「ようするに、どれだけの意味があるのかって事なんです」溜息混じりに、青年は縁側に座りながら軽く愚痴をこぼし始めた。「そもそも僕らのご先祖様って、よく判ってないんですよ」皿の上に開けられたつまみを頬張り、噛み砕く青年。口の中に入れたそれを飲み込むまで、彼の愚痴は少し間止まる「中国からの鬼(き)と、インドからの鬼・・・そして日本土着の鬼か。まぁお前達のご先祖様は三種入り乱れてるからなぁ・・・純血は珍しいだろ」俺もつまみを食べながら、彼の愚痴に付き合っていた。「ええ、そうなんです。どれが正統というのもないですからね。だからなんというか・・・文化とか風習をとやかく言うつもりはないんです。けれど、毎年「こんなもの」をぶつけられるのは、あまり良い気分じゃないんですよ」彼はそれまで食べていたつまみを一粒取り上げ、角の生えた額に軽くしわを寄せながらじっと睨む。そしてそれをひょいと口の中に放り込むと、大げさに、さも親の敵だと言わんばかりに噛み砕いた。「まあそういうな。元来は中国からの風習だからなぁ・・・病の元となる鬼(き)を払うって意味の物が、悪の象徴たる悪鬼へと対象がシフトしちまっただけで・・・そもそも人間にしてみれば、どっちも追い払いたい対象ではあるわけだ。だからま、「意味」はあるな」「それは判りますけどね・・・」判っていても、やはり面白くはないのだろう。そもそも直接ぶつけられているわけではないから、実害があるわけでもないのだが・・・「なんといいますか、このアウェイなムードが嫌なんですよ」もっとも有名な日本妖怪の一族、その一人である青年が英語を混じり溜息を吐き出す。「あれですよ、学者先生がクリスマス嫌いなのと一緒?」「一緒にすんな」人間だったら確実にモテるだろうイケメンに言われると腹が立つ。
しばし愚痴に付き合いながら煎った豆を頬張っていた俺達。最初は年の数だけにするつもりだったが・・・「こういうのって、たまに食べると美味しいですよね」「意外と止まらんよなぁ」ゆうに十人分は食べてしまっただろうか。元々撒くつもりもないのだから、いくら食べても構わないんだが・・・「節分という節目の日に、節操のない・・・」イギリス生まれの妖精に小言を言われてしまった。「恵方巻き出来ましたよ。皆さん、コタツの方で待ってますから早くいらしてくださいな」告げるなり、彼女はそそくさと居間の方へと歩いていった。「ねえ、今年ってどっち向き?」その居間からは、青年の同級生が問いかけてくる。「コンパス持ってますよ。ちょっと待ってくださいね」青年はポケットからコンパスを取り出し、方向を確認している。「あちらですね」コタツに入りながら、青年は指を指す。指し示された方へ、太巻きを手にした各々は向きを変え、それを口へと運び始める。黙々と食べ続ける一同に混じりながら、俺は思う。なんだかんだ言いながら、一番楽しんでるじゃないか・・・ゆっくりと太巻きを食べ続けている青年をチラリと横目で見てから、俺も太巻きを食べ始めた。

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