novel

No.1 開拓された未開の地(前編)

 惑星ラグオル。
 母星の衰えにより移民を余儀なくされた人々が選んだ、第二の故郷。
 大地は緑にあふれ、日の光が優しくあたりを包む。
 この自然豊かな惑星の一角。7年前に建設された人工的な建築物にほど近い森では、自然の静寂を突き破る物々しい音が響きわたっていた。
「でりゃっ!」
 Shwokkkk!
 セイバーで切り裂かれる原生生物。すさまじい断末魔の悲鳴を上げながら崩れ落ちていった。
「はぁはぁ・・・おいおい、どうなってんだよ。ラグオルにこんな凶暴なのがいるなんて話聞いてねぇぞ!」
 息絶えた獲物を後目に、ヒューマーが愚痴るようにこぼした。
「この程度で息をあげるなんてね。それでもハンター?」
 同じハンターであるハニュエールが悪態を付く。
「悪かったな・・・それより、マジどうなってんだよ。事前にパイオニア1からこんなのがいるなんて話は聞いてねぇぞ」
 話を切り替えることで自分への非難を軽く避ける。もっとも、この程度の悪態は日常のことである故に気になどしてはいないのだが、なによりも惑星に降り立つなり襲いかかってきた原生生物のことが気になって仕方がないのだ。
「確かに・・・セントラルドームからの報告には、凶暴な生物が存在は明記されていませんでしたわね。BAZZさん、データの照合をお願いできます?」
 丁寧な言葉ながらも、黒衣の魔術師は的確な指示を仲間に送る。
「すでに始めている・・・データ適合項目0件。類似項目1件・・・類似したデータによると、こいつはプーマと名付けられた大型アナグマの一種だ」
 アンドロイドらしい、淡々とした答えが返ってきた。
「類似?するとこいつはプーマってアナグマの新種か何かかい?」
 はじき出された答えにヒューマーは不満なのか、多少食ってかかるようにアンドロイドを問いつめる。
「いや、外見上の特徴や鳴き声などは全くデータと一致している。細胞レベルまで検査してみないとわからんが、データのプーマとこのアナグマは同一の種だと断定して間違いないだろう」
 彼のデータは、ハンターズギルドと交信を行い、ギルドのデータバンクから送信された物である。故にギルドの所持する、公開可能なデータはすべて知り得ることが出来る。加えて正確な計測も瞬時に行える頭脳をも持ち合わせているだめ、彼が検証して得た答えならばまず間違いはないだろう。
「では・・・何がデータと一致しなかったのですか?」
 間違いないと断言したとしても、あくまで「類似項目」から得た情報である。何が違うのか、そこは誰しもが気になる点である。
「データによると、このプーマを含めてラグオルの原生生物は比較的おとなしい性格のものが多い。人を襲うことは滅多にない・・・とある」
 あるとすれば、巣を暴かれるなどといった危険にさらされた時だけだ、とも付け加える。
「妙だな、その話。こいつらは間違いなく、俺達を襲いに自分から飛びかかってきたぜ。ここがこいつらの巣だとしても、俺達は近づいただけだぜ?」
「だから「類似データ」だと言ったんだ。だが、その点を除けば全く同じデータがそろった。こいつがプーマであることは間違いない」
 再度データ確認を行った上で断言する。
「突然狂暴化した・・・ということでしょうか? セントラルドームの爆発に怯え、生命危機を感じ取り狂暴化したとか・・・」
 データ照合がアンドロイドBAZZの役目なら、状況判断と推理推測は魔術師Mの役目。チームとして自然と決まった役割を、今回も彼らはスムーズに果たしている。チームメンバーでないハンターZER0は、さしずめ「いちゃもん係」といったところか。
「いや・・・突然変異が爆破を原因としたものとは考えにくいわね。BAZZ、爆破前のセントラルドームから、原生生物による被害報告とかが出てなかったか調べて」
 まとめ役であるリーダーESが、Mの推理を信じて行動に移すのが常であった。だが、今回は違った。
「OK、BOSS」
 リーダーの指示で、再びハンターズギルドのデータバンクから情報を検索し始める。
「・・・・・・・・・あった、パイオニア1にあるハンターズギルドからの報告に、原生生物による被害で生じたトラブルの解決依頼がある。依頼は未解決のまま・・・現在リコ=タイレルが調査中・・・となっている」
 やっぱりね。BAZZの報告に一人納得する。
 ESには確信があった。爆破前に届いた一通のメール・・・リコからのメッセージで。
 既に知り得ていた情報を、こうしてハンターズギルドのデータを検索させることで、個人的な情報ではない、もっと確実な公の情報でメンバーを納得させることが出来る。
 むろん、メンバーは・・・ZER0も含めて・・・ESとリコの関係をよく知っている。ESがリコから聞いたと言っても納得はしただろう。しかし、あまり個人的な話をしたがらない彼女は、あえてこういう手段を用いることもしばしばあった。
「つまり・・・狂暴化と爆破原因は無関係ってことか?」
 得た情報を短絡的に結びつけたがるZER0。
「いえ・・・そうとも限りませんよ。爆破原因の前兆として、彼らの狂暴化があったのかも知れません。どちらにせよ、今結論を出すには少々早過ぎますわね」
 それを冷静に分析するM。討論にすら成らない的確な答えに、ZER0は顔をしかめることしかできない。いや、単に難しいことを考えるのが苦手なだけなのだが。
「先を急ぐわよ。まだ調査を始めたばかりだからね」
 リーダーの指示で、人工的に区分けされた次のエリアへと歩を進めようとした。
「ん?」
 だが、その歩をリーダー自身が止めてしまった。エリアの出口近くでみつけた物に気を取られたために。
「これは・・・メッセージパック?」
 短時間だが音声と映像を記録できる装置。本来は調査過程で簡単な記録を残す際に用いる簡易記録媒体である。
 それが放置されている。
「まさか・・・」
 何者かが誤って落とした、と普通に考えればそう思うだろう。だがESは、故意に放置されたものと直感した。
 現在は通信手段としてBEEシステムが普及しているため、緊急時でのSOSなどもBEEシステムを通して行われることがほとんどである。だが、通信手段のないメッセージパックを連絡手段として活用する場合もある。遭難などの危険を予知した場合などがそれである。道しるべのためにパンくずをまいて歩くように、後に続く者へ自分の存在を示す。
 はやる気持ちが抑えられない。ESには珍しいことだが・・・それだけ動揺していた。パックのスイッチがなかなか入れられない。
 ようやくスイッチを入れ、メッセージが再生される。
 そこには、愛しい姿が映し出された。
「あたし リコ。ハンターのリコ=タイレル。 レッドリング・リコといえばわかるひともいるかしら?」
 やっと会えた。
 ESは一瞬目頭が熱くなりそうになる。
 だが、現実を思い出し、冷静さを取り戻した。
 これはメッセージパック。本物のリコではない。
「…これから メッセージをカプセルに残していくことにする。後に あたしに続いて来る者のために」
 そして、ES個人に向けられたメッセージでもないのだ。
 ダークサーティーンのリーダーとして完全に気持ちを切り替えたESは、これを冷静に受け入れ、耳を傾けた。
「今、これを 聞いてるなら判るわよね。この惑星「ラグオル」に何らかの異変が起きつつあるって」
 どうやら、メッセージはセントラルドーム爆破前のようだ。時期的に言えばESへBEEメッセージを送った後になるだろうか?そう思うとまた心がかき乱されそうになる。
「忠告しとくわ。気を抜かず、常に周囲に気を配ること。もし 生き抜くことを望むなら、ね」
 ここでメッセージが終わった。
 実にリコらしいメッセージ。
 自分に降りかかるであろう危険よりも、後に続いて危険に飛び込むであろう見知らぬ誰かに気を使う、リコらしいメッセージ。
「・・・・・・行くよ。みんな」
 いつもの変わらぬESがそこにいた。リーダーとして、メンバーに再び号令をかける。
「おいおい、このパック持ってかねぇでいいのか?置いてっちまってさ」
 リコのメッセージだ。ESにとって大切な物だろうに。ZER0は彼なりに気を利かせて言ったつもりだった。
「メッセージを聞いてなかったの? リコは「後に続いて来る者のために」メッセージを残したのよ。それを持っていったらメッセージに意味が無くなるでしょ?」
 それがリコの意志なのだから。
 メンバー達は次のエリアへと進んでいった。 

「このラグオルで何かが起こっている…それはきっと 間違いない」
 二つ目のメッセージパックから流れるリコの声に耳を傾けていたメンバーは、そのことを痛感していた。
 セントラルドームの爆破。それだけですでに「何か」が起こった証拠ではある。
 だが、メッセージの主リコは、その爆破よりも前にこのメッセージを残している。つまりは、爆破以前から何らかの異常がこの惑星に起こっていたことの証となる。
 原生動物達の狂暴化。
 それが「何か」の兆しだと推測は出来る。だが・・・
「仮に・・・ね」
 何度目かの戦闘の後、唐突にリーダーが疑問を口にする。
「こいつらの狂暴化が自然異常によるものだとすれば・・・セントラルドームの爆破とどうつながる?」
 無惨な亡骸となった狼型の原生動物を前に問いかける。
「自然異常が原因だとしますと・・・関連性は薄いと考えるのが自然でしょう。ですが・・・」
 言葉をいったん区切り、参謀役が言葉を続ける。
「人為的な原因があるとすれば・・・非常に強い関連性があると考えられますわね」
 巨大で頑丈な、人為的に作られた建築物の爆破。これを自然の驚異によることが原因で起こったとは考えにくい。
「俺は軍事用に作られたから、推測に自信は無いが・・・こいつらの狂暴化が、人為的原因とは考えられんな」
 アンドロイドが意を呈した。
「・・・・・・根拠は?」
 リーダーが意見を求める。
「統率が取れすぎている。狂暴化というのが発狂に近い精神異常ならば、これ程までに統率された攻撃をするだろうか?」
 確かに、これまでに襲ってきた原生動物は、まるで集団で獲物を刈るような攻撃を繰り出してきた。
 目標を定めて複数で囲むように攻撃。左右に散開して敵を惑わせ、背中へ飛びかかる。これらは戦闘の基本といえる作戦であり、とても「狂暴化」という異常な精神状態で行えるような簡易的な行動ではない。
「戦闘のプロらしい意見ですわね。でも私もそう思うのですよ」
 自分の意見とは矛盾するものの、参謀も同意する。仮に二人の意見を採り入れまとめるとなれば、狂暴化していると思われる今の状況が自然で、今までが不自然に大人しかったということになるが・・・むろんその推測も不自然なものだ。
「判らないことが多すぎるね・・・まずはセントラルドームがどうなっているのかを調べる方が先決か」
 歩を進める度に沸き上がる疑問。
 リコの行方を知る上でも、手順を踏んで疑問を解決していく必要がある。
「おっ、また見つかったぜ。メッセージパック」
 難しいことを考えるのが苦手なZER0は、議論に参加することなく、辺りに散らばっている「遺留品」を物色していた。そこでまたメッセージパックを見つけたようだ。
 そのメッセージパックは、メンバー達に更なる疑問を生み出すことになる。
「最近、軍の動きが 妙だ 。結局 ラグオルには、当初 懸念されたような外敵は やはり いなかったはず。なのに、巧妙にカモフラージュされてるけど、ここのところ かなりの動きがある。いったい 何をしているのかしら…?」
「軍?これはまた・・・妙なことになってきたね」
 ES達が乗ってきたパイオニア2は、移民者の輸送が目的であるために一般市民の乗船が多かった。しかしパイオニア2よりも先に惑星ラグオルに開拓を目的として降り立ったパイオニア1には、軍の関係者が多く乗船していた。開拓に必要な建築関連の者や惑星調査に必要な科学者も多く乗り込んでいたが、彼らも軍の管轄にある者達ばかりであった。
 その軍が、妙な動きをしていたという。
「軍による作戦の失敗が爆破を生んだ・・・または科学者の生体実験が原生動物に影響し始めた・・・とか・・・まいったね。「軍」って単語が加わっただけで、余計判らないことばっかりになってきたね」
 ハンターズと軍は元来仲が悪い。
 本来は軍が解決しなければならない事柄を、軍に代わって報酬と引き替えに解決するのがハンターズである。商売敵同士というと正確な表現ではないものの、仲を悪くする要因には充分だ。
 これに加え、軍はハンターズを含めた一般市民に高圧的な態度をとる者が多い。それを「威厳」と勘違いしているの者も少なくないのだから困ったものなのだが・・・。
「まぁ、悪さをするならあいつらだよな。俺には難しぃ事はわかんねぇけど、あいつらが原因って言うんならなんとなく理解できるぜ」
 といった意見がごく自然に生まれてしまうのも、ハンターズと軍の間に余計深い溝を生み出している。こういう短絡的な解決を求めるのもやはり困ったものである。
「何でもかんでも「軍」のせいにするんじゃねぇ」
 軍出身のハンターとしては、複雑な心境だ。軍事用に開発され、軍に所属していた経歴のあるBAZZは、まさにこの「複雑な心境」のまっただ中にいる。
「軍が絡んでいるのは間違いなさそうだけどね・・・BAZZ、軍の情報を引き出すことは出来る?」
 自分達が現地に降り立ち経験した、ラグオルの現状。そしてリコのメッセージによる情報提供。
 これだけで検討し答えを導き出すには、あまりにも材料が少なすぎる。出来る限り有力になりそうな情報は欲しい。だが
「ハンターズギルドの情報じゃないからな。直接軍のデータバンクにハッキングするのはここでは無理だ。仮に出来たとしても、戦闘モードを切り離して行う必要が出てくるぞ」
 やるだけ無駄。BAZZに聞くまでもなくESには判っていたが・・・。
「・・・・・・やっぱり、進むしかないね」
 すこしオーバー気味に、肩を落としてため息を付く。
「焦っても仕方ありませんわ。なにより未知の領域に足を踏み込んでいるのですからね・・・着実にゆっくりと行きましょう」
 落ち着こうと努力はしているものの、やはりESは焦っている。
「判ってるよ・・・」
 焦っているのを指摘されて、面白いわけはない。だが、参謀の言うことはもっともだ。
 もちろん、参謀たるMの言葉が、自分を落ち着かせるためのものであることは十分理解している。参謀としてではなく友としての言葉だったことも。
「すぅ・・・ふぅ・・・・・・」
 気を落ち着かせるために、もう一度大きくため息を付く。
「よし、次のエリアに行くよ!」
 先には、セントラルドームに近づく為のテレポート装置が待ちかまえていた。

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