novel

No.45 赤い悪魔と黒き英雄達

 これがおそらく、最後の作戦会議となる。
 最後の作戦会議にしなくてはいけない。これで総督からの依頼である「セントラルドームの爆破原因の究明」にけりをつけなければ。
 だが、最後の会議にしてはいけない。まだ全てにけりがつくわけではないのだから。
 生きて戻らなくてはならない。
 それはこの作戦会議に出席したハンターズ全員に課せられた、最重要事項であった。
「これだけの人数がいるからね。みんな無理しないで、危なくなったら個別に退却すること。これだけは絶対厳守で」
 強く、最重要事項を念押しするダークサーティーンのリーダー。彼女の言葉に、皆がうなずく。
 そこには、ダークサーティーンとして古くから彼女の片腕となって奮起したフォマールがいた。
 そこには、ダークサーティーンを、ESを常に追い続けながらも微妙な距離を保ち続けたヒューマーがいた。
 そこには、そんな彼女達をあらゆる面からサポートし続けた仲間達がいた。
 ダークサーティーンは、たった二人のチーム。だが、彼女達は二人だけでここまでたどり着いたわけではない。その事を今、皆の顔を見回しながらESは実感していた。
「もちろん、それはお前も同じだからな。ES」
「ZER0さんの言う通りです。ESさんも「あの頭痛」が何時酷くなるか判らないのですから」

 おそらく一番無茶をするのは言い出したZER0本人だろう。付き合いの長い二人が釘を刺した。それにESは苦笑いで答えた。
 私も死ねない。ここまで協力してくれたみんなの為にも。そうESは心に誓った。
「では最後にもう一度、作戦を再度確認するわよ」
 軽く息を吹き間を取って、ESは説明を始めた。
「今回は幸いなことに作戦に参加するハンターが多いわ。そこでチームを大まかに二つに分けます」
 一つは前線のチーム。ハンターであるESとZER0。そしてウェインズ姉妹がこのチームに分けられた。
 そしてもう一つは支援チーム。レンジャーのシノとバーニィ。そしてフォースのMとマァサがここに加わる。
 シノやバーニィは他の者達と共に戦うのは初めてだが、本人達も他の者達も、そこはあまり心配していない。ZER0の強い推薦があったらこそ。
 思えば、この協力者達はESの人望に信頼を寄せているものの、マァサを除いてみなZER0を慕ってきた者ばかりだ。そして例外となっているマァサはMを慕っている。
 自分は運が良い。こうして素晴らしい仲間達を得られたのは、人望の厚い二人に支えられているからこそなのだから。
 産み落とされた理由は色々と複雑だったようだが、そんな事はどうでも良い。今、こうして素晴らしい仲間達に囲まれている幸せに巡り会えたのなら。
 だからこそ、皆無事に生きて戻らなければ。
 リーダーとして、その責任の重さを感じている。少しばかりその負荷が心地よい。
「前線チームは私とアナが前、ZER0とクロエは私達と支援チームの中間に位置するように。私達二人は全力で道を切り開くことに専念し、ZER0とクロエはその補助と場合によって支援チームの援護へ。ただし極力離れすぎないように」
 本来ならZER0も最前線に立つべきだろうが、後方に位置する支援チームにも敵が群がることは必死。その際にすぐさまZER0が駆けつけられるよう少し後ろに下げるという狙いがある。クロエはスライサーの名手である為どちらの支援も出来るようにした配置なのだ。
「支援チームは前線チームのサポートを主としますが、そちらにも敵が群がるはず。その際はシノがトラップで牽制しつつ、レンジャーの二人が撃退。ZER0は状況によって支援チームのサポートへ。フォースの二人は周りを気にせずテクニックを」
 基本的な内容は今までとそう変わらない。ただ人数が増えたことで統率が少し難しくなる。
 だが、それは別段気にすることではない。
 作戦とは言っているが、最終的に皆自分で判断し臨機応変な対処をするだろう。立ち位置の確認だけで、あとはESがあれこれと指示をする必要はない。
 それだけ、個々のレベルが高い。その中で一番幼いマァサですら、フォースとしてまだ未熟だが、熟練した先輩達と何度も任務をこなすことで経験を積んでいる。足を引っ張ることはないだろう。
「以上・・・みんな、抜かるんじゃないよ!」
 ESの一言で、会議は終了。そして戦いの幕が切って落とされる。
「遅くなりました!」
 その幕切れに、一人駆け込んできた女性がいた。
 ハンタースーツを身につけた、一人のレイマールが。
「DOMINO・・・」
 軍に戻ったはずの彼女が、再びハンタースーツを着込み戻ってきた。
 どういうつもりなのか。ZER0はそれを尋ねようと口を開きかけたが、それをESが止めた。
「お帰り、DOMINO。でも作戦会議に遅れるのは感心しないわよ」
 DOMINOの肩を叩き、ESはそのまま部屋を後にした。
 なにもMやZER0だけではない。彼女に頼もしい仲間を連れてきたのは、かつてメンバーだったレイキャストも同様だったのだと思い出した。
 この戦い、彼の為にも負けられない。何が待ち受けているかは判らないが、これでキッチリ、終わらせよう。
(リコ・・・今行くからね)
 待っているのかどうか、生きているのかどうかも判らない。それでも待っていると信じて、ESは異文明の船へと向かっていく。

 精鋭が揃った部隊だけに、遺跡奥への進行は大した障害もいなく進んでいた。
 二人のダガー使いが最前線で活路を開き、刀とスライサーの刃がそれに続く。トラップの爆音とテクニックの衝撃音があたりを包み、その合間を縫うように銃声が響く。
 ハンター達の勢いは止まることを知らぬかのように続いた。
 少なくとも、最深部に近いと思われる、この一角に来るまでは。
「ちぃ・・・どっからわきやがる、こいつらはよ!」
 愛用のフレイムビジットから炎の弾を乱射しながら、バーニィが愚痴る。
「大丈夫か」
 支援部隊に迫る兵隊どもをなぎ払いながら、ZER0が声を掛ける。
「大丈夫だけどな、兄弟。にしても数が多すぎるぜ」
 倒しても倒しても、迫り来る兵隊どもに嫌気を感じながらさらに愚痴る
「普段の倍か、それ以上の数出現しているようです。ZER0」
 シノがヤスミノコフ9000M独特の銃声を響かせながら、冷静に分析する。
 これ以上は近づけさせない。そんな遺跡全体の意志が、無数のエネミーを幾多も投入している。そんな感じがこの古くも不気味な宇宙船から感じられる。
「ES! このままだと不味いぞ!」
 最初の作戦では、九人一丸となって突き進む為の、いわば強行突破を前提とした組み立てをしていた。しかしここまで敵が群がり足止めをされると、後方の支援組が危険にさらされやすくなる。その為にZER0を中間位置に配置しているとはいえ、一人では対処しきれない。
「仕方ないわね。MとDOMINO、あとZER0も前へ。アナとクロエは下がってシノ達と合流。完全にチームを分けるわ」
 バランスの取れた二つのチームを形成し、各グループで対処できるよう組み直しを計った。これならば湧き続ける敵に対処しやすくなる。
 仮に、二つのグループの間に敵が割って入ったとしても、それで最悪の状況になる事は防げる。
 防げるのだが、よもやその状況に追い込まれるとは思わなかった。
 甘かった。敵は戦うことに慣れた兵器のような亜生命体とはいえ、思考能力はほとんど無いと思っていた。つまりは、群がることはあっても作戦らしい団体行動を取らないと、そう思っていた。
 明らかに・・・兵隊も剣士も、巨人も蛭も、魔導師も半馬も、全てのエネミーがチームを切り離すように割って入る。まるで何者かの意志によってコントロールされているかのように・・・。
 何ものかに命令されてやってくる兵隊のような。
 そういえば、アッシュがそんなことを言っていた。ふとESはそんなことを思いだした。
 何者・・・その心当たりは、ある。
 ダークファルス。
 リコのメッセージにあった、船ごと封印された闇の意識体。千年に一度蘇る破壊神。
 彼女が碑文から読み取ったメッセージが本当ならば、間違いなくそいつが兵隊達をコントロールしているのだろう。
 では何故、ダークファルスはチームを二分しようとしているのか?
 全滅させる為に。これ以上先に進めない為に。たしかに普通ならそう考えるのが筋だ。
 だが、そうではないようだ。なぜならば、兵隊どもはチームの間に割ってはいるものの、ES達の前方、つまり進むべき道に立ち塞がるエネミーがいないのだ。
 誘われている。明らかに、ES達は誘われている。そう考えるのが自然かもしれない。
「かまわず先に行け! こっちはこっちで何とかする!」
「私達は状況を見て撤退します。とりあえずESさん達は先に!」

 群がる敵を相手にしながら、バーニィとクロエが声を張り上げる。ここからは見えないが、おそらく彼らの後方も自分達の前方同様にがら空きなのだろう。救出の必要はないようだ。
「・・・仕方ないわね。危なくなったらすぐに撤退してよね! じゃ、私達は先を急ぐわよ」
 下唇を噛みしめながら、ES達は先を急いだ。

「もう、扉は開かれてしまったのだ」
 初めて足を踏み入れた最深部。そこにもリコのメッセージが残されていた。
「あたしたちが開いてしまった」
 何も知らされることなく。扉は一部の人間が勝手に開けたこと。それを「あたしたち」などとくくる必要はない。リコのメッセージに少し苛立ちながら、ESは聴き入った。
「この惑星・・・いや、全宇宙を危険に陥れてしまったのかもしれないのだ。何とかしないと・・・」
 リコが責任を感じる必要なんか無い。けれども、彼女は責任を背負い込み、立ち向かおうとする。
 レッド・リング・リコはそんな女性だ。だからこそ慕われ、そして英雄と呼ばれる。
 そんな彼女の性格を誇らしく思う反面、つまらないことにまで首を突っ込む義母を、娘は常に心配していた。そしてその心配が、こんな大規模な事件として形になっている。
「やるしかない。今のうちに倒さなければ! ダークなんとかが優秀な素体を発見して完全復活する前に・・・!」
 優秀な素体? 完全復活?
 先に発見したメッセージにも、ダークファルスは実態を持とうと優秀な素体を探す習性がある、とあった。
 最悪の結末が頭をよぎる。
 おそらくはこの場にいる四人は、同じ事を考えている。
 だが、それを口にすることは避けた。
 見つからないリコ。そしてこのメッセージ。場所は最深部。
 先には、何処かに繋がっている巨大なテレポータ。今までに何度かみかけた、パイオニア1製のもの。
 伝説の化け物。β772。狂ったコンピュータ。このテレポータの先に待ち受けていたのは、全てその地域最大の敵だった。
 今までと同じパターンで行くのならば、この先に待ち受けているのは間違いなく・・・。
「死ぬわけにはいかないけどね、逃げるわけにはいかないのよ」
 長い沈黙が支配していた中、リーダーが口を開いた。
「・・・だな。なに、相手は千年も埋められた老いぼれだ。化石相手に殺られることもねーだろ」
 いつものように、軽口を叩く軟派師が、先に一歩、テレポータに足を踏み入れた。
「このサイコウォンドとラグオルの未来にかけて、私達に敗北はありません」
 黒の魔術師がそれに続く。
「ハンターとして最後の、これが最後の作戦です。隊長、行ってきます」
 最強のレンジャーを師に持つ炎のエンジェルもまた、覚悟を決めて踏みいる。
「生きて帰るよ。私達には、その義務があるんだから」
 そして連れて帰るんだ。この先に待つ母親を。
 何度も何度も、踏みしめた一歩。恐怖や不安へ立ち向かう一歩。
 その一歩を、ダークサーティーンは踏み出した。

 四人は絶句した。
 目の前に広がる光景に。
 おどろおどろしいあの遺跡の先。その先に待ち受けていた光景は、四人の言葉を奪うに値した。
 草花が一面に広がり、蝶が優雅に飛んでいる。眩しいほどの日差しが、来訪者を照らす。
 ここは地下なのか? あの遺跡の先なのか?
 楽園にでも訪れたのではないか? そんな気にさえなる。
 錯覚か? 幻影か? そうとしか思えない、あまりにかけ離れた光景を目の当たりにして、四人は一歩も動けなかった。
 何が起きたのか、理解するのに戸惑った。
 間違いなく、自分達はあの遺跡からテレポータに乗ったはずである。テレポータは運搬用のものであり、エレベータのような役割をはたす物で、けしてかけ離れた全く別の場所へと運ぶ物ではない。
 しかし、ここがとてもあの遺跡にほど近い場所とは思えない。だとしたら、地表に上がったのか?
 それも考えにくい。なぜならば、以前ZER0が遺跡を調査した際、ちょうどセントラルドームの真下あたりだと計測結果を出していたから。セントラルドームの周辺に、このような楽園はなかったはず。
 では、ここは何処なのだ?
「なんだろう? あれ・・・」
 混乱する頭をどうにか奮い立たせ、辺りを見回す。そしてやっと気が付く。楽園の中央にそびえ立つ何かに。
「・・・なんだろうな・・・」
 オウム返しに返答する。それしか返す言葉が見つからない。
「行ってみますか?」
 このままでは埒があかない。四人はのどかな花畑を歩み巨大な建造物へ近づいた。
 巨大な変形角錐。正面と真後ろは平べったく、上を見上げてどうにか頂点が見えるほど大きい。
 例えて言うならば、あまりに巨大な剣、その剣身だけが逆さに立てられた、そんなところだろうか。
 そしてその角錐の周りはちょっとした祭壇のようなもので取り囲まれ、前には巨大な棺のような物が置かれていた。これが棺だとすれば、この巨大な建造物は墓標なのか?
 無意識に、本当に無意識に、ESは棺に手を伸ばしていた。
 不用意に触るのは危険だ。頭の中で警報がけたたましく鳴り響く。
 だが、止まらない。手はまるで優しくなでるように、棺に触れた。
 その刹那、状況は一変した。
 棺を中心に、草花が一斉に消え失せた。
 そして変わりに地面へ浮かび上がる、巨大で不気味な顔。
 さらにあたりには、蝶の変わりに漂う、人の顔を模した人魂。
 もがきあえぐ、苦々しい表情。不気味な顔が地面を覆い尽くし、その顔がおぞましい声を上げる。
 声に呼応したかのように、奇妙な形をした何かが無数に現れた。
 この状況を生み出したきっかけ。それを造り出したESは、忽然と姿を消していた。

「やっと来てくれたわね・・・ES。会いたかったわ」
 ESの目の前には、リコがいた。会いたかった、リコがいた。
 リコがいるだけだった。
 あたりにMもZER0もDOMINOもいない。
 それどころか、地面も、空も、なにもない。
 リコだけが、真っ暗な空間にぽつんと、立っていた。
「リコ・・・」
 会いたかった。ずっと会いたかったリコ。そのリコが、目の前にいる。
「さぁ、一緒に・・・一つになりましょう・・・」
 なのに、拒絶している。心も、身体も、全てが危険だと震えている。
「あなたが望んだことでしょう?」
 違う。
「あなたを拾い育てた時から・・・あなたは私と一つになりたがっていた。あなたは私になりたかったのよね?」
 違う。
「私を母親だなんて思ってなかっのでしょう? 一人の女として、恋をしてしまった。だからあんな嘘を、私と恋人同士だなんて嘘を自分から広めたんでしょう?」
 違う。
「いいのよ、別に怒ってないから。私に憧れ恋をして、何でも私を真似てたわよね。くす、黒の爪牙か。赤を好む私を真似て、黒で統一したファッションをはじめたりして・・・ホント、見た目とは違って子供よね」
 違う。
「ほら、もういいのよ。そうやって自分を隠さなくても。一つになりましょう。そうすれば、あなたは私になれるから・・・」
 違う。
「そうそう、そうやって素直に・・・もう少し、もう少しよ。そう、そうよ・・・」
 違う。
 心は何度も拒絶している。
 確かに、リコに憧れていた。恋もした。真似もした。嘘もついた。それは事実。
 だからなのか、心で否定しながらも、ESは何もない空間を歩き、リコに近づいていった。
「さぁ、一つになりましょう・・・」

「くっ・・・そぉ・・・」
 痛む頭を必死になって振り、自分をどうにか取り戻そうとする。
 急速に、あたりのダークフォトン濃度が増した。それをZER0は膨張するアギトとカムイの呪いで実感した。
「このっ!」
 あたりに湧き出た奇妙な浮遊物。両端が尖った円柱の中央に刃が数枚。その刃を回転させることで飛んでいるように見える。その奇妙な円柱は無数に現れ、羽根代わりの刃を武器に、ZER0達に襲いかかっていた。
 忽然と消えたESが心配だ。が、群がる奇妙な円柱と襲いかかる呪いでそれどころではない。
 それはMもDOMINOも例外ではなかった。
 そう。今まで平気だったMもDOMINOも、正体不明の頭痛に襲われていた。
 頭痛だけではない。今まで苦しめられていたESやZER0同様、声が聞こえてくる。
「アノオトコガイナケレバ、クルシムコトモナクナル」
 声は二人に、そう語りかけてきた。
 あの男。声はZER0を殺せと語りかける。
 ZER0がいなければ、ESの心は自分だけに向いてくれる。
 ZER0がいなければ、不安定に揺れ動く心を落ち着かせられる。
 ZER0がいなければ、苦しむこともない。
 声の誘惑は危険だ。判っていながら、非情に甘美な響きに、酔い従いそうになる。
「ESさんを・・・悲しませてまで・・・」
「それを隊長が許してくれはず・・・ない・・・」

 必死に抵抗する二人。それでも、欲望という誘惑が二人を襲う。
「ソノクルシミモ、アノオトコガイナケレバナクナル」
 抵抗する苦しみ。その苦しみから解放されるには、ZER0を殺すしかないのか?
 全てはZER0がいるから、苦しいのか?
 あの男さえいなければ・・・。
 杖の矛先が、銃口が、ZER0に向けられる。

「違う!」
 止まらぬ歩みを、ESは精一杯の声で制止させた。
「あなたは・・・リコじゃない・・・」
 精一杯の叫び。心の叫び。どうにか歩みを止めたESは、肩で息をしながら拒絶した。
「私はリコよ。リコ・タイレル。少なくとも、あなたにとって私はリコよ」
 微笑む彼女は、紛れもなくリコ・タイレルその人。
 だが、こいつはリコではない。根拠のない確証。だが、ESはその結論に自信を持っていた。
「本物ならね・・・まずは「心配駆けてゴメンね」くらい言うわよ・・・あの人は、そういう人なのよ・・・」
 義母をよく知るESは、そんな些細なことを決定的な証拠とした。
 些細なことであれ、ESにはそれで十分だった。
「ふふっ、まぁ確かにそうかもね。でもねES。目の前にいる私は、紛れもない本物、リコ・タイレルなの」
 右手を胸元に添えながら、本物を名乗るリコは宣言した。
「そして・・・」
「そしてそいつは、もうリコ・タイレルではない。ダークファルスなのよ」

 突如現れた、真っ赤な女性型アンドロイドが、驚愕の事実を本人に変わり語った。

 手に汗を握る。文字通り、二人の手は大量の汗でべとつき、きつく握りすぎる為か腕が震える。
 そして唇が震える。
 そして指が震える。
 理性が、どうにか二人の愚行を押さえている。
 それでもなお、声は語る。
「ソノオトコガ、クルシメルノダ」
 違う。否定を続けながらも、心の何処かで声の誘惑を認めている。
 確かに、ZER0は二人にとって心を乱す障害になっている。
 ZER0がいなければ、ESはMだけを愛してくれるかもしれない。
 ZER0がいなければ、BAZZが死ぬこともなく、彼への淡い戸惑いを抱くこともない。
 しかし彼が死ぬことを、ESもBAZZも望まない。
 何より、自分が望んでいない。
 苦しみながら異形の浮遊物と格闘するZER0を見つめながら、二人の女性が誘惑する声と戦っていた。

「もう、この世にリコ・タイレルは存在しない」
 突如現れた真っ赤な女性型アンドロイド。彼女はリコに向かい言い切った。
 見覚えがある。この真っ赤なフォルムに。
「あなたは・・・あの時の・・・」
 エルノアの暴走。意識が遠退いていくあの時、突然現れた二つの影。あの影は、片方が真っ赤だった。
「リコ・タイレルはダークファルスに取り込まれたわ。優秀な素体としてね」
 最悪の結末。考えたくなかったその答えを、命の恩人が語る。
「まるで人ごとのように言うのね」
 何がおかしいのか。リコの姿をした何かは、クスクスと笑いながらアンドロイドに意見する。
「取り込まれたんじゃないでしょ? 自ら望んだんじゃない。そうでしょ? リコ・タイレル」
 リコの姿をした幻が、およそリコとはほど遠いアンドロイドをリコ・タイレルと呼んだ。
 いや、類似点はある。
 声。アンドロイドの声はリコそっくりだ。
「望んでなんかいないわ。そうやって全ての欲望をさも望んでいるかのように語るのは・・・さすが欲望の化身よね、ダークファルス」
 リコと呼ばれたアンドロイドは、リコの姿をした破壊神に言い返した。
 ESは一人、取り残された。二人のリコが言い争うのを、ただ見守ることしかできない。
「こいつはね、ES。ここ「闇の淵」から生まれた欲望の化身。全ての欲望を取り込み肥大していく闇の意識体なの」
 混乱するESに、リコの声を発するアンドロイドが説明する。
「パイオニア1の人々はみんな・・・私も・・・こいつに取り込まれていったわ」
 声が震えている。アンドロイド故表情は変わらないが、悔しさが伝わってくる。
 その様子を、リコの姿をした欲望の化身は腕組みをしながら冷ややかに見つめ、言い返した。
「みんな私のせいにするつもり? ラグオルに来たのも、私を目覚めさせたのも、みんなあなた達が勝手にした事じゃなくて?」
 確かにその通りだ。偶然とはいえ、全ての始まりは惑星探査機がラグオルを発見したことから始まり、悲劇は遺跡を発見したことから起きている。
「よく言うわ。フォトンエネルギーを持つ細胞・・・あなたの身体から切り出した細胞を隕石に付着させコーラルに落としたのはあなたでしょう? そうやって人の欲望を増幅させ、自らラグオルに来るようし向けたくせに・・・」
 現在のフォトン科学は、二十年ほど前コーラルに飛来した隕石に付着していた謎の細胞、そこから始まったと言われている。その前より研究は進んでいたが、今ほど飛躍的な進歩を遂げたのは、その細胞あってのこと。
 無人探査機がどうやって惑星を探し出したのか。そこに疑問を持つ者は少なかった。
 仮に、隕石に付着していた細胞を手がかりに探していたとしたら?
 人々は科学の飛躍的進歩を得る変わりに、ダークファルスの企みにまんまとかかったという事か?
「そうね。だけど結局、あなた達は私の存在を確認しながら、ラグオルに降り立ったのでしょう? あんなに沢山の研究施設を船に乗せてね」
 つまり初めから、政府はダークファルスの存在を知っていたのだ。その上で、パイオニア1を出発させた。
 今までまったく見えていなかった謎が、一気に解明していく。
 何故準備されたかのように地下道を掘り、研究施設を設計したのか?
 何故封印されていたはずの遺跡の中でパイオニア1の軍が所持していた兵器の残骸が残っていたのか?
 何故遺跡の存在を前提としたMOTHER計画が進められていたのか?
 全ては、ダークファルス。欲望の化身に魅せられた政府の企みだった。
 本を正せば、ダークファルスの陰謀。人類はこの破壊神に、踊らされていたのだ。
 だが、踊らされていたと言い切れるのか?
 結局は、政府が自ら進んで踊っていたと言える。欲望という名の甘美な麻薬に惑わされた人々が。
 卑劣だ。ダークファルスは人々の欲望を刺激し、増幅させ、取り込んでいく。そんな卑劣なやり方で肥大していっているのだ。
「どこまで人の欲望をもてあそぶ気なの・・・」
 誘ったのはダークファルス。その誘いに乗ったのはコーラルの人々。全てをダークファルスのせいにするのは簡単だが、そうではないことを理解してしまっているだけに、歯がゆい怒りが言葉を濁す。
「あなただって、欲望から生まれた存在でしょうに、リコ・タイレル。いえ、リコ・タイレルのくだらない良心が生んだアンドロイドさん」
 不敵な笑みを浮かべ、リコの幻は語る。
「ESを悲しませたくない一心で、ここ「闇の淵」へ迷い込んだZER0を救おうと、リコは残された「良心」という「欲望」を形にした。それがあなた」
 組んでいた腕をほどき、アンドロイドを指さしながら幻はクスクスと又笑い出す。
「その結果がどう? たしかにZER0はここから脱出できたけど、完全に心は欲望に支配されたまま。そしてゾークとBAZZは殺された」
 救い出そうとして生まれた結果が、悲劇。その事があまりにも愉快だとばかりに、リコの幻はリコが生み出したアンドロイドを罵倒し声高に大笑いした。
「加えて、私は最後の抵抗となっていたリコの良心が離れ、力を取り戻すきっかけとなったわ。おかげでウルトを呼び出し混乱を招いたり、のこのことやってきたハンター達を取り込むことに次々と成功した。あなたのくだらないいたわりが、最悪の結果を招いたのよ。これが笑わずにいられる?」
 なにもない闇の中、高笑いだけがあたりに響いた。
 悔しかった。
 闇の意識体が言うことは、全て事実だ。
 リコの心が生み出したアンドロイドは、自分が招いた結果を悔やむ。ぎしぎしと、握りしめた拳が悲鳴を上げる。
「・・・それは違うわね」
 二人のリコ。そのやりとりを静観することしかできなかったESが口を開く。
「BAZZもゾークも、ZER0に殺されたことを恨んでいない。彼らはリコと同じように、ZER0を救いたかったから」
 涙が流れていた。
 二人の男達。彼らの想いが、よく判る。だから自然と涙が流れた。
「二人の死が悲劇だったかどうかは・・・死んだ二人と、残された私達が決めること。心乱れることもあったけどね、私達はあんたが思っているほど弱くないのよ、ダークファルス」

「かまわねぇぜ・・・」
 二人の異変に気付いたZER0は、二人にそう呼びかけた。
 今二人が、どういう状況にあるのか。ZER0には理解できた。
 声に抵抗している。その声に苦しめられていたZER0は、その苦しみがよく判る。
「撃てよ、DOMINO。当てろよ、M。それでちっとは、気も晴れるだろ?」
 かつて自分も、戦いたいという欲望に支配された。そこから救い出してくれたBAZZは、命をかけた。
 ならば、次は俺の番だ。二人の苦しみを解放させる為に殺されるなら本望。
 あの時のBAZZもこんな心境だったのかな。親友の心境を思い浮かべながら、ZER0は苦笑した。
「くっ・・・うぅ・・・うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 BANG! BANG! BANG!!
 奇声を上げながら、DOMINOは引き金を引いた。
 銃弾が飛ぶ。何もない上空に向けて。
 銃声を合図に、二人は膝を付き息を荒げた。
「じょ・・・冗談じゃないわよ・・・私を人殺しにするつもり?」
「そうです・・・どうして私達が・・・あなたに危害を加えられましょう?」

 息切れ切れに、二人は返事を返す。
 そう、どうしてZER0を殺せようか?
 ESやBAZZが悲しむから。そんな事ではない。
 大切な仲間。自分達にとって、ZER0は大切な仲間だ。
 互いに思うこともある。しかしそれもまた、人の絆。複雑に絡み合うこの絆を、どうして自ら絶つことが出来るか?
「それよりも、ESさんを・・・」
 どうにか声の誘惑を振り切ったが、全てが終わったわけではない。
 消えたESを見つけ出さなければ。

「DOMINOもレオも、シノもバーニィも、そして私もZER0も、誰もこの結果を悲劇だなんて思ってない。悲しいことかもしれないけど、これを悲劇とただ悲嘆してなんかいられない」
 真っ直ぐにリコを、リコの形を成したダークファルスを見据えながら、強く、強くESは主張する。
「乗り越えるわよ、私達は。あんたの言う悲劇をね」
 笑みを浮かべていた顔が、みるみると苦々しく歪む。
「それとね、ダークファルス。あんた、焦ってるんでしょ?」
 ESの唐突な言葉に、ピクリとわずかながら反応する。
「見えてきたわ、やっと。どうして頭痛が私を襲っていたのか・・・本当はウルトのように、直接私を呼びつけたかったんでしょ?」
 ウルトは何者かの声に導かれたと、そう語っていた。そして目の前の破壊神も、呼びつけたと自白している。
「優秀な素体としてリコを取り込んだものの、それでは足りなかった。そこで取り込んだリコの記憶を頼りに、優秀な素体である私を呼びつけようとした・・・まぁ自分で優秀なんて言うのはちょっと照れるけどね」
 余裕からか、ESは軽い冗談を挟みながら推理を披露する。
「ところが、思わぬ邪魔が入った。それが取り込んだはずのリコが見せた最後の抵抗・・・良心が残ったこと。その事で、私を完全に操れなかった。中途半端な思念波だけが、私に時折伝わる程度に防がれてしまっていた」
 頭痛と声は、その時折伝わる思念波の名残だと、ESは付け加える。
「業を煮やしたあんたは、思念波と同調したアギトに苦しめられているZER0に目を付けた。ZER0ならアギトを増幅器にどうにか取り込めると、そう企み・・・見事成功した。まぁ私ほどじゃないけど、ZER0だってそこそこ素体として使えるでしょうしね」
 全てはアギトの呪いかと、そう思っていた一連の事件も、全てはダークファルスの企みによるものだった。図星だった証拠に、リコの顔をした奴は悔しそうに唇を噛みしめている。
「しかしまたもや、邪魔が入る。リコの良心から生まれた彼女が、ZER0を外に連れ出してしまった事ね。ただこの結果が・・・あんたに好都合な結果を「偶然」生み出したけどね」
 結果は敵に有利となったかもしれないが、それが計算された企みの為ではなく偶然なのだと強調し、少しでも相手をあざけろうと言葉で責めた。
「結局、あんたは思い通りに事を運べてないのよ。そうやってさも自分が全て操ったみたいに言い放って、いい気になりたいの?」
 今度は自分の番だとばかりに、ESは高笑いで相手をあざける。
「なんでもね、あんたの思い通りにはならないわよ、邪神さん」
 にやりと不敵な笑みを浮かべるES。
「それにこうやって、リコが自由にここと外とを行き来できるのも計算外だったんじゃない? ねぇリコ、あなたが連れてきた二刀流の奴って・・・ゾークの魂なんでしょ?」
 リコと呼ばれたアンドロイドは、うなずき説明を始める。
「彼は、後継者に技を伝承できなかったことを悔やんでいたわ。殺された無念よりも、その無念が上回っていた。それをダークファルスが目敏く見つけ出し、取り込もうとしたところをどうにか私が救い出した」
 やはりESの予想通り、リコが生み出したアンドロイドは自在に「闇の淵」と呼ばれるここと外とを行き来できるのだ。本人がそれを自供し、もう一人の本人が憎々しげにそれを凝視している。
「ただ・・・ダークファルスに取り込まれかけた彼は、もはや元の姿に戻ることは出来なかった。亜生命体の姿になっていたのは、ダークファルスの影響のためよ」
 それでも、現世に形を成して現れることが出来たのも、ダークファルスの影響があったためなのだけれどと、皮肉な結果も説明に加える。
「そして見事、ゾークはZER0に技を伝承した、と。わかる? ダークファルス。私達はね、二人の死を無駄にはしない。悲劇だと落胆しない。前へ前へ、自分達の足で進み続けるわよ」
 邪神を指さしながら、高らかにESは宣言をする。
 私達は、負けない。と。
「ふっふっふっ・・・だからどうだって言うの?」
 長い長い演説を、ダークファルスは一蹴した。
「前へ進むって? どうやって? たしかにそのポンコツはここから外に出られるけど、それを私がこのまま見逃すと思って?」
 肝心なことがある。今ESは闇の淵と呼ばれているダークファルスが住まう居城の中にいる。つまり囚われの身になっているに等しい。
 ここから脱出するにも、城主を目の前にしてそれが果たせるか?
「肝心な事を忘れているわね、ダークファルス」
 脱出の鍵を握るアンドロイドが、言い放つ。
「ESも忘れないでよ。あなたには、心強い味方が沢山いるということをね」

 不意に、Mが握る杖が光り輝きだした。
「こっ・・・これは・・・」
 Mはこの杖、サイコウォンドを手にしてから間もない。しかもこの杖は伝説の杖と呼ばれるほどの代物で、所有者である本人もこの杖がどのような物か把握し切れていない。それだけに、突然光り輝いた杖に驚きを隠せない。
 判っているのは、この杖にまつわる伝説だけ。ふと、Mはその伝説を思い出した。
「もしかして・・・」
 ESを救い出すことが出来るかも。伝説を思い出したMは、その事に思い当たる。
 サイコウォンドは邪悪な結界を打ち破る力がある。
 そもそも、邪悪な結界など、この科学が横行する時代にそんなオカルトめいた話が通用するはずがない。だからこそ、伝説なのだ。
 だが、そのオカルトとこうして対局している。
 伝説が本当ならば・・・。どう扱って良いのか判らぬが、Mは杖を高々と掲げてみた。
 すると、光を放っていた杖はその光を一点に集め出した。
 その先には、何もないただの一空間。
 いや、光に照らされたその空間は、まるで光を嫌がるようにぐにゃりと歪み始めた。
「ここか!」
 訳はわからない。が、何かあるのは確か。
 ZER0は渾身の力で刀を振り下ろす。
 Keeeeeeesh!
 まるでガラスが割れたような、甲高い音が響く。
 と同時に、あたりに浮遊していた異形の物体が次々と落ちていく。
 何かが起こった。それは確かなのだが、いまいちZER0達には何が起こったのかが把握できない。
「良いタイミングだよ!」
 事態が好転したことを、目の前に現れた女性が証明した。
「ES!」
「ご無事で!」

 唐突に、そしてさっそうと現れた我らがリーダーの無事に、皆が歓喜し集まる。
「っと、き、君は・・・」
 そしてESの傍らに立つアンドロイドに見覚えのあるZER0とDOMINOが驚きの声を上げる。
「話は後! 来るよ!」
 ESの警告と共に、不気味なうなり声がとどろく。
 そして現れた、巨大で、異形な化け物。
 下半身は足の代わりに竜の首のようなものが三つ。各々の方を向き咆哮している。その三首の下に、ムカデのように無数の脚。
 上半身は今まで見た亜生命体の剣士や半馬とおなじような、人のようでそれとは異なる異形の姿。両腕はあの半馬同様二股に分かれた大剣のような形を成している。背中にはなにやら巨大な盾のような物を背負っているように見える。
 なるほど、あの亜生命体達の親玉という風格は十分。
「出やがったか・・・あれがダークファルスかよ」
 あまりに巨大な親玉の姿に身震いする心を、言葉と共に吐き出す。
 よくよく見ると、上半身と思われていた身体の中央には、もう一つ上半身らしきものがある。
 それは全体のシルエットとは違い、人の形に近かった。
 その身体の胸元は、二つの脹らみを持ち合わせている。そして腕らしき物には、赤く光る何かがはめられていた。
 レッドリング。リコの二つ名の元となったリング。
 実態を持とうとして、優秀な素体を探す闇の意識体。
 その為に取り込まれた、リコ。目の前のダークファルスが、リコを媒体に実体化している証をまざまざと見せつけられた。
 一瞬、ESは目を背けだ。だが、すぐに向き直り、ダークファルスを凝視する。
 認めたくない現実。だが、逃げるわけには行かない。
「行くよみんな! これが、これが最後! けりつけるよ!」
 リーダーの言葉に、皆が奮い立つ。
 これが最後。
 長かった戦いに、終止符を打つ時が来たのだ。
「It’sClobberin’Time!(滅多斬りにしてやるぜ!)」
 親友の言葉を借り、それを宣戦布告とした。
 巨大な相手にどう立ち向かうか? そこに作戦は成り立つのか?
 うかつには出られないが、とにかく攻撃を仕掛けるしかない。
 巨体を唸らせながら、ダークファルスが迫る。
 どうにか踏みつぶされぬよう逃げながら、テクニックやハンドガンで牽制する。
「あの頭! 脚代わりのあの頭が弱点です!」
 DOMINOが的確な射撃で敵の身体をあちこちと撃つ。その中で一番手応えがあった場所。DOMINOはそこが頭だと確信し、皆に伝えた。
 五人が各々頭に集中砲火を浴びせる。それに耐えられなくなったのか、異形の親玉は動きを止め、脚代わりの頭を地に倒す。
 これは好機とばかりに、ハンターの三人は頭に駆け寄る。
 たしかに、弱点となる頭が下がることで直接武器で斬りつけられる。だが、敵はただ弱点をさらすだけに留めるわけもなかった。
 下げられた頭が口を開く。その口の中から舌のような、しかし筒状の不気味な物をべろりと突き出す。そしてその筒からは大量の浮遊物。ダークファルスが現れる前に飛び回っていたあの異形の浮遊物が次々と飛び出した。
RAFOIE!」
 爆炎が、飛び出した浮遊物を包む。
「あの奇妙な物は私とDOMINOさんで。みなさんは首を!」
 手にした杖、サイコウォンドのおかげだろうか。爆炎がいつも以上に効力を発揮している。その代わり、精神と共に体力までもが削られていくのを実感する。
(そういえば・・・スゥさんが気を付けろと言ってましたっけ・・・)
 杖を託したESのもう一人の母親を思い出す。彼女の警告を今、こうして体感している。
RESTA!。気にせず続けてください。私でも回復くらいは出来ますから」
「ありがとうDOMINOさん」

 Mが急速に疲れていくのを感じ取ったDOMINOは、回復役を買って出た。ショットで浮遊物を撃ち抜きながら、DOMINOは皆の状態に目を光らせていた。
 状況を的確に把握し、対応する。最高のレンジャーとは、最高の支援者となる事。師から教わった事は数々あれど、DOMINOはそれを一つ一つ、身に付けていた。
 Swish! Swish!
 二人の支援者に支えられ、三人のハンターは頭への攻撃に集中することが出来た。
 手応えは十分。
 証拠に、またしても異形の親玉はうめき声を上げ、苦しんでいる。
 いや、それだけではなかった。
 脚代わりの鎌首を持ち上げ、ダークファルスは上半身の右腕を振り下ろす。
 数多の爆炎が、あたりを埋め尽くす。
「ちぃ・・・テクニックかよ・・・」
 遠方から二人の回復援助を受けながら、爆炎で飛ばされた身体を起こし愚痴る。
 エネミーの中にも、テクニックを使う者がいた。ならばその親玉がテクニックを使っても何ら不思議ではない。しかもダークファルスが放った爆炎は、雑魚の使う物の比ではない。
 続けざまに、今度は左腕を振り下ろす。すると地面を次々と凍結させながら、冷気がハンター達を襲った。
「しまっ!」
 放たれた冷気は、地面だけでなくハンター達をも凍らさんという勢い。実際、アンドロイドが一人巻き込まれ凍らされてしまった。
ANTI! 大丈夫ですか!」
「助かるわ・・・ありがとうM」

 初めて出会ったアンドロイドが誰なのかは知らない。しかし味方なのは確か。凍結し動けなくなっていたアンドロイドを助け出し、すぐさま次に備える。
 攻防は繰り返された。
 さすがに敵はそうそう倒されぬほどにタフだった。見た目の巨大さがその有り余る体力を示している。
 しかし、終わりがないわけではない。
 GRRRRROARRRRR!!
「やったの?」
 咆哮があたりに響く。間違いなく、奴は苦しんでいる。
 背中に背負っていた盾のような物が、突然孔雀の羽のように開いた。と同時に、三首の脚を切り離すかのように飛び出す。
 脚を無くしたダークファルス。だが、巨体な身体は重々しく、だがしっかりと浮いていた。
 ふと周りを見渡すと、自分達の周りが円上に切り取られたかのようになり、まるで浮島のようになっているのに気付く。
「気を付けて、「ここも」奴の独壇場・・・闇の淵なの!」
 アンドロイドが叫ぶ。ESを除く三人には何のことかは判らないが、なんとなく、伝わった。
 つまり、ここはダークファルスが自在に場を操れる危険な場所なのだと。
 逃げ場はない。むろん、逃げるつもりもない。
 浮島の縁へと、この特殊な場の主であるダークファルスが降り立つ。そして淵をなぞるように動き、ハンター達から距離を取ろうとする。
 周りからじわじわと責めつけるつもりなのだろう。
 Krackoom!
 身体を沈め、浮島を揺らす。急に揺れる地面に、足を取られる。
「味なことを・・・」
 それでもどうにか、攻撃を加えようと歩み寄る。
 そうはさせまいと、敵も攻撃を繰り出す。
 巨大な両腕を上に向ける。すると二股に分かれた両腕から巨大な光の柱が天に向かい放たれる。その光なのだろうか。しばらくして、無数の光が浮島全体に、まるで雨のごとく降り注がれる。
「きゃあっ!」
 とてもではないが、避けられるものではない。皆光の雨に打たれ、倒れ込んだ。
「私は回復に専念します。皆さんは攻撃に集中して!」
 傷つき倒れながらも、気丈に立ち上がり、回復のテクニックを放つ魔術師。
「任せるわよ、M。弱点は脚を失った腹! 傷つくのを怖がらないで集中攻撃!」
 確かに、傷ついてもずくに回復してくれるのであれば安心だ。だが、傷つくたびに痛みは伴う。その痛みを恐れるな、というのは非常に難しい。
 それでも皆、その命令に従った。
 気持ちで負けない。
 痛みを恐れず、敵の威圧を恐れず。
 爆炎や冷気、光のシャワーを何度も受けながら、何度も立ち上がる。
 何度も何度も、立ち上がる。
 負けられない。死ねない。生きて帰る。
 欲望という感情を操り糧とするダークファルスに、生への欲望,明日への欲望を抱いた五人のハンターは立ち向かった。
 GRRRRROARRRRR!!
 そして迎えた、二度目の咆哮。
 だらりと腕を落としたダークファルスは、不気味に沈黙したまま、しばらく動かないでいた。
 突然、甲高い音が鳴り響く。
 するとどうだろう。まるでサナギから蝶が誕生するように、ダークファルスの背中が突然割れ、中から巨大な何かが飛び出した。
 いつの間にか、浮島はドーナツ状に形成され直している。新たに生まれ出た巨大な何かは、その穴へと入り込むように降り立った。
 虹色に輝く衣のような、そんなヒラリとした羽根を垂らしている。脚はなく、両腕はまるでブレードのように長く鋭い。
 先ほどまでの禍々しい雰囲気は一変し、何処か神々しいとさえ感じる。
 だが忘れてはいけない。奴はダークファルス。欲望の邪神なのだ。
「ダガーは届きそうに無いわね・・・みんな、銃とテクニックで応戦よ!」
 武器を持ち替え、敵に備えようとする。その時、急に敵が目の前に現れた。
 突然のことに、驚く暇もない。
 長く巨大なブレード状の腕がうなりを上げ横へ振り切られる。まるで雑草を刈る鎌のように。
 避けることなど出来るわけがない。なすすべもなく、刈り取られるようにESは飛ばされた。
「ES! 野郎・・・ならこっちもとっておきを見せてやるぜ」
 倒れ込んだESがMの手当でどうにか起きあがるのを見て安堵しながら、ZER0は刀を高々と掲げる。
「食らいやがれ!」
 かまいたちのような衝撃波。オロチアギトの力を引き出せるZER0が会得した技。亜生命体になりながらもゾークがZER0に技を伝授したことで自在に使えるようになった技。
 衝撃波に込められた様々な想いが、神々しい邪神を切り裂く。確実に、その想いは巨大な刃となり邪神を苦しめている。
 しかしまだ、完全には使いこなせていない。一振りで体力を激しく消耗するだけでなく、連続して放つことが出来ない。二撃目をと刀を振りかざしたところで、遙か上空へと逃げられた。
 もちろん、敵もただ逃げただけではない。
 上空から無数の光球を、ZER0目掛け放ちだした。
「ちぃ!」
 よろめきながらも、どうにか全てをかわしきった。だがそれで終わりではない。
 油断したつもりはなかったのだが、放たれた光球の群れが弧を描き戻ってくる事に、ZER0は気付くのが遅れた。そうでなくとも先ほどの衝撃波でふらついた身体では、さらに全てをかわすのは無理がある。
「ぐおっ!」
 最後の一、二発をまともに食らい、倒れ込む。
「ZER0!」
 DOMINOがかけより、回復を行おうとした。
 光が包む。それは回復の光ではない。
「これ、グラ・・・!」
 気付いた時には、自分達を包んでいた光が弾けた。それに伴い痛みが全身を襲う。
 グランツ。光のテクニックを操るなど、邪神には似合わぬ事をする。
 まさに満身創痍。立て続けに繰り返される敵の猛攻。そして思うように届かないこちらの攻撃。やられる度に回復を繰り返すも、その回復とて無限ではない。
「そろそろフルイドも底をつきます・・・」
 ピルケースに収められているアンプルは残り一本。このままでは、回復もままならなくなる。
「あきらめないで! こっちの攻撃だって効いてるんだから!」
 真っ赤なハンドガンの引き金を引きながら、アンドロイドが呼びかける。
「当然。誰があきらめるかってんだよ・・・」
 フラフラになりながらも、刀を振り上げZER0が答える。手持ちの銃で攻撃するよりはこちらの方が効いている。そう判断したZER0は、何度も倒れ込みながら、起きあがる度に刀を振り上げた。
「せいやっ!」
 渾身の一振りから生み出される真空。数えきれぬほど放たれた衝撃波が、また邪神を切り裂く。
「くっ・・・」
 前のめりに倒れ込んだのは、攻撃を仕掛けたZER0。敵に効いているとはいえ、ZER0本人も身体に応えている。
「ZER0! もう無茶はしないでそこで休んでて!」
 これ以上は危険だ。ZER0の様子を見ていたESが声を張り上げる。
「心配するなって・・・俺は生きている・・・生きて帰るのが最重要事項だったよなぁ・・・」
 よろよろと立ち上がるZER0。そこへ容赦なく、邪神が光球を放つ。
「ダメっ!」
 ZER0の前に立ちはだかり、自ら盾とならんと両手を広げ光球を妨げようとする。
 迫り来る光球。目をつぶりその衝撃を覚悟していたESだったが、いつまで経っても何も起きない。
 光が、ESを包んでいた。どうやらこの光が、ESを守っていたようだ。
 腰のあたりが、妙に暖かい。
 マグだ。腰に付けられていたパンサーテイルが、ESを守ろうと奮起していた。
「ありがとう・・・ありがとうね・・・」
 尻尾のように、常にESの腰に陣取り守護してきたマグ。大切な友達、エルノアからプレゼントされたマグ。
 マグはフォトン技術の発展過程で、モンタギューとオストの二大博士の共同研究で生み出された、成長する防具。
 その生み出されるきっかけとなったのは、異常フォトンを帯びた細胞。隕石に付着していた細胞。
 ダークファルスの細胞から生まれたマグが、ダークファルスの攻撃からESを守っていた。
「あんたが送りつけた欲望の引き金・・・そこから生まれたこの子の力、思い知りなさい!」
 力を貯めたパンサーテイルと同調する。
 理屈はまだ解明されていない。だがハンター達は知っていた。マグは時として力を為、その力を開放し様々な効果を生み出すことを。
 フォトンブラストと名付けられた、マグによる攻撃。
 ESの命令にパンサーテイルが同調し、巨大な鹿のようなシルエットを生み出す。
 鹿は嘶き、頭を上げる。
 鹿の嘶きに同調するかのように、他のハンター達が持っていたマグが共鳴。力を送っているようだ。
 そして頭を振り下ろすと同時に、角のような所から稲妻が放たれ、ダークファルスを襲う。
 この一撃が決め手となった。
 ピキーンと、甲高い音が木霊する。
 ダークファルスは両手を高々と上げ、仰け反り苦しみ出す。
 終わった。長く続いた戦いに終止符が打たれたことを、確信していた。
 もがく邪神を目の前に、皆が安堵の笑顔を浮かべる。
 突然、ダークファルスから何かが飛び立つ。
 その姿は、異形の物でも神々しい物でもなく、一人の女性だった。
 リコ。レッド・リング・リコ、その人だった。
「リコ・・・」
 開放された魂が天へ召される。まさにその光景を目の当たりにしながら、ESは呟いた。
 Clink!
 足下に何かが落ちた。
 真っ赤なリング。それは、リコが愛用していたレッドリングだった。

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