法はどちらかといえば不得手だ。
 本来は姫を守る騎士よりは、大将の首を狙う侍の方が似合う男なのだ。
「ねぇ、何かおかしいとは思わない? ここ一帯は居住区のはずでしょ?」
 ノルは疑問を口にしながら、パソコンを小脇に抱え立ち上がった。
「なのに、あんな狂暴な原生生物がいるなんて・・・やっぱり、何かあったってこと?」
 視線をZER0に向き直し、見えないマイクをZER0に突きつける。
「それは・・・インタビューか?」
「え!?」

 答えではなく、質問が戻ってきた。
「インタビューをする気はないっていってたけど・・・どうする? 俺としては、知ってることをベラベラと喋ってもかまわんが。それで君が納得するならな」
 口に出してから、内心しまったと後悔していた。
 挑発的な事を言って、依頼人を危険な目に遭わせる必要はないのだ。話で済むなら危害も少なくなる上に、仕事としても楽なはず。
 ただ、中途半端に依頼を終えるのは本望でない。それ以上に、中途半端に終わって欲しくない。
 どこかで、彼女のジャーナリズムというものをきちんと見届けてみたい。そんな感情がわき出て・・・台詞が先に口をついて出た。
「・・・もちろん、ちゃんとこの目で確かめるわよ」
 挑発に乗った自分に、ノルも驚いていた。
 真実を追究するジャーナリスト。そんな言葉の響きに、どこかあこがれを持ち続けている。
 デスクワークだけじゃ終われない。何かしなければ・・・本当のジャーナリストにならなければ・・・。
 そんな時に飛び込んだ、パイオニア2への乗員募集告知。そして謎に包まれたラグオルの爆破事故。
 これしかない。自分が本物のジャーナリストになるためにすることは、この事件の真相究明。
 使命だ、と思い・・・思いこみ・・・ハンターズギルドへ依頼し、服を調達し、ラグオルに降り立ち・・・真実を追い求めるという厳しさを、思いの外あっさりと、そして重々しく見せつけられた。
 後に あたしに続いて来る者のために
 リコのメッセージは、自分にも向けられているのだろうか?
 メッセージをまとめながら、そんなことも考えていた。
 予測もしなかった怪物の襲撃に、気も動転していた。
 ZER0を急に問いつめたのは、そんな自分の混乱と不安を象徴している。それを自覚したことで、彼女はまた、本物のジャーナリストになるべく新たに意を決した。
「その前に、一つだけ教えて」
 この先、ラグオルでジャーナリストを貫くには、どうしても必要なことを訪ねた。
「・・・このハンドガン、どうやって使うの? さっき撃とうとして撃てなかったんだけど・・・」
 苦笑いを浮かべるジャーナリストに、ハンターは微笑みながらセイフティーロックの外し方を教えた。

 戦闘は比較的楽になってきた。
 ノルが後方から銃を乱射するようになったためである。
 もちろん、全くでたらめな撃ち方であり、弾が敵に当たることはないが、牽制にはなっている。敵に囲まれることが少なくなった分、守り易くも攻め易くもなったのだ。
 ハンターの服はフォトン加工がしてあり、ある一定のフォトンに対して、完全防備がなされるよう設計されている。
 そのフォトンとは、ハンターズが扱う武器。
 乱戦状態になっても、ハンターズ同士が傷つけ合わないようにといった配慮での仕様だ。このため、ノルが誤ってZER0に向かって誤射しても、ZER0に被害は全くない。だからこそ、戦闘の素人でも援護射撃が出来るのだ。
「ふぅ・・・」
 最後の1匹にとどめを刺したところで、振り返る。
 そこには、脅える女性の姿・・・はなく、リコのメッセージをひたすらまとめるジャーナリストが離れたところにいるだけだった。
(まぁ、その方がいいんだけど・・・これはこれで寂しいなぁ・・・)
 複雑な男心といったところか。
 しかし、脅える、という所は少なからず当たっている。
 事実、ノルは真実を知れば知るほど怖くなっていた。
「・・・なんだか・・・やっぱりなんだか、気味が悪いわ・・・」
 メッセージをまとめ終えたノルは、独り言のように、だがしっかりとZER0に向かって心中を語った。
「こいつらが・・・って訳じゃなさそうだな」
 倒したばかりの猛牛を剣先でつつきながら訪ねたZER0に、軽く首を縦に振った。
「ここで、この前までパイオニア1の人達が普通に暮らしていたなんて・・・ね、その割にパイオニア1の人なんて、誰一人いないじゃないのよ・・・」
 その事に不安を感じるのは無理からぬ事だ。
 とはいえ、ZER0はそのことをさして気にはしていなかった。単に敵を倒すことばかりに集中していたから・・・ということもあるが、敵を倒すことであまりそういうことへ気を回さないようにしていただけなのかもしれない。
 考えるのが苦手だ、というよりのは、考えることで怖くなっていく自分が嫌だったのかもしれない。
 ノルは援護をしているとはいえ、戦闘をしていると言うほど集中して銃を構えているわけではない。むしろ、彼女はラグオルの現状を確かめに来たのだ。色々な疑問が浮上しては整理をする。その繰り返しをずっと行ってきたのだ。
 だが、それにも限度がある。あまりにも解らないことが多すぎる。
 ならば、ここは意地を張らずに「インタビュー」をするのが得策だろう。ノルは率直にZER0を問いただした。
「わからん。というのが正直なところだ。俺たちも君と同じように、この道をたどり、リコのメッセージに耳を傾け・・・自分たちなりに必死に答えを探してるんだけどな・・・まぁもっとも、俺は考えるのは苦手だから、そういうのは人任せだけどよ」
 苦笑しながら、インタビューに答える。
 ジャーナリストは、その答えを素直に受け入れることが出来た。何かを隠していると言った疑念も生まれなかった。なぜなら、自分も同じ道をたどり、同じように真実を見つめてきたから・・・。
「あそこに見えるのがセントラルドームね・・・見た目あんな大きな爆発の影響はあまりないようだけど・・・」
 丘の上にそびえ立つセントラルドームを見上げながら、率直な感想を述べる。
「近くまで行けばわかるが、入り口だけはしっかり壊れててな・・・中に入る事が出来ねぇんだよ」
 実際には、別の入り口が存在し、現在軍が内部を調査しているのだが・・・そのことは黙っていた。
 軍に主導権を握られていることが、ハンターズとして悔しく、恥ずかしいのだ。
「あの中にまだホントに人が大勢住んでいるのかしら?」
 しばしの沈黙
「まさか全員・・・まさかね」
 長い沈黙。
 現状から推測できる答えはある。だが、それは考えたくない。
 真実を求め続けることは、ただ好奇心を満たしてくれるという満足感だけが得られるわけではない。得たくないものまで得てしまうことだってあるのだ。
「ね、あそこにあるの、気象観測用の端末じゃない? その池の向こうのあれ」
 沈黙に耐えられなくなったノルが、すがるように見渡した視線の先に、話題を変えるきっかけを発見した。
「あぁ、前に降りた時にBAZZが調べてたな・・・俺は詳しいこと聞いてねぇけど・・・メイン寄りにアクセス出来なかったとか言ってたぞ」
 もはやノルがZER0の語る真実を拒むことが無くなったためか、体験談を語るのに躊躇はなかった。
「うーん・・・一応調べてみたいな」
 別にZER0の言葉を疑っている訳ではないが、やはり基本的には自分の目で確かめたいのだ。それ以上に、ZER0の答えが曖昧すぎたこともあるのだが。
「OK。橋はこのスイッチで架かるからちょっと待ってろ」
 手慣れた手つきで、池に浮かぶ離島への橋を架ける。
 橋がきちんと架かったところで、二人は気象観測端末に歩み寄った。
「生きてはいるけど・・・パイオニア1のメイン寄りのアクセスはやっぱり出来ないか」
 端末を調べながら、ZER0の証言を確認する。
「ローカルのデータは見られるかな?」
 自分のノートパソコンを端末に接続し、双方を巧みに操る。
「『ある瞬間』までは全て何事もなく機能していたみたいね・・・」
 一通りの操作を終え、検出したデータは、ただの気象観測データにすぎない。だが、重要なのはデータそのものではなく・・・。
「でも・・・どのログもちょうど同じ時刻で終わってる・・・」
 データの交信記録。
 端末としては生きているのに、データ収集を止めている。これはつまり、メイン側のトラブルによって端末を動かすプログラムが止められた事を意味している。それも、複数の観測プログラムが同時期に、だ。
 同じ時刻・・・それは当然、セントラルドームが爆破した時刻。そしてメインコンピュータはセントラルドームにある。以上のことから推測できる事は・・・二人が恐れていた結論を裏付ける結果になってしまうのだ。
「次に行こう」
 いたたまれない場の空気を変える意味も込めて、ZER0が声をかける。だが・・・。
「待って・・・」
 それをノルが制した。そして
「お疲れさま! これでもういいわ!」
無理に明るい声を、絞り出すように、ノルは調査の中止を宣言した。
「え!? ・・・いいのかよ。まだセントラルドームに着いてねぇぜ?」
 と疑問を口にしたものの、何となく、ノルの胸中は彼にも解っていたが。
「うん、でもね・・・」
 その胸中をはき出すように、ノルは語り出した。
「私は、現実を見ちゃった。地上には怪物がゾロゾロいて・・・爆発の物理的影響はないみたいだけど、パイオニア1の人は誰も姿を見せない」
 短くも、的確に、ここまで自分が見聞きしたことをまとめた結果。この程度ならラグオルに降りるまでもなく、ハンターに尋ねれば返ってくる端的な答えと何ら変わらない。
 だが、彼女の言葉には「実感」という重みがあった。
「確かに、真実を求めるのも、それを伝えるのも大切だと思ってたけど・・・今、私が感じている不安とか恐怖を・・・ただでさえ、不安がちなパイオニア2のみんなに伝えるのはどうかな・・・って思った」
 真実を伝える。それがジャーナリストの仕事だ。ノルはそのためにラグオルへやってきたのだが・・・。
 知り得た上で、それを伝えずにおくということも一つの英断だ。
 本来なら、結局何も伝えられないのはジャーナリストとして屈辱。だが、己のプライドや優越のために、人々を不安の渦中に放り込むことが正しいはずがない。
「正直言うとね・・・怖くなってきたのよ。この先には、もっともっと知っちゃいけないものがあるような気がして・・・これは、ジャーナリストの勘かな」
 怖い。
 その言葉を口にしたとたん、緊張の糸がほどけたのだろうか・・・視界が潤むのを少しずつ押さえられなくなってきた。
「ごめんね。せっかく依頼したのに中途半端で・・・・・・」
 ZER0への謝罪の為ではなく、自分への悔しさとラグオルでの恐怖が、瞳からあふれ出て止まらない。
 ジャーナリストとして、いったい自分は何がしたかったのか?
 ジャーナリストとして、いったい自分は何が出来たのか?
 ジャーナリストとして、いったい自分は何を求めていたのか?
 ジャーナリストとして・・・何が正しかったのだろうか?
 ただ、ラグオルを支配している恐怖に屈し、自分の小ささを確認しただけだった。
 自ら導き出した結論を出すのが怖い。それはジャーナリストとしては失格であると烙印を押されたに等しい。
 真実を知りたい。そして真実を伝えたい。
 そう、ジャーナリズムを語った自分はどこに行ったのだろう?
「俺はジャーナリストってのがどんなものか知らないけど・・・」
 ノルの気持ちをくみ取ってか、ZER0が声をかける。くしゃくしゃになったハンカチを差し出しながら。
「『知りたい』って好奇心は、誰にでもあるだろ。俺だってこのラグオルで起きている真実を知りたい。その為に、仲間と一緒に情報を集めているところだしな。だからさ、何か隠してるなぁとか思うと、それを暴きたくなるのもよくわかるよ」
 総督府と軍が何かを隠している。ノルがラグオル探査に乗り出そうとしたきっかけもそこにあった。ZER0はそんなノルと自分を重ね合わせようとした。
「んー・・・なんて言って良いかわからねぇけど・・・知りたいって事は悪いことじゃねぇんだよ。もちろん、知りたくないってのも罪じゃない。君が知りたくないって思うことは、たぶん他の人も知りたくないだろうし。だったら、自分の感情に流されて伝える伝えないを決めるのも、一つの『真実』なんじゃねぇかなぁ・・・」
 女性を口説くことになれている彼も、慰めることは少し苦手なのか。自分と相手を重ねて説明しようにもうまくいかない。それでも、気持ちは伝えられたかもしれない。
「ありがとう・・・」
 不器用ながらも、ノルは彼の気持ちを受け止めることが出来た。
 伝える、という事がいかに大変なのか。情報であれ気持ちであれ、それは変わらないのかも知れない。
「ねぇ・・・ここ、誰も来ないよね?」
 不意に、伏せがちになっていた顔を上げ、潤ませた瞳をZER0に向けた。
「え!? ・・・まぁ、ハンターズ以外にはこないし、エネミーもあらかた片づけたし・・・たぶん、誰も来ないよ」
 見上げるような彼女の瞳にどぎまぎしてしまう。
「ごめん・・・このまま・・・・・・」
 ZER0の胸元に顔を埋め、背中へと腕をまわした。そして・・・。
「うっ・・・うぅ・・・あぁぁぁぁぁ・・・・・・」
 屈辱,恐怖,不安。全てを唇と瞳から、ZER0の胸へとぶつけた。
(ちょっと期待した自分が情けないな・・・)
 自分に苦笑いしながら、優しく髪をなで慰める。
 恐怖に支配されたラグオルが、今だけは二人を静かに見守り続ける。

「ZER0、ここでいいわ」
 ギルド本部へ入ろうとしたところで、ノルが別れを切り出した。
「あいつらに見つからないうちに、一般居住区に帰ることにする」
 パイオニア2に戻ってからの彼女は、すでに元気を取りもどしていた。
 ただ、少なからずしおらしくなったかなと、ZER0は感じていたが。
「そか・・・じゃここで」
 いつもなら、この後お茶にでも誘って断られるのがいつものパターン。だが、どうも今回はお茶に誘うのもはばかられるような気がしてか、素直に引き下がることにした・・・のだが。
「あら? 軟派師ともあろう人が、こぉんなかわいい娘をお茶にも誘わないの?」
 逆ナンされるとは、さすがの軟派師も思っても見なかった。
「・・・おいおい、この軟派師がお茶だけで済むと思ってるのか?」
 不敵な・・・いや、下劣な笑みを浮かべて、ノルを改めて吟味するように見つめる。
「調子に乗らないのっ!」
 軽く頭を小突き、二人はくすりと笑い合った。
「・・・私ね、やっぱりラグオルの事、もっと知りたい」
 微笑みながら、新たにした決意を宣言する。
「ジャーナリストとして知りたいわけじゃないの。ただの好奇心かも知れない。ただ、知りたい。そう思った。でも、今はまだ怖いから・・・少し気持ちが落ち着いてからね」
 ジャーナリストとは何か?
 その答えを求めるよりも、今は自分の探求欲を満たしてみよう。それが結論だった。
「色々教えてよ。ラグオルのこと。これからもね」
 にこっ、と微笑んだノルの笑顔に、ZER0は内心動揺しながらも
「なんなら、もっといろんな事を教えてあげるけど?」
などといつも通りの自分を必死にアピールしてみせる。肩に回した手をパチンと叩かれながら。
(やべぇ・・・俺ってこんなに惚れっぽかったっけなぁ・・・・・・)
 軟派師が言う台詞ではないなと思いながら、女性を喫茶店までエスコートしていった。

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