ザガン

「残念な事だが」と、グリフォンの翼を生やした雄牛が俺に言う。「貴公は愚者という程に愚かではないが、しかし賢者と言うにはあまりに知恵も知識も足らぬ」言われずとも、そんな事くらいは自覚している。だからこそ俺は学者として、勉学に励んでいるのだから。「貴公が愚者ならば、我が力で賢者にしてやれたものを。いや、実に惜しい」まぶたを閉じ首を左右に振る堕天使を、俺は鼻で笑った。「俺が賢者になれたのなら、水からワインを作るこの「カラクリ」も解明出来ただろうにな」手にしたグラスを口へ運び、軽くその中に注がれていたワインを喉へ流す。「ああそれと、このワインがどれほどの味なのかも理解出来たろうに。どうしても俺には安いテーブルワイン程度にしか思えなくて・・・いや、まさか君程の男がこの程度のワインしか作れないとは思えないが、知識のない俺はついつい疑ってしまう。困ったものだね」皮肉混じりにワインを批評し、俺は再びワインを口にした。ワインと思った物を口にした。どろりとした感触と生臭い臭いが口内に広がり、俺はむせ、血を吐き出した。「愚者よりも多少賢い者よ。一つ知恵を授けてやろう」くぐもった笑い声を漏らしつつ、有翼王は語る。「他者をからかうなら、その者の能力が及ばぬ範疇でする事だな」ワインから血へ変化させる事が出来る王を前にして、確かに俺の言動は愚かだった。「忠告痛み入るよ。そして慈悲深き王よ、願わくば口をゆすぐのに「これ」を水にしてくれないか?」血の入ったグラスを俺は差し出した。瞬く間に血は水に変わり、俺はそれを持って洗面所へと口をゆすぎに一度席を立った。
戻った俺は吐き出した為にカーペットを汚してしまった血も水に変えて貰い、丁寧にそれを拭き取っていた。「一つ尋ねるが、半端な知識を持つ者よ」屈んでいる俺に、王は上から俺に尋ねる。「そなたにとって知識とは、知恵とは何だ?」謎かけとも禅問答ともとれる質問に、俺はしばし悩んだ後に答えた。「欲だな。何を成すにも欠かせない知識と知恵は、目的の善悪にかかわらず必要な物だ。それすなわち、欲・・・だろう」唸る堕天使をチラリと見て、俺は続けた。「なにぶん、人は無意味な知識や知恵すら欲する動物だと、あるSF作家も語っていたしな。そんな知識や知恵にすら貪欲になるのなら、知識と知恵は欲そのものだろうさ」俺の答えに満足したのかどうか。王はただニヤリと笑うだけだった。
「賢者より僅かに愚かな者よ」知恵と知識を高める王は、俺にその知恵と知識を僅かだけ授ける。「貪欲に求めるなら、常に周囲を見渡し、関心を持ち、そして他者とのやりとりの中にすら一つ一つ知識と知恵が詰め込まれている事を知れ」威厳あるその言葉にももちろん、様々な知恵と知識が詰まっている。「愚者より賢く賢者より愚かな半端者よ、より欲するなら、書物だけに頼らずあらゆる者達と言葉を交わせ。ふむ、貴公には要らぬ忠告であったな。堕天使とワインを酌み交わす学者にはな」俺は笑いながら、その通りだと新たに用意されたワインを口に含んだ。そのワインは先ほどまで飲んでいたワインと同じ。しかしよくよく味わってみると、確かに安っぽい味はするがこれまでにあまり味わった事のない味だ。なるほど、俺はこのワインからもまた一つ学んだという事か。

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