バンシー

「ひー、お腹痛い。もう涙出てきちゃう」一人の少女が、テレビの前でお腹を押さえうずくまっている。本人は痛いと言っているが、俺はまったく心配などしていない。「そんなに面白かったか?」大声で笑い転げる彼女に声をかけながらも、俺は目だけを一度彼女に向けただけで、すぐにテレビへと目を向け直す。画面には、「若手」と呼ばれるお笑い芸人達が漫才を繰り広げている。「だって、「パピョ」って、「パピョ」って何? もう可笑しくって、あはははは」若手らしい、奇妙な言葉尻で笑わせる、ある意味幼稚で初歩的なギャグ。それでこれだけ笑えるのは、彼女が見た目通り笑いの感性も幼いからなのだろうか? テレビでは既に別の芸人が漫才をしているのだが、まだ「パピョ」だけで大笑いしている彼女はまったく見ていない。
「あっ!」大笑いしていた彼女が、突然驚きの声を笑い声同様大きく上げた。「私のお菓子食べた!」彼女が指さす先は、俺の口。その中には、最近発売されたばかりのスナック菓子。「ん?・・・ああ悪い」菓子は皿に移し分けていたのだが、テレビを見ていた為か自分の分を食べ尽くした事に気付かず、俺は彼女の更に手を伸ばしそれを食べてしまっていたようだ。「なんて卑しいの! 人の分まで食べるだなんて!」彼女は俺のさもしい行為に激怒し、その怒りのあまり目に涙を溜めている。「悪かったって、又今度買ってきてやるから。ついでにサワークリーム味とハバネロ味のも」「ホント! 絶対だよ!」失った物より得る物が多くなった事で、単純に喜んでいる。単純な歓喜ではあるが、その喜びようは激しく、指で軽く目頭を拭う程。
「あれ?」今度は何事だと、俺は声に反応し彼女へとまた視線を移した。「番組終わっちゃった?」一人で大騒ぎしている間に、番組は深夜のニュースになっていた。「うそぉ! 私最後のコンビ楽しみにしてたのにぃ」笑って怒って喜んでる間に、どうやら彼女はお目当ての芸人コンビの漫才を見逃したようだ。「そんなぁ・・・テレビ初披露の新作やるはずだったのにぃ・・・リアルタイムで見ないと意味ないよぉ」悲しみのあまり、彼女はシクシクと泣き出した。録画もしてあったのだから、後でそれを見ればいいのにとは思ったが、口にはしない。むろんリアルタイムで見るのにどれだけの価値があるんだ? というのも愚問だ。テレビ以上に目まぐるしい彼女の喜怒哀楽に付いて行けない俺は、さてどうやって機嫌を取ろうかと悩み始めた。そしてそんな自分に、ちょっと泣けてきた。

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