ジン

もしも願い事が三つ叶うなら。そんな空想話に花を咲かせる事は誰に出もあるだろう。そしてこのような夢のある一時の戯れに水を差す輩が時折現れるのも、またしかり。「一度訊いてみたかったんだが・・・」一時の戯れを実現する彼に、俺は尋ねた。「願い事を何度も叶えてくれ・・・と言われたら、どうするんだい?」顎髭を撫でながら苦笑いを浮かべる魔神は答えた。「その者が望むなら、「それ」を叶えてやる。アラーの名においてな」神の名を持ちだし彼は宣言する。その言葉に俺が顔をしかめたからか、彼は宣言を続ける。「聖者のようにつまらぬ制限を設けるつもりも、異教の悪魔達のように裏をかくような真似もせん。純粋に、ああ純粋にだ、その者の願いを叶えよう。望むだけな」そう言い切りながらも不敵に笑う彼に、俺は疑心暗鬼を抱かずにはいられない。「お主の場合・・・」更に意地の悪い顔を作りながら、彼は言う。「疑り深いのか、それとも想像力がありすぎるのか・・・いずれにせよ、ちとつまらん男だな」そう言いながら面白がるように笑った。
「ふむ・・・ならば面白い「たとえ話」をしてやろう。なに、千と一夜も掛けて話すつもりはないから楽に聞け」髭をいじりながら、遠方からの来客は語り出す。「王になりたいと望む男がいたとする。我がその者を王にしてやることは簡単だ。だがその事で様々な「問題」が生じるが・・・それは我の知るところではない」真面目らしさをわざとらしく振る舞いながら語りは続く。「当然男は、その問題も解決しろと望むだろう。そして我はそれを叶える・・・この繰り返しとなろう。こうして男は独裁者となっていくわけだが・・・」両手を広げ天を仰ぎ、仰々しく話の締めへと進める。「それを良しとしない者も大勢現れるな。そんな者達の中には、我を封じる方を知る者もいれば、我以上の力を持つ者すらいるやも知れん。あるいは神や悪魔が反対勢力に力を貸すことも充分にあり得る。そうなっては、我がいくら叶えてやろうとしても不可能になる願いも出てこよう。そうなった時は・・・それまでだな」広げた手を大げさに落とし、さも悔しそうに溜息をつく。むろん口元は笑っているが。「つまり・・・過ぎた力を手に入れれば、それなりの反動もあって当然、ということか」俺の出した結論に、彼は首を横に振りながら反論する。「いやいや、そのような教訓めいた事など言ってはおらんよ。ただな、何をすればどうなるか・・・結論を「想像」出来る人間は少ない・・・ただそれだけのことだよ」彼の言葉を、ひねた俺があえて教訓として解釈するなら、「欲」に目がくらむと「先」が見えない、ということだなと自分で納得した。
千と一秒にも満たない話を聞き終えた俺は、よほど考え深げといった顔をしていたのだろうか。黙っている俺に魔神が魅惑的で危険な言葉を投げかける。「さて遠方の友人よ。我とそなたの仲だ、願いがあるなら無条件でいくらでも叶えてやるぞ? さて何を望む?」即答出来ない俺は、単純に疑り深いからなのか勇気がないからなのか、それとも賢者並みに賢いからなのか・・・迷う自分の現状と未来像が「想像」出来なかった。

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