垢嘗め

昨今、ビジネスチャンスは至る所に転がっているものだ。ちょっとしたアイデアと実行力があれば商売は成り立つ。だが、チャンスを生かし成功をつかめる者はごく僅か。そう甘いものではない。「えー、それは微妙・・・っていうかぁ、超キモイよ」「うん・・・私もちょっと・・・嫌かな・・・」言い方は異なるが、これは完全に「拒絶」を意味している。「えー、そうかなぁ・・・でも肌はキレイになるよ?」否定されてもなお食いつくが、意見を求められた二人の女子高生・・・文車妖妃と二口女はあからさまに嫌な顔をしている。「だから言ったろ・・・結果として美肌になるとしても、「その過程」は受け入れられないって」良いアイデアが閃いたという彼が、どうしても生の声が聞きたいからと俺に女子高生との仲介を頼んできた訳だが・・・仲介する前にも俺は彼女たちと同じ反応を示し忠告はしていた。そして結果は忠告通りだったわけだが・・・「でもさぁ、キレイになるためになら女性は何でもするって言うからさぁ・・・」まだ諦めきれないらしく、長い舌を垂らしながら熱弁は続く。「垢擦りが流行ったんだから、擦る代わりに嘗めても変わらないと思うんだけど」「だからぁ、嘗められるのがキモイんだって」閃いたアイデアの善し悪しが判断できなければ、それはビジネスチャンスにはならないと言うことを、悟れるかどうかが成功への第一歩だと俺は思う。
「でもさ、犬とかに顔を嘗められるのは平気でしょ?」「わんこは可愛いもん」「だったら妖怪も大差ないんじゃない?」「正体がばれるのは問題だと思うけど・・・」「えー、じゃあどうすれば良いんだよぉ」「だから諦めろって・・・」彼にしてみれば、垢を嘗めるという己の習性をビジネスに活かしたい一心なのだろうが、三人に否定されてもなおまだ食い下がるか・・・その根性はビジネスマンにとても大切な物だとは思うが、引き際も肝心だと思うぞ、俺は。「じゃあさ、誰だったら嘗められても良いんだよ」そこで怒り出すようではビジネスマン失格だぞ。「だからぁ、可愛いわんことかなら良いよ。後は彼氏とか?」「わんちゃんはいいけど・・・私はその・・・ちょっと恥ずかしいかな・・・」あー、なんか話の方向が怪しくなってきたな。「ほら、ドクターフィッシュとか最近流行ってるだろ? 肌の古い角質を食べてくれる魚。ああいう魚とか犬とか、動物なら恥ずかしくもないし嫌悪感もないだろうけど、あからさまな異性、それも他人じゃ嫌がるのが普通なんだって」下手にそれる前に俺の方から結論を出して話を終わらせようと試みた。さすがにもう反論のネタがなくなったのか、舌をだらしなく下げながら腕を組み、アイデアマンは唸っている。「あっ、そうか」顔を上げ、自信ありげに舌なめずりをしながら新たなアイデアを口にした。「僕がマスコットになればいいんだよ。可愛がって貰えればOK?」「喋って嘗めるマスコットが何処にいるんだよ」それで妖怪だとばれないとでも思ったか? 斬新なアイデアは時としてブームを生むが、その影にはこんな不当なやり取りが続いているのだろうか・・・ビジネスマンって大変だ。

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