ヴァルキュリア

例えばスポーツの世界など、名選手が必ずしも優れた指導者になれるとは限らない。むろんその逆もしかり。この事はスポーツの分野以外でも同じ事が言えるだろう。「あー、そうじゃないでしょ!」俺の横で指導の声が飛ぶ。ああこの場合、「指導」というのは声を上げる彼女自身が自称しているに過ぎず、指導を受ける・・・という名目になっている俺から見て、彼女の声はとても「指導」と呼べる物ではない。俺なりに言い換えれば「罵声」だ。「そこは弱キックからコンボに繋いで、三段目からキャンセル超必に繋げば簡単じゃない。なにやってんのよ!」そんなこと、言われてすぐ出来るならやってるっての。専門用語でののしる彼女を、俺は憎々しげに睨んだ。「あー、もう。こんなの初歩中の初歩じゃない。どーして出来ないかなぁ」どうせそんな初歩も出来ませんよ、俺には。
優秀な指導者の絶対条件とは何だろうか? 俺が思うに、「相手の力量を見抜く事」がまず上げられるだろう。彼女の場合、その点は確かなはずだ。なぜならば、数多の戦士から選りすぐりの者を選び抜く優秀な選抜力を携えているから。次に上げられるのは「力量にあった指導が出来るか」というところか。「だいたい、何であなたは無駄に胸の大きな女キャラばかり選ぶの。スピードタイプのキャラはコンボが出来ないと使いこなせないって言ってるでしょ? それが苦手なら、パワータイプのキャラを使った方が無難なのよ」うむ・・・まぁ二つ目の条件もクリアできていると思う。だが彼女の場合、優秀な指導者として大きな欠点を持ち合わせている。「弱パンチからレバー一回転強パンチ。これだけなら簡単でしょ?」だから簡単じゃないって。彼女の欠点は、「自分に出来ることは人も出来る」と思ってしまうところ。あなたに簡単でも、俺には難しいと言うことを理解してくださいよ、ホント。
「ああもう、じれったいわね。ほら、コントローラ貸しなさい」言う前から、彼女は俺の手からゲームのコントローラを奪い取っている。もう一つ彼女の弱点を指摘するなら、熱くなりすぎることだろうか。「この程度の相手、楽々勝ち抜けてもらわないと困ります。こんなざまでは、ヴァルハラには連れて行けませんよ?」いや、連れて行ってもらう気はないし。というより先に、たかだか格闘ゲームで戦士を選ぶな、戦乙女様。「全てにおいて「対戦」とはすなわち勝負の世界。ゲームといえど、戦のセンスが問われるのです」視線は画面を見つめたまま、言葉だけが俺に向けられる。「言い換えれば、通信対戦とは「戦場」そのものなのです。近年、このような素晴らしい戦場を人は得ることが出来たのですから、来るラグナロクに向け修練を積んでもらわなければなりません」そんな大義名分でゲームをやってる奴はいないって。そもそもゲームって娯楽じゃないのかなぁ・・・。「この者もなってませんね・・・第一緊急回避の使い方がなってないわ」だから・・・いや、もう何も言うまい。一人目を勝ち抜けた彼女は、すぐに現れた挑戦者の力量を見限っていた。もう彼女の頭に、俺への指導なんて残ってはいないんだろうなぁ・・・いや、それは別に良いんだが、ずっと彼女が勝ち続ける事により、俺のゲームIDでの戦績が凄いことになる方が問題・・・あー、別のID取り直さないとなぁ。「この程度で私に挑むとは無礼な! もっと骨のある戦士はいないの!」顔の見えない戦士という名のゲーマーに愚痴をたれている。画面の向こうの戦士達よ、君達の相手が北欧美人の戦乙女だと知ったらどう思うのかい? とりあえず側にいる俺は、彼女の手みやげであった蜜酒(ミード)を飲みながら「なんだかんだ言って、自分が楽しみたかっただけなんだろ?」とぼやいているよ。

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