河童

「まぁあの怪我じゃなぁ・・・引退覚悟だったんだろうし、良くやったよ」と、スポーツ新聞の一面を穴が開くほど何度も読み返しては、同じ事を繰り返して言っている。俺はそれを、彼から差し入れられたキュウリに味噌を付けながらかじり適当に聞き流していた。一面には、先日引退した横綱の記事が載っていた。
「で、新しい横綱をどう見る?」と、別の来客が尋ねる。「そうだなぁ・・・」と手を頭の皿に乗せながら考え込む。その様子を、今日はやかましい一日になりそうだと俺はうんざりと見ていた。来客は五匹。皆河童だ。
河童の相撲好きは知られている。見るのもするのも好きな彼らの話題は、相撲中心になりやすい。特に巡業が始まるとその話題ばかりになるのは当然といえば当然だが、それを何も、俺の家に持ち込まなくても良いだろうと言いたいのだが、「第三者の意見を聞きたい」とやってきたのだ。どうせ第三者である俺の意見なんか聞く気もないだろうに。
「あー、俺猫又のじーさんとこに行ってくるから」と逃げを決め込み出かけようとしたが、「家主がいなくてどーする」と止められた。「それよりもおぬしはどう思っとるんだ?」と年配の河童に意見を求められ、俺はたじろいだ。ここで下手な意見を言えばこいつらに説教をされかねんし、かといって無難な意見でも同様だ。つまり何を言っても彼らは俺に、相撲論理をぶつけようとする。まぁそれが目的というところもあるのだろう。同じ趣味を持つ同士ではネタが尽きる。ここで俺というネタを、彼らは欲しているのだ。「日本人の横綱がいないのは・・・寂しいかなぁ・・・とか・・・」という俺の意見を火種に、相撲における国際交流のあり方やら人種による環境や体格の差から生じる有利不利だとか、しまいには河童も土俵に上げるべきなんて飛んでもない意見が飛び交い白熱していった。
俺が言うのも何だが、マニアは常に飢えているなと、そう感じる。話をする機会や場を求め、矢継ぎ早に自分の話をしたがるのはいかがなものかと頭を抱えるが、まぁ彼らは彼らなりに気も使うし場もわきまえるので、それはそれとしてかまわないかとも思う。しかし俺を巻き込むのをいとわないのはどうしてなんだよと何時か問いかけたい。
今夜は長くなりそうだとうんざりしながら、俺はたっぷり付き合わされた。

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