マルコシアス

時に、男同士というのは真剣に語り合うことがある。そして互いに譲らず、激論になることもしばしば。「まずは・・・そう、まずは、だ」念を押すように、グリフォンの翼を持つ狼がゆっくりと語り出す。「無くしてしまった物を嘆き悲しむより、無くしてしまった現実を受け入れ、その上でどうすべきかを考えるべきではないのか?」腕を組みじっと聞き入る俺に向け、諭すような口調で彼の熱弁はまだ続く。「確かに、どうして失ってしまったのか。誰が何をしたのか。それを探り当てることも大切だろうだろう。だが、それを成してどうする?・・・いやいや友よ。君の言いたいことも解る。しかし、しかしだ我が盟友よ。失った物がどうなったかを探ったところで、現実がどう変わる? いいか、失った物は失ったままなのだ。ならば失った結果を招くまでの課程を気にして後ろばかりを振り返るより、前を向き、失った現実からどう立ち直り、どう対処すべきかを検討すべきではないのか? 我が良き理解者よ、君の怒りはよく解る。だからこそ私は、君の力となり今後のことを共に模索しようではないかと提案しているのだ。解って貰えるか?」雄弁に語った後にしばしの静寂。そして俺は言った。「もう一度だけ問おう。いいか、よく聞けよ」腰に握り拳を当て、俺は一度溜息をついてから問いつめる。「ここにあったピザを食べたのお前だろ?」歯と歯の隙間にピーマンとサラミを残したまま熱弁を振るった堕天使の狼は僅かな間押し黙った。この僅かの間を言い換えるなら「図星を突かれ次の言い訳を考えている間」と言えるだろう。
「・・・だから友よ、君も頑固だな。いいか、誰が食べてしまったとか、そこが問題ではないのだ。君が楽しみにしていた、程よくチーズがサラミに絡む、あの濃厚な味わいのピザが・・・」「そりゃ、今喰ったばかりのお前なら、いかに濃厚な味わいがしたか解るだろうよ。能書きはいい、俺はお前が喰ったのかどうか、YESかNOか、それを聞いてんだよ!」この狼、堕天使にしては珍しく、嘘を吐くのも吐かれるのも嫌う。しかしだからといって素直というわけではない。話をすり替え答えをはぐらかすのが彼の「堕天使らしい」やり口なのだ。「何故そこまで犯人にこだわる? 誰が食べたにせよ、もうあのピザは君の元に返っては来ないのだぞ?」「なら俺も言わせて貰うがな、飢えた狼さんよ。たまには素直に己の罪を認めたらどうだ」このやりとり、呆れたニスロクがピザを再度焼いてくれるまで続いた。男にはどうしても引けない事もままあり、それによって衝突し口論を繰り返すこともあるが、端から見て、これが人間と堕天使が言い争うようなスケールの話かどうか。そこは俺も相手も振り返らないのが得策だと良く知っていた。

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