八咫烏

普段から、屋敷には来客が多い。来客達は各々好き勝手な目的で好き勝手に訪れるわけだが、今日に限って来客のほぼ全員目的が一致していた。今日集まった来客のほとんどが「妖怪」と呼ばれる者達。日本間の広い部屋に設置されたテレビを前に、「ニッポン! ニッポン!」と、皆が祖国の名を声高に叫び、画面に映る青いユニフォームに身を包んだ十一人の選手達を応援していた。
「だぁ、せめて枠に入れろ枠に!」シュートを外した選手に、俺は彼の半分も動けない身体をゆすりながら抗議する。「とっとと戻らんか! カウンター喰らうぞ」扇子を持った手で膝を叩き、天狗が檄を飛ばす。「え、なになに? 危ないの?」ルールはよく解らないがお祭り騒ぎに便乗している文車妖妃が何となく自国チームの危機を察する中、「あぶねっ! よっしゃ、キーパーナイスセーブ!」既に危機を防いでいたゴールキーパーを百々目鬼が褒め称えた。「ここからじゃー! いけー!」年甲斐もなく猫又が年老いた身体に鞭打ちながら騒ぎ、「ニッポン! ニッポン!」河童達がキュウリ片手にはやし立てている。
「何というか・・・必至よね」少し離れたところから、盛り上がる日本妖怪達を少し冷ややかに見つめるメイド。「なんじゃ、イングランドは流石に余裕じゃの」カーカーと、同じく少し離れた所から試合と応援団を眺めていたカラスが話しかけた。「予選に必至な日本と一緒にしないで下さる? こちらは優勝するかどうかというチームですから」伝統あるイングランドは余裕たっぷりだ。「その余裕が、足下をすくわれる結果にならん事を祈るよ。いつぞやのフランスのようにな」皮肉を込め、カラスが一鳴きする。「・・・言うわね。まあ、とりあえずちゃんと日本をドイツまで導いてあげて下さいな、代表マスコットさん」「言うまでもないわ」二人の視線は、再びモニターへと移動する。
折しも、青いユニフォームのチームがサイドからのカウンター攻撃に合わせ、ヘディングで一点を決めていた。その瞬間、どっと室内が揺れた。「ゴォォォォォォォォォォォオル!」俺と解説者の声がシンクロする。騒ぎは、それこそ優勝したかと言うくらいの熱気に包まれている。その様子をカラスが一匹、満足げに眺めていた。「どうでもいいけど・・・明日は片づけが大変ね」一人だけがついた溜息は、騒ぎ立てる妖怪達に聞こえるはずもなかった。

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