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No.39 鋼の魂 中編

「オネエサマ?」
 それは、本当に唐突な依頼だった。
 ギルドを通さず、直接ESに依頼してきたのはあのモンタギュー博士。
 唐突に博士の助手アンドロイド・・・エルノアに開口一番「オネエサマが行方不明なんですぅ」という彼女の言葉から、依頼の内容が説明され始めた。
「オネエサマというのは、エルノアの前に作ったボクの傑作でね・・・名をウルトと言うんだ」
 要領を得ないエルノアに代わり、彼女の制作者が質問に答える。
「突然ウルトが行方不明になってね。エルノアもこうして心配しているし、キミにウルトを探すのを手伝って欲しい・・・と言うことさ」
 依頼としてはなんの問題もない。なにより、モンタギュー博士とは特別な契約をしている相手。断る理由はない。
 だが、今は乗り気ではなかった。
「・・・緊急性ありか・・・いいわ、引き受けましょう」
 そんな気持ちが、言葉にも出てしまう。
 BAZZの死。ZER0の落胆。
 依頼をこなしているどころではない。ESの心情は、そう叫びたがっている。
 だが、プロとして心情で仕事に支障を来すわけにも行かない。
 どうせ今は何も出来ない。そんな自分に苛立ってさえいた。ならば、依頼で気を紛らわすのも一つの手かもしれない。
 しかしこの依頼。気休めどころかさらなる重圧へと発展していくのだが・・・。
「ESさんが協力してくれるなら、心強いですぅ」
 エルノアの明るい声が、せめてもの慰め。
「さて・・・もうちょっと詳しく話してくれる? いなくなった時の状況」
 状況の確認。依頼をこなす上で基本となる聞き込み調査。まずはそこから。
「ボクは助手達とちょうど留守にしていてね。エルノア一人で研究室の留守番をしていたんだが、その間「怪しい人物」は誰一人として尋ねてこなかったらしい。そうだね? エルノア」
「はいぃ。「怪しい人」は誰も来ませんでした」

 これだけを聞くと、まるでウルトが一人で何処かへと行き行方を眩ませた・・・と考えるのが筋だろう。博士もエルノアも、そう思いこんでいた。
「誰も来なかったの?」
 だが、ESはあえて確認した。
「いえ、ESさんのお友達の、DOMINOさんがいらっしゃいました・・・ああ! ごめんなさい博士。オネエサマの事で慌てて・・・DOMINOさんが博士を尋ねてきた事を伝え忘れてしまいましたぁ!」
「それは本当かい? エルノア」

 どうやら、来客の事は博士も初耳だったようだ。
 エルノアの性格だ。「怪しい人は」という言葉を額面通りに考えるだろう。顔見知りの来客などを除外しているかもしれない。そう判断しての再確認だったが・・・よもやDOMINOとは、さすがのESにも予想外であった。
 時間的に、DOMINOが病室を飛び出した後になる。短い時間ではないが、そう長い時でもない。
 その間に、いったい何があったのか?
 DOMINOの気持ちを少しは察する事も出来るが、しかし突然ウルトの誘拐に至る経緯は理解できない。
 もちろん、犯人がDOMINOと決まったわけではない。だが、現状ではそう考えるのが一番妥当なのも確かだ。
「ジャン・・・そのウルトって娘は、軍、あるいはWORKSと何か関係がある?」
 DOMINOとウルトの接点。そこが明確になれば・・・確定だ。関連性がない事を祈りつつ、事務的な口調でESは尋ねた。
「ふむ・・・なるほど、WORKSか。大ありだよES君。奴らめ、我慢できなくなったな・・・」
 博士はなにやら確信したようだが、ESにとって今回の事件にDOMINOが関わっているらしい事の方が大きな衝撃だった。
 何かがあった。
 彼女は巻き込まれたのか、それとも彼女自身が積極的に加入したのか・・・そこまでは判らない。
 ただ、今の彼女は不安定だ。自分と同じように。
 そんな彼女の心に、何らかの揺さぶりがあったとしたら・・・冷静に対処できなかっただろう。
 これはウルトの探索だけでは終わらない。
 その直感が誤りである事を祈りながらも、確信してしまう。
「ES君。実はね、つい先ほどのことだが・・・WORKSがラグオルの坑道地区と遺跡地区で作戦を始めたよ。ウルトがいなくなってすぐだったから怪しいと思ってたんだけどね・・・どうやらウルトを使って何かやりそうだよ、あいつら」
 その「何か」も、おそらく博士は察しが付いているはずだ。
「オネエサマに酷いことをするんですか!」
 「何か」について詳しくしらずとも、ウルトに何らかの危機が迫っている事は察しがつく。自分の姉に降りかかる災厄を妹は心配していた。
「そうだね、そうなる前に見つけ出そうねエルノア。まったく、ひどい人達だねぇ」
 よしよしとエルノアの頭をなでる博士。言葉はどことなく他人事のようにも聞こえるが、頭をなでる手とエルノアを見つめる瞳は、優しげであった。
「作戦決行中・・・か・・・参ったわね。軍とギルドの規約では、作戦展開地域の立ち入りを禁止されるのよね・・・」
 博士とエルノアはともかく、ESはハンターである以上、この規約に引っかかるのは当然。そしてもしWORKSがウルト誘拐に絡んでいるのなら、博士達の立ち入りを認めるはずがない。
 ウルトがいるとするならば、間違いなく作戦展開地域内だ。
 潜入を試みるしかないだろう。
 確かにその通りなのだが、そう簡単な話ではない。
 発見されれば、軍部査問会議で審議され、処罰が下る。もちろんこの会議のギルドや総督府などが発言することは出来ない。
 ギルドの権限も総督府の権限も無い危険地域での探索。そこへ侵入する覚悟を、今求められている。
「早くオネエサマを助けましょう! 博士、ESさん!」
 エルノアが事の重大さを理解しているとは思えない。
 いや、エルノアにとって姉が誘拐された事実そのものが、重大な事件なのだ。そこにまとわりつくしがらみや陰謀など、考える余地に入ることなどありはしない。
「そうね・・・行きましょうか」
 それはウルトを救出しようとするESにとっても、結局は同じ事。ウルトを救出する為には、規約などに縛られてしまっては出来ない。
 エルノアの勇気ある決断。いや、彼女の決断に勇気など必要はなかっただろうが、少なくともESの背中を押す決断になったのは確かなようだ。

「おい、お前達! 今からどこへ行くつもりだ!?」
 ラグオルへ降下するテレポーターの前で、三人は呼び止められた。
 無視を決め込み、そのままテレポーターへ乗り込んでも良かったのだが、呼び止めた本人がつかつかと歩み寄ってきたことと、言葉に反応してエルノアが立ち止まってしまった為にそれも出来なかった。
「お前達! 今からラグオルに降りるのではないだろうな!?」
 声をかけた男は軍服を着ていた。つまりは、軍人ということ。
 どうやら作戦決行中である為、誤ってハンターが作戦区域に入り込むのを注意するつもりなのだろう。
 と、普通ならそう考えられる。
 だが、この男はそれを装っているだけに過ぎない。
 男が長髪を束ねていることと、横暴な言葉遣いで、ESはそれを瞬時に見抜いた。
 軍は規律の厳しいところだ。特に下級兵には。髪型の一つ一つにまで規則がある軍の下級兵が、長髪であるはずがない。
 また言葉遣いにも「威圧することに慣れた」人間特有の口調が聞き取れた。確かに軍人は威圧的な人間が多いのだが、それは規律を守らせる為に威圧的な言葉を多用する上層の者達になればなるほど色濃く出るもの。少なくとも、この男は命令することに慣れた口調だ。呼び止め方,有無を言わさぬ質問。二言あれば、男が命令する立場にある軍人だと推測できる。
「ん・・・やはり、お前! お前は・・・知っているぞ」
 博士を指さし、芝居がかった台詞を吐く。そのわざとらしさが鼻につく。
 間違いなく、初めからこの男はジャンカルロ・モンタギューと知って呼び止めたのだ。
「・・・・・・ウム・・・? ボクはあいにく・・・君の顔を見るのは初めてだが?」
 冗談とも本気とも取れる口調は、モンタギュー博士特有のもの。興味のないことはすぐに忘れる博士だけに、本気である可能性は充分にあり得るが。
「ウハハ・・・とぼけるのか? お前のわがままで我々はどれだけ苦労している事か・・・まあよかろう・・・」
 相手は冗談・・・というよりは、挑発されたと受け止めたようだ。どこか「こちらには余裕があるぞ」とでも言いたげな態度で、芝居台詞は続いた。
「現在、ラグオル地下では宇宙軍空間機動歩兵第32分隊WORKS・・・つまり我々が、作戦を展開中だ。そのため、ラグオルのほぼ全域を我々が封鎖,管理している!」
 知っているはずだが? という態度を見せながらも、わざとらしく長々と解説するのは、軍人ならではと言うよりはこの男の嫌みな性格を表しているようだ。
「規則を守ろうとしないやからも多いと聞いたが・・・」
 わざとらしく、ちらりと博士達三人を見据えながら、警告という名の嫌みは続く。
「あまり下手に動きまわると私が痛い目にあわせなければならない。それを肝に銘じておく事だ」
 自分はお前よりも強いのだからな。そんな傲慢を含めた言葉と視線を、最後にESへと向けた。
「ホウ? 例の実験をするのにボクのこの天才頭脳は必要ないのかい?」
 嫌みならば、この男も負けてはいまい。先天的で天才的な嫌みを持つ男、モンタギューが反論を始めた。
「それとも、人質を取ってるからそんな横柄な態度なのかい?」
 ストレートな駆け引き。相手がとぼけることを想定しての嫌み。
「はて・・・何を言っているのかは知らんが・・・」
 予想通り、とぼけた反応を見せた男。だが、男を焦らせることには成功したようだ。
「この作戦はわがWORKSにとって非常に重要なもの。邪魔はするな、ということだ!」
 相手の言葉を荒げることには成功した。
 だからといって、何かが進展したということではない。
 駆け引きはここから。
「えっとぉ・・・その・・・あのぉ・・・」
 だが、純粋な少女に駆け引きなど無い。いや、駆け引きというものを理解できない。二人の会話に割って入る事に多少の躊躇はあったが、一心な想いが口を開かせた。
「オネエサマを返してくださぁい! それとぉオネエサマにひどい事しないで!」
 軍の事情や例の実験とやらなど知らない。ただ、姉の無事を願う彼女の言葉は、彼女独特の巻き舌を含みながらも、切望する想いが込められていた。
 そんな言葉と想いに、男は動揺した。
「いいかい、アンドロイドのお嬢ちゃん? 私は、キミのお姉さまのことなど知らんし、ひどい事などこれっぽっちもしていない。わかるかね?」
 その動揺を隠そうと、努めて冷静に少女をなだめる大人を演じようとしている。
 が、普段威圧的な態度しか取れない男が、そんな紳士的な態度をすぐ取れるわけがない。
「まあ、おおかた失踪かなにかなんだろうが・・・もしかすると本人の意思でそうしているのかもしれんぞ? ん? わかったかね? 後はそこの天才博士にでも相談するのだな!」
 最終的には声を荒げることしかできない。所詮、その程度。
 駆け引きの成否は、何とも言い難い。ただ男の動揺ぶりを見ている限り、ウルトがWORKSの手に落ちていることは間違いなさそうだ。
 脅しのつもりで接触したこの男は、相手に確信と確証をもたらすという失態を犯した。
「いいか! 最後に忠告をしておいてやろう。万が一でも変な気を起こすなよ! もし作戦区域に侵入するようなことがあれば・・・いかなる理由があろうともWORKSの監視システムが即刻お前達を排除するだろう。命は大事にしたほうがいい」
 その事に本人も気付いたのだろうか? 捨て台詞のような脅しで場を締めた。
 いや、まだ終わりではない。
 言葉は続いていた。
「それとそこのハンター・・・「裏切り」には十分注意するんだな。貴様らのような薄汚い連中では日常茶飯事かもしれんがな。ウハハハハハ!」
 今度はESが動揺する番だった。
 間違いなく、男はDOMINOの事を言っている。
 本来、DOMINOの事は言わなくても良いことだろう。彼が言う「裏切り」の効果を継続させる為にも、今それをわざわざ知らせる必要はなかった。
 だが、自分が失態を犯したまま立ち去るのが我慢ならなかったのだろう。あるいは、全てにおいて自分達が優位だとでも言いたかったのか。ESの狼狽する顔に満足げに高笑いし、去っていった。
「なあに、昔のWORKSならまだしも・・・今の連中にたいしたことはできないさ。優秀な人材のほとんどは、例のパイオニア1の事故に巻き込まれたはずだからね。ウフフ・・・」
 モンタギューに慰める意図があったかは定かではない。単純に、さんざ罵声を浴びせ続けたあの男を鼻で笑いたかっただけかもしれない。しかしそれでも、ESの気持ちを立て直すのには十分だった。
「それに今のWORKSには、かのレオ・グラハートはいないんだからね。もっとも、発言権はあるらしいけど・・・だとしたら、彼らしい作戦じゃないよね」
 レオが今回の事件に関与している可能性はある。
 当然だ。相手はレオが造り出したWORKSなのだから。
 しかし、レオは今回のことに関与していないだろう。
 もし関与しているのならば・・・あまりにもこの事件、展開がお粗末すぎる。
 大規模な作戦展開とその為の封鎖。作戦内容は予測も出来ないが、あまりに急すぎる。そうでなくとも深い溝のあるハンターズギルドと軍部の間に、さらなる亀裂を生じさせたのは間違いない。
 そのような事、あのレオが望むはずがない。
 少なくともタイレル総督に歩み寄ろうとしている彼ならば、ギルド・・・というよりは、ダークサーティーンやその協力者達とのいざこざを好むはずがない。
 WORKSは、もはやレオの私兵団体ではない。
 レオの思惑とは別の何かが、今のWORKSに渦巻いているようだ。
「そうね・・・レオが絡んでるならともかく・・・ね」
 そういえば・・・自分の言葉が、ふとある事を思い出させた。
 レオはどういうつもりなのだろうか?
 DOMINOはレオの特命でハンターに潜伏していた。それはESも承知していた。
 そのDOMINOが裏切り・・・という言葉が適切かはさておき、軍に戻ったとなれば、それはレオの指示なのか?
 もしそうなら、一言連絡があるはず。そもそも、DOMINOの心情を理解出来るレオが、このタイミングで軍に戻れと指示を出すだろうか? BAZZの親友であったあの男が・・・。
 信用できる男ではない。気を許せる相手ではない。だからこそ、連絡も無しに連れ戻しても不思議ではないが・・・BAZZの親友がそんな仁義に反したことをするだろうか?
 何かある。
 それは確か。
「行きましょう。ここにいても始まらないわ」
 答えは、作戦地域の中。
 ならば、ウルトとDOMINO。二人の「答え」を見つけ出すまで。
「あの、ESさん・・・」
 決意を固め、モンタギューに続いて転送装置へと歩み出そうとしたESを、エルノアが呼び止めた。
「あのぉですね・・・お願いがあるんですぅ」
 エルノアがこっそり話しかけた為か、モンタギューはそんな二人の様子に気付かず転送装置へと歩き出していた。
 明らかに、エルノアは博士に内緒にしたい事があるようだ。アンドロイドにもかかわらず感情豊かな彼女は、すぐ態度に出てしまう。だからこそ、ESも博士に気付かれぬよう立ち止まった。
「わっ・・・わたし、オネエサマをどうしても助けたいんですぅ! でも・・・わたしどうしていいのかもわからなくてぇ・・・わたしの力だけではどうにもならなくてぇ・・・」
 エルノアはモンタギューが造り出した万能なアンドロイド。戦闘力も判断力も申し分ない。
 そんな彼女でも、どうしようもない事。そんな彼女だから、どうしようもないことを理解していた。
「えっとぉ・・・ちょっと待っててもらえますか?」
 そんな彼女が見出した解決策。それが、ESに協力を仰ぐことだったのだろう。
 そしてESが清く協力してくれた事は、エルノアにとってよほど嬉しかったのだろう。
 だから、何かをしたい。しなくてはいけない。そんな想いが、エルノアを突き動かしていた。
 エルノアはESに背を向け、なにやらごそごそと取り出しているようだった。そして振り返り、満面の笑みで取り出した物を差し出した。
「これを持っててくれませんかぁ!」
 初めてのお友達。ESに絶対の信頼をおくエルノアは、決意と共にESに渡した。
「・・・これは?」
 片手で収まるほどの、まるでビーンズキャンディーのようなそれが何なのか、ESは尋ねた。
「これは、マグの赤ちゃんなんですぅ」
 なるほど。確かに言われてみれば、初期状態のマグを小さくした感じにも見える。
「わたしにとってとても大切なもの・・・これと同じものをオネエサマも持ってるんですぅ」
 嬉しそうに語る彼女を見ていると、こちらまで微笑ましくなる。
「どうして、そんな大切な物を?」
 微笑ましいが、やはり疑問は残る。楽しげなエピソードを聞かせる為だけの行動とは思えない。
「・・・自分でもわからないんですぅ。ESさんなら・・・ウルトオネエサマを助けてくれるんじゃないかなぁって、思ったんですぅ・・・」
 直接の答えにはなっていない。
 だが、なんとなく、ESはエルノアの気持ちを理解した。
 姉と同じ物。それをESに持たせることで、姉と気持ちが通じるかもしれない。早く見つけ出してくれるかもしれない。
 そんな願掛けの気持ち。
 それだけではない。
 大切な物だからESに預けたい。感謝と信頼の意味を、託すことで伝えたかったのだろう。
 感情豊かだが、何処か不器用なエルノアならではの表現。
「あの・・・仲良くしてあげてくださいね」
 ESはその答えを、笑顔で返した。
「おーい! エルノアー!」
 ついてこない二人に気付いた博士が、遠くから呼んでいる。
「はっ、はぁい!今、行きますぅ!」
 二人は急いで、博士の下へ、そしてその先にある答えへ向かって、駆け出していった。

「どうも軍人って人種は苦手なのさ」
 道中、モンタギュー博士はぶつくさと愚痴をこぼしていた。
 ESも軍人は苦手な方だ。だが、モンタギューに同意は出来ない。
「力より、知がモノを言う。古くからの常識だってのに・・・」
 苦手な理由が違う。故に同意は出来ない。
 知を力として暴力を振るう者もいる。それを嫌と言うほど味わってきたESはそれをよく知っていた。
 全てにおいて「力」は、扱い方次第。善し悪しは、その「力」を使う者次第。
「あ・・・そんな事よりES。これを受け取ってくれたまえ」
 知という力を持つ博士は、経験と技術を力に持つESに、形となった力を渡した。
「これは・・・二刀流用のセイバー?」
 柄も刀身も真っ赤な剣が二つ。どうやら二つで一組の武器らしい。どことなく、剣のフォルムには見覚えがあった。
「いやいや、ダガーだよ。覚えているかな? 以前君達に頼んで、坑道のエネミーから部品を持ち帰って貰っただろ? あれを素材に、ボクの研究によって造り出されたのが、この「シノワレッドブレード」だ」
 ネーミングセンスはともかく、さすがは天才と呼ばれる男。数日前に研究用のデータを収集したばかりだというのに、すでに研究をモノにし、「力」としている。
「・・・かなり出来が良いわね、これ」
 二,三度素振りをしただけで、ESはこの武器がかなり強力な物だと確信した。ESもまた、経験という「力」である程度の武器を識別できるのだ。
 事実素材となったシノワレッドは強力なエネミーであり、特に腕に取り付けられたブレードは驚異だった。それをそのまま武器に流用したのだから、強いのは当然といえる。だが、それを武器にする技術と、使いこなす技術がなければ、折角の「力」も発揮されることは無い。力がさらなる力に手を貸す。この相乗効果は計り知れない。
「愛用の武器を持ち替えるのはちょっとしのびないけど・・・これ気に入ったわ。ありがとうジャン」
 本当のところ、持ち替えることに抵抗はあった。
 今まで愛用していたダガーもまた、人から譲り受けた物。それを持ち替えるには「ちょっと」どころでない未練はある。だが、持ち替えることで一つの決意を自分に、そして「あの声」に示す良い機会だと、決断した。
(リコ・・・早くあなたに会いたい。だけどそれは、あなたと「ヒトツニナル」為じゃないのよ・・・)
 正体の掴めぬ声に、ESは語りかけた。

 当たり前の話だが、軍の作戦区域前には見張りが立っていた。
 まずは最初の障害。この見張りをどうするかという課題が突きつけられた。
「とっても先に進みたい! なんて、あの見張りに話しかけてみようかしら?」
 もちろん冗談だが、それを「ああ、そうですねぇ」などと同意するエルノアにほんの少し呆れながら、見張りをどうかわすかを考えていた。
「周りに他の見張りはいないようね・・・さすがに人手が足りないみたい。手薄で助かるけど」
 物陰からとはいえ、見張りが一人しかいないことは見て取れる。重要な作戦の割りには不用心だが、それでけ人手が足りないのも軍の内情なのだ。
「あの男をどうにかすればいいのか・・・フフ・・・なら手はあるな」
 モンタギューはなにやらゴソゴソと懐から取り出すと、自慢げにそれをESに見せつけた。
「これは軍が使っている通信機と同じパルスが出せてね。これを使ってあの男を通信室に向かわせよう」
 見張りをしている門から少し離れたところに、通信室があるようだ。門も通信室も、臨時で仮設営した物のようで、正直適切な配置とは言えない。おそらくは門を建てなければならない場所と通信電波を受信できる場所が微妙にずれた為、仕方なく離して設営したと思われる。もちろんこれはES達に好都合となった。
 Bee! Bee! Bee!
「ん・・・何の音だ?」
 通信室の端末から異常警報が鳴り響く。それに門番が気付き、確認の為に持ち場を離れた。
 もちろんこうなることを想定していた三人は、この好機を逃すはずはない。すぐさま門番が離れた門を気付かれぬように潜り、潜入に成功した。
 うまくいった。
 その事がかえって、ESを不安にさせた。
 やはり、門番が一人しかいないのは気にかかる。いくら人手が足りぬからといえ、手薄過ぎやしないか?
 ふと、あの高慢な軍人が脳裏をよぎった。
 何度もしつこいように警告を重ねた、あの軍人。芝居がかった警告そのものが、額面通りの警告なのか?
 面白いじゃない。罠なら罠で、かまわない。
 トラップは設置して終わりではない。設置した側の物でもない。設置されたトラップを有効に利用してこそ、トラップとなる。
 いつだったか、機神が若手のレンジャーにそんな教育をしてたっけ。
 そんな思い出を、今は己の教訓へと生かす時だ。

 作戦区域は、坑道の中にあった。
 元から坑道には、様々なコンピュータが放置されていた。ESにとってそれはもう当たり前の光景だったが、どうやら博士にとっては新鮮な光景のようだ。
「ム・・・何やら面白いデータがあるみたいだね。今後の研究のためにちょっと見てもいいかい?」
 好奇心旺盛な上我慢を知らない子供は、引率者の許可を待たずにコンピュータをあれこれといじり回していた。
 止めて聞くような相手ではない。それにES達が見落とした情報を引き出せるかも知れない。時間は無いが、少しばかりわがままな子供の遊びに付き合った。
「フンフン。 フウム。ハハア・・・色々と勉強になったよ」
 独り言をぶつぶつ言いながら一人遊びをしていた坊やは、一人納得してコンピュータから離れた。
「何が判ったの?」
 付き合った手前、こちらにも知る権利はあるだろう。好奇心はESにだってあるのだから。
「まあ、今のボク達には、関係のない話なんだが・・・」
 と前置きをした上で、博士は解説を始めた。
「一つ。まずこの地下施設には三つの自律型コンピュータがアクセスしていた。互いを監視しつつ統御しつつね」
 人差し指を立てながら解説を始めた博士は、その手に中指を加えながら続ける。
「二つ。その自律型コンピュータのAI名はそれぞれ・・・カル=ス,ボル=オプト,オル=ガ」
 二つの名前に、覚えがあった。
 一つはボル=オプト。
 坑道の最後、遺跡の扉前にあったモニタールームの主。名は後から聞かされて知った。あれがボル=オプトと呼ばれていた坑道のメイン制御AIだったと。
 そしてもう一つはカル=ス。
 ZER0が関わった依頼に、カルスという人格をもったコンピュータを救うというのがあったと報告を受けていた。これも後に、坑道のメイン監視AIだったことを知り、ZER0を含め皆慌てた事があった。
 カルスト関わりを持った少女は、依頼の後ラボに呼ばれたらしいが・・・詳細が以後伝わっていない事にZER0が不安に感じていた。モーム博士を通じて少女を出来る限り保護するよう働きかけてはいるのだが・・・。
 気になるのは最後のオル=ガ。この名には覚えがない。
 尋ねる前に、博士が薬指を立て説明を続けた。
「三つ。前二つのAIに関してはアクセス履歴などからこの地下施設にあったことがわかる。が、最後のオル=ガに関しては例の爆発以後のアクセス履歴はない。逆にこちらからアクセスをたどることもできなくなっている。あっちからもアクセス経路を閉じたようにも思えるね」
 たしかに、ボル=オプトもカル=スも、坑道で発見されている。だが、オル=ガはここにはなかったようだ。
「つまり・・・オル=ガは別の場所で他のAIとやりとりをしていたって事よね・・・ちょっとまって、もしかしてそれって、坑道と同様の施設が他にある証明になるって事?」
「たぶんね・・・さらに言うなら、別の場所での共同作業には何らかの物理的な搬送路がいる。さらにここのような施設が別の場所にあったにせよ、一体全体どこに何のためにそれを作る必要があったのか? とかね、いろいろ想像が膨らまないかい?」

 生前のBAZZやモーム博士も指摘していた、ドーム以外の施設の存在。その事が確信めいてきた。
 明かされる謎。深まる謎。それらが交錯するこの情報は、ES達にとって、かなり重要なものとなった。
 謎に対し「想像を膨らませる」事を楽しんでいる博士とは対照的に、ESは深刻な面持ちで考え始めた。
 どういう事なのか?
 この謎が解明されるのは、もっともっと、長い月日が必要になるだろう。
「まあ全部、推測の域を出ない話だけどね。ウッフッフ」
 その通りだ。今考えられることは、全て推測。考えても始まらない。
「よくわかりませんねぇ」
 エルノアがぽつりと、呟いた。
 彼女はこの謎に積極的ではないし興味はない。故によく解らないという結論は当然。
 対して、積極的で興味もあるESも、結局「よく解らない」という結論に達する。
 所詮、想像というお遊びではこれが限界。
「ウフフ。まあ、とりあえず今の僕らには関係のない話だよ」
 それが最終的な結論なのだ。
 今はウルトを探すことが先決。三人は先を急ぐこととした。

「あのぉ、はかせぇ。聞いてもいいですかぁ?」
 不意に、先を急ぐ中エルノアが博士に尋ねた。
「他のハンターズのみなさんにはマグがちゃんといるのにぃ、わたしだけマグがいないのは、どうしてなんでしょうかぁ・・・」
 ESの腰でぷらぷらと垂れ下がりながら揺れているマグ、パンサーテイルをみながら、エルノアは質問した。マグと会話でき、お友達でもあるエルノアにとって、ハンターズのようにマグを連れ歩くことが羨ましく、また自分にマグを持たせてくれないことに疑問を常日頃持っていたのだろう。
「ああ。そのことかい。フウム。それはね。前にも話したとおりね・・・」
 ちらりとESを見る博士。おそらくは研究的な何か極秘事項が絡むようで、ESに聞かれることを少しためらったようだが・・・エルノアの純粋な疑問をはぐらかす事をためらったのか、あるいはESを信頼したからか、単なる気まぐれか、モンタギューは娘に優しく語り始めた。
「君の体の中にはマグの赤ん坊がいるのは知っているね? その子はとてもとても大事なマグなんだよエルノア」
 優しさの中にも、厳しさが入り交じる。エルノアも真剣に話を聞き入っていた。
「ひょっとすると世界をも変えてしまう「力」を持っているかもしれない。とても危険だからこそとても大事なものなんだ。だから君はその子を大切に守らなければならない。わかるね?」
 うんうんと、大きくうなずくエルノア。
 普通ならば、ESは何のことを言っているのか見当も付かなかっただろう。だが、心当たりがある。
「だからその子のためにも他のマグをそばに置いておくわけにはいかないんだ。それに、それは君の姉のウルトだって同じことだったんだ・・・」
 ウルトにもあるマグの赤ん坊。間違いない。それはエルノアから託された小さなマグのことだ。ESはそれを確信し、自分が持っている事をさとられやしないかと不安になった。
「・・・えっと・・・そのぅ・・・あのぅ」
 それはエルノアも同様だった。だが、彼女の場合すぐにそれが表に出てしまう。言葉から既に動揺が表れた。
「まさか! なくしたのかいエルノア!?」
 さすがに、エルノアの動揺に父親はすぐ気付いた。声を荒げ、娘を問いつめる。
「!!・・・いっいえ! なんでもないですぅ!」
 動揺はまだ収まっていない。おそらく何かあるとはモンタギューも判っているだろう。
「そうか。そうだよね。自分からリンクを切らない限り君から離れることはないはずだからね。驚かさないでくれよ。ウフフ」
 だが、彼はあえて追求しなかった。おそらく、とてもよい子なエルノアが言いつけを守らぬはずはないと、そう考えたのだろう。
 父親は娘を溺愛しているから。
 ヒヤヒヤしながらも、事が収まったことにESはホッとした。
 そんなよい子から、マグを託されてしまった身としては、どうしたものかと戸惑ってしまう。
 まるで父親に内緒で娘と付き合っている彼氏。そんな心境だ。父親が知らない娘との共有の秘密。シチュエーションが違えば、ちょっとは楽しめるのに・・・などと考える自分はどうしたものかと、また頭を痛めるESであった。

 目標は、唐突に発見された。
「あれは?」
 真っ赤なボディー。リボンを付けたようなヘッドタイプ。この二つを除けば、エルノアとそっくりなアンドロイド。
 間違いない。ウルトだ。
「ウルト!」
「オネエサマ!」

 見つけた。そんな安心と安堵に、よもや拒絶が突き刺さるとは想いもしなかった。
「コナイデ!」
 予測もしなかった言葉に、三人は思わず立ち止まってしまった。
「ワタシの行き先はワタシが決める・・・ダレにもジャマさせない・・・」
 じりじりと、後ずさりをしながらなお拒絶の言葉を並び立てる。
 理解できない。
 何故拒絶する?
 ウルトを探しに危険を冒してまで潜入した三人には、尋ね人本人から発せられる言葉一つ一つが信じられなかった。
 RumbleRumbleRumble・・・
 そしてまた唐突に、今度は地面が揺れた。
 時折遺跡で感じた、あの揺れ。それが坑道であるここにまで響いてきた。
「ワタシを呼んでる・・・イカナケレバ・・・」
 振り向き、ウルトは駆け出した。逃げるように、追うように。
「待て、ウルト!」
 父親の言葉に一瞬立ち止まる。
「ついてきてもムダ・・・ワタシは・・・彼女のところへ・・・」
 しかしすぐに走り出し、闇にとけ込んだ。
 すぐに追わなければ。判っているはずなのに、身体が動かない。
 混乱していた。何故ウルトは拒絶したのか? 逃げるように行ってしまったのか?
「急ぐわよ! ここで見失うわけにはいかないでしょ!」
 比較的冷静だったESが、二人にはっぱをかける。
 急ぎ、家出少女の後を追った。
 彼女のところへ。
 ウルトの言いかけた言葉に疑問を持たなかったのは、慌てていた三人にとっては仕方のないこと。
 よもや、この「彼女」が一つのキーワードになるなど、誰が予測できようか?

「追っかけっこなんてボクの趣味じゃないんだがね」
 すぐにウルトは見つかり、追いついた。
 拒絶し逃げ出した割りには、ウルトはすぐに走るのを止め、歩き出していたから。
 不可解だ。本当に逃げる意志があったのかも疑わしい。
「コナイデ!!」
 だが、言葉は拒絶を示している。
 混乱しているのは博士やエルノアだけではない。どうも、ウルト本人も混乱しているように見受けられる。
「ウルト! ボクだよ、わからないのかい? 軍部の連中についていっちゃうなんて、どうしたんだい? キミらしくないじゃないか!」
 説得とも説教とも取れる父親の言葉。モンタギューもウルトが尋常でないことを見抜いたのだろう。自分の心を整理しながら、ウルトに尋ねた。
「呼んでるノ・・・ワタシを呼んでる・・・淵から・・・ワタシを・・・」
 質問に答えながら、だがやはり拒絶の姿勢は示しながら、ウルトは又後ずさりを始めた。
「ウムム・・・今のウルトは普通じゃない! エルノア! 彼女を止めるんだ!」
 原因究明は後。今はウルトを捕獲することが先決。そう判断した博士は、放心状態のエルノアに命令を下した。
「・・・あ、ハ、ハイ・・・」
 慌てたエルノアがウルトに駆け寄り、捕まえようとした。
 だが、それはかなわなかった。
 青白い光に包まれながら、ウルトが消えてしまったから。
「!? あ、オネエ…サマ?」
 さすがにエルノアもESも、あまりのことに動転した。
 消えた。
 この不可思議な現象をどう理解したらよいのか、考えあぐねていた。
「実に興味深い現象だ」
 一人、冷静に分析を始めた男がいた。
 ジャンカルロ・モンタギューである。
「なにかに反応しているとも考えられるな・・・しかも、この区域のフォトンには何か異質なものを感じる。例の異常フォトンか・・・?」
 科学的な見地から、このオカルトめいた現象を解析しようとしている。
 思い当たる節があるのだろう。
 例の異常フォトン。ESには何のことか・・・感覚では理解できそうだが、頭では整理できない。
 だが、天才はどうやら何かに思い当たったようだ。
「ウフフ・・・WORKS・・・面白いじゃないか。うん、実に面白いよ・・・フフ」
 消えたウルトの心配よりは、WORKSの所業が面白い。
 所詮、アンドロイドを生み出した博士は父親にはなれないのか。
 同じく人の手によって生み出されたニューマンであるESは、そんなモンタギューの笑みを不快に感じていた。

 入り口は手薄だった。
 その訳は、どうやら内部の監視に自信がある為でもあったようだ。
「監視用のロボット・・・心を持たないアンドロイド型監視ロボットね。また厄介なのがうようよと・・・」
 銃を手にした二体のロボットが、重い足音だけを響かせながら巡回していた。
 疲れを知らぬロボットによる警護。確かに、これはかなり厄介だ。入り口の時に用いた小細工も、ここでは通用しないだろう。
「ムムム・・・三人じゃあ見つかりやすいな。ES君、先に行ってくれないかい? ボク達はひとまず隠れているよ。やつらに見つからないようにね」
 ES一人ならば、確かに厳しい警戒網を突破できるかもしれない。まずは一人で先へ進み、別の経路を確保するしかなさそうだ。
「OK。どうにかあいつらの足を止めてみるわ。行けると思ったら突破してきて。BEEでの連絡は傍受されるから、判断は自分達でお願いよ」
 言いながら、足音を立てず、しかし素早く監視の待つ部屋へと滑り込む。
 ここで、ESは自分の身体的特徴と趣味に少しばかり救われた。
 黒い肌。黒い髪。黒い服。
 闇に紛れるには、これほど適した色はない。
 けして簡単なことではないが、どうにかESは監視をかわしながら奥へ奥へと足を運ぶことに成功している。
(それにしても・・・)
 監視ロボットの姿に、ESは不快な想いを抱いた。
(TYPE:O・・・TYPE:W・・・たしかBAZZと同型なのよね・・・)
 カラーリングこそ違うが、監視ロボットはBAZZを少し細身にした程度で、ほぼ同じ背格好をしていた。
 BAZZが軍を除隊するきっかけとなった事件。その事件を機に、WORKSではアンドロイドの入隊を制限し、心のないロボットを兵器として活用する方針へと変えていった。
 その結果が、目の前の監視ロボット。
 機能面など、ほぼBAZZと同等。しかし心はない。
 こんな奴らが今のWORKSには沢山いる。
 悔しかった。訳はわからないが、悔しかった。
 BAZZの同型が、使い捨てのように量産され道具として使われる。
 自分達のBAZZは、もう戻ってこないのに。
 瞳を手で拭うことを我慢しながら、ESは闇に紛れながらまた先へと進み始めた。

 厳しい監視を抜けたところで、三度目の再会は待ち受けていた。
「ウルト・・・」
 ESの呼びかけに、ゆっくりとウルトは振り返った。
 寂しそうな瞳。
 はじめてウルトの顔をまともに見たESは、瞳に釘付けとなった。
 アンドロイドは感情表現が苦手だ。
 特に瞳はただのモニターであり、感情が表れることはない。
 はずである。
 だが、ESはそのモニターの奥に、深い悲しみが漂っている。そんな情景が見えていた。
 もしかしたら、自分の瞳が写っただけかもしれない。だとしても、悲しいことだ。
「アナタも・・・呼ばれているのでしょう?」
 不意に、ウルトの方から語りかけてきた。
「アナタも彼女に・・・呼ばれているから・・・来たのでしょう?」
 ウルトは確信を持って尋ねている。だが、ESには確信はない。
 確信はないが、思い当たる事が一つ。
「彼女って・・・まさか・・・」
 「あの声」の主なのか? そう問いかけ答えを見つけ出そうとしたESは、発見報告の声に邪魔された。
「ESさんに・・・オネエサマも、いらっしゃいますぅ!」
 エルノアと博士が、弱体化された監視網を抜け追いついてきたのだ。
「ウフフ・・・ウルト! もう逃がさないよ。ボクの頭脳信号によるとね。キミがこれ以上この場所にいるのはとても危険な事なんだ・・・」
 何度目かの説得が始まった。
「フフ・・・別に軍が何をしようが構やしないがね、ボクの作品に傷でもつけられたら割に合わないからさ。さあ、来るんだ・・・ウルト!」
 作品。
 嫌な言葉だ。
 少なくとも心を持つ者が、自分を作品と呼ばれていい気になるとは思えない。
 所詮、制作者は制作者。心の有無ではなく、作りだした物は皆作品なのだ。
「オネエサマ! いっしょにおうちに帰りましょう!」
 唯一、妹だけは心底姉を心配しているのが救いではあるが。
「ワタシに命令しないで!」
 反発するのも無理はない。
 もしかしたら、今回の騒動はWORKSだけの仕業ではないのではないか?
 呼ばれたから来た。
 WORKSに呼ばれたから・・・とも考えていたが、そうではない。
 彼女。
 いったい誰の事なのか?
「ワタシは・・・自由がホシイ・・・」
 不意に、頭痛がESを襲う。
(進化スルノ・・・)
 いつもの声ではない。
 これは・・・ウルトの声?
 右手で頭を押さえながら、ESは二つの声に耳を傾けた。
「カプセルの中も・・・」
(地ノ底モ)
 二人のウルトが、ESに語りかける。
 どうやら、一人の声はモンタギューやエルノアには聞こえていないようだ。
 自分だけ。頭痛を伴って。
「モウ・・・イヤなの・・・」
(モウ・・・イヤナノ・・・)
 同じ声のはず。だが、別人同士のユニゾンのように、二つの声が語る。
 そして頭痛は治まった。
 ウルトがまた青白い光と共に消えたことで。
「オネエサマ、行かないでくださぁい!」
 消えた姉を追うように、エルノアが走り出した。
「待つんだウルト! ウムム…これ以上、ウルトを自由にはさせておけないね」
 博士も同様に、急ぎ後を追った。
 二人とも、ESの異変に気付くことはなかった。
 それだけ、ウルトの異変が気にかかりゆとりが無かったのだろう。
 かえって、その事は幸いしたかも知れない。
「・・・出てくると思ったわよ」
 ウルトの探索を邪魔する者。意図はしていなかったが、その足止めの為にESが場に残れたのは幸運だった。
「ウハハ・・・ついに見つけたぞ! 身の程を知らん奴め・・・」
 さんざES達に警告した、あの時代がかった軍人だ。
 先ほど見かけた警備ロボを二体引き連れ、高笑いと共に現れた。
「われらWORKSの目をかいくぐり、まさか、こんなところにいるとはな・・・ここまでたどり着いた事それだけはほめてやる」
 手薄な警備のおかげでね、と嫌みの一つも言いたいところだったが、男は間髪入れずに喋り続けた。
「しかし! ハンターズごときが、ずいぶんコケにしてくれたな! あのわがままな博士は後で始末する事にして・・・まずはお前からだ! WORKSの恐ろしさをたっぷり教えてやる!」
 ESはまた男に不快な思いにさせられた。
 侮辱的な言葉ではない。彼の持つ得物に対してだ。
 アギトの贋作。
 ZER0を狂気に走らせた、あのアギトの贋作。
 そして脇には、BAZZと同型のロボット。
 怒りが、沸々と湧いてくる。
「ふん・・・このロボットが怖いか? そうだろうな。お前達のところにいたあのポンコツと同型・・・いや、それ以上の性能を用いてるからな、こいつらは」
 ぴくりと、言葉に反応したESに、男は好機とたたみかけるように続けた。
「所詮心などロボットには不要。なまじ心など持っているから、あいつは犬死になどするのだ。「あの時」アイツが他の連中同様、壊れていればよかったものを・・・ウハハハハハ!」
 これほどの怒りを、かつて感じたことがあっただろうか?
 体中が熱い。血が沸騰しているかのように。
 怒りとは、これほどにまで熱い感情だということを、ESは改めて思い知った。
「・・・あんた、サコンってくそ軍人かい?」
 声が低くなる。意識しているわけでも脅しているわけでもない。怒りでどうしようもなくなりそうな自分を押さえながら、精一杯振り絞った声。
「ほう。あのポンコツから話は聞いていたか。いかにもわしがサ・・・」
 言葉を待たずして、ESは斬りかかった。
 疾風。
 怒濤。
 凄まじいまでの速さと力が、真っ赤なブレードに乗せられる。
 Swish!
 Thud!

 一太刀で、サコンと名乗ろうとした男を勢いよく吹き飛ばした。もし彼がとっさにガードしていなければ、あっさりと首が飛んでいただろう。
 突然の出来事に、護衛ロボは反応が遅れたが、すぐさま敵認定をした女に対し、銃を構える。
「遅い!」
 Swosh! Swosh!!
 左右に二太刀。それだけで、二体のロボットを沈黙させた。
「何が・・・BAZZより上だって?」
 BAZZならば、こんな接近も許さないだろう。
 仮に許したとしても、もっと対応が早かった。
 的確な判断と対処。サシの勝負で、絶対にかなわないと認めた一人。
 そんな彼を、こんなポンコツよりも上だと、言い放ったのだ。
「ふざけるんじゃないわよ・・・」
 体中から血が噴き出しそうだ。
 真新しいダガーを握る手は、強く強く握られている。ダガーを握りつぶす勢いで。
「ふざけんじゃないよ!!」
 血の代わりに、涙が零れてきた。
 ESの咆哮と殺気に、男は青ざめていた。
 殺られる。
 本能が、男の脳裏に何度も警告する。
 このままでは殺られる。
 Bee!Bee!Bee!
 とっさに男が取った行動により、警告音があたりに鳴り響いた。
「緊急事態発生! 遺跡・WORKS端末・WMCガ、WORKS管轄領内07地区カラ緊急プログラム発動信号ヲ受信。総員ハタダチニ管轄領内カラ移動シ安全ヲ確保シテクダサイ繰リ返シマス・・・ 緊急事態発生!・・・」
 自爆装置が発動したのだ。
「お前達などに・・・この崇高なる作戦の内容を持ち帰られる訳にはいかんのだ! ウハハ・・・一緒に消し飛ぶがいい!!」
 逃げる為に基地もろとも爆破する。何処までも時代がかった男だ。
「おぼえておけ・・・私は必ずこの作戦を成功させてみせる!」
 捨て台詞までもが古くさい。
 あまりにも馬鹿馬鹿しい展開と、迫る危機に、ESも冷静さを取り戻した。
 口ばかりの、逃げる男にはもうかまっていられない。
 ウルトを追いかけた二人と、そしてウルトを見つけ出して脱出しなければ。

「久しぶり、博士。母星以来?」
 ESが怒りに我を忘れる少し前。ESによく似た女性と、モンタギューは談話していた。
「そうだね・・・こっちに来てからの噂は聞いてるよ。足を洗ったんじゃなかったのかい?」
 黒い肌。黒い服。唯一ESと違うのは、赤いショートヘヤーだけ。
「こっちにもいろいろ事情があるの・・・あなたも軍部といろいろやってるじゃないモンタギュー博士。相変わらず監視の身みたいだし」
 懐からディスクを取り出し、それをひらひらと扇子で扇ぐように振りながらモンタギューに見せつける。
「パイオニア1のオスト博士の研究データの中に、あなたの名前もあったわ。軍部の・・・M計画だったかしら・・・?政府だけじゃなく、いろいろと手広くやってたのね。あの人」
 ここに証拠がある。つまりそれを示したかったのだろう。
 だが、別段脅すつもりだったわけではないようだ。
 からかい半分。女性はそういう茶目っ気を緊迫した空気の中でもやってのける。そういう人らしい。
「・・・オストはいい科学者だった。まったく惜しい奴をなくしたよ! あまりに研究にのめり込み過ぎて物事の判断がつかないきらいはあったけどね。ウフフ」
 モンタギューも負けていない。むしろ道化は彼の専売特許。
「相変わらず、のらりくらりがお得意ね、博士。ここで始末しておいてやろうかしら。その当代一の頭脳と一緒に」
 さらりと、恐ろしいことを口走る。普通に聞けば冗談にも聞こえるのだが、鋭い目つきが、言葉を冗談として受け流せない雰囲気を醸し出している。
「ターゲットに攻撃意思確認、博士・・・撃退しますかぁ?」
 場の雰囲気に似合わない、間延びした口調のエルノアが銃を構える。
 銃を構えたのは、けして彼女がぼけていたからではない。
 その可能性があり得る。そう判断させるだけの殺気が、女性からは漂っていたのだから。
「必要ないよ。 エルノア」
「・・・了解しました。武装一時解除しますぅ」

 だが、この場で女性が手を出すことはない。彼女をよく知っているモンタギューは、エルノアに銃をおろさせた。
「そこまで馬鹿な真似はしないわ」
 手のひらを上に、肩をすくめおどけてみせる。
「・・・ところで、あなたの連れのESだけど・・・なんのつもり?」
 おどけはするが、気を許しているわけではない。
 本題。そこへ切り込んできた。
「何のことさ?」
 それでも、道化師はとぼけ続けた。
「どこまで知ってるってこと」
 なおも食い下がる尋問者。
「さぁ? ウフフ」
「ESさんはいい人ですぅ」

 だが、役者は道化師の方が上。さらに天然的なアンドロイドの返答に、さすがの女性も深く溜息をつくしかなかった。
「相変わらず、気が抜けるわね・・・そうね。私もそう思う。けど、知らなくていいこともあるわ。そのせいで命を落とすことになるかもしれない」
 道化師を問いつめることが目的ではない。
 彼女にはESを、ダークサーティーンを心配する理由があった。
 だからこそ、モンタギューが画策する真の目的が知りたかった。
「客観的な人物も一人ぐらいいたほうがいいんじゃないかって思ってね。ウフフ」
 道化師の言葉だけに、真の目的・・・とは言い難いが、一つの真実でもあるのだろう。
 ただ、この男はESの事を心配などはしない。巻き込むことに悪気など無い。それが女性にとって拭い切れぬ心配ではあるが・・・。
「じゃあ、ひとつ忠告。軍の一部がちょこまか動いてるみたいだけど、何もわからずにここで動きまわるのは危険! 何もいいことはないわ。パイオニア2にとってもね」
 軍への忠告。それを軍と関わりを持つ博士に伝える女性。その忠告が皮肉にしかならないことを知りながら。
「それは何度も言ってるんだけどさ。連中聞く耳持たなくってね」
 皮肉は言い飽きている。道化師は溜息と共に白状した。
「レオ・グラハートあたりに直接言えばいいんじゃない?」
 さらなる皮肉で返し、場を立ち去ろうとした。
 そこに道化師から、思いがけぬ言葉が切り返された。
「それがキミの娘・・・ESの役割だとも思うけどな、スゥ」
 立ち去ろうとした足が止まった。
 振り返らず、スゥは語り始める。
「娘・・・か。当たらずも遠からずって表現ね、それ」
 何処か寂しげで、何処か暖かい。スゥの言葉には、そんな感情が乗せられているように感じる。
「フフ・・・娘と、娘の仲間達に何かあったら・・・ただじゃおかないからね」
 苦笑気味な笑い声と共に、スゥはモンタギューに警告した。
 言われるまでもなく。モンタギューは見えていないスゥの背中に向かってうなずいた。
「それともう一つ・・・オストはここでは研究していない。ここにあったのは採掘施設と試験施設だけだ。むろんこの下もね」
 スゥが追いかけているもの。それを知るモンタギューは、彼女の労を少しでも軽くする為に情報を提供した。
 短い言葉だが、この一言は重要な事実。
「・・・知ってるわ」
 しかしそんな情報も、スゥにはもはや常識だった。
「ここから下にあるのは・・・地獄よ」
 そういいながら、スゥは遺跡への扉を潜った。
 警告の声と音が鳴り響き、慌てて駆けつけたESがモンタギュー達と合流したのは、その少し後のことだった。

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