novel

No.31 語りかける声(中編)

「すべてを解読できたわけじゃないけど、あちこちにある例の古代文字から断片的な情報は手に入ったわ。今わかってることをまとめるから、良く聞いて」
 いつになく真剣で、興奮気味な声が、メッセージパックから流れてる。
 遺跡。その第二階層と思われる地域に足を踏み入れてすぐに見つかったメッセージパック。
「どうやらこのラグオルに、やはり先文明など無かったのよ」
 石柱の存在から、先文明の存在をほのめかし、そして確信していたリコが、自らその存在を否定した。遺跡という確かな証拠の、その直中にいるというのに。
「今あたしが立っているここは・・・これは遺跡なんかじゃない」
 証拠と思われたこの場所。メッセージパックが語りかけるこの場所。ここが、遺跡ではないと言う。では、何だというのだ?
「これは宇宙船。巨大な宇宙船なの・・・!」
 呆然とした。ただ、呆然としていた。
 ずっとリコのメッセージを聞き続けていた事もあるが、誰も、ここが遺跡である事を疑いもしなかった。少なくとも、宇宙船であるなどと思いもしなかった。
 興奮したリコの声とは対照的に、五人のハンターは混乱し、まさに言葉を失っていた。
「どっ・・・どういう事だよおい!」
 その中、先に声を発したのはZER0だった。
「宇宙船って・・・なんだよそれ!?」
 語りかけるも、リコは、メッセージパックは何も答えない。
「・・・なるほど。言われてみれば・・・構造は遺跡と言うよりたしかに宇宙船だな・・・」
 ここまでの経路と、見てきた記録映像を照らし合わせ、BAZZが冷静に解析していた。
 冷静? いや、BAZZも混乱し戸惑っているのだ。だからこそ、分析し情報が確かなのかを確認する事で落ち着こうとしているのだ。
「ここが宇宙船だとして・・・どういう事なのでしょう?」
 遺跡だとすれば、ラグオルに文明があった事の証となる。だが、ここは遺跡ではない。つまりリコが言うように、ラグオルの先文明は存在していない事になる。
 では、この宇宙船は何だというのだ?
 遺跡であったとしても、謎は多く残ったままだった。しかし「ラグオルに卓越した先文明があった」という事実が判った事で、どことなく謎を解明する手がかりを得たような安心感があった。
 その事実だと思っていた事を完全に否定されたのだ。より多くの謎を残して。
 何故ここに宇宙船がある? それも母星コーラル文明とは明らかに異なる宇宙船が?
「ふぅ・・・とにかく・・・」
 溜息に戸惑いをのせ、吐き出す。そしてリーダーは決断した。
「ここに異文明があるのは確かで、ドームの爆破事故もここが原因なのは確か。そしてパイオニア1の軍部が突入し、リコも侵入し、こうしてメッセージパックを残したのも確か。なら・・・」
 キッと、次へと続く扉を見据え、続けた。
「行くしかないでしょ。先へ」
 この後、もう一つ見つかったリコのメッセージが、この「遺跡」と名付けられた「宇宙船」の全てを物語っていた事に、この時も、そしてメッセージを見つけた時も、知るよしなかった。
「まだ生きてる・・・この船はまだ生きてる・・・!」

 もしかしたら、ここにいる兵隊が、宇宙船の乗組員なのか?
 いや、それはあり得ない。全身が戦闘の為だけに作られたような形状の奴らに、船を操縦出来るとは思えない。それに、優れた連携で獲物を取り囲もうとするその動きは見事だが、それは本能的な動きであるところが多く、頭が良いとは言えない。
 だが、明らかに兵隊よりは頭の良い連中もいた。
 Nap!
「ちっ、こいつ・・・」
 ZER0は舌打ちをした。それは、攻撃を弾かれた事に対する悔しさと驚きの為。
 まるで盾のように肥大した左手を、文字通り盾とし、ZER0の刀を受け止めたエネミー。兵隊とはまた違う、戦闘を主な目的として形成された身体は、人のそれに近い。
 今までのエネミーを兵士とするならば、これは剣士と言ったところか?
 まるで攻撃を防いだ事を誇らしく見せるかのように、盾となった左手を軽く振る。そして右手・・・左が盾ならば右は剣と言うべきだろう。その右手の剣でZER0に迫りかかった。
 Swish! Swish! Swosh!!
「やろう・・・三連撃たぁやるじゃねぇか・・・」
 剣士の攻撃は、兵隊のただ腕を振り下ろすだけの単純な物とは明らかに違った。腕を振り下ろすのではなく、剣として見事に使いこなしている。さすがのZER0も、全てをかわしきることが出来ず、最後の三撃目で腹部にダメージをおった。
「倍にして返してやらぁ!」
 Nap!
「ちぃっ!」
 しかし意気込みに反し虚しく、またもやZER0の刀は盾で受け止められてしまった。
 そして続く三連撃。さすがに見切り、今度は全てかわしたが、この繰り返しでは埒があかない。
「まるでハンター同士の戦いだぜこいつは・・・」
 そう。剣士はまるでハンターかのように見事な攻防を繰り返した。
 この遺跡だけでなく、ラグオルでのエネミーは全て、優れた攻撃方法はあっても、防御を知らなかった。故に、攻撃すれば避けられることはあっても防がれることはなかった。だが、目の前の剣士は攻撃を防ぐのだ。
 明らかに、今までのエネミーとは「格」が違う。
 一進一退のまま、この攻防は続くのか? そんな事も頭に浮かぶ。しかしこの状況を打破しなければ。相手の隙を見つけ出し、そこを攻める。注意深く目の前の剣士を観察する。
 繰り返されるこの攻防。続くと思われたこの形勢を何とかしなければ・・・。
 しかし意外なことに、剣士の方から形勢を崩してきた。
 今まで盾としていた左手で、まるで相手をかきむしるように、大きく横へ振りかぶってきた。
 その時、剣士の異変に気が付いた。
 盾に浮かんでいた、まるで紫の人魂のようなものが消えている。
(もしかして・・・)
 難しいことは、ZER0には解らない。理屈など考えるのは苦手だ。だが明らかに、あの人魂が消えたことで、剣士は焦っている。
「せいやぁ!」
 Zan!
 見事、ZER0の一太刀は剣士の身体を深々と切り裂いた。
「なるほど・・・所詮その盾も身体の一部って事か」
 詳しいことは解らないが、どうやらあの人魂が盾の強度を増していたようだ。だが、その人魂も度重なる攻撃に耐えられなくなり、いつの間にか破壊されていたらしい。おそらく、あの左手の攻撃によって、その人魂を再び形成しようとしたのだろうが、それを許すZER0ではなかったということだ。
「コツが掴めりゃこっちのもん。おいE・・・」
 剣士は三体出現していた。おそらく残り二体に苦戦しているだろう仲間にこの事を伝えようと呼びかけようとしたが、その必要はなかった。
 剣士は、接近戦には強い。だが、あの盾では遠方からの銃弾を防ぐことは難しいらしく、またテクニックは苦手だったようだ。BAZZとMが、残り二体を難無く撃破していた。
「・・・まぁ、良いんだけどさ別に・・・」
 どことなく釈然としないが、しかし弱点がハッキリしたのだから良しとしなければならないだろう。ZER0はさらに湧いて出た兵隊を相手に、まるで憂さを晴らすかのように斬りかかっていった。

「あたしは今、古代宇宙船の中にいる」
 次のメッセージは、宇宙船の中であることを確認するところから始まった。
「しかもこれ、どうやらただの宇宙船じゃない・・・」
 そして、その核心に迫る。
「棺・・・!」
 またしても、ハンター一同はリコの言葉に困惑した。そのあまりにも唐突な単語に。しかしそんなハンターの怪訝な心情とは裏腹に、リコの声は真剣で、そして震えていた。
「何者かを封じ込めて、この惑星に宇宙船ごと埋め込んだのよ」
 またしても唐突な展開。だが、ほんの少し時間はかかったが、理解出来ない話でもない。
 ここは封印されていたのだ。
 それはつまり、リコの言う「何者かを封じ込める」という役割以外に、その必要性はないはず。
「でも、そんなことをしなきゃいけない存在って何?」
 重要なのはそこだ。リコの興奮気味に早まる口調と共に、心臓の鼓動が早くなるのが解る。「封印されるべき存在」への恐怖・・・だろうか?
「とにかく、とんでもない化け物がこの奥に眠ってる、きっと」
 無惨に散らかった、軍の残骸を思い出す。
 完膚無きまでに叩きのめされたパイオニア1の軍部。
 あの被害を引き起こした物。それが封印された存在とやらであろう事は予測出来ることであり、そしておそらく間違いない。
「あたしらは、その禁断の扉を開いてしまった・・・」
 寒気がする。無意識に、震える腕同士をぐっと強く掴む。
 震えているのは、腕だけではない。
 心も震えていた。
 何者か解らぬ存在。だがしかし、圧倒的な破壊力だけは痕跡を残し示している。
 これまでにも、未知に対する恐怖を感じてきた。だがそれは、未知という不確かなものに対する恐怖であり、知らぬから怖かっただけだ。
 今回は違う。未知という不確かさに加え、おぞましいまでの「力」だけは見せつけている。
 それは知ってしまったが故の恐怖。
 知らぬが故の恐怖。知るが故の恐怖。対極にあるはずの二つが同居する、この恐怖。それは、震えという形で心が共鳴して示していた。
「面白いじゃない・・・」
 強がりなのか? それとも無謀な好奇心なのか? それは本人にもよく判らない。
 判っていることは、ただ一つ。
 逃げない。
 それだけだ。

 テクニックは攻防共にハンターズの強い味方だった。それはテクニックが、ハンターズだけの特権であったから言えることだった。
 もしエネミーがテクニックを使えたら?
 その答えが、今問われている。
 Booom!
「ちぃっ!」
 BAZZを中心に、爆炎が広がった。
「そんな・・・ラフォイエ?!」
 黒の魔術師は驚愕した。よもや敵がテクニックで反撃してくるとは予測していなかったからだ。
 テクニックは、ハンタースーツにテクニックディスクを組み込むことによって使用が可能になる、フォトン技術の一つである。つまり、フォトンという不確かな物を活用し、これもまた理論上不確かな精神力という物を媒体としながらも、テクニックはれっきとした科学技術なのだ。
 だが、その科学技術に類似した炎を、敵はハンタースーツ無しで起こして来たのだ。
 そしてもう一つ、信じられない事をやってのけた。
「消えた・・・」
 忽然と、ラフォイエを放った魔導師はすぅっとかき消えるように姿を消した。
「レーダーにも反応がない・・・奴め、どこに・・・」
 目に見えるエネミーは、前衛がしっかりと対応している。それをサポートしなければならない後衛が、たった一匹の魔導師に翻弄され、サポートという機能を失っていた。
「!?」
 気が付きDOMINOが振り向いた時には、魔導師はマントを広げ宙に浮いていた。同じく傍らで浮かんでいるクリスタルのような物を一つ、さらに高々と浮き上がらせ、そして持っていた杖をレンジャーに向け振り下ろした。
 Zzzzam!
「キャァ!」
 クリスタルから稲妻が一直線にDOMINOに向け放たれた。強烈な電撃が、体中を駆けめぐる。そんな激痛がDOMINOを襲った。
「このっ!」
 それでも、何とか体制を整え反撃に転じようとし、グリップに指をかけようと試みた。
「えっ!?」
 だが、それはかなわなかった。
「感電?」
 先ほどの電撃で、どうやら持っていた銃に異常を来したようだ。電気ショックによる影響で作動しなくなっている。そしてこの感電はハンタースーツにも及ぼし、異常を直す為のテクニック、アンティも使用出来ない。
 この状況では、DOMINO一人では反撃のしようがない。そしてDOMINOがごたついている隙に、また魔導師は姿を消し逃れる。
ANTI! 大丈夫ですか?」
 異常に気付いた黒の魔術師がDOMINOを癒す。
「ありがとう。それにしても・・・」
 かなりやっかいな相手だ。
 テクニックという特権。それを敵も使用してくる。いかに今まで自分達がこのテクニックに助けられ、そして戦局を優位に持ち込んでいたのか。逆の立場に立たされ、改めてその恩恵と恐怖を思い知った。
「来た!」
 三度目に魔導師が姿を現した時、DOMINOはすぐさま振り向き、新しい相棒ヴァリスタの銃口を魔導師に向けた。遅れは取っていない。
 Bang! Bang! Bang!
 見事に銃弾は魔導師に全てぶち当たった。だが魔導師もそれで怯むことなく、今度は先ほどとは反対側の、左のクリスタルを高々と浮き上がらせた。
 ラフォイエ,ギゾンデ,次はバータか? 冷気による攻撃を予測し、すぐに対応出来るよう身構える。
 確かに、魔導師はテクニックを使ってきた。だが、その内容は予想とは違っていた。
「レスタ?!」
 魔導師は自らのテクニックで、受けた銃弾の傷を癒していった。そしてまた、消えた。
「やってくれる・・・一通りのテクニックは使えるということか」
 テクニックを使用出来ないアンドロイドが、敵の技に嫉妬するかのように評した。
「だが、次はない」
 BAZZはアンドロイドならではの「特権」を握りしめながら、弟子であり部下であるレイマールに指示を出す。
「いいか、次に奴が現れたら、かまわず「こいつ」をぶち抜け」
「Roger!」

 BAZZが握りしめた物を確かめ、DOMINOは上司の考えた作戦を理解し了解した。
 その直後、ばさっとマントを翻しながら、魔導師は現れた。
「よし、今だ!」
 BAZZは握りしめていたフリーズトラップを魔導師に向け放り投げた。
 Bang!
 Keeesh!

 見事、銃弾はトラップに当たり、発動に成功した。魔導師は凍り付いたまま、攻撃も回復も、そして消えることも出来ない。
「Attak!」
 BAZZのかけ声と共に、無数の銃弾と炎弾が魔導師に襲いかかる。そして耐えきれなくなった魔導師は、黒い霧となって朽ち果てた。
「・・・やっかいな相手だったな」
 テクニックを使えぬアンドロイドが、代わりとして用いるトラップ。本来はその名の通り罠として設置利用されるトラップは、持ち運ぶようには出来ていない。だがアンドロイドはそのトラップを安全に運搬出来る設備を備えている。それはアンドロイドがテクニックを使えないのと同じように、ヒューマンやニューマンには真似の出来ないこと。つまりは特権。
 特権は、相手にするにはとてもやっかいだが、自ら用いることが出来るならば、これほど頼れる存在もない。特権を駆使する後衛部隊は、それを痛感していた。

 見つけたリコのメッセージを聞き、ESは酷く悲しい気持ちで心を締め付けられた。
「もうどこかに逃げ出したい」
 それは、弱気になったリコの声。こんな声、聞きたくなかった。
「・・・そう思うけど、ふと気が付く。帰るとこなんてきっと無いんだってことを」
 違う。あなたが帰ってこられるよう、私はこうして追いかけてきたのに。
「あれから パイオニア1とはまるで連絡がつかない」
 確かにそうかもしれない。でも、帰る場所はそこだけじゃないでしょ?
「このメッセージだって、受け取る人なんて誰もいないのかもしれない」
 そんなことない。こうして、私は聞いているのよ?
「後から来るパイオニア2だって、この惑星が危険と判れば、きっと降りてきやしない」
 パイオニア2は降りてこなくても、私は降りてきたよ?
 ねぇリコ・・・私はここにいるよ?
「それでも、パイオニア2の誰かが降りてきてくれるだろうか。・・・それはわからない」
 解らないなんて事無い。私はここにいるのに。
「でもあたしは、これを残す。これは証なんだ。あたしが、今ここにいる・・・」
 私も今、ここにいるよ・・・リコ・・・。
 心の中で、ESはメッセージパックに語りかけた。届かぬ声。それを判っていながら。
 思えば、リコは一人なのだ。
 ずっと、リコは不安と恐怖を、一人で切り抜けここまでたどり着いていたのだ。
 そう。リコはいつも一人だった。
 パイオニア1へ搭乗する前から、リコは一人だった。
 誰にも迷惑をかけたくないからと、いつも一人だった。
 優しいから、一人だった。
 優しいから、危険なラグオルへ連れて行けないと、リコはESを置いて、一人になった。
 そんな優しさが、人を傷つけることもあるのだとは知らずに。
(リコ・・・)
 メッセージが終わっても、ESはただうつむき黙っていた。
 悲しかった。苦しむリコを救えない自分の無力さが。
 でも、涙は流さなかった。それは母親譲りの、ESなりの優しさ。今涙を見せれば、仲間は私を心配する。それは避けたかった。
 不意に、きゅっとESの手を握る、暖かい両手があった。
 そこには、片時も離れず付いてきてくれた愛しき人がいた。
 そして黙って、うなずいた。
 私がいます。そう、瞳は語りかけていた。
「うし、この家出少女をとっつかまえて、さっさと帰ろうぜ。パイオニア2へ」
 パンと右手の拳を左手に当て、軟派師を気取る男は声をかけた。
 抱くまで追いかける。そう宣言し、まるでストーカーのように追いかけてくるこの男は、ひどく不器用な表現しかできない。だがESには解っていた。この軟派師は、いつも自分を見守っていてくれていたことを。
「上の階層で見たこの宇宙船の概容からして・・・あってもう一階層、全体で三階層だろう。リコはおそらく、この下の階層で待っているだろう。迎えをな」
「なら、早く行きましょう。あまり待たせると悪いですよ?」

 不器用な軟派師が引き合わせた、やはり不器用なアンドロイド。そしてそのアンドロイドが連れてきた、真っ直ぐな少女。任務に対して実直な二人は、任務を果たすことでESをサポートする事しか出来ないことを知っている。だからこそ、任務でESの負担を軽減しようと努めている。
「そうね・・・連れて帰らないとね。私達の家へ」
 ねぇリコ。証なんて、形にして残すだけじゃないんだよ?
 私にはあるよ。形じゃない、でも確かな証が。
 あなたにもあるでしょ? それに気付いてよ。
 解らないなら、今から行って教えてあげるよ。
 絆って、確かな証なんだから・・・。

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