novel

No.46 終章・次世代から謡われる鎮魂歌

 ラグオルの森林地帯に、暖かい日差しが降り注いでいた。
「お待たせ」
 その森で待っていた友達に、ESは声を掛けた。
「!・・・びっくりしましたぁ」
 急に声を掛けられたことに驚いたのか、エルノアは振り向きながらこう答えた。
「ふふ、ごめんね。そういえば、初めてあなたと会った時もこうして驚かせたっけ」
 出会った時のことを思い出しながら、ESは微笑んだ。釣られてエルノアも、えへへと笑う。
「ESさん・・・えっと・・・お久しぶりですぅ」
 エルノアはモンタギュー博士と共に失踪している。そういうことになっている。
 だが、今こうしてESはエルノアと再会している。
 久しぶりと言うほど、時は経っていない。だがお互いに色々とあった。その事が会えなかった時間を長く感じさせていた。
「えっとですねぇ、今日はぁ・・・ESさんに伝えたい事があったんですけどぉ・・・」
 コンタクトを取ってきたのは、エルノアの方だった。会いたいとBEEを通じてメールが送られていたのは、ESが一つ大きな、大きすぎた依頼を全て解消した翌日だった。
「えっと、えっとぉ・・・」
 話したいことが沢山あるのだろうか。エルノアはどれから話し始めて良いのか、戸惑っている様子だ。
「あなたのそのマグ、元気そうね」
 ESの方から、助け船を出す。
 エルノアの背中には、エルノアと同じ桃色のマグがまるで羽根のように浮遊していた。
 ELENOR。主人と全く同じ名前を付けられたそのマグは、ESの呼びかけに答えるよう、ゆっくりと上下に揺れた。
「えへへ、この子は元気ですよぉ。博士がちゃぁんと直してくれました! 確か、これで計画も水の泡だって言ってました! なんのことだかわかりませんねぇ。あはは」
 何のことだか判らないわけはない。エルノアにもESにも、あまりに衝撃的な出来事だったのだから。
 MOTHER計画。その為に作られたエルノアとELENOR。
 全てを支配する為に博士の手によって作られた二人は、博士の手によってその力を失った。
 だが、それが良い。それが正しい。
 計画が水の泡になることなど、今のエルノアには、そしてモンタギューにもどうでもいいこと。
 大切なもの。だいぶ遠回りをしたが、それをようやく見つけられたモンタギューは今、幸せなのかもしれない。
「そういえばジャンは?」
 エルノアと共に今は身を隠しているモンタギューが気になった。
「え、博士ですかぁ? 元気ですよぉ。ちょっと事情があって出てはこれないんですぅ」
 事情に察しはつく。なにせあれだけの大暴動を引き起こしたのだから、今彼は様々な組織から目を付けられているだろう。暴動を引き起こしたのはWORKSなのだが、WORKSは責任を逃れる為にモンタギューと「一部の」暴走した隊員の仕業として発表した。こういう時、モンタギューのような独り者は不利だ。
「しょくざい・・・? とか・・・? ほうふく・・・? とか・・・? 未来のために出来ること・・・とか言ってました!」
 贖罪。報復。
 自分が犯してしまった罪。その罪に気付き、モンタギューは今罰を自らに科している。
 未来の為に出来ること。
 それが何か。誰の未来なのか。
 あの道化が何処までのことをするのか。ESは彼が行おうとしている事に、興味を持ちながら見届けたいと願った。
「それとオネエサマですけどぉ! よろこんでくださぁい! オネエサマ・・・無事だったんですぅ! バックアップを取れたのがよかったんだって、博士ほめてくれました! ちょっとまだ回復には時間がかかるって博士言ってましたぁ!」
 自由を望み、その心をダークファルスにつき入れられたアンドロイド、ウルト。彼女の無事を喜ぶエルノア同様、ESもホッと胸をなで下ろした。
 おそらくは、あの時助けに入った真っ赤なアンドロイドともう一つの影・・・おそらくはスゥだろう・・・二人に助けられたことも大きかったのだろう。
 思えば、モンタギューが手際よく姿をくらますことが出来たのも、二人の手引きがあってこそだろう。
「そっか。みんな元気で安心したわ」
 本当に。心の底からESは安堵した。
 微笑むESにエルノアも笑いかけるが、少しばかりうつむき、悲しそうな顔付きになる。
「・・・ええっと、わたしこれから少し、お出かけするんですよぉ。もちろん博士も一緒なんですけどぉ・・・けっこう長くなっちゃいますぅ」
 長いお別れ。その挨拶をするのが、エルノアにとって辛く寂しいのだろう。
「・・・えっと・・・わたしあの時の事、よく憶えてないんですけど・・・」
 最後に、エルノアはESをじっと見つめ語り始めた。あの時、エルノアが暴走したあの時のことを。
「でも…あのとき、声が聞こえたんですぅ。その声は・・・博士だったのか、オネエサマだったのか・・・それとも・・・」
 表情豊かなエルノアでも、アンドロイド故に瞳だけは感情が表れにくい。にもかかわらず、エルノアは瞳でも、ESに語りかけた。
「あれは、ESさんだったんですかぁ? あきらめるな、頑張れって・・・聞こえてきたんですぅ」
 言った覚えはない。
 ただ、念じた覚えなら、あるかも知れない。
 絶対に死なせない。薄れ逝く意識の中で、その事だけを強く念じていた。それだけは覚えている。
「ごめんなさぁい! おかしいですよね・・・とっ、とにかく・・・ありがとうございましたぁ!」
 どう答えて良いものか戸惑っていたESの様子をエルノアは自分の語ったことのおかしさに戸惑っているのだと勘違いし、謝罪を始めた。
「ああ、いいのよ。その・・・良かったわ。あなたが無事で本当に」
 本当に良い娘だ。素直なこの娘と友達になれたことを、ESは幸せに思っていた。
「そうだ、ESさん。マグ、大事にしてますかぁ?」
 エルノアの問いかけに、もちろんと答えながら、くるりと周り腰の後ろで揺れているパンサーテイルを見せた。
「この子ね、私がピンチになった時に助けてくれたのよ。悪の大王まで倒しちゃったんだから、すごいのよ」
 まるで冗談のように、しかし事実をエルノアに伝えるES。
 ESはマグを身に付けることをあまり好んでいなかった。このパンサーテイルを身に付けることになったのも、エルノアとの出会いがあったからこそ。今でこそ大事にしているが、そんなこの子に助けられるとは思ってもみなかった。
「ありがとうね、エルノア。この子と出会わせてくれて」
 全てはエルノアと出会ったから。そう思うと、彼女にも感謝しなければならないだろう。
「えへへ・・・その子もESさんに出会えて、幸せそうですぅ」
 お礼を言われたことに照れながら、エルノアは素敵な主人に出会えたマグを祝福した。
 色んな出会いがあった。
 エルノアやパンサーテイルだけでない。ESはパイオニア2がラグオルに到達してから今までに、沢山の出会いを、素敵な出会いをしてきた。
 そして、別れも又。
「それじゃあ・・・ESさん。マグ、大切にしてあげてくださいね」
 また出会える日が来る。その日が来ることを祈りながら、ESは手を振りエルノアと別れた。
「・・・さてと、今日はもう一つあるのよね・・・」
 別れが。
 ESはその別れを行う会場へと、足を向けた。

 全ては終わった。邪神が倒されたことによって、平和が訪れた。
 おとぎ話なら、そんなハッピーエンドを迎えるだろう。
 だが、現実はそんなに甘くない。
「結局は・・・事はそう進展せず・・・か・・・」
 セントラルドームの爆破事故。その原因究明を命じたタイレル総督は、提出された報告書全てに目を通し、溜息と共にその報告書を机に投げ置いた。
 爆破事故は、パイオニア1が発見した遺跡、そこに眠っていたダークファルスという邪神の仕業。パイオニア1の乗務員全員が行方不明になった原因もこのダークファルスによるもの。
 その諸悪の根元は一部のハンター達により退治された。
 これは事実である。だが、それをそのまま公表するわけにはいかない。
 そもそも、これを公表してどれだけの者が納得する?
 作り話にしてはあまりにも幼稚じみた、現実離れした話だ。誰が事実だと首を縦に振るだろうか?
 しかも悪いことに、原因の根源を絶ったものの、事態はそう変わっていない。
 実はいまだに、地表地中共、エネミーが幾匹もうろついているのだ。
 狂暴化した原生生物。突然変異した化け物。暴走したロボット。そして亜生命体。
 全て、ダークファルスを倒した後も、倒す前と変わらず湧き続けている。
 その原因はいまだわからない。ダークファルスが残した奴の思念や細胞が関係していると、一部の博士から極秘に伝え聞いたが、ラボは公式には何も伝えてこない。
 そう、問題はラグオルだけに止まらない。
 結局はまだパイオニア2はラグオルに着陸できないでいる。しかもその理由を公表できない。
 この原因を知りながらも、軍やラボは総督府に責任をなすりつけている。
 それだけではない。どうやら母星政府・・・10カ国同名はパイオニア2ラボに働きかけ、何かをさせようとしている。
 それが原因なのか、ラボは総督府に何の報告もしてこなくなった。
「・・・問題は山ほどあるがな・・・」
 総督として、コリン・タイレルは常に頭を悩ませていた。
 ただ、今日だけは、その重圧から逃れたい。
「リコ・・・」
 今日だけは、父親として過ごしたい。
 届けられた真っ赤な腕輪。
 娘の形見を見つめながら、父親らしいことをしてやれなかった自分を責めた。
 だから今日だけはせめて、今だけはせめて、父親でいさせて欲しい。
 涙ながらに、タイレルは訴えた。

「結局、軍に戻るのか・・・」
 ハンタースーツを着るのはこれが最後だと、DOMINOはZER0に告げた。そして返ってきた答えがこれである。
「私は軍人ですから・・・」
 ハンターズギルドに潜入し、情報を収集してこい。スパイを命じられた時DOMINOは、この命令に不服だった。ごろつきどもの集まりであるハンターズに、誇り高き軍人である自分がどうして紛れなければならないのか? 何故そのような屈辱的な命令をレオ隊長は下すのか? はやく任務を全うし、すぐにでも軍に戻りたかった。
 だが今は、ハンターズから離れることが名残惜しい。
 ハンターズは色々なことを自分に教えてくれた。色々な人達と出会わせてくれた。
 正直、離れたくない。元いた軍・・・WORKSには見切りをつけている。
 それでも、DOMINOは軍に戻ることを選んだ。
「隊長に教わったことを、今度はレオ隊長の下で発揮します。軍に正しい誇りを取り戻させる為に」
 やはり自分は軍人なのだ。だからこそ、腐った軍を立て直すのが自分の使命。レオの新たな機密部隊構想に共感したDOMINOは、その部隊TEAM 00に参戦することを選んだ。
「ZER0も来ない?」
 冗談っぽく、しかし本気で、誘った。
「バカいえ・・・」
 DOMINOが本気なのを感じながら、しかし冗談として軽く流した。
「だけどよ・・・」
 ほんの少し照れながら、ZER0は指でこめかみを掻きながら話した。
「なんかあったら・・・何時でも呼べや。俺たちはその・・・仲間なんだから、さ・・・」
 彼ならば、どんな時でも駆けつけてくれるだろう。ZER0だけではない。ESも、Mも、ハンターズの仲間達はみんな、自分を助けに来てくれる。
 それがどんなに心強いか。
 TEAM 00には誘えなかったが、その絆を持ち帰れるだけで、DOMINOには百の味方を得るよりも心強かった。
「さて、とっとと森林地区に行こうぜ。みんな待ってる」
 二人は微妙な距離を保ちながら、ラグオルへと降りるテレポータへと急いだ。

 森林地区に、ハンター達が集まりだしている。その様子を遠くから、二つの影が見守っていた。
「結局・・・これからどうするつもり?」
 赤い影が、黒い影に尋ねた。
「それはお互い様でしょ? 私はまだ調べなきゃならない事がいっぱいあってね・・・」
 黒い影、スゥはハンター達の中にいる娘、ESを見守りながら答えた。
「で、あなたはどうするの? リコ」
「私はリコじゃないわ。リコは・・・ダークファルスと共に死んだのよ」

 赤い影はリコと呼ばれることを拒絶しながら、やはりESという名の娘を見守っていた。
「だったら・・・なんて呼べばいい?」
 名がなければ呼びにくい。リコによって生み出されたアンドロイドに、名を尋ねた。
「そうね・・・折角だから、あなたが名付けてよ、スゥ。これからだいぶ長いこと、一緒にいるだろうし」
 逆に名を求められてしまったスゥはしばらく考え、一つの名を口にした。
「・・・随分安易な名前ね」
「気に入らない?」
「ううん、気に入ったわ」

 元が人間だからか、アンドロイドは感情豊かに笑いながらスゥの付けた名に賛同した。
「それじゃ・・・そろそろ行きましょうか、パートナーさん」
「ええ、名残惜しいけどね」

 二人の母親は同じ娘を最後に見つめ、そして二つの影となり消えた。

「ヒース・・・あなたの魂が何処にあるのか、判らないけど・・・」
 森林地区の一角。セントラルドームにほど近い、気象観測端末。そのすぐ脇に、ハンター達が集まっていた。
「初めてここであなたのメッセージを見つけたから・・・ここにさせて貰うわ」
 ヒースクリフ・フロウウェン。三英雄の一人が残したメッセージを見つけたのが、この気象端末からであった。
「ゾーク・ミヤマ。ドノフ・バズ。あなたの友人達もまた、逝ったわ。この地で、あなたを追うようにね」
 少し深めに掘った墓穴。そこにはまず、ヒースクリフのメッセージが入ったディスクが入れられ、そしてドノフが愛用していたザンバという名の大剣が納められた。
「ゾークの形見は・・・刀はこの未熟な軟派師が受け継ぐことになってね。代わりに、彼が付けていたヘッドギアを・・・」
 言いながら、バーニィからヘッドギアを受け取り、それを墓穴の中へと入れる。
「それとあなた達もよく知っている、リコ。レッド・リング・リコも・・・逝ったわ。あのレッドリングは父親であるコリン・タイレルへ。イヤリングとメガネは、私達が形見分けとして持つようにと「本人から」言われたから・・・」
 イヤリングはESの耳元に、メガネはMの顔に、それぞれ飾られている。
「代わりに、彼女が愛用していた赤いセイバーを。これってあなたが彼女の為に作ったんですってね、ヒース・・・」
 セイバーにしては少し幅の広い、刀身から柄の部分まで真っ赤に染まったセイバーを納める。
「ああ、それと・・・あんた達には縁のない男なんだけど・・・」
 ESに代わり、今度はZER0が歩み寄り、英雄達に語りかけた。
「こいつとも一緒に、いてやってくれないかな。こいつ友達すくねぇから、寂しいんだよ、そっちはさ・・・」
 そう語りかけながら、ZER0はファイナルインパクトを置いた。
「そいつも・・・俺たちにとっては英雄だった。あんた達ほど名が売れてたわけじゃねぇけど・・・機神なんて二つ名で、そこそこ知れてたんだぜ」
 誇らしく、そして名残惜しく、ZER0はかつての親友を語る。
「それとゾーク、ドノフ。四刀やシノや、あとアッシュのことも心配しないでくれ。俺が全部・・・引き受けた」
 後ろを振り返り、ZER0はシノとアッシュに笑いかけた。
「そうそう、アリシアのことも心配しないでね。彼女は一人でもやっていけるけど、私やバーニィ、他にも沢山の仲間がついているわ」
 ヒースクリフの義娘であり、ドノフの妻だった女性、アリシア。ラボを辞め独自に原生生物を調査する彼女は、それだけの行動力がある立派な女性だ。だがそれでも、娘を、妻を、ヒースクリフやドノフは心配するだろう。だからこうして、彼らを安心させる為に大丈夫だと声をかける。
「ラグオルのことは・・・そうね・・・正直、どこまでやれるか判らないけど。まぁみててよ。いつまでも過去の英雄にしがみつくほど、私達は子供じゃないわ」
 次世代の英雄達は、一人ずつ亡くなった英雄達に祈りを捧げながら、ラグオルの将来を誓う。
 三英雄も、レッド・リング・リコも、もはやこの世にいない。
 だが、英雄は今の時代も求められている。
 ラグオルで逝った英雄達。
 ラグオルで活躍を始めた英雄達。
 そして、ラグオルでこれから生まれるであろう英雄達。
 何時の時代も、英雄は求められる。
 だからこそ、自分達がいる。
 ハンターズ。それこそ、この時代に求められる英雄達の称号なのだから。

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