novel

No.30 語りかける声(前編)

 遺跡とは、過去の建造物や痕跡の事を指す。
 過去とは、時間上における昔の事を指す。
 たしかに、踏み込んだ場所はラグオルの遺跡であり、過去の遺産だろう。
 普通に考えれば、遺跡は過去のもの故、現在の技術よりは程度が低いはずである。
 しかし技術の進展状況は、「遺跡」という定義には含まれていない。
 つまり、遺跡であっても、現在の科学技術と同等,あるいはそれ以上に進んでいても、「遺跡」である事には変わりはない。
 よくよく考えれば、ここは母星コーラルではない。ラグオルなのだ。
 ラグオルの過去に何があったのか、そのほとんどを把握していない。ならば、ラグオルが過去、今のコーラルよりも進歩した技術を持っていたとしても、不思議ではない。
 不思議ではないが、驚くべき事だろう。
「おいおい・・・どうなってんだよこりゃ」
 故に、ZER0以下、皆が驚くのも無理からぬ事と言えよう。
「明らかに・・・私達の文明にはない建築物ですね。それも、随分と技術の進んだ・・・」
 しげしげと辺りを見回したDOMINOがぽつりと漏らした感想。漠然としてはいるが、今考えられる見解としては最も適当な答えであろう。壁の隙間から見える機械類が、進んでいた文明を雄弁に物語っている。
「あるいは、新鋭デザイナーの芸術作品・・・ってところかしらね」
 ESが言うように、異文化の建築デザインは奇抜な物が多かった。壁一つをとっても、機能面よりはデザイン面を重視したような造りになっている。
「だとしたら、あまり趣味の良いデザイナーではないな」
 ラグオル文明を代表するアンドロイドが、異文明の斬新なデザインを批評した。
「確かに・・・少し気味の悪い感じですものね・・・」
 ラグオルの先人達がどんな美的感覚を持ち合わせていたかは判らない。が、少なくともコーラル文明の者達にとっては、「禍々しい」としか形容出来ないデザインが多いのは確かだ。
 赤,青,紫を基盤とした発光体。抽象的な不気味さを感じる紋様。血管を思わせる四隅のオブジェ。坑道の無機質な雰囲気も不気味だったが、まだ馴染みある文明だっただけ「ここ」よりましだっただろう。
「観光はここまでにしましょうか。・・・行くよ」
 機械文明が進んでいた事を物語る扉が、軽く空気の抜ける音と共に左右自動で開き、異文化の来訪者を奥へと誘った。

 遺跡という置き土産は、なにも建築物だけではなかった。
「薄々いるんじゃねぇかなぁとは思ってたけどよ・・・」
 今までも「どうしてこんな所に」といった場所に存在していた、彼らにとって最も身近で、そして最も衝突してきた相手。
 エネミー。
 これまでは、母星に生息している生物に類似した物や、それの突然変異。あるいは母星から持ち込んだ機械群といった、それなりに見慣れた物達ばかりだった。
 だが、目の前に立ち塞がるエネミーは、見慣れぬどころか、想像すらしがたい物達ばかりだった。
「こいつらの為のデザインだったのかね・・・」
 強いて言うならば、奴らはこの遺跡のデザインに見事といわんばかりとけ込んでいた。
 それほどに、コーラル文明の者達には「禍々しい」様態だった。
 腕は両方共に刃,あるいは鋭利な爪のような、まさに攻撃する為だけの用途にしか使用していない形状。全身も至極シンプルな形状で、敵を排除する為に必要な物「だけ」で全てが形成されているようだった。
 なにより、「生命」を感じない。
 うごめいている。確かに奴らは部屋の中をうろうろと動き回っていた。しかし、機械的ではないが生気を感じられない。森や洞窟のエネミー達は、狂暴ではあったが「生きている」実感は伝わった。ところが遺産に残された奴らにあの実感はない。
 不自然だった。生命として、これほどに不自然な存在が許されるのだろうか?
 よく見れば、奴らに「口」らしき物が見あたらない。口がない。それはすなわち「食事をしない」ということ。かといってアンドロイドのように何かしらのエネルギーを別に確保しいてるようにも見えない。どうやって生きているのか? あまりにも不自然だ。
 口だけではない。目も、鼻も、耳も、ない。生物に必ずある五感全てを排除し、ただ敵を何かで感知し、そして向かうだけ。そんな機械じみた生命があって良いものだろうか?
「・・・・・・」
 震えが来る。寒気とか、そんな簡単な言葉では片づけられない、本能で感じるある種の恐怖。憎悪にも似たそんな震えが、全身をくまなく駆けめぐる。機械であるはずのアンドロイド、BAZZですら、そんな不確かな感情に支配されそうになる。
 怖い。
 一言で言うならば、もうこの他に言葉が見つからない。
「行くしかないんだ・・・みんなっ! 負けるんじゃないよ!」
 何に負けないのか。それは目の前の「異形」に対してではない。
 自分の中の、恐怖。
 リーダーは統率力や判断力だけが求められるわけではない。どんな状況下でも、リーダーたる風格を失わない魅力も求められる。今、ESはリーダーとして、恐怖に負けるわけにはいかない。そして皆の恐怖を取り除かなければならない。
 それを、一言に込めた。
「Attack!」
 号令。その一言で士気を振るい起こさせ、「生気」をみなぎらせる。
 負けていられない。恐怖にも、そして生気のないあの異形達にも。
「でやぁぁぁ!」
 Swith!
 いつも以上に気合いを込める。そうやって自分の恐怖と戦いながら、愛刀を振り回すZER0。
「・・・・・・」
 Bang! Bang! Bang!
 無心に、弾丸を敵にたたき込む事だけに集中し、自分の恐怖を押さえ込むDOMINO。
DEBAND!」
 Chinnng!
 自分よりも皆を気遣う事で、恐怖を感じぬよう努めるM。
「It’sClobberin’Time!(めった撃ちにしてやるぜ!)」
 BrakkaBrakkaBrakka!!
 常に冷静さを求められる副官。そして驚異の破壊力で自分が受ける恐怖を敵に弾丸ごとたたき込もうとするBAZZ。
「はぁぁぁ!」
 Swoth! Swoth!
 そしてESは、皆の「意志」を受け取り、最前線で「結果」という形に残すよう努めている。
 だが、そう簡単なものではない。
「くっ!」
 敵は今までのどんなエネミーより攻撃に長け、そして頑丈だった。
 戦闘の為だけに生まれた亜生命体。それはまさに兵隊として最も優れた「物」。感情無く、疲れも見せず、異文化の侵入者をただ排除する為だけに、兵隊は攻撃を繰り返した。
「こいつら・・・手強い」
 ただ強いだけではない。例えば、感情もなく疲れもなく、闇雲に向かってくるだけならば坑道のロボット達と変わらない。だがこの兵隊達は「戦術」にも優れていた。一体が接近し攻撃を繰り返す傍らで、別の一体は退路を断つように回り込み、そして囲むように接近してくる。それをまるで本能という遺伝子に組み込まれているかのように、的確に、狂い無く迫ってくる。
「させるかっ!」
 だが、手強いのは異形の兵隊だけではない。
 囲まれる前に、ZER0が退路を断とうとする別兵隊の行く手を阻む。
RESTA!」
 そしてMが傷ついた身体をテクニックで癒す。
「こっちだ!」
 間を詰めたBAZZが、トラップを設置しES達を誘導する。声に従い、ESとZER0が兵隊との微妙な距離を保ちながら退却。
「Shoot!」
 Bang!
 タイミングを見計らい、DOMINOがトラップを見事に打ち抜き発動させる。
 見事、兵隊は氷の彫像へと変わる。
「食らえっ!」
 ファイナルインパクトに持ち替えたBAZZが、氷像達に向け強烈な散弾をまき散らす。
「はっ!」
 そしてESとZER0は、反転し兵隊へと詰め寄った。鋭い刃をもって。
「「戦術」より「戦略」が大事ってね・・・あるかないか判らない頭で考えなっ!」
 どう戦うかという戦術よりも、どう戦いを有利に導くかという戦略が大切だと、ESは常にメンバーへ言ってきた。それはESに戦いと人生を教えたリコの受け売りであり、またリコも彼女が師と仰ぐ英雄から教わった事。
 そして戦略は功を奏し、勝利を導いた。
「ふぅ・・・こりゃ、この先はもっときっついのが待ってそうだな・・・」
 愚痴とも取れるZER0のぼやきは、しかしメンバー全員の気を引き締める警告でもあった。
「そうね・・・でも、負けないわよ」
 もう、恐怖はない。あるのはただ、歩を進める勇気だけ。
 全てを知ったわけではないが、少なくとも完全な「未知」でなくなっただけ、遺跡という遺産に、恐怖はなかった。

 やはりここにも、リコのメッセージはあった。
 それはつまり、リコもここへと足を踏み入れた証。
「リコ・・・」
 安堵と不安が、同時にESの心を包む。
 以前、Mはリコも封印を抜け、この遺跡に来ているだろうと推測していた。ESの不安を取り除く為の、前向きな推測ではあったが、それでもやはり黒魔術師の予言は的中したのだ。これで少なくとも、リコはメッセージパックという「証」を残すまでは生きていた事に間違いはない。
 が、「今」リコが何処にいて、どうしているか。その答えまで導き出せたわけではない。
「何なの、ここは! なんでモンスターが出てくるの? 軍の戦った相手ってこいつらなんだろうか。全く未知のモンスター・・・かなり手強いわ」
 メッセージが語るように、遺跡のモンスターはあのレッドリング・リコでさえ手強いと言わしめる強敵。無事でいるか・・・その保証は何処にもない。
「・・・大丈夫。私が見つけるわ」
 まずは信じる事。絶望的な状況でも、生きていると信じて行動する。そうやって迷いを振り切る事が大切だ。自分にそう言い聞かせ、メッセージパックを置いた。
(逃げない・・・そう、約束したんだものね)
 ちらりと、ZER0をのぞき見、そして自分に言い聞かせる。
 最悪の結果を考えていないわけではない。
 だが、そんな状況になったとしても、自分は現実から逃げない。そう誓う事が、信じる事へと繋がる。
 最悪を想定し、そこから逃げない事を前提に、最高を信じる。矛盾した考えだろう。しかし「もし信じた物が失われたら・・・」という不安はこれで無くなる。不安が無くなるからこそ、信じられる。人の心など、形式に当てはまる単純な物ではない。矛盾していようが、強い「意志」があればいい。頭で考えるのではなく、心で強く感じられればいい。

「隊長! ESさん! これを・・・」
 しばらく進んだところにまた、メッセージパックはあった。
 ただ、あったのはメッセージパックだけではなかった。
「こいつは・・・軍の戦闘車両?」
「かと思います・・・」

 メッセージパックのすぐ側には、無惨な姿と成り果てた鉄くずが放置されていた。
「戦闘車両って・・・じゃあパイオニア1の軍部はこの遺跡に突入していたということ?」
「そういう事になるな・・・」

 確かに、鉄くずは元々パイオニア1の軍が所有していた戦闘車両だったようだ。証拠に、ハッキリと軍部の紋章が刻まれている。さすがに同じ紋章がラグオル文明にもあったとは考えにくいし、文明の異なるラグオルが、コーラルと同じような戦闘車両を制作していたとは思えない。
 そしてもう一つの証拠は、リコのメッセージにあった。
「このおびただしい残骸・・・これはパイオニア1の軍の装備。すでに軍はこの遺跡の中に入ってたんだ! そして大規模な戦闘が行われた。・・・・・・・・・この様子じゃ、軍にも大きな被害があったに違いないわ」
 リコもESと同じ推測を建てていた。
 パイオニア1は、この遺跡の存在を知っていた。そして軍を差し向け・・・おそらく惨敗した。
 初めから遺跡の存在を知っていたか、それはまだ断定出来ない。しかし少なくとも、リコが遺跡にたどり着く前、あのドーム爆破事故の前までには、存在を確認し、軍を向かわせたのは間違いない。
「・・・ん? ちょっとまてよ?」
 様々な憶測がある中、ZER0は一つの疑問にぶち当たった。
「リコがあの扉に来た時には、封印は解けてなかったんだよな? でもリコが来た時にはこの残骸があった・・・つまり、軍はあの封印を解いてこいつらを突入させた・・・でもリコが来た時は封印されていて・・・俺たちが来た時も・・・おい、もしかして!」
 一同は慌てた。ZER0の推理が正しければ・・・あの扉は再び封印される可能性がある!
RYUKER!・・・大丈夫、パイオニア2への帰路は確保出来ます」
 Mの造り出したテレポートの光輪を見て胸をなで下ろしながらも、ESは確認の為柱に残っているはずの三人に連絡を取り、起動している事を確認した。
「とりあえず私達は大丈夫みたいね・・・でも、それじゃパイオニア1の軍やリコが入った後で、何故また封印されたの?・・・って、ここで答えは出ないわね」
 謎はすぐに解決しない。これまでにいくつもの謎を蓄積させてきたES達は、その謎がそうそうたやすい物ではない事を「なれ」で学習していた。

 遺跡に入って、初めて土と水という、「自然」を見た。
「こりゃまた・・・すごいな・・・」
 膨大な「穴」が、ハンター達の眼前にぽっかりと空いていた。遺跡を大きく削り取ったかのように開いたその穴の為に、土が露出し、穴の上に川でもあったのだろう、水が滝のように降り注いでいた。
「すっごい大きな穴・・・! なにかすごいエネルギーが吹き出したような・・・セントラルドームはこれのおかげで…!? この下に、いったい何があるっていうの・・・!?」
 側にあったリコのメッセージからも、彼女の驚きと、そして推測が語られた。
「BAZZ・・・」
「判っている・・・うむ、リコの推測通りだな。この真上は、ドームのすぐ脇だ」

 間違いなく、ドーム爆破の原因は、この穴を生み出した「何か」が原因だ。この穴の下、そこに原因を知る手がかりがある。ここに来て初めて、ドーム爆破の真相にたどり着く確かな手がかりを得る事が出来た。
「暗いし深すぎて・・・何も見えねぇな・・・」
 「そこ」に手がかりがある。それは判っているのだが、あまりにも「底」が深すぎる為、ここからでは何も判らない。近づいたようで、まだまだ真相は遠く先にあるようだ。
 先に進むしかない。同じ事を繰り返しているだけに、リーダーの指示を待つことなく、一行は既に歩み始めていた。

「不気味さに、さらに拍車がかかったわね・・・」
 遺跡には、窓があった。そしてそこから、この遺跡の外観を見る事が出来る。内装も禍々しい物ばかりだが、それに負けぬ、いや内装の不気味さに違わぬ、異文化らしい独特のフォルムを醸し出していた。
 どうやら遺跡は、巨大な空洞の中に建てられているようだ。窓の外には、土で出来た天井や壁も見える。ただその土も、遺跡から放たれる紫の光を、まるで自ら演出しているかのように不気味なほど反射していた。その光は、遺跡をよりいっそうおぞましく演出していた。
「ザッと見渡したところ・・・この遺跡、どうやらパイオニア2の母船ほどの大きさはあるな。かなりデカイぞ」
 BAZZの報告に、ZER0は露骨に嫌な顔をして肩を落とした。表に出さないだけで、気分としては他のメンバーも似た心境だろう。だからといって、探索の足が重くなる事はなかったが。

「この遺跡の中、あちこちに例の文字が刻まれている。おかげでサンプルが増えて、あのモニュメントの文の内容がおよそ特定できたわ」
 いくつ目かのメッセージには、探索しながら研究した異文化の文字解読成果が収められていた。
「『光ありて、影を成し。対ありて、対無く。不在の在。かかる姿の、転生の、宴。無限なる、律、ここに。印、結びなさん。ムゥト ディッツ ポウム』・・・こんなところかしら」
 リコの解析は、見事ラボの報告書の物と一致していた。
「見事なものですね・・・」
 参謀である黒の魔術師も、リコの才能に舌を巻いた。
「光と影・・・対になるその存在のどちらかが消滅した・・・でも、それは再び転生する・・・そういうこと? ゆっくり意味を考えているヒマがないのが辛いわね」
 幸い、と言って良い物ではないが、ES達は遺跡に突入する前から、ラボの解析結果を受け取っていた。そのため、このメッセージを残した時のリコよりは、考える時間があった。あったが、だからといって答えが見つかったわけではない。
「単純に考えれば、この遺跡はラグオル文明を残した先人が、宗教的な目的で建築し・・・「影」を封印した・・・ってところだろうね」
 影を封じた遺跡。そう考えれば、このおぞましい建造物も、わざとそう模した物だとも考えられる。ラグオル文明がけして禍々しい物を好んだというわけでもなさそうだ。
「すると・・・「あれ」が、その影って事か?」
 あれとはもちろん、異形の兵隊達の事である。
「かもしれんが・・・もっと大きな「何か」かもしれん。なにせパイオニア1の軍隊を壊滅させる程の「影」だからな・・・」
 ただの鉄くずとなった軍隊を思い返し、背筋が寒くなる。
 脅かすなよ、そうZER0は口元に出かかったが、言いよどんだ。
 脅しではない。現実に起こり、現実に起こりえる事だから。
「何が出てきても・・・かまやしないね。私「達」は、逃げやしないさ」
 リーダーの言葉に皆うなずき、先へ先へ、奥へ奥へ、歩み続けた。
(逃げやしない・・・リコ、待ってて・・・)

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