novel

No.42 淵より来るもの 前編

 ベッドで目を覚ますのはこれで何度目だろう?
 パイオニア2がラグオルの軌道上に到達してから、ESは何度か、病室に担ぎ込まれている。
 黒の爪牙と讃えられた一流のハンター、ESがこう何度も病院の世話になるなど、誰もが、むろん本人も、予想し得ることではなかった。
 それだけ、今ESの周辺は危険なのだ。
 ラグオルで起きている現実。ラグオルで起きた事件。
 パイオニア2に巣くう野望。母星コーラルを取り巻く陰謀。
 全てが危険で、不可思議だ。
 不安と不満。そして不幸が、層を作るように覆い被さってくる。
 ただ、今目を覚ましたこの瞬間だけは、違った。
 安心と満足。そして幸福がESを包む。
「なんだ・・・ZER0。もう大丈夫なの?」
「ばかやろう・・・それはこっちの台詞だ」
「よかった・・・二人とも本当に無事で・・・」

 愛しい人の笑顔が、これほどまでに心を温めてくれるものとは。三人はそれぞれに、それぞれの想いを心に熱く灯していた。
「ZER0さんはシノさんと共に、「アギトの試練」を乗り越えてこられたそうです。そして戻ってこられたところで、ESさんがこちらへ担ぎ込まれまして・・・」
「その後はずっと、Mがお前の看病をしていた・・・ってわけだ」

 二人が互いに、ここまでの経緯を軽く説明する。
 そしてZER0は、「アギト」に絡んだ全てを、伝えた。
 ゾークのこと。
 ドノフのこと。
 シノのこと。
 そして、ノルのことも。
 ただ一つ伝えなかったことがあるとすれば、それはESへの想いだろうか。
 欲を受け入れる。アギトのおかげと言うには少し抵抗があるが、一連の騒動でZER0はESへの想いを、本心を、再確認していた。
 たださすがに、それを伝えるには今は場違いだ。
 こうやってまた、ずるずると想いを伝えきれずに行くような気もするが、それはまたそれで、今はそれで良いのかもしれない。
「それとな、俺が「消える前」に伝えそびれた事だが・・・ネイクローの事だ」
 ZER0の話を真剣に聴き入っていたESが、さらに身を乗り出す。
「俺が見た「もう一つの」ネイクローは、スゥっていう女が持っていた」
 ESによく似た謎の女性、スゥ。ZER0は彼女の名を口にしながら、彼女の容姿を克明に思い出し、そして何故か胸を熱くした。
 間違いなく、彼女に惹かれている。
 自分でもその理由がよく解らない。
(ったく・・・これだから軟派師ってのは・・・)
 気の多さに己でほとほと呆れながら、ZER0はスゥのことについて詳しく話し出そうとした。
「スゥか・・・やっぱりね・・・」
 意外にも、ESには心当たりがあるようだった。
 いや、よくよく考えれば、同じネイクローを持つ者同士。何かしらの心当たりがあっても不思議ではないのかもしれない。
「ねぇZER0。そのスゥって人、もしかして私にそっくりじゃない?」
 思い当たることがあるにせよ、ESの質問は少しおかしい。どうやら名前だけに心当たりがあるようだが・・・だとしたら、どうして似ていると推測したのだろうか?
「あ、ああ・・・そっくりだよ。というか、瓜二つだ。違うのは髪が燃えるように赤く、ショートだったくらいで・・・服のセンスから戦い方までそっくりだったぜ」
 ESに尋ねられながら、自分でもどうしてあそこまで似通っていながら違和感を感じなかったのだろうかと、今更ながら疑問に感じる。
 ZER0の返答を聞き、ESは一人考え込んだ。
 その間、誰もが少しでも動くことをためらった。それほどまで、皆がESになにやら緊迫した雰囲気を感じていた。
 数分にも感じられた数秒が経ち、ESは深い溜息を後押しに口を開いた。
「私の名前・・・」
 切り出した言葉に、一瞬何を言いたいのか理解できなかった。
 だがその後に続く言葉に、皆驚きを隠せないでいた。
「Eighth SUE(八番目のスゥ)。これが私に付けられた名前なのよ・・・」

 ESは自分が知る限りの、己の出生を語った。
 その際、ZER0の傍らにシノがいることを少し戸惑ったが、大丈夫だというZER0の言葉を信じ、三人に語った。
 まずは既にZER0だけが聞いていた真実。
 本当の年齢は十二歳だということ。
 リコは恋人ではなく育ての親だということ。
 リコの恋人と偽っていたのは、自分の出生が知られることを恐れてついた嘘だったこと。
 女性同士の恋仲となればそれだけでスキャンダラス。確かに偽装するには良かったかもしれないが、母親であるリコと離れたくない子供じみた考えがあったのだろうと、ESはそこまで赤裸々に語った。ゴメンねとMに謝罪しながら。
 MはESの謝罪を笑顔で返した。リコに嫉妬していた己を恥じ、それを言葉にしながら。
「ここからはZER0も知らないことだけど・・・」
 と前置きをしながら、ESは出生の核心を語り出す。
「私は・・・ある機関が造り出したクローンなのよ。「スゥ」というのが人の名前なのかその機関の名前なのか、何も判らなかったから・・・でもZER0の話でハッキリしたわね。その「スゥ」って人の、八番目のクローンなのよ。私は」
 人間のクローンは法で禁止されている。もちろんニューマンであっても。さらに言えばアンドロイドですら禁止されている。それだけ厳しく取り締まられている。
 もしESがクローンと知られたら・・・おそらくここまで成長してしまったESを抹消することはないにしても、色々と法に縛られるのは目に見えている。だからこそ「リコの恋人」などといったとんでもないフェイクで素性を隠そうとしていたのだ。
「しかもただのクローンじゃないのよ。私は生まれたときからこの身体・・・つまりオリジナルとほぼ同じコピーと言って良いわ。そういう状態で生まれたのよ」
 記憶に関しては後から抹消されたらしいと、ESは解説を加える。ただし身体が覚えていること・・・戦う技術だけは初めから備わっていたらしい。
「スゥって人が私とそっくりなのは・・・そういうことなんだと思う。たぶん、私は戦闘用アンドロイドのように、戦闘用クローン人間の実験過程で生まれたのよ」
 リコは何も教えてくれなかったけどね。全ては独自で調べた結果と覚えている記憶に基づく推測だけど、と出生の秘密を締めくくった。
「リコの話では、私はこのネイクローを抱えたまま倒れていたんだって。リコが潜入した「組織」の中で」
 傍らに置いてあった真っ赤な爪を手に取りながら、懐かしい思い出を語るようにESの話は続く。
「そしてリコは身寄りのない私を引き取った。だからリコは私にとって母親なのよ」
 なんとも世話焼きの英雄「レッド・リング・リコ」らしいエピソード。ESの秘密を隠す為に偽装戸籍を作ったりギルドに登録したり、はては「恋人」になったりと、奮闘していたリコが目に浮かぶようだ。
 少しばかり微笑ましい雰囲気の中、ZER0は重大なことに気付いた。気付いてしまった。
「ES・・・驚かないで聴いてくれ・・・」
 ZER0が突然口を開いた事に少し驚きながら、真剣な彼の様子に身構えながら、言葉を待った。
「お前が目を覚ます前に・・・バーニィから聞いて俺も驚いたんだが・・・」
 間違いなく、この事実はESを驚かせる。いや、それだけですまないのは判っている。
 だが、ES本人が知りたい事だろう。知らなければならない事だろう。
 重い口を開く勇気を振り絞り、驚愕の事実を言葉にする。
「スゥは・・・ブラックペーパーのメンバーだったらしい。今は足を洗っているそうだが・・・」
 ZER0もこの事実には驚いていた。よもや自分達の天敵であるブラックペーパーに関わった人物だとは思いもしなかった。
 この事実、ZER0の衝撃も大きかったが、ESの衝撃はそれを上回る。
「ちょっ・・・それってつまり・・・」
 ES気付いてしまった。驚愕の事実に。
「私はブラックペーパーによって生み出されたって事?!」
 死の商人、ブラックペーパー。奴らならば、戦闘用クローン人間という技術を確立させ、商売にしようと考えるのは理解できる。その為にメンバーであり優秀な戦士であるスゥを媒体にしようとした事もうなずける。
 長い間、自分の出生を探し続けたES。
 その答えがこうしてやっと、見つけ出せた。
 これは喜ばしい事。そのはずである。
 だが、それを素直に喜ぶ事など、出来るはずもなかった。

 総督に呼び出されたのは、自分の出生を語り語られた少し後だった。
 元々ESが目を覚ましたらすぐに来るよう、アイリーンからMは言いつかっていたそうだが、Mもそれをすぐに伝える気になれないでいた。それも致し方ない。とてもそんな雰囲気でもなければ気分にも慣れなかっただろう。
「で、何の用かしら「おじいさん」?」
 ESの皮肉はいつもの事だが、今日は何時にも増して刺々しい。
 それはもちろん、自分の出生に驚き戸惑う心をなんとか静めようとしている強がりからなのだが、総督は彼女がモンタギューやWORKSの一件でカリカリしているのだろうと勘違いしていた。
「・・・まずはモンタギュー博士の事から話した方が良さそうだな」
 その為、というわけでもないようだが、総督は順を追って呼び出したわけを説明し始めた。
「モンタギュー博士,および彼の助手エルノアは、遺跡によって起きた「謎の」爆破事故より消息不明となっている。我々もラボも、そして軍も現在彼の消息を追っている最中だ」
 わざわざ「謎」を強調したところを見ると、総督は原因をある程度知っているようだ。だが、そこをあえて追求はしない。それはES自身についても言及しなければならなくなるのだから。
「そういえば・・・」
 今更ながら、自身の事で判らない事が一つあった。
「私はどうやって病院に?」
 気が付いたときにはベッドの中。自力で戻ってきたわけではない。そっとMに尋ね聞いた。
「看護婦の方が言うには、病院の前で倒れられていたそうです。それ以上詳しい事は・・・」
 思い当たるのは、意識を失う直後に見た二人の人影。
 赤い影と、黒い影。
 あれは誰だったのだろうか?
「んん・・・モンタギュー博士の事は、君達も判明次第伝えてくれたまえ」
 咳払いで二人の「内緒話」を終わらせ、話を続ける。
「また、君は入院していたので「知らぬ事」と思うが、実は先日、何者かによってパイオニア2全体がハッキングされかかるという事件が発生した」
 知らぬ事はない。なにせその現場を目の前で見ていたのだから。
(相変わらず狸だわ・・・)
 義理の祖父は食えない人だ。それをよくよく知っているESでも、何度思い知らされた事か。
「現在そのハッキング元の追求と復旧を各部署で行っている。むろん、総督府も全力で取りかかっているがな」
 目の前で行われたハッキング。その規模を知っているだけに、関係者が皆四苦八苦して取りかかっている姿が目に浮かぶようだ。
「それで、私には犯人捜しを手伝えと?」
 だとしたら、あまりにも遠回しな皮肉だわ。そう思いながらも、ESは依頼内容を確認した。
「いや、今回の依頼はその事ではない」
 総督があっさりと否定した事に、ESは肩すかしを食らった気分になる。
 どうやら、犯人捜しは総督府の出る幕ではないらしい。ラボも軍も政府も動いているのだから。
 いや、総督府とて今回の事件は捨て置けないはずだ。セキュリティーを突破されハッキングされたとあっては、総督府の威信と信用は音を立てて崩れてたも同然。だが、総督は犯人捜しをあっさりと断念した。
 今は総督府の威信よりも、パイオニア2の住民達に安住の地を提供する事。
 下手をすると自身の進退に影響しかねない。それでもなお、総督は己の身よりも住民達の安否を優先した。
 コリン・タイレルとは、そういう男なのだ。
「詳しい事は、アイリーンから聞いてくれ」
 総督に促された秘書が、今回の依頼を説明していく。
「先日遺跡地区で起こった爆破騒ぎの少し前より、同遺跡地区にて大規模な振動が確認されました。ラボの調査によれば、セントラルドーム爆発事故前後に発生した振動の波形と酷似しているとのこと。また時折微震ですが遺跡地区にて感じられた振動もやはり同様の波形を感知しているとの事です」
 あの振動か。当然ながら、ESには思い当たる節が沢山ある。
「これはあまり口外できる話ではありませんが・・・」
 と前置きをしたアイリーンは、心配そうに親友を見つめながら続けた。
「今回の振動発生時、軍部から出していた調査部隊も一部戻ってきておりません」
 つまり、ウルトを連れだし強引な作戦を展開したWORKSが一部戻っていないらしい。
 ふと、傲慢な高笑いが頭の中に木霊する。
「もう既に軍部は動き出しており、そちらから派遣されたハンターズもいるようです」
 自分達の失態を隠蔽したいのか。あるいは他にまだ何か企んでいるのか。
 どちらにせよ、WORKSがまだ動いている事は不安で不快な事だ。
「そこで今回、総督府からもハンターズを派遣することになりました。つきましてはESさん、Mさん。あなた達ダークサーティーンにラグオル地下深部の調査と報告をお願いしたいのです」
 総督はつまり、事の始末は自分でつけろと言いたいのだろう。だからこそ、モンタギューとの一件を先に話したのだ。
 何処までも狸だ。もちろんESにとっても願うべき依頼であり、問題はないが、どうにも狸のやり口に一杯食わされた気分になり、妙な違和感が残る。
 もちろん総督はそれだけのためにES達を派遣するのではない。
 軍がなにやら企み、そして又何かをしでかそうとしているのは明白だ。
 表沙汰にして追求できる事でないのならば、事の顛末を知っているだろうESを事の解決に当てるのは賢明な判断だと言える。
「ラボの調査報告では振動は遺跡深部が発生源とされています。もちろん、できうる限り調査部隊の救助活動を優先してください」
 人命は総督が最も尊重している最優先事項。調査よりは救助というのは、まさに彼らしい。
「・・・なおこれは極秘依頼です。この件に関する情報については口外せぬようお願いします」
 自分の首も危なくなるしね。「お約束」となっている秘密厳守を皮肉混じりに受け止めながら、二人は無言で頷いた。

「二人で依頼をこなすなんて・・・久しぶりね」
 黒の爪牙と黒魔術師。
 ダークサーティーン発足時のメンバー二人が、遺跡へと踏み込んでいた。
 メンバーだったBAZZは戦死し、一時メンバーだったDOMINOはもう戻ってこないだろう。
 そしてメンバーになりたがっているZER0は、レオに呼ばれ別の依頼をこなすところだ。
「昔に戻っただけですよ。私は何時でも、あなたの側にいます」
 メンバーが増えてからは、補佐役や連絡役へ回る事の多かったM。
「このソウルイーターにかけて、お約束いたします」
 二つ名「死神」に翻弄された女性は、孤独から救い出してくれた女性を何時しか愛するようになっていた。
 同性同士の愛に戸惑いがなかったわけではない。だが、ESはそれを受け入れてくれた。
 ESが元々バイセクシャルだったこともあるが、おそらくはそれだけではなかったのだろう。
 ESもまた、寂しかったのだ。孤独に生まれ、拾われ、そして捨てられた彼女も。
 その慰み者として扱われていたわけではない。孤独な者同士、分かり合える心があった。それが恋心となった。今Mはそれをまた実感していた。
 もしかしたら、尊敬を恋と勘違いしているのかも知れない。
 だとしても、それはそれで良い。私は彼女について行くだけだ。
 彼女の贈り物をぎゅっと握りしめながら、死神の名に誇りを持てるようになった黒魔術師は、誓った。
「ただ一つだけ」
 誓いをすませた魔術師は、少しイタズラっぽく笑いながらからかう。
「ZER0さんに嫉妬するのだけはご容赦下さいね」
「あ、あのねぇ・・・私とZER0は別に・・・」

 最近の二人は、急速に仲を深めている。それはMでなくとも明らかに判る。
 リコに向けていた嫉妬をZER0に向ける。しかし嫌な気はしない。
 二人ならばお似合いだ。MもZER0ならば、何となく許せる気になれる。
 もしかしたら、自分もZER0に惹かれているのかもしれない。さすがは軟派師と、自分の冗談に苦笑する。
「くすっ。別にそこまで否定されなくてもよろしいのに」
 顔を真っ赤にして慌てるESがよほどおかしかったのだろう。軽く握った左手を口元に当てながら、クスクスと笑い出すM。
 ESがZER0を心底愛しているのは間違いない。自分を愛してくれている心も偽りではないだろうが、ZER0に向けられたそれの比ではない。
 それでも良い。Mはそう思う。
 愛されるより、愛した方が真実だから。
 随分と年下で、けれど自分より随分と大人で、しかしやはり何処か子供。そんなESを愛する自分がいる。それだけで満足だった。

「ESさん!」
 遺跡最深部を少し進んだところで、倒れている一人の男とアンドロイドを発見した。
「軍に雇われたハンターかな? M、至急手当を!」
 ESに言われるまでもなく、Mは既に横たわる男の元へと駆け寄った。
 その時、急に足下が揺れた。
 あの地震だ。
 どこからか、白い靄が立ちこめる。それはまるで、倒れている二人から発せられているかのように。
「ちょっ、まさか!」
「そんな・・・」

 二人は驚愕した。
 まるで自ら発した白い靄に包まれるようにして、二人は忽然と、消えた。
 あまりに唐突で、しかしそれがごく自然だとばかりに、床の上には何も、何も残らなかった。
「どういう事よこれって・・・」
 あまりの事に、目の前で起きた事が信じられない。
「そんな・・・まさか・・・」
 覚えがある。Mには、目の前の光景に覚えがあった。
「ZER0さんの時と・・・同じ・・・」
 また惨劇が繰り返されるのか?
 残された二人は、ただただ震える事しかできなかった。

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