novel

No.36 ハンターの右腕 中編

 実力を全て出し切る。
 言うほど、これは簡単なことではない。
 例えば、風邪を引いているなど、体調が少しでも思わしくなければ、その分だけ力を発揮しづらくなるだろう。
 あるいは、相手に怪我をさせられない,殺しては可哀想だ、等と心の何処かで手をゆるめる事を促されては、やはり実力は出し切れない。
 反対に、何の不調もなく、何の躊躇もなければ、普段以上の力を出し切ることもあり得る。
 対峙した二人には、実力の差があった。
 だが、実力ある者がその力を出し切れず、実力無き者がいつも以上の力を発揮した時、まさに接戦となる。
「よせ、ZER0!」
 行方知らずとなった。そう聞いていた男が、目の前に突如現れた。
 本来ならば、喜ぶべきだろう。だが、そんな猶予すら、本人が与えてくれなかった。
 Swish!
 有無を言わず、斬りかかられては猶予などあるはずもない。
「この男知っているのか? バーニィ」
 斬りかかられた男、ゾークは寸で切っ先をかわしながら、斬りかかった男が何者なのかを尋ねた。
「ZER0ですよ! 前に話した、「四代目」になれるかもしれないって話した・・・危ないっ!」
 Swish!
 二人の会話を待たずに、ZER0と名指しされた男は再び刀を振り下ろした。
 実刀特有の、白銀の光を放ちながら。
「なるほど、あの男か。確かアギトの贋作を扱うと聞いていたが・・・どうやら、本物だったようだな」
 自らも二振りの実刀を抜き、アギトを持つ男と対峙する。
(そういうことか・・・不味いな。この男、もはや正気ではない)
 突然人を斬りつける行為自体、正気の沙汰とは言い難い。瞳はじっとこちらを見据えているが、その瞳に光も力もない。
(くっ・・・彼もこの「頭痛」にやられたか? 四刀の「負」・・・どうやら「ここに来て」その影響を真正面から受けたようだな・・・)
 四刀の負。元々四刀は、呪われた刀、「妖刀」だと言われている。それはこの刀を作った四人の刀鍛冶が、時の政府を呪いながらこの刀を打った事に由来する。
 それはオカルトめいた迷信だと、誰もが思っていた。しかしそうではないことを、四刀の三振りを所持しているゾークは知っていた。
(何も知らずにアギトを手にした影響か・・・ならば、覚悟せねばならんな)
 Swish!
 ゾークの心中などかまうことなく、アギトは続けざまにゾークを切り捨てようと襲いかかる。

「四刀は、本当に呪われているのです」
 BAZZから何故アギトの事を知りたがっているのか、その事情を聞いたシノは、話せると「自ら判断した範囲で」語り始めた。
「理屈は不明ですが、四刀からは、すくなくともゾークの持つ三振りの刀には、ある特殊なパルスが発生している・・・と、先ほどもご説明致しましたよね?」
 ゾークの居場所を特定する為に、刀のパルスを検索している。確かにシノはそう説明していた。
「そのパルス、実はある特殊なフォトンと同じ特徴を持っているのです」
 万物全ての物には、フォトンが少なからず宿っている。最新の研究ではそう解釈されている。よって四刀にもなんらかのフォトンが宿っていても不思議ではない。
「そのフォトンが、「ダーク」なのです」
 フォトンは本来、三つに分けられる。自然に準ずる「ネイティブ」,変異に準ずる「アルタード」,人工物に準ずる「マシーン」である。
 だが、この三つどれにも準じないフォトンが希に存在していた。そういった特殊なフォトンを、正体の知れぬ闇の存在、「ダーク」と名付け分けられていた。
「ダークフォトンは他の三つのフォトンのように研究が進んでいる訳ではありません。その為、四刀にどのような影響を与えているのか、全く不明なのです」
 それが呪われているという理由なのか? BAZZはそう尋ねたが、シノは首を横に振り否定した。
「実際に、四刀は持つ者に何らかの影響を与えます。人によりまちまちですが、ある者は徐々に体力を奪われ、ある者は麻薬中毒者のように混乱し、ある者は幻覚を見る・・・など、何らかの影響が出るのです」
 確かに、呪われていると表現した方が的確であろう影響だ。科学的な説明が成されないのであれば尚更。
「その為、四刀は所有者を選ぶと言われています。体質的な物もあるのかもしれませんが、強い「意志」とでも言うのでしょうか? そういった精神的に強い方は、影響を受け難いようです」
 理屈は解らずとも、事実は存在する。その事実を無理に証明しようとすれば、何処かに無理が出てくるもの。ならば「所有者を選ぶ」「意志の力」といった科学的でない言葉の方が、むしろ判りやすい事もある。
「ゾークは四刀を扱う為に数多の修行をこなし、四刀に負けぬ「意志」を身に付けています。その為ゾークは四刀を自在に扱えるのです」
 ミヤマ家に代々伝わった刀。その扱いは理屈でない伝統によって守られていたのだろう。ゾークの修行とやらもその一つと考えられる。
 時として伝統は、理屈などを越えた真理を伝えることがある。呪いのことも、それを克服することも、そんな伝統という真理。
「・・・つまり、何も知らないZER0は・・・知らぬ間にアギトの「呪い」にかかっていたと?」
 その可能性が大きいと、シノはうなずいた。
「それともう一つ、気になる事が・・・」
 先を急ぎながらの会話。アンドロイド同士とはいえ、話難い状況ではある。その為か、シノは次の言葉を出すまでに長い間を取った。いや、会話の内容と雰囲気から、それだけが理由とは思えない。
「ラグオルに降りてからずっと気になっていたのですが・・・四刀と同じようなパルス・・・私にはパルスとしか表現のしようがないのですが・・・それをずっと感じていました」
 もし、アンドロイドの声帯がスピーカーではなく、人と同じ物であったのならば、おそらくシノの声は震えていただろう。
「そして、「ここに来て」やっと判りました。ダークフォトン。「ここ」はダークフォトンで覆われた一帯なのです」
 それが何を意味するのか? そこまでシノは語らなかった。だが、BAZZには最悪の意味を理解してしまった。
 もしダークフォトン同士が共鳴しあうとしたら? その結果ダークフォトンによる「呪い」が加速すれば?
 理屈は解らない。だが、あのZER0が消えた現象が正体不明である「ここの住人」と同じものだった事を考えると・・・。

「バーニィ、先へ逃げろ!」
 強かった。
 アギトの所有者はとても強かった。
 アギトを持つ事で強くなったのか? そうも考えたが、それは違う。元から、彼ZER0は強いのだ。
 強いて言うならば、ゾークや、かつて共に戦った仲間バーニィに対して、なんの躊躇もなく刀を振り回せる。今の彼はアギトに操られているからこそ、そんな心のブレーキが無い。それが強さに繋がっていた。
 Clink!
「しまった!」
 一方、ゾークは弱くなっている。
 まず、ZER0に対して躊躇がある。手を抜ける相手ではないと判っていながら、心の何処かで躊躇しブレーキをかける。
 加えて、彼を襲う頭痛が酷くなってきていた。
 頭痛の原因はわかっている。四刀の「呪い」が強くなっている為だ。理由はシノが言っていた、「この場所」、つまり遺跡が四刀と同じダークフォトンで覆われている為に起きる共鳴。
 それを裏付けるかのように、ゾークはほんの少しだけ、頭痛が軽くなった。
 ZER0によって愛刀カムイがはじき飛ばされた為に。
「ここでは狭いか・・・」
 飛ばされた刀の代わりに、三振り目の刀を抜きながらぼやく。
 刀を拾いに戻る猶予はない。今はバーニィが逃げた通路へと非難する方が先か。痛む頭でどうにか判断し、通路へと駆け込んだ。
 これが、一つの判断ミスだった。
「こっちですゾークさん!」
 通路を走るゾークを援護しようと、バーニィが自慢のバーニングビジットで火の弾を乱射する。
「かまうな、先に行け!」
 このままではバーニィを巻き込む。そう思った時にはもはや手遅れだった。
 ZER0との距離はだいぶ離れていた。少なくとも、刀先が届く距離ではない。
 にも関わらず、ZER0は大きく刀を振り下ろした。
 刹那、「何か」がゾークに迫った!
「!」
 豪刀と呼ばれるだけの男。無意識に危険を察知し、迫る「何か」を寸でかわす。
「ぐはっ!」
「バーニィ!」

 だがそれにより、ゾークの前を走るバーニィを「何か」という「刃」が切り刻んだ。
 かまいたち。刀を振り下ろす事によって真空の刃を生み出し、ゾークを両断しようとしていたのだ。
 アギトの力なのか? ZER0の力なのか? どちらにせよ、距離をとったとしても安全でないのは確か。
「くぅ・・・」
 重傷だが、息はある。バーニィの様子にホッとしたものの、このままではまたバーニィを巻き込むのは必至。むろん彼を手当てする暇など、かまいたちの主が与えてくれるわけもない。
「じっとしていろ! 必ず、助けに戻る!」
 少なくとも彼はゾークが狙いであり、バーニィは本来眼中にないようだ。ならば、とにかくバーニィから離れ、雌雄を決しなければ・・・痛む頭を支えつつ、ゾークは通路の先へ急いだ。

 欲しい。
 ただ、求めていた。
 求めていた物は何だったのだろうか? それもよく解らない。
 解るのは、今、とても満足しているという事。
 ヤレ。
 そういえば、そんな言葉に導かれていたような気がする。
 言葉の意味するものがなんなのか、よくわからない。
 どうでもいい。
 今、俺は満足しているのだから。
 死闘。
 求めていたもの。
 俺はこの戦いで、俺という存在を確かめていた。
 与える感触。受ける痛み。
 俺が今戦っているという証。
 俺が存在しているという証。
 でもまだだ。まだだ。
 欲に、どうやら満足という言葉はないようだ。

 これほどまでの死闘。ゾークはここ数十年と経験していなかった。
 老いた身、とはいえそれを補ってあまりある経験と技術がゾークにはあった。故に、そうそう死闘と呼べるほどの苦戦を強いられる事はなかった。少なくとも、三英雄と呼ばれるようになってからは。
 高揚している。ゾークは自分の感情に気付き、驚くと共に己を苦笑した。
(所詮俺も妖刀に魅入られた者か・・・)
 目の前には、同じく妖刀に魅入られ、己を見失った若者がいる。
 助けてやらねば。そう思う一方で、この戦いを楽しんでいる自分がいる。苦笑せずにはいられないだろう。
(ヤシャまで弾かれ、サンゲだけが残ったか・・・おかげで「呪い」の影響は軽くなったが・・・さて、どうしたものか・・・)
 最後に残った一振りの刀を握りしめながら、思考を妨げる痛みが和らいだ頭で、打開策を模索していた。
 Swish!
 そうそう、助けられるべき当人が許してはくれないが。
(今は全力で・・・楽しむ他無いか・・・)
 人を心配していられる状況ではない。呪いの為とはいえアギトを持つ若者に後れを取り、愛刀を二振り失っただけでなく既に傷を負わされているのだ。
 殺らなくては、殺られる。
 しかし、助けなければ。
 矛盾は承知している。だが、どうにかしなくてはならない。
 まずは、相手を救う隙を作る事。
 その為には、戦う他無し!
「せやぁっ!」
 Ka−Chinnng!
 白銀の刃が二つ、さも閃光かと見紛う火花を散らしぶつかり合う。
 怯むことなく、手早く横一線切り払う。
 だが一歩退くだけで若者はそれをかわす。と同時に、振り切った隙を付くよう袈裟に振り下ろす。
 振り切った刀について行くかのように、相手の刀をどうにかかわす。だが、それを見越していたかのように、逆袈裟で切り上げる若者。
 Chinnng!
 避けた勢いを殺さず、身を回しすぐさま正面へむき直すと同時に切り上げられる刀を刀で防ぐ。
 逆袈裟からの切り上げを止められては、体勢を崩すのもやむなし。逆に攻撃を防いだ老兵はこの好機を逃すことなく、すぐさま刀を腰元まで引き、前へと突き出す。
「はぁっ!」
 三度、素早く突き立てる刀。全てを当てる事は難しかったが、確実に、相手に深手を負わす。
 それで終わるわけは無し。
 手負いの相手だろうと、容赦は無い。素早く詰め寄り、止めとばかりに刀を大きく振り下ろす。
 Zah−Shooom!!
 若者と老兵には、決定的な差があった。
 相手に対して、躊躇があるかどうか。
 振り下ろした刀には、相手を死なせてはならないという躊躇があった。故に、ほんの一瞬だけ、振り下ろすのが鈍っていた。
 対して突き立てた刀には、相手に対する躊躇など無い。刀で相手を貫くのに戸惑いもためらいもない。
 本当に、それは些細な差でしかない。しかし均衡した二人の実力者にとって、その差はあまりにも大きかった。
「ぐっ・・・」
 深々と貫かれた腹部が深紅に染まっていくのを、まるで人ごとのように老兵ゾークは見つめていた。
「その腕、見事・・・だが・・・」
 己を見失った強さに、意味などはない。
 それを若者に伝えることが出来なかったのが、老兵の心残り。左手で押さえる痛みよりも、その心残りがとても痛かった。
「すまん・・・シノ・・・」
 そうして、老兵は倒れた。

 終わったのか?
 俺は、まだ・・・まだ足りない・・・。
 まだ欲しい。まだ、欲しい。
 探さないと・・・まだ欲しいんだ。
 やらないと・・・やら、ないと・・・。
 ヤレ・・・ヤレ・・・。

「バーニィ!」
 ゾークの愛刀カムイが捨てられていた場所よりも少し離れた通路。そこに、一人のレンジャーが倒れていた。
「し、 シノか・・・」
 駆け寄るアンドロイドに、レンジャーは名を呼ぶ事で答えた。
「知り合いか?」
「はい、ゾークの探索を共に助けた仲間です。バーニィ、しっかりして下さい!」

 BAZZの質問に答えながら、シノは手早く救命薬となるムーンアトマイザーでバーニィを気付けした。
「はは・・・は・・・ざまあねえ。こっぴどくやられちまった・・・」
 自嘲気味な苦笑いを浮かべ、バーニィはゆっくりと上半身を起こす。
「俺の事は良い・・・それより、ゾークを・・・くっ!」
 手当をしたとはいえ、深い切り傷はまだ完治していない。苦痛に顔を歪ませながらも、バーニィはゾークを案じた。
「ゾークを・・・ZER0が・・・」
「ZER0だと!?」

 不意に出た、戦友の名。さすがの機神も戸惑う。
「早く・・・行・・・ゾー・・・たの・・・」
 ムーンアトマイザーやトリメイトで治療したとはいえ、傷がすぐに癒えるわけでもない。即効性のあるテクニックが仕えないアンドロイドの二人に、これ以上の治療は不可能。まして苦痛で言葉を発するのも辛いバーニィを質問攻めにするわけにもいかない。
 ZER0が関わっている。それだけで、なにやら・・・。
「こういう時、「嫌な予感がする」と言えばよいのでしょうか・・・人間ならば・・・」
 BAZZの心中を、シノが代弁した。まさに、嫌な予感そのものである。
「シノ、急ごう」
 幸い、ここにエネミーが登場する気配はない。仕方なく二人はバーニィをおき、先を急いだ。

 いる。
 強い奴が、いる。
 あそこか。先ほどの場所・・・あそこに、強い奴が来る。
 なら、戻ろう。
 欲しい。
 足りない。
 ヤレ・・・ヤレ・・・。

 嫌な予感というものは、当たって欲しくない時ほど、当たってしまうもの。
 それを二人は、痛感していた。
「ゾーク!」
「シ・・・ノ・・・? シノか・・・」

 やっと会えた主従。だが、それは永遠の別れという前座に過ぎなかった。
 手遅れ。それは大量に流れ出した血を見ただけで、明かであった。
 気付け薬であるムーンアトマイザーでは、大量に流れ出た血を補う事は出来ない。仮にテクニックが仕えたとしても、それは同じ事。
 傷口を塞ぐ事は出来ても、流れ出た命の灯火を、元に戻す事は出来ない。
「なぜ・・・ここに・・・あれ・・・ほど・・・ついてくるなと・・・!」
「喋らない方が良い。傷口にさわる」

 気休めでしかない。解ってはいたが、そう声をかける他、なかった。
「おまえでは・・・この惑星は・・・危険だと・・・だから・・・と、いうのに・・・バカものが・・・本当に・・・オマエは・・・」
 死期が迫っている事を、本人も自覚しているのだろう。力ある内に、力ある限り、ゾークは残していく従者に声をかけ続ける。
「シノ・・・わたしは・・・もう ダメだ・・・皆に、伝えてくれ・・・パイオニア2は・・・ここを去れ・・・一刻も早く、と・・・」
 今ほど、アンドロイドである自分を忌まわしく思った事はない。人間ならば、涙の一つも流せるのに。シノはそれでも、精一杯の感情を瞳に宿しながらゾークを抱え見守っていた。
「・・・シノ・・・今まで・・・わたしの・・・助けになって、よくぞ・・・長いこと、 働いてくれた・・・」
 本当によく、従者として、いや、パートナーとして働いてくれた。
 今まで素直に感謝を示してやれなかった。その分、今一言だけだが、想いを込めて。
「もう、お前は自由だ・・・新しい・・・良い主人を・・・見つけるなり・・・他の・・・アンドロイドのように・・・自分で・・・自分の道を・・・歩くなり・・・好きに・・・するがいい・・・」
 年老いた身に迫る死期。それがほんの少し早まっただけ。
 ただ、その早まった時間が惜しい。その時間があれば、シノを自立させてから旅立てたものを。
 人とは欲深い者だと、死を前にしてゾークは悟った。
 悔いを残すことなく死せる者がどれほどいるのだろうか?
 シノ。あの若者。バーニィ。そしてパイオニア2・・・。
 自分の苦労性を嘲笑いながら、残していく者達を心配して逝く。それもまた、人の欲か。
「シノ・・・生きて・・・くれ・・・」
 戦場で死するは、戦士として本望。
 それ以上に、こうして抱かれて逝くのも悪くない。
 そんな事を思った自分が可笑しかったのか、ゾークは笑みを浮かべた。
 笑みを浮かべたまま、ゆっくりと、まぶたと共に人生という幕を下ろした。

「・・・・・・」
 今までにも、幾多の「死」を見取ってきた。
 その度に、やり場のない「想い」を抱いてきた。
 その「想い」を「表現」する術を、シノは知らない。アンドロイド故に、どうして良いのか戸惑う。
 主人に従うだけ。それだけならば簡単な事だ。命令に従うだけで良いのなら、こんな気持ちになる事もない。
 感情を持った従属型。
 従う事を定められながら、感情を持たされたが故にその感情に振り回される。
 振り回されながらも、自由はない。
 だが今、唐突にシノは自由になった。
 自由とは何だろう?
 従う事しか知らぬのに、自由になったと言われても理解できない。
 ただ、戸惑うだけ。
「わたくしは・・・ここに残ります」
 自由というものが、意志あるままに行動するということならば。シノは初めて判断範囲を定められない状況で、決断を下した。
 「束縛」を「自由」という名の下に、選んだ。
 自分には、それしか解らないから。
「パイオニア2は一刻も早くここを去れ・・・ゾークの最後の言葉が本当に意味するところは、わたくしにはわかりません。とても・・・大切なことのようにも思えます・・・」
 ゾークは多くを語らなかった。
 不安にさせたくなかった。機密事項を守るというよりは、ゾークにとってその意味合いの方が強かった。優しいゾークらしい、不器用な気回し。
「ですが、それより・・・」
 主が最後まで気にかけていた事。それを遂行しない自分に罪悪感を感じながら、決意を語る。
「今のわたくしにはゾークとともに・・・いることの方が大切な気がするのです。どうしてでしょう・・・マスターの命令は聞かねばならないものなのに・・・」
 これが「自由」という意志なのだろうか?
 だとしたら、おかしなものだ。シノは自分の考えに何か矛盾を感じていたが、気にはならなかった。
 これが正しい。そう、根拠はないが信じられたから。
 気持ちが楽になっていく。
 今まで表す事が出来なかった「想い」を、初めて表現できる。
 本来ならば、このような表現はすべきではない。
 でも、自分にはこれしかなく、これが正しい。そう、信じた。
「ゾーク・・・おそばに・・・」
 この一言で、BAZZは悟った。
「いかん!」
 シノの独白を、同じアンドロイドとして痛感しながら聞いていた。
 自立型とはいえ、軍に従う事を強制されていた自分にも、思う事はあった。
 だからなのか、シノがしようとした「意思表示」を悟り、それを見過ごすわけにはいかなかった。
「全機能停止モード作動・・・」
 人間で言うならば、自殺である。
 辛い想いを解放する方法として、シノは自殺という手段を選んだ。
 いや、それだけが理由ではない。
 「従属型」として、最後まで主人の側を離れたくない。そんな「自由な意志」で、シノはこの道を選んだ。
 気持ちはわかる。わかるが、それを許すわけにはいかない。
「間に合えよっ!」
 素早くシノの背後に回り、メインシステムに直結するコネクターを探す。
 そこへ自分のメインシステムと直結するジャックコードを差し込み、強制的にハッキングする。
 全機能停止モード。これをメインシステムの意志とは無関係に中止させる為に。
「くうっ!」
 アンドロイドは機械だ。だが、心がある。
 人の心に心が踏み込む。人間に例えるなら、このような無茶な事をBAZZが行おうとしているのだ。
 そこに、どのような障害や弊害があるのか、行っているBAZZ本人にも計り知れない。
 だが、やるしかない。
 悲しい思いをするアンドロイドを、「これ以上」見たくない。
 BAZZを突き動かしたのは、そんな「想い」。
「・・・・・・どうして?」
 自分の「想い」を立ち止まらせたBAZZの「想い」。尋ねずにはいられない。
「・・・その前に、ちょっと連絡だけさせてくれ。大量のエネルギーを消費して、思うように動けん・・・」
 BEEを取り出しながら、BAZZは質問に答えるのを先延ばしにした。
「・・・ああ、BAZZだ。今遺跡の第二階層にいるんだが・・・ああ、ちょっとトラブルでな。エネルギーを消費しすぎて動けなくなった。すまんが、救助に来てくれないか?・・・すまんな。頼む」
 チームリーダーに救援を要請したBAZZは、極力エネルギーを消費しないよう座り込み、シノにむき直した。
「・・・俺は元々、軍に所属したアンドロイドだった。WORKSって部隊を聞いた事があるか?」
 ゆっくりうなずいたシノを見て、BAZZは続けた。
「俺はそこの、アンドロイド小隊で隊長を務めていた。小隊とはいえ精鋭揃いでな・・・ただ、それには理由があった」
 苦い思い出を振り返る。あまり気持ちの良い物ではないが、説明する為には仕方のない事。
「大規模な実験だったんだよ。従属型のアンドロイドを兵器として導入するか、それとも自立型のアンドロイドを兵士として入隊させるか、というな」
 自分はその為に作られた、自立型アンドロイド。故に高性能なのだと説明を加える。
「我が隊は優秀だった。それはそうだろう。自立型故に人間と同じ判断力を持つ。その上に個々が人間以上に優れている。これで問題がある方がおかしい・・・いや、問題はあったんだがな」
 高性能でも、溜息という機能は備わっていない。それでも、溜息をつくような間を取りながら、昔話は続いた。
「優秀すぎた。それが問題だった」
 もし、自分よりも遙かに優れた者が自分の部下にいたら? 部下でなくとも良い。自分達より優れた種族を自分達で生み出してしまったとしたら? はたして、人類はどのような選択をするのだろうか?
 その答えを、BAZZは身をもって体験していた。
「直接の上司ではなかったんだが、同じWORKSに所属していた男がな・・・俺たちを妬んだ。そしてある一人のアンドロイドに「細工」をした・・・作戦中に暴走するように、な」
 その結果、隊は作戦中にBAZZを残して全滅。あまりにも苦々しい過去に、シノも言葉を失う。
「そして細工をした男の思惑通り、従属型の、しかも感情のないアンドロイドを兵器として導入する事をWORKSは決定したよ。しかもこの話はもっと上にまで到達してな、今では軍全体がこの流れでアンドロイドの導入を行っている」
 苦渋の決断を下した、当時のWORKS隊長レオ。親友である彼の、あの時の悔しさで歪む顔を、今でも良く覚えていた。
「そして俺は、責任を取って自主的に軍を辞めた・・・事になっている。表向きはな」
 ここまでは、DOMINOもZER0から聞いたと言っていたな。そんな事を思い出しながら、自分とZER0、そしてレオの三人だけが知っている秘密を、シノの為に、シノに聞かせようと語り出した。
「本当はな・・・シノ、君と同じで、仲間の後を追おうとしていた・・・」
 意外な告白に、シノは驚愕した。
「考えてもみろ。この事件で俺は多くの部下を失った。あの男のくだらん嫉妬の為とはいえ、それを俺は見抜けなかった。何が高性能だと・・・自分を呪った」
 誰もBAZZを責めないだろう。だが、自分が一番自分を許せなかった。機神などともてはやされていた彼のプライドは、ズタズタに引き裂かれていた。
「そしてこれで、軍は俺を解雇するのは目に見えていた。これまで軍の為にやってきた俺を、だ。つまり・・・主を失うって事だよ」
 自立型ではあったが、BAZZは軍という主に従属していた。程度の違いこそあれ、それは少し前までのシノと、全く変わらない。
「自分という存在を、俺は自分と軍、どちらからも否定された。だったら・・・と、な」
 行き着くまでの過程は違う。だが、互いに気持ちを理解できる。
「でしたら・・・」
 シノは、もう一度問いただした。
「でしたら何故、無理をしてまで止めたのですか? わたくしの気持ちを察して頂けるなら、このまま・・・」
 死なせて欲しかった。そう希望を告げる前に、BAZZは答えを示した。
「何もかも失った俺は、全てに絶望し、君と同じように・・・仲間の眠る地で、彼らを追おうとした。だが、そんな俺の心を「親友」が悟っていてな。極秘裏に一人のハンターを雇い、俺をつけさせていた。そして俺が君を止めたように、俺もあの時、そのハンターに止められた」
 そういえばその時俺も、「アイツ」に何故邪魔をすると迫ったな。思い出の自分に苦笑しながら、話し続ける。
「そのハンターに、自分の名には由来があると言われた。「ゼロは何もない無の事じゃない。進むことしか知らないスタート地点だ」とな・・・」
 懐かしい思い出。
 確かに苦い思い出でもあるのだが、自分が生まれ変わった、その瞬間でもあった。
 思い出は苦いばかりではない。
「・・・ゾークも言っていただろう? 生きてくれ、と。生きていれば、また生きる「意味」を見いだす事もある。死んでしまえばそれまででも、生きていれば可能性がある」
 BAZZの言わんとしている事は解る。解るのだが・・・。
「しかし・・・今のわたくしには・・・」
 まだ全てを理解できない。理解と言うよりは、気持ちの整理が付かないと言うべきか。
「なに、「俺達」に時間はたっぷりある。すぐ理解することもない。俺もそうだったが、答えを早急に求めても仕方ない。生きるか死ぬか、もう少し考えてからでも遅くないだろう」
 すぐにでも主の下に行きたい。そう願った従者は、ほんの少しだけ、主人に待って貰おうと考えを改めていた。自分と同じ立場にいた経験者の存在が、彼女の改心に繋がっていた。
 その時、不意に近くの扉が開き、ハンターがやってきた。
「お、救助がもう来たか?」
 かつては、BAZZを救助したかもしれない。
 だが、そのハンターがBAZZの下へやってきたのは、全く違う目的の為。
 その目的が、ハンターZER0の真意なのか、それとも右手に握られたアギトの真意なのか。
 確かなのは、場にいる三人にとって悲劇にしかならない事。それだけである。

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