仙狐&仙狸

杏露酒(しんるちゅう)をロックで飲みながら、俺は「いつもの騒動」を眺めていた。「だから、いつも言ってるでしょ!「好きな食べ物」を訊かれて「ネズミ」って答えないでと。殿方達に、一斉に引かれてしまったではないの。本当に判らない人ね」「そっだらこと言うても、言っちまったもんはしょうがないべ」「しょうがないじゃないでしょ、まったく。おかげで今回の合コンも失敗に終わったじゃないですか。みんなあなたのせいですよ?」「全部うちのせいにすっだか? そっちだって嫌味とかゆーて見下した態度取るなって言ったべ!男の人さ皆嫌な顔してたべ」反省会という名の口喧嘩。二人が参加した合コンが失敗する度に繰り返される光景だが、俺は先週もほぼ同じ台詞を聞いたような気がするんだがなぁ・・・。
「ふん。あんな低レベルの男に合わせてられないわよ」「ほっだら、こんな合コンセッティングすんでねぇべよ」どこから調達するのか毎回不思議なのだが、合コンのセッティングは金髪に縦ロールという、いかにも「お嬢様」という風体の彼女が仕切っている。彼女も、そして言い争っている相手も、「人間としては」女子大生として生活している。大学生ならサークルを通して同世代の男性と合コンするくらいまでは俺の想像できる範囲内なのだが、聞いた話によると今回の相手はIT関連企業に勤めるサラリーマンらしい。どこにそんな人脈があるのか謎だが、「訛り」の抜けない彼女の指摘通り、自分でセッティングしてレベルが低いとはあまりにも酷い話だ。
グラスの中身が氷だけになったところで、毎回尋ねている事を「嫌味」として、今回も俺は尋ねた。「で、そんな二人がどーして家にいるんだ?」二人は同じ学生寮のルームメイト同士。言い争い・・・もとい、反省会なら二人の自室で出来るはず。「なんで、ですって? 二人して寮の門限を守り帰ったら、ああまた失敗したんだなと、寮の皆さんにあらぬ疑いをかけられてしまうではないですか!」あらぬ疑いも何も、事実だろうか・・・とは思うが、もちろん口には出さない。「そっだら、帰るとこはここしかねーべ?」煌びやかな合コン用の勝負服をとっくに脱ぎ、部屋着にしている仙衣(せんい)を着た二人が、当然の主張とばかりに俺へ言い迫る。仙衣に着替えただけならまだしも、普段は隠している「耳」と「尻尾」もあらわにしているあたり、完全に「くつろぎモード」に移行しているようだ。
「もちろん、タダでなんてケチ臭い事なんて言いませんわ」狐の耳を持つ女性が言うと、山猫の耳を持つ女性がドンとテーブルの上に一升瓶を二本置いた。「土産だべ」一本は紹興酒。中国の老酒(らおちゅう)としてはポピュラーなお酒だ。こっちはまだ判る。もう一本は三蛇酒。ハブ,まむし,コブラの三種の蛇と薬草で作る精力回復効果のあるお酒。瓶の中にはまだ三種の蛇がキッチリ漬かっている。「入り用でしょ?」それはどーいう意味かな?
「細かい事は良いの。さ、飲むわよ」言うが早いか、土産だと置いた紹興酒に手をかけ、栓を開ける。「えーっと、それはつまり・・・いや、いい」朝まで付き合えと言う事か?と問いかけるのは愚問か。俺は二人の為にコップをとりにキッチンへと向かいながら、こういう時に限って他に何故来客がいないと、一人で「ざる」二人に付き合わされる不運を嘆いていた。

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