メデューサ

美女に見つめられて、嫌な気になる男などいない。見つめ合えれば、これほど光栄な事もない。「ねぇ・・・もっとよく見て下さる?」熱い視線が、俺に向けられている。その言葉に、視線に、答えなければ男ではない。だが、なかなか視線を合わせられない。美女と目を合わせる栄誉を真っ向から受けられる勇気が、なかなか沸き上がらない。「お願い・・・よく見て」そっと、頬に触れる冷たい指先。掌が顎を包み、ゆっくりと、顔を正面へと導く。眼前には、目も眩むばかりの美女。そして射抜くように鋭く、しかし熱く愛らしい瞳。俺はその瞳に吸い込まれる気がして、身を強張らせた。だが、俺が「恐れていた自体」にはいつまで経ってもなりそうにない。「・・・大丈夫、かな?」俺は震える唇で成功の言葉と安堵の溜息をついた。「良かったぁ。これ、上手くいったわね」軽く片手で触れた真っ赤なサングラス越しに、彼女の瞳が笑っている。
目があった者を石に変えてしまう恐ろしい魔力。その力を宿した瞳に、多くの者が犠牲となった。故意に石へと変えた者はまだしも、不慮の事故で相手を石にしてしまう事もあり、また真っ直ぐに相手を見つめられない彼女本人も犠牲者の一人といえる。
この悲劇をどうにかしようと考えた方法が・・・視線の間に何かを挟む、つまりサングラスというフィルターで防げないかという発想だった。発想は良いのだが、科学的根拠があるわけでもなく・・・まして魔力に科学的根拠を当てはめようと言うのが間違いであり・・・試験的に効果を試す為に俺が生け贄として実験に参加したわけだったが、本当に生きた心地がしなかった。
「それにしてもよく思いついたわね、これ」嬉しそうに特性サングラスを上げ下げする美女。彼女に、愛読していたアメリカのコミックからアイデアを・・・と言ったら、どう思うのだろうか?「まあね・・・とにかく、後二つすぐに制作して、君のお姉さん達にも送らないと」彼女同様の呪いを受けた二人の美女を気遣う発言で、俺は話をはぐらかした。「ふふ、ありがとう」長い蛇の下半身を揺すりながら、俺に近づく。そして今度は両の手で頬を包み、互いの顔を近づける。「あっ・・・ちょっ、ちょっと待ってくれ」美女からの好意。至福の時を愚かにも、俺は拒んだ。「どうしたの?」不思議そうに首を傾げる彼女の姿も又愛らしいが・・・「いやさ、それ・・・噛まない?」美しい顔、その上には一本一本が蛇となった髪が、シューシューと特有の呼吸音を立て全てがこちらを睨んでいる。「あらあら・・・多少のおイタは大目に見て頂かないとね」微笑む彼女に同調するかのように、蛇が一斉にシャーと口を開けた。それは笑っているのか威嚇しているのか、俺には判断が出来ない。
判るのは、美女と至福の時を過ごすなら、勇気と覚悟は絶対に必要なのだという事だ。

解説へ
目次へ