二口女

俺の友人達は、俺が招く時以外は大抵突然訪れる事が多い。それでもキチンと持て成せるように、それ相応の「備蓄」はしている。これは俺が気に掛けていると言うよりも、屋敷の一切を取り仕切っているシルキーがメイドらしく準備を怠らない妖精であるのが主として助かっている面が大きい。だがしかし、そんなシルキーですら彼女の訪問には慌てる。
「困ったわ、茶葉が足りないわ。悪いけど、急いで買ってきてくれない?」主である俺に、侍女であるシルキーが買い物を頼み込んできた。「ああ、それとこっちの食材も頼む」キッチンから顔を出し、ニスロクが言付けてきた。「牛肉は足りるのか? 足りぬなら主に話を付けてくるが」「すまないがお願い出来るか?」堕天使が猛獣オルトロスに頭を下げている。「ミルクとチーズはどうかね?」我が屋敷同様に良質の乳牛を飼育している魔女が申し出てきた。「あー・・・どうなの?シルキー」「お願い出来るかしら」魔女に借りを作るのは、俺にとってあまり好ましくないのだが、今はそんな事を言っている場合ではない。「キュウリはどうじゃ?」「それは有り余ってる」河童の申し出は丁重に断った。
今日は友人達との晩餐会。地獄からニスロクが腕をふるいにやって来る日であった。いつもふらりとやってくる友人達も、この日ばかりは事前に訪問を俺に告げていた。それだけに準備も万端整っている・・・と思っていた。少なくとも、急遽彼女が参加する事になるまでは。
「ゴメンねー(^_^;)彼女の事伝えるの忘れちゃったo(^-^)o」文車妖妃からメールが届いたのは、ほんの数刻前。このメールを見て、俺は青ざめた。予定外の訪問客が来ても大丈夫なように、余分に準備はしていたが、彼女が来るとなると話は別だ。顔の前にも後ろにも口を持つ彼女は、とにかく大食漢なのだ。口が二つあるから二人前・・・という単純な話では納まらない程に、彼女はよく食べる。前の口からは通常の人と同量、むしろ小食気味な程しか食べないのだが、長い髪に隠れた後ろの口が、四六時中物を食べる口なのだ。故に滞在中は彼女の回りに食事を用意しておく必要があり、また充分な量を用意しないと人の皿にまで手を・・・いや、後ろに食物を運ぶ長い髪の毛が、蛇のごとく貪欲に伸びていく。そうなると隣席した来客に失礼なので、招いた側として対処をしなければならない。故にこれだけ、総出で対策に追われているのだ。
「あれだけ食べてさ、嫌味な程スリムなのはどーなのよ」と、戦場となっているキッチンを眺めながらアルケニーが呟いている。「直接本人に尋ねてくれ」俺も興味あるが、今はそれどころではない。「ねえ、あの娘も判ってくれるだろうから、そこまで慌てて準備しなくてもいいんじゃないの?」確かに、彼女は自分の体質とそれによる周囲への影響をよく理解しているので、食べるなと言えば食べないでいてくれるだろう。しかしそう告げるのは来客に対して失礼である為、館の主として出来る事ではない・・・というのもあるが、本音を言えば、後ろの口は物を食べていない時は四六時中有る事無い事「うわさ話」を大声で話し始めるのが俺にとって痛いのがある。うわさ話など、悪魔や妖精,妖怪達にはなんともないだろうが、人間である俺の話となればそれ相応のダメージが心に残るのだ。「色々聞いてみたいしさぁ」「そこか、お前の本音は」ニタニタ笑うアルケニーを構う暇など無い。俺は頼まれた買い物をする為に屋敷を出た。
その時だった。ジーンズのポケットから、振動と音が伝わってきたのは。携帯電話にメールの着信があった事を告げるものだ。送信者は文車妖妃。到着を報せるメールだった。携帯から目をそらし前を見ると、送信者本人と、苺味の新作お菓子を二袋・・・片手に一袋と髪の毛に一袋掴んだ来客がいた。
本番は今、始まったばかりだ。

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