セルキー

動物によるショーは、特に子供達に人気がある。それ故に、動物園や水族館ではショーによる客引きがかなり重要になっているらしい。「でもね、そう簡単なものでもないのよ」とは、楽屋で「皮」を脱ぎ休憩している主役その人。「アザラシってアシカやイルカに比べてマイナーでしょ? だからあまり多芸なところを見せるとむしろ引かれちゃうのよね。本当にアザラシなのか?って」実際に「中の人」がいる以上、疑われる通りアザラシそのものでは無いわけだが。そこをより本物らしく見せる努力を、彼女は惜しまない。「よりキュートに、愛らしく芸をしないといけない訳よ。でもねぇ、「アッカンベー」ってしたり、首に投げ輪を通したりするだけでいいのかしらって事も思うの」芸とはいえ、あくまでアザラシの芸。単純で割愛らしく、しかもアザラシらしい動作による芸。その単純そうで難しい線引きの中で、飽きられないショーを繰り広げるのは非常に難しいのだろう。「こっちも客商売じゃない? 喜ばせてナンボの世界で、単純な芸だけ見せていいのかしらって思う訳よ」より高みを望む芸人の悩みか。現状維持で充分なはずだが、本当にこのままで良いのと悩む彼女。気持ちは判らなくもないが、奥の深い芸人の世界を知らない俺がどうアドバイスをしてあげればよいのか、全く見当が付かない。
「芸以外のサービスは? 握手会っていうのも変だけど、例えば子供に撫でさせてあげるとかさ」イルカのショーではよく見かけるサービスだ。しかし俺の話に彼女はより難しい顔をした。「別にこの「皮」にチャックが付いている訳じゃないから、そう簡単には見破られないと思うけど・・・子供相手はハプニングが怖いのよね。予期もしないことでバレたらことなのよ」やはり素人考えは既に彼女達の中でも検討されていたらしい。即座に不採用の返答が成された。「だったら、餌を食べさせるとかは? 遠くから餌をお客さんに投げて貰って、それを口でキャッチとか」これなら、不用意に近づかれないからどうにかなると考えた。「そうねぇ・・・本物のアザラシでも出来そうな芸だし・・・ちょっと検討してみようかしら」ステージの構造などの関係ですぐに実行できる案ではないと彼女は付け足したが、しかし突破口が見えたようで自然と笑みがこぼれている。彼女の笑顔を見る度思うのだが、アザラシの皮を被るより人の姿でステージに立った方がより客を呼ぶと思うのだが・・・そこは彼女の「芸人」としてもプライドが許さないらしい。「ねえさーん、そろそろ出番でーす」楽屋の入り口から彼女の仲間、飼育員役の「相方」が呼んでいる。「あら、もう本番? じゃ行ってくるわ。ゆっくり見ていってね」いそいそとアザラシの皮を着、アザラシとなった彼女はビタビタと撥ねるように楽屋を出て行った。中の人も大変だな・・・と俺はしばし一人取り残された楽屋で物思いにふけっていた。

解説へ
目次へ