スクーグスロー&ドライアド

男としては当然、女性にもてないよりはもてた方が嬉しい。しかしだからと言って、誰彼無しにもてて嬉しいかというと、そうとは言い難い。「どうしてなの・・・こんなに、こんなに尽くしているのに・・・」腰まで届く艶やかな黒髪を振るわせながら、美麗な女性がすすり泣いている。そんな彼女に、俺はありきたりな慰めの言葉をかける。「まあ、なんだ。男なんて、まだまだ世の中たくさんいるんだし・・・これが最後って訳でもないんだから」我ながら下手な慰めだと思う。だからだろうか、彼女は赤く腫らした眼を俺に向け抗議の声を上げ始めた。「でも私、それこそこれまでにもたくさん逃げられちゃってるもの・・・どんな男でもよ。いくらたくさんいたって、みんな逃げてしまっては同じだわ・・・」眉間にしわを寄せ頭を掻きながら、俺は次の言葉をなかなか見つけられないでいた。そんな俺を待たず、彼女の嘆きは続く。「この背中、この背中がいけないのね・・・いくら尽くしても、みんな私の背中を怖がって逃げていってしまうのよ・・・」自身が言うように、彼女の背中は一目見れば誰もが驚くだろう。長い黒髪で隠されているその背中は、うろになった樹木そのものだから。確かに彼女の背中を見て逃げ出す男も多いだろうが・・・彼女の振られやすい原因は、それだけではないと俺は感じている。が、それを俺の口から言い出すのは少しはばかられた。
「迫りすぎるのよ。押しつけがましく世話を焼きすぎると、男って逃げていくものよ?」俺が控えていた言葉を、同席していたもう一人の女性が代弁してくれた。彼女が言うとおり、男は尽くしてもらいたいと思う一方で、必要以上に踏み込まれるのを嫌う傾向がある。すすり泣く彼女が振られる原因は、なにも彼女がコンプレックスを抱いている背中のことだけではない。「でも・・・背中を見ると怖がられるから・・・だったら尽くして尽くして、たくさん尽くしていけば怖がられないかなって・・・」コンプレックスが悪循環を生んでいるわけだが、原因が原因だけに、やはり俺の口からは指摘しづらい。「だめよぉ。男なんてね、尽くすより尽くさせる方が良いの」緑色の髪を軽く撫でながら、慰め役の恋愛論は続く。「男なんてちょっと色目を使えば寄ってくるんだから。後は飽きるまで貢がせればいいのよ」軽く口元をつり上げ、妖しげに微笑むその様子は、まさに小悪魔といったところか。もっとも彼女は悪魔ではなく妖精なのだが・・・だからこそ質が悪いとも言える。
「でも・・・それって本当の愛じゃないと思うの。私は尽くして愛して、そして愛されたいの・・・」まあ確かに、それはある意味で理想の形だろう。だからこそ容易いものではない。理想を求める以上は幾度もの失恋を経験するのも仕方ないと思うのだが・・・それを俺が口にするよりも早く、小悪魔のような妖精が反論を始めた。「そんなこと言ってたら、いつまで経っても男を捕まえられないわよ? それに愛なんて、男が尽くして尽くして女が幸せになって初めて成り立つのよ」そもそも理想とする形が違う二人。意見が合うはずもなく、しばし口論が続いた。慰めとか、そのような当初の目的は二人とも忘れているかのように。まあ、それで失恋を尽くす彼女が忘れてくれるならそれで良いが。
「まずは愛して、それから愛されるべきよ」「愛されてから愛しても良いじゃない。ていうか、愛してもらえるとも限らないのにこっちから迫るなんて信じられない」「まずは愛していかないと、恋が始まらないもん!」なんだか・・・どこの女子高生ですか君達は。あ、中学生か? ともかく、大人びて魅惑的な女性が二人でする口論とは思えないのだが。客観的に見て。「ねぇ、アンタはどっちなのよ!」「ええ、是非聞かせて! 尽くされるのと尽くすのと、どっちがいいの?」あー、やはり来たか。俺は矛先がこちらに向くと感じていた時から言葉を用意していた。「君らを足して2で割ったくらいがちょうど良い」終始べったりつきまとわれ尽くされるのも、見返り無く一方的に尽くすのも御免こうむりたい。女性にもてる、女性に目を付けられるということ自体は男として嬉しいしありがたいが、そこから執着するかのように尽くされ愛を求められるのも、誘惑して貢がせるだけ貢がされるのも、勘弁して欲しいよ。「・・・なんか、それって勝手な言い分よね」「なんというか・・・愛がないと思う・・・」勝手なことを言ってくれる。俺は女達に言葉の標的とされ、しばらく一方的な恋愛論を叩きつけられた。

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