つらら女

妖精学者の仕事は様々だが、今回のような「相談」は非常に嬉しい反面、非常に難解なものだ。「まずはおめでとうを言わせてくれ」俺は依頼者の冷たい手を固く握った。「ありがとう。まさか私が結婚できるとは思ってもなかったわ」幸せそうな笑顔が、全てを物語っていた。本人は「まさか」と謙遜しているが、彼女の優しい性格があればそう難しい事ではなかったと俺は思っていた。ただ彼女の場合「キャリアウーマン」としての実績が逆に男を遠ざけてしまう面があったが。いや、それは些細な問題だ。本当の問題はもっと大きな「障害」であり、それが彼女に「まさか」と思わせていたのは事実だが。「彼女の事、幸せにしてあげて下さいよ」俺は花婿となる男性とも固い握手を交わす。もちろんと力強い言葉と共に握り替えしてきた彼は、その言動と見た目から「熱い男」のように見受けられる。なるほど、似合いではあるがある意味妙なカップルだなと、口にはしないが俺はその言葉を心の奥へと仕舞い込む。
「さて、早速だけど・・・」俺達は本題に入った。「新居は新しく建てるんだよね?」俺の言葉に二人が頷く。「ええ。二人で暮らすとなると、色々と設備を整える必要があると思って・・・」夫婦となる二人が共に暮らす。当たり前の事だが、この二人の場合これが一番の問題になっている。「そうだね・・・旦那さんはどれくらいまで耐えられそう?」俺が尋ねているのは、「寒さ」に関する耐久度。
彼女は見た目こそごく普通の女性であり、ごく普通に社会人として人間社会に溶け込んでいる。だが彼女は妖怪であり、身体の構造が人間とは異なっている。彼女の場合、身体が「氷」で構成されており、暑い中に長時間いると溶けてしまう。普段は妖力でそれを防いではいるが、暑ければ暑い程消費する妖力は多くなり、当然妖力を消費すれば体力を消耗する。その為、彼女は出来る限り涼しい場所・・・いや、寒い場所を好み、当然住居は氷点下の気温を保てるのが理想だ。しかしそれでは、人間である旦那の方の身が持たない。そんな二人が同居しようというのだから、問題は多々山積みなのだ。
俺達三人と、そして実際に新居を建てる大工の棟梁・・・むろんこちらの「事情」を理解してくれている協力者・・・は、あれこれと「案」を提示しては頭を悩まし続けていた。「とりあえず、寝室は別々にした方がいいんじゃないか?」これに夫婦が渋い顔をする。まあ新婚なのだから気持ちは判るが、身体をこわしてしまっては元も子もない。理想と現実を天秤にかけ、実現できる範囲を模索し続けた。
話し合いを初めてだいぶ時間が経過してきたが、まだ終わりそうにない。これは長期戦になりそうだ。「あの、ちょっといいかしら」話の合間を縫うように、彼女が手を軽く挙げ残りの三人に提案する。「この部屋、ちょっと暑くありません? 温度下げても良いかしら」リモコンの設定温度は18度。俺はこの問題がいかに大きな壁なのかを改めて実感した。

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