novel

No.0 序章・赤い英雄と黒の爪牙

「Hi、ES。元気してる?私は相変わらずよ。相変わらず・・・まぁた厄介な事件に首を突っ込もうとしている所。ここのところ、地表に出た人が原生動物に襲われるという事件が多発しててね。それの調査。というわけで、悪いんだけどそっちがラグオルに付く頃には、私セントラルドームにはいないと思うから。出迎えは無し。まぁ7年も会ってないけど、これからはたっぷり相手してあげられるんだからさ、感動のご対面はもうちょっとだけ待っててね。それじゃ、今度は直接ラグオルで」
 BEEシステムが内蔵された通信端末に、遠く離れた地・・・惑星ラグオルで待つ親友からのメッセージが届く。
 メッセージの最後には、送り主の名前を表す「R3」・・・レッド・リング・リコ・・・の名が刻まれていた。
 服装から髪の色,所有する武器にまで「赤」にこだわる彼女は、優秀なハンターの証である「リング」の色まで赤い。
 赤い輪のリコ・・・レッド・リング・リコの二つ名の由来はここにある。
「ホント、相変わらず・・・何にでも首をつっこむわね。金にならないってものばっかりに」
 親友の性格はよく知っていた。だが、同業者として慈善事業的な仕事をこなす彼女に賛同はしかねる。
「ま、らしいと言えばらしいけどね・・・」
 リコ、そしてメッセージを受け取ったES(エス)は、ハンターズギルドに所属する名うてのハンターだ。
 依頼を受け、事件,事故の解決を図り、報酬を得る。それがハンターの仕事。
 多額の報酬があるからこそ、事件の解決に乗り出す。そういう需要と供給が成り立って初めて成立するのがハンターというもののはずである。金にならないいざこざに自ら首を突っ込むのはハンターの仕事とは言えない。
 元来、わざわざギルドに登録して仕事を得ようとするハンター達は、高額の報酬が目当てというものがほとんど。「正義のため」だとか「人々のため」だといった偽善めいた目的で働く者は、軍に所属する事が多い。むろん、だからといって軍が正義というわけではけしてないのだが。
「まったく・・・英雄様はこれだから困るわ・・・ま、だからこそ英雄なんでしょうけどね」
 だがほんの一部。リコのように偽善の為に・・・まぁこれはESに言わせれば、だが・・・働く者もいる。。
 特にリコはその傾向が強い。
 事件に巻き込まれつつも、多額の報酬が払えないが為に悲嘆にくれる者を見過ごせない。
 それがリコの性分であり、彼女が人々から「英雄」と親しまれる由縁でもある。
「今頃は・・・森の動物達と楽しくお遊戯の時間って所かね・・・」
 親友に想いを馳せながら、最後のメッセージに目を通していた。
「p.s. 先にベッドを暖めておいてね
 恋人からのラブコールに、思わず褐色の顔を紅潮させ、一人照れ笑いを浮かべる。
 これが・・・本当に最後のメッセージになるとは、この時は思いもせず・・・。

 PiPi PiPi
 来客を知らせるコールが、ESの部屋に響く。
「あら、アイリーン。あなたから来てくれるなんて、珍しいわね」
 扉の向こうでは、もう一人の親友が待っていた。
 ベッドならすでに用意してあるけど? と冗談を交えながら部屋へ招き入れようとした。
 だが、アイリーンはそれに応じようとせず、深刻な面もちでメッセージだけを伝えた。
 親友としてではなく、パイオニア2総督府秘書官として
「総督がお呼びです。すぐに総督府までお越しください」

「・・・・・・・・・・・・」
 総督から伝えられた驚愕の事実を前に、言葉が出ない。
 7年前。「パイオニア計画」の名の下に移民計画が実行され、惑星ラグオルに先行していた「パイオニア1」が到達。そのまま生活の拠点となる「セントラルドーム」を建設した。
 受け入れ態勢が整ったところで、ESが今乗り込んでいるこの第2の移民船「パイオニア2」がこうしてラグオルに到達した。
 到達したことをセントラルドームに通達。降下体勢をとろうとしたところで・・・セントラルドームが謎の大爆発を起こしたというのだ。
「原因不明の爆発が起きたことで、このパイオニア2は不用意に降下,着陸が出来ない状態となってしまった」
 あくまで淡々と、冷静に現状を語る総督。この大惨事に、ただ震えることしかできない秘書アイリーンとは対照的に、顔色を変えることなく要点だけを伝える。
「燃料は大幅に余裕があり、長期間ラグオルの軌道に乗ったままでもさして問題ではないが・・・住民の不安は募る一方だろう」
 総督は艦長としての立場だけでなく、館内全ての乗船者の最高責任者でもある。
 特に、移民船として出向したパイオニア2には、乗務員よりも一般市民の方が圧倒的に多い。
 統率の取れていない彼らの心理管理は、最も困難なものだ。
「そこで、ハンターズの諸君には軍の者同様、セントラルドームの爆発原因の調査を依頼したところだ」
 本来なら、こういった事態には軍が動き、ハンターズの手を借りることはない。
 だが、移民船であるパイオニア2には、軍の設備も乗員も、さして用意はされていなかった。
 人手が足りない。故にハンターズに依頼する。道理は通るが総督府としては非常に特殊なケースといえよう。
「・・・で、私に何をさせたいわけ?」
 ギルドに依頼した以上、そこに所属するESにも、総督の依頼が通達されるはずである。
 わざわざ総督が一人一人呼び出して通達する必要はないはず。
 だが、総督はわざわざESを呼び出したのだ。何かあると思うのが普通である。が・・・。
「いや・・・このパイオニア2の中でも屈指のハンターである君に、特に強く依頼遂行を願いたい。ただそれだけだ・・・」
 総督からは、特殊な指令が下ることはなかった。
「そう・・・それじゃこれで失礼するわ」
 総督に背を向け、部屋を出ていこうとする。
 繁華街ブロックへ直結しているワープホールに足を踏み入れたとき、背中越しに総督へ声をかけた。
「リコ=タイレルの探索は、誰に頼まれるまでもないわよ。絶対見つけだしてみせるから・・・タイレル総督」
 ESの言葉に、父親の顔を見せた総督。だが、それはほんの一瞬のこと。
「アイリーン。軍の降下部隊配備についてだが・・・」
 パイオニア2の行く末が双肩にかかっている。今は総督としての任を全うするだけ。タイレルは自分に何度も言い聞かせた。

「で、総督は何だって?」
 ワープホールを抜けた先に、同業者が待っていた。
「爆破原因の探索・・・だけじゃねぇんだろ? わざわざ呼び出したって事はさ」
 なれなれしく話しかける男を、ESは気にもとめずハンターズギルドのロビーに向かっていた。
「なぁ・・・教えてくれても良いだろ?「黒の爪牙(そうが)」のESさんよぉ・・・」
 黒の爪牙
 親友であるリコ同様、ESも己のイメージカラーで服装などを統一する癖がある。特に彼女の場合、肌の色まで黒いために、この二つ名で呼ばれることが多い。
 爪牙とは、彼女愛用のダガーやクローを指している。
「依頼内容は極秘。ハンターの常識まで忘れた?「軟派師」ZER0(ゼロ)・・・」
 あまり格好の良い、というよりは不名誉であろう通り名で呼ばれたZER0は、名の通り軽薄で軟派なものが多いためにこの名で人々に知られている。リコやESとは違う意味で有名なヒューマーだ。
「なに言ってんだよ。相棒だろ? 俺は。相棒の受けた依頼は、俺の依頼も同然。知る権利が俺にはあると思うがねぇ」
 と、このようななれなれしい発言は日常茶飯事である。
「いい加減にしな。私は抱く価値もない男を相棒に持った覚えはないよ」
「そりゃそうだろう。女は抱かれる方で俺が抱く方だからな」
「私はね、男も女も抱くのが好きなんだよ。自分の価値観を押しつけないで欲しいわね」
 内容の割に、ムードが全くといってない。これが彼女らの日常会話となっている。
「つれないねぇ。そろそろ素直に・・・・・・」
 言いかけた言葉を止めた。
「よぉ、「黒魔術師」M(エム)。相変わらず美人だねぇ」
 目の前のフォマールに世辞を投げかけるために。
「今晩は、ESさん。なにやら大変なことになりましたわね・・・」
「そのようね・・・」
 声をかけられたにもかかわらず、彼女はZER0に会釈だけし、ESとは親密に挨拶をかわす。彼女もES同様、ZER0のあしらい方に長けているのだ。
「ちょいちょい・・・Mまでその態度はないだろ?」
 むろん、ZER0も二人の対応になれている。これが彼らなりのコミュニケーション。
「それで・・・総督からは何を?」
 ZER0と同じ質問。
「別に・・・原因究明を特に期待するってさ・・・」
「さすがはナンバー1ハンターのESさんですわね。総督からの期待も大きいようで」
「おいおいおいおい、依頼内容は極秘じゃなかったの?」
 相手が違えば、対応も違う。それは当然といえば当然だが、ここまであからさまな態度を示されては、普通憤慨するなり落胆するなりして身を引くものだろう。しかしこの程度でひいては「軟派師」の名は得られない。栄誉かどうかはさておき。
 微妙で奇妙なこの三人の関係に、さらにもう一人加わってきた。
「ES、たった今総督府から再び連絡があった。ラグオルへの転送装置が安定。いつでも降下可能になったそうだ」
 挨拶もなしに、用件だけを機械的な音声が伝える。
「そう・・・ところで、メンテナンスの方は終わったの? BAZZ(バズ)」
「あぁ。トラップの補充もしておいた。いつでもOKだ」
 セイフティーのかかったショットを抱えながら答える。
「期待してますわよ、「機神」殿」
 機械で作られたレイキャストに表情はない。だが、Mの呼びかけに笑顔でうなずいた・・・ように見える。
「これでメンツはそろったわね・・・M,BAZZ。サポートよろしくね」
 ESは総督に呼ばれてから、誰とも連絡を取っていない。
 しかし、ラグオル調査の依頼がギルドに来たと同時に、MもBAZZも即座に準備を始めていた。むろん、ZER0も。
 言われるでもなく、ESのサポートに回るのが彼らの常になっていた。
 普段は個々で依頼を受け、任務を遂行する彼らではあるが、状況を見て協力,援助をかって出る。
 ハンターズのメンバーは横の繋がりが強い。それはギルドという組織のおかげでもあるが、彼らの「任務」に対する献身的な姿勢がそうさせるのである。金で雇われているとは言え、軍とは違い依頼に強い責任を持って当たる。信頼が第一の仕事なのだから当然といえば当然だが。
「まかせておけ。「ダークサーティーン」の名誉と信頼を汚させるようなことはしない」
「不吉な名に、これ以上の汚れもないかも知れませんけれどね」
 横の繋がりは、いつしかハンターズ同士の「チーム」が出来上がる。
 ダークサーティーン。闇の13番。
 ESを中心にして出来たチーム。
 基本的にESは群れるのを嫌う。だが、彼女のカリスマ性がそうさせるのか、それとも実力に引かれたのか・・・ともかく彼らはESに積極的な協力をしていくうちに、いつしかチームが出来ていた。
「当然俺も行くぜ。ま、これはハンター全員に出された依頼だからな。俺が降下しても何らおかしかねぇし」
「相変わらず、ストーカーまがいな奴ねぇ・・・まぁ好きにすればいいわ」
 ZER0はその軟派な品行ぶりから、チームメンバーとして迎え入れられてはいない。だが、それでもZER0はESの後を付け狙うように作戦に参加する。最初こそ煙たがっていたESも、あまりのしつこさと、そしてZER0の「そこそこ」な実力に、いつしか一緒に行動するのが常になっていった。
 こうして、不思議な繋がりを持った最強のチームが出来上がっていく。
「さて・・・行きますか。ラグオルへ!」
 ハニュエール,フォマール,レイキャスト。そしてあわてて三人を追いかけるようにヒューマーが、ラグオルへのワープホールに足を踏み入れる。
(ベッドはもう暖まってるわよ・・・今から迎えにいくからね)
 数時間前までは「希望の大地」だったラグオル。
 そこで彼女たちを待つものは何なのか・・・。
 答えは、先に待つリコだけが知っているのかも知れない・・・。

序章あとがきへ
目次へ 目次へ
トップページへ トップページへ