novel

No.18 ヒミツの届け物

「ESさんですね? ボクはシモンズ・オロ。某研究所で助手やってます」
 ESに名指しで依頼をしてきた男は、ESを見るなり自己紹介を始めた。それはつまり、ESにとって初対面の相手である事を意味する。会った事もない者から名指しで依頼を受ける。これはESほど高名なハンターなら珍しい事ではない。
「あなたね、依頼者は。私は・・・」
「大至急のお願いです! この箱をラグオルに運んでほしいんです!」

 相手は自分を認知したようだが、礼儀として自分も自己紹介を始めようとしたが・・・相手はそれどころではないと、無礼にもESを無視し依頼内容の説明をまくし立てた。しかも一方的に、軽く両手で抱えるほどの箱を押しつける。見た目よりは重量のある箱を。
 依頼人は単純に慌てているだけのようだが、あまりの無礼な態度に、ESとて眉をひそめてしまう。
「重くてすみません。中身はですね・・・って、あ! 話せないんでした!」
 ESの怪訝そうな表情を箱の重さの為と誤解したのか、依頼人は一方的に謝り、説明し、中断する。あまりにも右往左往している依頼人に呆れ、怒る気力はなくなっていた。
「あ、あのですね。ラグオル地下で、原生生物の突然変異体が多数発見されたのはご存知ですか?」
 よもやこの間抜けな一人芝居に、ESが興味を惹かれるとは思いも寄らなかった。研究所の助手を名乗る男は、先ほどまで自分達がデータ採取してきた生物の事を口にし始めたのだ。
「そう、これはその調査装置みたいなものと考えていただければ結構!」
 何が「そう」なのか。多少言葉の選び方を間違えているようだが、彼の言いたい事は理解できる。
「とにかく、できるだけ早くお願いします! 時間がないんですよ!」
 何が「とにかく」なのか。とりあえずはこの荷物を運べという依頼である事は理解できた。
「それで、これを何処まで運べばいいんだい?」
「ああ、こんな事モンタギュー博士に知られたら・・・」

 相変わらず、人の話は聞いていないようだ。
「あのねぇ、これを何処に・・・」
「さ、さぁ! これを地下2階にいるYN−0117に渡してやってください!」

 初めて会話がかみ合った・・・わけではないようだ。助手はまだいたのかと、せかすようにESへ言葉を投げつける。
「YN−0117? それは・・・」
「なに、簡単ですよ! 直接 YN-0117に取り付けるだけです。これで作戦…いや、研究も進むでしょうから!」
「いや、だからそうじゃなく・・・」
「じ、時間がないっていうのに、なんで早く行ってくれないんですか! YN−0117が・・・YN−0117が・・・!は、早く行ってください!」

 助手は問答無用とばかりに、ESをギルドから押し出そうとする。
 ここまで来ると話にならない。ESは仕方なく退室せざるを得ない。
「なんなのよまったく!」
 その場に荷物を放り出し、依頼をキャンセル。普段のESならそうしていただろう。だが、そうも行かなかった。
 この依頼、あまりにも胡散臭かったからだ。
 1つは、ESを指名しての依頼だった事。これだけなら、あまり特別な事ではない。
 しかしもう1つ、助手が口にした突然変異体という単語。そしてその調査装置。加えて、彼はこれを「作戦」と言い、慌てて訂正した。あのあわただしいやりとりの中で、ESは聞き逃してはいなかった。どうやらこのあたりに、ESに依頼するわけがありそうだ。さらにこの依頼はES一人で行うようにという指示も事前にあった事も、考慮すべきだろう。
 そしてもう一つ・・・。
「軍がからんでて、怪しくないってのは嘘よね」
 助手の横で、軍人が一部始終を観察していた。おまけにギルドの出入り口にも監視役らしい軍人が一人。あきらかに、この依頼は軍が絡んでいる。
「タイミングも良すぎるしね・・・仕方ない。行きますか」
 軍からの要請で行われた掃討作戦から、あまり間を開けずにやってきた、軍がらみの緊急依頼。このタイミングの意味する事は何か?
 答えは、ラグオルにあるのだろうか?

『EM−05? それはアンドロイド用のエネルギーパックだな』
 依頼人から正確な情報が得られなかった事もあり、ESは少ない情報を元に「YN−0117」の所在地を知ろうとした。
 まず依頼人は荷物の事を「突然変異体の調査装置」と言っていた。とすれば、目的の場所は森ではなく洞窟という事になる。しかし洞窟の何処かという細かい場所が特定できない。
 ならば荷物を調べそこから情報を得ようと、メンバーの中でも機械の知識に強い・・・というより、本人自身が機械そのものであるBAZZに、BEEを通じて情報を得ようと試みたのだ。
『ただし、今ではメインに使うような代物じゃない。旧式の物だ。どうやら緊急というのは、そのエネルギーを届けなければYN−0117とやらが機能停止してしまうという事なのだろう。旧式を担ぎ出すあたり、その慌てぶりは俺のモニターにも写るようだ』
 つまり、調査装置はこの荷物そのものではなく、この荷物のエネルギーによって動くYN−0117というアンドロイドの事のようだ。
「YN−0117っていうのに心当たりは?」
『無いな。何かの型番なのは間違いないが、それがどんなアンドロイドかまではさすがに』

 BAZZはESに比べれば機械に関する知識は豊富だが、専門家ではない。人間が自分の身体の隅々まで知っているわけではないのと同じように、アンドロイドだって機械全てに精通しているわけではないのだ。
「そう・・・これは骨が折れそうね。ありがとう、また連絡するわ」
 通信を切りながら溜息を一つ。判った事は、これが広大な捜索範囲で行われる、タイムリミットの見えない時間制限付きの依頼だという事。つまり、やっかいであるという事ばかりが浮き彫りになっただけなのだ。
「せめてさ・・・これがもうちょっと軽かったらねぇ」
 荷物を背負いながらのランニングは、ダイエットにはきつすぎる。それもサウナのように暑苦しい場所では尚更だろう。

 機能停止したのか、ESの目の前にいるアンドロイドはピクリとも動かずに立っていた。
「こいつがYN−0117・・・だといいんだけどね」
 機能停止しそうだと言う事と、アンドロイドだと言う事。この2つの条件が当てはまっている眼前のレイキャストを、目的のYN−0117であって欲しいと願いながら調べ上げる。
「・・・待機モード・・・命令ヲ ドウゾ・・・」
 ESは一流のハンターだ。故に一通りの事はそれなりにこなせる。だがメカニックとなると、自分が使う武器の手入れはしても、アンドロイドのメンテナンスまでいけば完全に専門外だ。繰り返しアンドロイドが叫ぶ命令をどうすれば良いのか、皆目見当も付かない。
『入力装置がないなら、おそらく音声入力だろう』
 ならば専門家に話を聞くのが一番だ。ESは再びBAZZに連絡をとった。
「音声入力か・・・パスワードを言えばいいのかな?」
 思い当たるパスワードは1つしかない。ESはそれを口にする。
「YN−0117」
「只今YN-0117トノデータ受送信不能・・・生体構造データノ分析不能・・・」
「・・・つまり、ハズレって事ね」

 そしてそれは、まだ依頼を達成できていない事を意味する。
『なんならエネルギーパックの事も確認してみたらどうだ? 目的のアンドロイドの状況は、そいつが理解しているようだしな』
 現状ではあまりに情報が不足している。ならばBAZZの言うとおり、試してみる価値はありそうだ。
「この型番を言えばいいのかな? えっと・・・EM−05」
 試す価値はあったかもしれない。だが、それが裏目に出る事もある。
「・・・エラーコード確認・・・排除シマス・・・」
 突然、アンドロイドはESを排除対象と認識し襲いかかってきた。
「なっ!」
 さすがに、ESはこの事態を想定していなかった。しかしだからといって、後れを取るESではない。すぐさま両手に愛刃を構え、反撃に出る。
「はっ!」
 アンドロイドは戦闘も出来るようにカスタマイズされていた。しかし戦闘専用ではなく、しかもBAZZのように感情回路が無い分判断が鈍い。ESにとって敵ではない。
 数回刃が煌めくだけで、あっさりと決着はついた。
「・・・・・・ちょっと、BAZZぅ!」
『・・・・・・時間が無い。早くYN−0117を探さないと手遅れになるぞ』

 ぷつりと、通信はそれきり途絶えた。
「・・・後でブラックルシアンおごり決定!」
 一方的な約束を宣言し、ESは探索を開始した。

 探索は第二階層にまで及んだ。
 ハンタースーツを耐熱から耐湿へと切り替え、探索準備を整える。
「ここにいてくれればいいけど・・・ん? 反応がある?」
 効率の良い探索ルートを検証するためマップレーダーを確認したところ、そこには一カ所、何者かがいる事を指し示していた。
「ハンター? いやもしかして・・・」
 マップレーダーには、ギルドに登録している者が映し出されるように設定されている。そのため、ハンター同士はお互いの場所をレーダーで確認する事が出来る。しかしレーダーにはハンター以外にも反応する場合がある。それはパイオニア2からの降下許可が下りているハンター以外の者・・・軍人である。
 しかし、もし軍の者がいるならば、わざわざパイオニア2からエネルギーパックを徒歩で運ばせる必要はなかったはず。ラグオルにいる軍人がテレパイプかリューカーで道を造ればよいのだから。
 ではハンターなのか? いや、その可能性もない。少なくともESより早くはハンターが降下している可能性は低いのだ。なぜならば、掃討作戦を開始するにあたり、ハンターは洞窟エリアから出るよう指示されていたはずだから。
 となれば、この反応は・・・結論はこうなる。
「YN−0117って事よね」
 アンドロイドも、ギルド所属であれ軍所属であれ、当然レーダーに反応が出るはずだからだ。もちろん、上の層で出会ったアンドロイドのような者でも一応反応は出るが、少なくとも可能性のある場所としてレーダーに映し出される事は、闇雲に探すより効率が良くなるはずだ。
 ただし・・・その場所へ直進できたら、という条件が付くのだが。
「・・・面倒なところに倒れているわね」
 目的のアンドロイドは見つかった。しかしアンドロイドは、洞窟内を流れる小川を挟んだ対岸にいた。しかも小川とはいえ底は深く、泳いで渡ることになるが・・・多少の防水性はあるものの、ハンタースーツを水浸しにするわけにはいかない。もちろん背負っているエネルギーパックもしかり。
「ついでに、また面倒なバリアまで・・・ったく、しょうがないわね!」
 対岸へ通じるであろう道は、バリアで仕切られていた。そのバリアを解除するスイッチは近くにない。そしてそのスイッチは、レーダーに反応してはくれないのだ。
「それにしても、あのアンドロイド何処かで・・・って、それは後ね。とにかくスイッチを探さないと」
 結局レーダーに写らないスイッチを探すために、ESはくまなく洞窟内を探索する羽目になった。

「見た事あると思ったら・・・この娘を忘れるわけ無いわ」
 横たわるアンドロイドを抱きかかえ、ESはアンドロイドの名を呼んだ。
「エルノア! エルノアしっかりして!」
「・・・スリープモード・・・コード入力可能・・・」

 ESの腰に付いているマグ、パンサーテイルをESに勧めた女性、エルノアは、まるで譫言のように形式的なメッセージを口にするだけだった。
「コードね・・・YN−0117! 起きて!」
「!! はっ、はいぃ! YN-0117ですぅ! って・・・あれぇ・・・? 力が・・・入らない・・・」

 型式番号を名乗ってはいるが、間違いなくエルノアであった。特徴ある間延びしたしゃべりが、その証拠といえる。
「間に合ったようね。エネルギーパックを持ってきたわ。どうすればいい?」
「あれ? ESさん? ・・・シモンズさんがそれを・・・? よかったぁ・・・あの・・・ちょっとそれを背中に・・・そのぉ・・・差してもらえます?」

 エルノアの無事と、彼女の話し方に思わず笑みがこぼれる。ESは彼女の指示通り、エネルギーパックを背中に差した。
「・・・エネルギー切れでとまっちゃって、もう少しで予備エネルギーまで使い切っちゃうとこでしたぁ」
 旧式でもエネルギーパックとしてきちんと機能したようだ。エルノアは立ち上がり、安堵の言葉で無事の確認した。
「YN−0117ねぇ。型式番号じゃなく、初めからエルノアって言ってくれれば早かったのに」
 あの助手に、その冷静さを求めるのは酷というものだろうが。
 しかしこれではっきりした。何故ES指名の依頼だったのか。
 おそらくエルノアは、自分のマスターにESの事を話していたのだろう。それを助手も聞いており、エルノアを知っている者に依頼したという事だろう。そして助手は、エルノアを知っているならばYN−0117がエルノアの事だというのも知っていると勘違いし、型式番号だけで理解したものと思いこんだのだろう。そう考えればあの助手の言葉足らずな説明も納得がいく。
「あ、あの!・・・マグ、元気・・・ですか?」
 おずおずと訪ねるエルノアに、ESは笑顔で答える。
「えぇ。ほら、この通り」
 パンサーテイルを軽く手で持ち上げる。手の上で、まるで犬の尻尾のようにマグは嬉しそうにふるふると己の身体をふっていた。
 エルノアは嬉しそうに、ESへ笑顔を向けた。BAZZとは違いエルノアには表情がある分感情が伝わりやすいが、エルノアの笑顔は、人間のそれよりも自然で、そして感情豊かだ。
「また助けてもらって・・・ありがとうございますぅ・・・」
 改めて、エルノアは深々とお辞儀をしながらESに礼を述べる。
「いいわよ、こっちも仕事なんだし。あなたも仕事中なんでしょ?」
「あ・・・ええと、わたし、お仕事中でした!」

 今気が付いたとばかりに、驚きの表情を顔に浮かべる。そのあまりにもコロコロと変わる表情に、思わず吹き出してしまう。
「相変わらずね。ところで何を調べていたの?」
 やんわりと、ESはエルノアの調査しているもの・・・突然変異体の情報を聞き出そうとした。エルノアの純粋な心を踏みにじるようで、少し良心が咎める思いをしながら。
「えっと、このラグオル地下に生息するモンスターのことを調べるお仕事なんですけどもぉ・・・」
「あなたのマスターに頼まれた仕事?」
「はい! 博士から頼まれた大事なお仕事なんですぅ」

 少しずつ、真相へ近づくよう質問を誘導していく。尋問を尋問と悟られないための手段としては定石だが・・・。
「そうだ、急がないとぉ。シモンズさんには、お仕事を終えてから帰りますって伝えてください。それではぁ、失礼します」
 エルノアには通用しなかった。口調は間延びしているものの、行動は実に素早く、ESが制止しようとするよりも早く立ち去ってしまった。もちろんESの思惑を感じ取っての行動ではない。彼女の「天然」な性格がそうさせただけなのだ。
「本当に相変わらずね・・・まぁ仕事は完了したんだから良しとしますか」
 取り残された形になってしまったESは、帰り道を造りながら呟いた。
「それにしても・・・」
 軍が何を調べようとしていたのかは判らなかったが、ESにとってショッキングな事実が一つ、判明した。
 エルノアが軍のアンドロイドだったという事実が。

「次はホワイトルシアンを貰える? マスター」
「そこまでしかおごらんからな」

 報告と、BAZZへの「罰」を兼ね、メンバーと彼女の仲間達はバーに集まっていた。
「軍が何を調べようとしていたかは判らないとしても・・・あの掃討作戦が第一階層だけだったのは、下で行われるその調査を知られたくなかったから、というのは推測できるな」
 レオから依頼され行った作戦は、どうやら研究班を連れて行くのが目的だったらしい。そうBAZZは結論付け、メンバーはそれに同意した。
「あのシモンズとかいう助手の口振りから・・・連中も洞窟の化け物を把握しきれていないみたいね。ということは、レオからもらったパイオニア1のデータに、不足はなかったという事か・・・」
 軍と政府に対して不信感を持つレオではあるが、彼は同時に政府の高官でもある。彼から得られるデータがその全てではないという可能性も十分ありえるのだ。
「レオ隊長はそんな人じゃないですよ」
 と、彼を盲信するメンバーもいるが、彼女以外は少なくとも100%信用はしていない。親友であるBAZZですら。
「ともかく、アリシアが頼ったモームという博士が、何処までやってくれるかが勝負ね。まぁ設備と規模を考えれば向こうにはかなわないだろうけど・・・」
 それでも、他に新たな情報を得られる機会がないのであれば、例えかなわなくとも、出来る限りの情報をモーム博士が引き出してくれる事を願うしかない。
「ねぇお兄ちゃぁ〜ん、飲んでる?」
「おいアナ、お前酔っぱらってるのか?」
「えぇ? 酔ってないよぉ。オレンジジュースで酔っぱらうわけないじゃぁ〜ん!」

 シリアスなムードを、ES達の後方で騒ぐZER0達がぶち壊していた。
「あいつらは・・・」
 酔うという感覚を理解できないBAZZにとって、ZER0達のバカ騒ぎは騒がしいだけに過ぎない。
「まぁ良いじゃないの。どうせこれ以上考えても、答えはもう出ないわ」
 カクテルを飲みながら、ESはBAZZをなだめた。
「今日は色々とあったしね。たまには羽根を伸ばしても、ね」
 ジタバタしても、事は進展しない。ならば今は、休息の時だろう。休める時に休み、楽しめる時に楽しむ。それも一流のハンターとしての仕事。
「おいノル! お前何を飲ませた!」
「あら? 軟派師ともあろう人が、レディーキラーも知らないの?」
「レディーだってぇ。ねぇ、お兄ちゃん。私レディーだってぇ!」
「子供に飲ませるなよこんなもの・・・」

「アナ子供じゃないもん! レディーだよぉ〜!」
 ハンター達の「仕事」は、まだまだこれからだ・・・。

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