コボルト

なにやらキッチンが騒がしい。何事かと覗いてみると、シルキーが皿を数枚手にしたまま怒っている。「だからあれほど言ったでしょ。銀食器には手を触れないでって」なるほど、どうやらシルキーが手にしている皿は、元は銀製の皿だったらしい。一見今でも銀に見えなくもないが、叱られている相手を考えるに、あれはコバルト製の皿になってしまっているのだろう。「仕方ないじゃないか」犬歯を覗かせる尖った口を更に尖らせ、犬顔の小人は言い訳を始める。「それが銀の皿だなんて知らなかったんだ。ただオイラ、ピッカピカの綺麗な皿だったから、ちょっと、ホントにちょっとだけ、見てみたかっただけなんだよ」俺が知る限り、彼は同じ事を何度も繰り返しているはずだが。
「まったく・・・もういいわ。とりあえず、そのサラダボールだけでも運んで頂戴」これ以上叱っても無駄だと悟ったシルキーは、別の用事を言いつけた。大きめのサラダボールは木製だ。これならかの小人が触れても問題ないだろう。「オーケーオーケー、これくらいならオイラにだって出来るさ」自慢げに胸を張り、小人は踏み台を駆使してテーブルの上に登る。元来彼は手伝い好きなのだが、加えて悪戯好きなのが玉に瑕。「ああ、その前にこの大皿を運ぼうか?」「ええ、お願・・・って、ちょっと待って!」シルキーの悲鳴が響く。その声に驚き手を引っ込めた小人。彼の前には大皿に盛られた料理。その料理が盛られている皿は銀製だ。「お願いだから、素直にサラダだけを運んで頂戴」同じく悪戯好きのシルキーも、されるのには慣れていない様子。俺はその様子を陰から見守りつつ、笑いを堪えるのに必至だった。「もぅ・・・この憂さは、どこかで晴らさないとダメね」チラリとシルキーがこちらに目をやったのは、たぶん気のせいだと思いたい。

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