novel

No.10 セントラルドームの炎渦

 本来無くてはならない仕事ながら、「繁盛」する事があまり好ましくない仕事という物がある。
 例えば警察機構。犯罪撲滅の為にはなくてはならない組織ながら、「繁盛」していると言う事は、そのまま犯罪が多発しているという事に繋がる。
 そんな「繁盛」してはならない店、武器屋が、今繁盛してしまっている。
 ハンターズの仕事に「ラグオルの探査」が加わってからというもの、武器屋は急速に供給を伸ばした。
 狂暴な原生生物を駆除する為に買い求める者もあれば、その原生生物が落とした武器を売りつけ儲ける者もいる。どちらにせよ、今武器屋の繁盛ぶりはすさまじいものがある。
「やっぱり高いなぁ・・・」
 そんな武器屋のショーケースの中を覗きながら、新米ハンターが一人ぼやく。
「ヴィスク235W・・・ヴァリスタ・・・あ、こっちはヴァイス社のM&A60だ・・・どれもみんな高いなぁ・・・」
 高額な武器を見ては、溜息をつく。
 彼女・・・ハンターとしても、そして本来所属している軍の隊員としても新米であるレイマールのDOMINOは、ショーケースの中にある武器につけられた値札を見ては、自分の財布の中身がその値札に桁が2つも足りていない事に愕然とする。
「はぁ・・・そりゃまぁ、買えたからって私が使いこなせるかどうかはわからないけどさ・・・やっぱり伝説とまで言われる最高級品はみんな違うわねぇ」
 そして溜息をもう1つ。
「折角支給品みたいな安物を無理に使わないで、あこがれの武器を使えると思ったのになぁ・・・考えが甘かったわ。まさかこんなに高いなんて・・・」
 軍ならば、隊員には最低限の武器が支給される変わりに、上官にでもならない限り武器の選択権はない。だがハンターの場合は、武器は自分で自由に選べる変わりに、原則的に武器から回復材に至るまで、全て自分で補充する必要がある。だからこそ高額な依頼料を得る事が出来るのだが、ゼロからスタートする新米にとっては、依頼料を受け取る前に必要経費で破綻してしまいかねない。
「せめてスナイパーかオートガンは欲しいけど・・・まさかそれも買えないなんてねぇ・・・これだからハンターは・・・・・・」
 ポピュラーな武器にすら手が届かない。そのイライラが本来責任のないハンターへと向けられる。
「一人ぶつぶつ何を言っている・・・他の客が気味悪がってるぞ」
 長時間独り言を呟く女性を、他の客は少し離れて見ていた。その様子が気になって様子を見に来たレイキャストは、その中心が自分の部下であることに恥ずかしさを覚えつつ、放っておく事も出来ず声をかけた。
「あ、隊長」
 そんな自分の上司の心情を知ってか知らずか、我に返った新米は情景反射で敬礼の姿勢をとる。
「・・・だから敬礼は止めろと言ってるだろ・・・」
 そうでなくても彼女は目立っていた。そこへ図体のでかいレイキャストが近づけばさらに目立ち・・・「ハンターのくせに」敬礼なぞしようものなら、回りから失笑を買うのは当然といえる。唯一の救いは、レイキャストであるが故に表情が変わる事も赤面する事もないところか。もっとも彼の心情は恥ずかしさでいっぱいなのだが。
「失礼しました・・・」
 今度は敬礼する事はないものの、回りの客の反応に、やっと自分の置かれた状況を理解し、上司に代わって赤面し始めた。
「それと、隊長と呼ぶのも止めろと言っただろ」
 彼女の本当の隊長は所属している軍の分隊にいる。また彼女が潜伏させてもらっているダークサーティーンの隊長はESである。つまり目の前のレイキャストは直接の隊長でも仮初めの隊長でもない。
「は・・・しかし私の直接の隊長は、今はBAZZ隊長ですから・・・」
 元々ハンター嫌いのDOMINOにとって、ハンターであるESを隊長と呼ぶのには抵抗があった。また彼女の直接の身請け人は元軍人のBAZZである以上、彼女にとってはBAZZが隊長なのだ。
「大体いい加減その軍隊口調は・・・まぁいい。それより、何をしていたんだ?」
 軍人気質の抜けない彼女を注意している自分が、軍人上官のように厳しい口調になっているのに気が付いてか、気付かれぬように話題を本来の筋へと戻した。
「は。武器を見ておりました。折角自由に武器を選択できる権利を得ましたので、精度の良い武器を手に入れようと思い立ったのですが・・・」
 軍資金が足りなすぎる。そこは少し恥ずかしく思ったのか、言葉を濁した。
「気持ちはわかるが、だからといってディスプレイを覗いては独り言を言うのは関心せんな」
 上官の注意に、顔から火が出そうな勢いで、再度赤面する。
「ヴィスク235Wにヴァリスタか・・・まぁ憧れるのはわかるが、資金以前に、今のお前の力量では扱える代物ではないぞ」
 わかってはいたことだが、人から指摘されると悔しさがこみ上げてくる。それもかの英雄「機神」に言われればなおさらだ。
「・・・・・・悔しいと思う気持ちは大事だぞ。それをバネに精進しろ」
 堅く大きい手が、DOMINOの頭をポンと軽く叩く。頭を包み込みそうなほど大きなその手は、言葉の厳しさとは裏腹に、彼女の心を暖かく包んでくれるように優しかった。
「ついてこい。ヴァリスタは無理だが、今のお前にあった武器を選んでやる」
 スポンサーはそう言いながら、店のカウンターに向かっていった。

「今うちの店にある物だと・・・これなんかいかがでしょうか?」
 そう言いながら、カウンターの上にショット系としては高性能な部類に入るランチャーを置いた。
「こいつにはブリサードのエレメントが付いてますから、援護用には最適でしょう」
 主人が薦めたランチャーを、まずBAZZが持ち上げ、感触を確かめた。
 武器にはエレメントと呼ばれる特殊攻撃ができる物が付随している場合がある。主人の言うブリザードというエレメントは、エネミーを凍らせる事が出来る特殊攻撃が可能なエレメントで、凍結攻撃のエレメントの中では一番性能が高く、凍結確率が高い。相手が凍る、つまり動きを封じる事が出来れば、これほど強力な援助もないのは確かだ。
「少し重いな。ショットとは言え・・・お前にはちょっと照準を合わせるだけで苦労しそうだな」
 確認の為に、DOMINOにも持たせてみる。
 ショットは5発のフォトン弾を同時に発射する武器で、複数の敵を同時に攻撃できるだけでなく、ある程度照準がずれても、5発の内どれかが当たる可能性があれば援護としては最適となるだろう。
「・・・残念ですが、そのようですね。私にはまだ使いこなせそうにありません」
 本当は是非使いたい。だが、力量に合わない武器を使えば、攻撃を当てる事も出来ない。新米とは言え軍出身の彼女は、自分の力量を見誤る事はない。
 5発の弾が敵に向かったとしても、寸でかわされMISSとなる事もあり得る。この武器ではおそらくMISSを連発するだろうと、DOMINOは判断したのだ。
「そうですかい・・・いや実はね、そいつヒット修正がマイナスなんですわ。レンジャーさんならカバーできると思ったんですがねぇ」
 研究が完全でないフォトンを利用した武器は、制作者ですらわからない付加価値が付く事がある。実はエレメントはそういった偶然で生まれる付加価値であり、この他に特定のフォトン・・・これを属性と呼ぶが・・・これをまとうエネミーに対してのみ強力になるといった付加価値や、命中率が上がると言った付加価値も存在する。
 だが、これらはあくまで偶然に付随する物であり、狙って制作は出来ない上に、マイナス要素として働いてしまう場合がある。店の主人が仕舞い込んだ今のランチャーの場合、ブリザードという強力なエレメントが付随した代わりに、命中率が低下すると言ったマイナス要因を背負っていたのだ。
「鑑定士にはエレメントの方を重視してくれるように言ってありますからねぇ、うちの武器は」
 フォトンがどんなエレメントや属性を持ったかは、制作者にはわからない。そこで専門の鑑定士が武器を1つ1つ鑑定して、その効果を引き出すのだ。鑑定士が鑑定しなければどんなエレメントが付随しているかがわからない為、特殊攻撃を使用する事は出来ない。また属性やヒット修正にしても同様で、こちらは鑑定しなくてもある程度効果を発揮するが、鑑定によってはさらに高い付加価値を持たせる事も出来るのだ。
 ただし、その逆もある。
 鑑定、とは言え、実のところ物を見極める鑑定というよりは、隠された力を引き出す錬金術師的な意味合いの方が強い。そのため、鑑定結果は行う度に変わってしまう。例えば今の武器の場合、エレメントを重視した鑑定結果を求めた為、ヒット修正がマイナスになってしまっても気にせずに鑑定を終了してしまったのだ。
「ヒット修正がプラスの奴はあるか? エレメントは付いて無くてかまわん」
「あぁ、それでしたらとっておきの掘り出し物がありますぜ」

 ランダムに付くエレメントやフォトン属性。まさにこれらの武器は「掘り出し物」と呼ぶにふさわしいかも知れない。
「こいつはすごいですぜぇ。なんせヒット修正がプラス45。よその店にゃ、こんな武器は滅多に見られませんぜ!」
 自慢げに主人が取り出したランチャーを、今度は直接DOMINOが受け取り感触を確かめる。
「・・・これなら行けそうです」
 腰に安全装置をかけたランチャーを構えながら、店のあちこちの物に照準を合わせていた。
「うむ・・・ならショットはこれをもらおう。次は・・・」
 PiPi
 DOMINOの為に次の買い物を済ませようとしたところで、BAZZのBEEにメールが送信された。
「・・・買い物は中断だ。至急ギルドに行くぞ。親父、勘定はあとで済ませる。つけといてくれ」
 メールの内容を確認したBAZZは、用件だけを自分の部下と店の主人に告げると、店を出ていってしまった。
「いいよ、お嬢ちゃん。旦那には世話になってるし信用してるからさ。それを持って早く追いかけな」
 勘定を済ませないまま武器を持ち出して行ってしまって良いものかどうか、そんな事を思案していたDOMINOを見かねて、店の主人が声をかけた。
 真新しい武器を片手に、レイマールは一礼して隊長を追った。

「よく来てくれたわね、BAZZ,DOMINO。私は、総督府保安部のクリス・バートン」
 至急ギルドに駆けつけた二人を待っていた女性は、二人を見かけるなり挨拶と自己紹介を始めた。
「早速で悪いけど・・・今から話す事は、総督府からの緊急依頼になります・・・心して聞いて」
 緊急依頼。それも総督府から。このことがどれだけの重みがあるのかは、二人は十分理解していた。言われずとも、一字一句聞き逃さないよう静寂、次の言葉を待っていた。
「現在、ラグオルの森林地帯で大規模な火災が発生しています・・・が、原因はまだ掴めていません」
 謎の大爆発が起こったラグオルだ。謎の森林火災が起こっても不思議ではないが・・・原因不明の火災と言われれば、やはり不安に感じずにはいられないだろう。DOMINOは無意識に生唾を飲んでいた。
「あなた達は森林地帯へ急行し、逃げ遅れた人々の救助、および火災消化に当たってください。現在森林地帯には9〜10名の被災者がいることが確認されています」
 依頼内容と状況説明をテキパキと告げる。端的な説明ではあるが、その内容は事が緊迫した事態である事を告げていた。
「任務内容は了解した。しかし我々は消火用に設備を持ち追わせていないが?」
 事の大きさに飲まれ気味になっているDOMINOとは違い、BAZZは冷静に、状況に合わせた自分達の状態を確認し告げる。
「消火用設備はこちらで用意してあります」
 当然来るであろうと予測していた質問に、準備していた2つの輪っか型装置を取り出し、二人に手渡した。
「その特殊装置を銃口にセットしてください。装置を通してフォトンに消火用エレメントを付随させます。ただし武器としての威力は激減しますから、エネミーが出た際には十分注意してください」
「そうか・・・ちょうど良い。DOMINO、先ほど買ったランチャーにそれを付けろ」
「Roger!」

 DOMINOはすぐさま装置をランチャーの銃口にセットした。同じようにBAZZは自分のショット、ファイナルインパクトに装置を取り付ける。
「さすが機神・・・使用する武器も一流ね」
 任務を忘れ、思わず感心してしまう。見とれてしまうほどに、BAZZの武器は非常にレアな一品なのだ。
「褒めてもらえて光栄だが、任務を優先しよう。通信手段はBEEを利用するのか?」
 BAZZに指摘されて、クリスはあわてて任務へと戻る。咳払いを一つしながら。
「通信はこちらのナビツールをBEEに接続して利用してください。常に私との連絡が取れるだけでなく、BEEのレーダーを利用して指示が送れるようになります」
 渡されたナビツールを各々BEE端末に接続。クリス側の端末へ繋がる事をその場で確認し、クリスも同じように接続確認を行う。
「また救助の際には、このツールで被災者の座標をセットしてください。こちらの座標とリンクして転送救助をを行いますので」
 本来ならリューカーやテレパイプといった転送方法があるのだが、従来のものでは転送先が従来利用しているテレポーターへと繋がってしまう。急患である被災者もいる事を考えれば、直接病院へ転送できた方が効率が良い。このツールを利用しての転送救助にはそういった意味も含まれている。
「なお、先ほども通達したとおり、現状何故火災が発生したのかが判明していません。よって被害を拡大させる危険性があるテクニックの使用を禁止します」
 火をおこすフォイエなどはもちろんだが、そのフォイエの元となるテクニックポイント・・・精神力は、凍らせるバータも回復させるレスタも同じものなのだ。もし火災がフォイエなどのテクニックの暴走からなる物だとすれば、テクニックの使用が火災の被害を拡大する可能性もありえる。
 もちろん可能性の1つでしかないが、被害拡大は絶対に許されない。小さな可能性も1つずつ潰していく必要がある。たとえ救済者が危険にさらされても。
「以上です。健闘を祈ります」
 保安部の一人として、敬意と感謝を込め敬礼をする。
 二人はそれにならい、ハンターとして敬礼を返した。

 森林火災は、燃え広がると手が付けられなくなる。なにぶん、火災の燃料となる「木」が大量にそこにあるのだから。
 だが、ここは人の手が加えられ管理された森林。万が一に備えての防衛システムが導入されている。異常な熱量を感じ取り、各所の防犯システムが作動していた。火災の被害は大きいが、なんとか燃え広がることを防いでいるようだ。
 そして図らずも、「火」ではない他のものをも隔離してしまっている。
「現在森林地帯に設置された防衛システムが作動し、各ブロックごとにドアがロックされてしまっています。またラグオルのメインコンピュータが使えない状況のため、ドアのロック解除は各ブロックごとの火災を完全消去しなければなりません。人命救助を行うには、まず消火を優先してください」
 ラグオルに降り立ったところで、早速ナビツールを通じてクリスの指示が送られてきた。
 防衛システムは、あくまで火災の拡大を防ぐ為だけに起動した。そのため、被災者はロックされたドアに阻まれ逃げ遅れたのだ。
「了解した。このブロックに被災者は何人いる?」
「3人です。消火を急ぎつつ、救助をお願いします」

 通信を終え、二人は消火装置を取り付けたショットを構えた。
「DOMINO。お前は消火だけに専念しろ。エネミーが出現した場合、駆除は俺が行う」
「Roger!」
 腰の位置にショットを構え、両足を前後にしっかりと開き踏ん張れる体制を整える。
 Boooooom!!
 5発のフォトン弾が、各々炎に飛び込んでいく。消火用の銃にショットを選んだのは、広範囲に消火が可能だという利点を考慮しての選択だ。辺り一面に炎が広がっているこの状況では、たしかにショットを選択した事に誤りはなかったようだ。
「さすがに反動がきつい・・・」
 ショットは同時に5発もの弾を発射するだけに、発射した際に生じる反動は他の銃に比べて非常に大きい。身体が後ろへと飛ばされそうになるのをなんとか耐えるだけでも精一杯になりそうで、照準を合わせることが非常に難しい。普通のハンドガンですら、女性なら1発撃つだけで手が痺れ、反動で転倒してしまうだろう。
 しかしそこは軍で訓練を積んだレイマール。ここまで威力のあるショットを扱うのは初めてだが、腕を使ってうまく反動を上へ逃がすように、発射後少しショットを上へ傾け、威力を分散し転倒を避けている。また腰を中心に全身でショットを支える事によって、反動による照準のズレも防いでいる。もちろん、彼女の使用しているランチャーにはヒット補正が付随している為、照準を外す事がないと言うのもあるのだが。
「隊長、被災者を発見しました! 直ちに救助に向かいます!」
 ショットの扱いと、衰えを知らぬかのように燃えさかる炎に四苦八苦するなか、DOMINOは最初の被災者を発見した。
 消火を中断し、倒れ込んでいる被災者を救出しようと駆け出そうとする。
「まて! 消火が先だ! 炎の中では何があるかわからん。焦らず確実に救出するんだ!」
 人命救助はもっとも優先すべき事柄だ。だが闇雲に救助に向かえば、救済者まで危険にさらされるだけでなく、被災者をさらに危険な状況に追い込む事になりかねない。
 頭ではわかっているが、目の前で人が倒れているのを見ながらの消火は、気持ちばかりが焦ってしまい手元が狂いそうになる。
 常に冷静であれ。
 今回に限った事ではないが、ハンターであれ軍人であれ、冷静さを保つ事は一番に要求される事であるにもかかわらず、非常に難しいものだ。
 BAZZは常に冷静だ。
 それは彼がアンドロイドだから・・・ということもあるのだろうが、踏んできた場数の差もあるのだろう。冷静でなければ状況判断は出来ないが、冷静だからと言って適切な状況判断が出来るというものでもない。そこはやはり、経験がものを言うのだ。
 ではDOMINOはどうだろうか?
 彼女はあまりにも経験が足りない。ハンターとしてはこれで2度目の出動。軍人としても数えるほどしか出動経験がない。しかし訓練は嫌と言うほど積んでいた。常に冷静にはなれないし、的確な判断が出来るわけでもない。しかしそれでも、一度「指示」という冷水をかけられればすぐに冷静になれる。これもまた、訓練という名の経験を積み重ねた賜物だろう。
「よし、だいぶ鎮火してきた。すぐに救出へ向かえ!」
「Roger!」
 駆け出しながらショットを背中に背負う。どちらかと言えば細身の女性であるにもかかわらず、重いショットを背負い直しながら駆け出すなどといった行動をスムーズに行えるのも、やはり訓練の成果なのだろう。もっとも、見た目とは裏腹にそれなりに筋肉がしっかりと付いている事もあるのだろうが。
「大丈夫ですか!」
 呼吸しやすいように仰向けに姿勢を正させ、強く肩を叩き声をかける。肩を叩くのは脳しんとうなど頭にダメージが行っている場合を考慮して、頭を揺らさないように起こすための処置。
 これらは救命の基本だ。DOMINOはこういった訓練も受けており、きちんとその成果を発揮しているのだ。
「くっ・・・助かっ・・・た・・・のか・・・・・・」
「もう大丈夫ですよ」

 一人の命を救う事が出来た。その安堵と喜びが自然と笑顔を造り出す。被災者にとってその笑顔は、まさに救いの天使に見えただろう。
「こちらDOMINO。被災者を一人発見,救助。座標のセット完了しました」
「了解。座標確認。ただちに転送します」

 程なくして、被災者の身体が転送によってかき消されていく。その様子を最期まで見届けたDOMINOは、ほっと安堵の溜息をついた。
「ぼさっとするな! まだ消火も救助も終わってないのだぞ!」
「!・・・Roger!」

 1つ1つが訓練の成果を発揮しているとはいえ、やはりまだまだ半人前。その1つ1つの動作を機敏に切り替える事が出来ないでいる。
 ショットを構え直し、再び消火活動へと気持ちと行動を切り替えた。

 消火は困難を極めた。
 防衛システムによって区切られた事により、火の広がりは防いでいるものの、二人だけで消火するには広すぎる。
 増援がない訳ではない。むろん保安部隊も軍も、消火活動に当たっている。
 ただ、その増援部隊は二人とは別のブロックを消火している最中で、向こうにしても人手不足なのだ。消火救援部隊はまさに、みな鎮火に「手を焼いている」最中なのだ。
 人手が足りないからハンターズに依頼したのだ。これ以上の増援はもう期待できない。ここはなんとか二人で乗り切る他無い。
「こちらクリス。そのブロックは全て鎮火,救助を終了した模様です。次のブロックへ移動お願いします」
「了解」

 二人だけだろうが何だろうが、少しでも早く消火と救助を遂行しなければならない。彼らは急いで次のブロックへと駆け出していった。

「こんな時に・・・」
 むしろこんな時だからなのだろうか。駆け込んだ次のブロックでは、大量のエネミーが二人の行方を阻んだ。
 いつにも増して、彼らは凶暴に猛攻撃をかけてきた。おそらくは火に脅えているのだろう。
「やむをえん。ショットで消火と同時にエネミーを撃退しろ。威力が低下しているから気を付けろよ」
 これまでにも、エネミーは彼らを襲ってきた。ただその際は、消火をDOMINOが、エネミー撃退をBAZZが担当し、効率よく対処してきた。しかしここまで敵が多く出てきては、分担していては余計にまごついてしまう。
 Boooooooom!!
 二人のショット弾が、敵に炎に、あらゆるものをロックオンし発射される。だが、消火も駆除も思うように進まない。
「手数で勝負するしかないな」
 BAZZは敵を引きつけ、フリーズトラップを設置する。
 Kkkkkkkesh!
 トラップはテクニックではない。だがテクニック以上の効果を発揮することができる。
 フリーズトラップによって消火を行う事は出来ないが、エネミーだけを凍らせる事が出来る。それも範囲内の敵全てを。火の手がすぐ側にあるというのに。
 Boooooooom!!
 二人のショットが何度もうなる。敵を足止めした上で、何度もショット弾を打ち込み消火と駆除を手早くすませようという作戦だ。
 この作戦は非常に効率的だった。連発できないショットでは、敵の攻撃をかいくぐりながら打ち込み続けるには非常に困難だが、敵が止まっていてくれるのなら、腰を据えて打ち込み続けられる。
 そして、敵は凍り付いたまま倒れ込む。自分が絶命した事など感じぬままに。
「よし、次の敵が出る前に消火を急げ!」
 その場を動くことなく、作業は消火へと移行していた。

「ごほっ・・・助かったわBAZZ・・・ごほっ」
 セントラルドームのすぐわきで炎に囲まれていたフォースが礼を述べる。大量に煙を吸い込んだ為か、何度も咳き込んむ姿は見ていて痛々しい。
「気にするなナジャ。それより早くパイオニア2へ戻れ。肺をやられている可能性がある」
 言いながら座標をセットし、DOMINOにクリスへの連絡を取らせた。
「気を付け・・・ごほっ・・・ヒルデベ・・・ごほっ」
「何?」

 言い終わらぬ内に、ハンター仲間はパイオニア2へと転送されていった。
「隊長。消火および救助は全て完了したと保安部から連絡がありました」
 依頼終了を、部下が隊長に告げる。達成感に包まれた晴れやかな顔をするDOMINOに対して、BAZZは見た目こそ常に表情は変わらないが、心中はとても任務終了を喜ぶ気分にはなれなかった。
(ヒルデベアだと?)
 最後の被災者が残した言葉が引っかかり、BAZZに任務終了という達成感を味合わせてくれない。
(そういえば・・・任務中、奴らは一度も姿を見せなかったな・・・)
 火事でパニックに陥った原生動物達は、たびたび彼らの消火活動を邪魔しに現れた。だがその中に、この森の王者とも言うべき彼らヒルデベアは一度たりとも現れてはいなかった。
「・・・隊長?」
 報告義務をすませても返事がこない。表情からは心情を読みとれないDOMINOは、この時初めてBAZZが考え込んでいるのに気が付いた。
「あぁすまない・・・よし、我々もパイオニア2へ戻るぞ」
 言いながら、テレパイプで帰路を造り出す。
(このままでは終わりそうにないな・・・)
 悪い予感というものは当たって欲しくないものだが、えてしてこういう時ほど当たってしまうものだ。

「二人とも申し訳ないけれど・・・」
 やはり的中してしまった。
 クリスへ任務終了報告をしにギルドまで来たものの、こちらからの報告を待たずに、クリスからまた緊急事態が言い渡された。
「あなた達の帰還途中に、またセントラルドーム付近で火災が発生したようなの」
 消火は完治していたが、発火原因は不明なままだった。その発火原因が、また新たな火災を生み出したようだ。
「近くにいた保安部隊を急行させたけど、連絡が途絶えてしまって・・・」
「連絡が途絶えただと?」

 出火してすぐに駆けつけたのならば、おそらくは出火原因となった「何か」に遭遇した可能性が高い。
「火災の原因が、かなり危険なものである事は間違いない・・・」
 BAZZの危惧を、クリスが口にした。
 ただの火元なら消火すればすむ。だが、消火に当たろうとして連絡が途絶えたとなれば・・・何にせよ、かなり危険なものに間違いはなさそうだ。
「BAZZ,DOMINO。危険を承知で、また依頼するのは心苦しいけど・・・」
「皆まで言うな。行くぞDOMINO」
「Roger!」

 彼らの任務はまだ終わらない。彼らは再びテレポーターへと消えていった。

 再調査に消火任務は加わっていなかった。
 全ての森林地帯の消火が終了していることで、保安部の者は消火に、BAZZ達は出火原因の究明に専念することが出来た。
「原因を知る為にも、連絡の途絶えた保安部の連中を捜すところから始める必要があるな」
 保安部との連絡が途絶えた。その状況から出火元はかなり危険なものと判断できる。現状ではこれしか情報がないのだ。となれば、真相を知っているだろう保安部を探し出し、情報を得るしかない。
 しかし、情報は意外な・・・いや、よく考えれば当然といえる所から、唐突に寄せられた。
「はい、こちらDOMINO」
 保安部のナビツールから連絡が入った。だが、連絡を入れてきたのはクリスではなかった。
「ハンターのボガードだ。先ほどは救助してもらって助かった。ありがとう」
 被災者から謝礼の言葉が通信されてきたのだ。それも保安部のナビツールを通じて。つまりはこれだけの為の通信ではないことは安易に予想される。
「気を付けてくれ・・・その森には、まだ強力な原生生物が潜んでいるはずだ」
 出火元によって危険にさらされたのは、なにも保安部の者たちだけではない。被災者も出火元に詳しい情報を持っているはずだった。もっとも、彼らは急患の身であり、すぐに情報を引き出せる状況には無いはずだった。だが事が事だけに、クリスが比較的軽傷の者を選び、情報提供をするよう呼びかけたのだろう。
「強力な原生生物だと?それはもしや・・・」
 BAZZが自分の推理を披露する暇はなかった。
 Doom!
「うわぁぁ! 助けてくれぇ!」
 地響き。そして悲鳴。
「DOMINO!」
「Roger!」
 貴重な情報収集を中断し、地響きと悲鳴の元へと駆けつける。
 予測していた事だが、現場に駆けつけた事で情報収集の必要は無くなった。
「やはり・・・」
 そこには、強力な原生生物・・・ヒルデベアが4匹、待ちかまえていた。
 だがこのヒルデベアは、彼らの知る森の王者とは明らかに異なっていた。
 様子が尋常ではない。
 目は怒りに燃え、咆哮を繰り返す口元は大量の唾液にまみれている。
 狂っている。そう表現するのがもっとも的確だろう。
「奴ら、ワシを狙っておるぅ! 助けてくれ!!」
 確かに、哮狂う怒号と、威圧し震え上がらせる視線は、二人に助けを求めてきた男に向けられていた。
「テクニックは使用してかまわん。その男を保護しろ!」
 指示を出しながら、消火用装置をショットから手早く取り外す。
 DOMINOは男を強引に引っ張り、自分達の後ろへと投げ捨てるようにまわす。
「It’sClobberin’Time!(めった打ちにしてやるぜ!)」
 それが戦闘開始の合図となった。
 足止めの為にフリーズトラップを設置するBAZZ。だが、それが作動するよりも早く、怒り狂う王者はその怒りを形にしたような、巨大な火の弾を口からはき出した。
「ぐっ!」
 王者の攻撃は、BAZZの予測を遙かに上回っていた。全身をグローブにしたかのように、火の弾をまともに食らい、身体を折り曲げながら転倒してしまった。
 だが、それがほんの少しだけ幸いした。
 別のピッチャーが投げた火の弾は、転倒したキャッチャーに受け止められることなく、地面をえぐるように着弾した。転倒した事によって2発の弾を受け止める事は避けられたのだ。
 そしてその火の弾は、地面に生えていた芝生を一気に燃え上がらせ、「火」から「炎」へと変貌していった。
(これか・・・火元は)
 強烈な一撃に意識を飛ばされそうになりながらも、火災原因を突き止める事が出来た。むろん、それを喜んでいる暇など無い。
 たしかにヒルデベアは、今目の前にいる尋常でない連中でなくとも、火の弾を吐くといった攻撃を仕掛けてくる。だが、その威力はここまですさまじいものではなく、ましてや自分達の住処である森を全て焼き払ってしまいかねない暴挙に出るはずもない。
「隊長!」
 男をかばいながら、ようやく消火装置を取り外したDOMINOが加勢する。
 Boom!!
 Kkkkkkkesh!

 転倒する前にBAZZが設置したフリーズトラップに着弾させ、作動させる。
「助かる、DOMINO」
 部下の加勢で作動したフリーズトラップのおかげで、立ち上がり体勢を整えるだけの時間は稼げた。
「奴らが解凍したら速攻で撃ち続けろ!」
「Roger!」
 そして、その時は程なくしてやって来た。
 GRAAAAAAA!!!
 目覚めると同時に、怒りの咆哮を天高く響かせる。
「Attack!」
 咆哮と号令が合図となった。
 DOMINOよりも早く、フリーズトラップを投げ上げる。
 そしてそれをDOMINOが打ち抜く。
 刹那、怒り狂う4つの氷像が出来上がる。
 容赦なくショットを打ち込み続けるDOMINO
 そして、氷像を彼女と挟むような位置へと駆けつける。大量のダメージトラップをばらまきながら。
 トラップをショットの弾丸が次々と貫く。
 まるで爆音を足音にでもしているかのように、BAZZの後方で次々とトラップによる爆破が巻き起こる。
 BAZZが所定の位置に着き、ショットを撃つ頃には、芸術品は息を吹き返していた。
 しかし、その息はもはや虫の息。
 前後から迫り来る弾丸を避ける術など無く、まもなく狂った王者達の口からは、怒号も火の弾も、そして息も、吐き出される事はなかった。
「良くやった、DOMINO」
「は! ありがとうございます!」

 隊長に褒められたうれしさか、思わず癖になってしまっている敬礼をしてしまった。それに気付いたDOMINOは、しまったという顔つきで、おずおずと手を下げる。だが、それを隊長は怒ることなく、ポンポンと軽く頭を叩いて許してやった。
「さて・・・話してもらおうか。よもや被災者だなんて言ってくれるなよ?」
 銃口を、腰を抜かし倒れ込んでいる男へ向け、脅しをかける。
「・・・・・・ワシの名はドクターD。生物遺伝子研究所の者だよ・・・」
 自分の罪を悔い改め、神へと懺悔するかのように、ぽつぽつと男は語り始めた。
「クックッ・・・ざまあなかろう・・・」
 前言を修正しよう。彼の言葉に、神への懺悔といった神聖な意味は含まれていそうにない。
「この実験で、生物のさらなる進化,操作が可能になるはずだった」
 額に手を当て、悔しがるように独白は続く。
「あの原生生物を実験体として新薬を注入したが・・・結果、あの原生生物は狂暴化し、森を焼いただけだった・・・」
 これだけの惨事を、「森を焼いただけ」と言い切り捨てる。
「生き物をモノのように扱っていた報いかの・・・」
 罪を悔いている。台詞だけならば。だが、男の懺悔に、誠意など感じられるはずもなかった。あるのは、実験を失敗した自分への後悔。
「あなたは・・・自分がやってきた事をなんだと思っているの!」
 たまらず、DOMINOが狂った科学者を一喝した。だが、遺伝子の探求者は、そんな彼女を
「我々には、退く術も進む術もないのだよ」
 と、吐き捨てるように言い、失笑した。
「・・・ドクターD。総督府保安部の代行として、貴様を連行する」
 こうして、一連の事件は解決した。
 言いようのない怒りを残したまま。

「保安部の話では、生物遺伝子研究所の家宅捜査を行うとの事だ。まぁ、どこまで真相を追求できるかはわからんが・・・」
 クリスへ任務終了報告とドクターDの身柄引き渡しが終り、数刻後。彼らの本当の隊長であるESへの報告の為、カフェでダークサーティーンのメンバーと、いつもの付録と落ち合っていた。
 そしてこの席には、他にも二人の女性が同席していた。
「・・・・・・・・・」
 一人は、肩を怒りと悲しみに震わせながら、BAZZの報告を聞いていた。
「その新薬に・・・私の研究成果も生かされたのでしょうね・・・・・・」
 元生物遺伝子研究所の所員、アリシアは、動物達の保護を目的に研究を続けていた。その研究成果を元にした新薬で、保護すべき動物達を苦しめてしまった。もちろん彼女に何の罪もないが、間接的に荷担してしまったという意識が強く彼女の心を締め付けた。
 そんなアリシアの肩を、ESは黙って強く抱きしめた。
 全員、彼女になんと言葉をかけて良いかわからないでいた。
「・・・それよりさ、二人とも大活躍だったみたいじゃない! ここに来る前に被災者の人にインタビューしてきたんだけど、すこぶる評判だったわよぉ!」
 同席していたもう一人の女性、ノルが、話題を切り替えた。BAZZの話を記事にすべく打ち込んでいたノートパソコンを、ぱたんとわざと音を鳴らして閉じ、場の空気を和ませるように。
「評判ねぇ。そらま、命を救われたんだ。不満を言う奴ぁいないわな」
 BAZZが褒められるのはなんとなく面白くない。ZER0はいつも通り軽口を叩く。
「そうですよねぇ・・・感謝されて当然か。ちょっと褒められたからって浮かれてちゃダメですよね」
 DOMINOの少し落胆した言葉を聞き、ZER0はしまったとバツの悪そうな顔をした。評判はBAZZだけではなくDOMINOも含まれているのだ。BAZZをからかうつもりが、DOMINOを落ち込ませては、軟派師として手痛い失敗だ。
 DOMINOとアリシアを除いた面子が、ZER0を軽く睨みつけた。その視線は皆、「アホ」とZER0を避難していた。
「それがねぇ、一番評判良かったのって、DOMINOさんなのよっ!」
 うれしそうに、ノルは再びノートパソコンを開き、被災者のインタビューをまとめたメモを画面に表示させ、それをDOMINOに見せながら続けた。
「ほとんどの被災者がね、みんな口をそろえるように『救出してくれたレイマールの笑顔が印象的だった』って語ってるのよ。これってDOMINOさんの事よ?」
 言葉こそ色々だが、たしかにノルがまとめたメモは、ほとんどがDOMINOを称える感謝の言葉と、彼女の笑顔に救われたという熱烈なラブコールで埋まっていた。
「えっ、あっ、でも・・・私は消火やエネミー撃退は全然、隊長みたいにうまくないから・・・その、救出くらいしかやる事がなかっただけで・・・」
 あわてふためく彼女の、その初々しい反応が可笑しかったのか、落ち込み気味だったアリシアまでもがくすりと笑みをこぼした。
「何を言っている。被災者を安心させ、的確な救命処置をとる事は、消火よりも大切な事だぞ。これは無骨で無表情の俺にはできん事だ。お前は良くやった」
 ぽんと頭を軽く叩き、部下を褒め称える。それが火種となったか、DOMINOの顔はあの森林火災の炎よりも真っ赤になっていった。
「それでね・・・被災者がDOMINOさんをこんな風に呼んでいたりもしたからさ、今回の記事のタイトルはこんな感じにしてみたいんだけど、どうかな?」
 カタカタと、ノルは自分が考えた記事のタイトルをノートパソコンに打ち込み、皆に見せた。
 そのタイトルに、DOMINO以外のメンバーはみな大賛成であった。
 翌日、HONのトップは「バーニングレンジャー〜炎のAngel〜」という記事が飾っていた。

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