クネヒトループレヒト

季節は冬。この時期、真っ赤な衣装を着込んだ人が町中でちらほら見かけられるようになってくる。今暖炉の前でくつろいでいる、顔半分どころか肩や胸にまで達するほどもっさりと白髭を蓄えた男も、そんな町中の人々と酷似している・・・かに見える。しかし服の形状は似ていても色が全く異なる。彼の衣装は真っ黒だ。「そろそろかき入れ時なんじゃないか?」俺はソファに腰掛けながら尋ねた。「ちょいと違うな。かき「出し」時じゃ」ご自慢の髭を撫でながら、くぐもった低い声で笑った。この笑い声だけで、小さな子供なら泣きそうになるだろう。それほど不気味な笑い声なのだが、それは彼にとって誇らしいことだ。何故なら、彼は子供に嫌われてナンボという仕事をしているから。
「相棒のサンタは忙しいのか?」俺は黒いサンタと呼ばれている彼に、彼の相棒である赤いサンタ、つまりごくノーマルなサンタについて尋ねた。「いや、儂もそうだがここ最近サンタ業は暇じゃよ」子供達にプレゼントを配るサンタは、子供の数だけ多忙になると思われがちだが、実際にはそうでもないらしい。よい子が少なくなった、サンタの代わりを親などの大人が務めるようになったなど、理由は様々。「特にこの国ではな。どうしても銭湯の息子か、別荘のロッジで過ごす贅沢な子限定になりそうじゃしな」軽いジョークに、俺も軽く笑う。
「儂らの存在意義は、時代の流れで変わっていくのじゃろう。今じゃ恋人がサンタクロースになることもあるしのぉ」確かに。そもそもよい子に届くはずのプレゼントは、今では善し悪し関係なく「子供や恋人が堂々とねだる物」になりつつある。元となるプレゼントだって、お菓子類と言った軽い物だったはずなのだが・・・。「儂も仕事がやりにくい。今時の子供、悪いことをすると儂のような者が来るぞ! と親が脅したところで、作り話だと鼻で笑われるしのぉ」彼の仕事は、相棒とは真逆。悪い子に石炭やジャガイモをプレゼントして嫌がらせをする。もっと悪い子には、ベッドに豚の臓物や血をばらまいたりもするが・・・そこまでやると、今の時代騒ぎになるので滅多に出来ないらしい。
「そこでだ」彼は一枚の葉書を懐から取り出し、俺に渡す。「今日ここに来たのは、それに参加するついでだったんじゃ」黒サンタの言うそれとは、葉書に書かれた「泣く子はいないか 子供を脅す国際シンポジウム」の事。会場は秋田になっている。「子供達にとって怖い存在でなければならない儂らが、いかにして存在意義を保ち続けるべきか。それを話し合うんじゃよ。日本まではバグベアと一緒に来たんじゃがな、早くきりたんぽが食いたいと先になまはげの所まで先に行きよった」なんだか、恐怖の「存在」を維持し続けるのも大変なんだなと、憎まれ役に誇りを持つ彼らに同情してしまった。

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