シャックス

「新たな財宝を発見したよ」彼はいつものように、しわがれた声をくちばしから漏らすよう語りかけてきた。「どうだ?手に入れたいとは思わんか?」彼の誘惑を、俺はあっさりと拒絶した。「思わないね。そもそも、君の話は偽りが多くていけない」彼を正しく召還すれば問題ないが、彼は少しでも儀式を間違えて召還すると身を嘘で固めてしまう。何より、俺はかの悪魔を召還した覚えはないのだから、用心するに超した事はない。「ああ、残念でならない。こうしてわざわざ、君の為にと翼を傷めながらも、まさに飛んで来たというのに」コウノトリによく似た己の翼をわざとらしく広げながら、悲劇の使者は語る。「何よりだ、我が友よ。君に信用して貰えない事が一番の悲劇だ」白々しい台詞も、全てが嘘だと判っているだけになお滑稽だ。
「宝と言っても、どうせまた人の目や耳なのだろう?悪いが、俺にそんな悪趣味はないんでね」少しばかり暇をもてあましていた俺は、彼の戯れ言に付き合ってみようと話を振ってみた。「金しか見えぬ瞳に、もうけ話しか聞こえぬ耳。そして人を欺く舌。人の持つこれらの部位は、確かに我がコレクションとして重宝しているがね、親愛なる同志よ」確かに、コレクトする趣味は人の事を言えぬ同志かもしれないが、一緒にして欲しくないものだ。「目を見張り耳を疑うような美味なる宝がある事は、確かに真実なのだよ」芝居がかった言葉を選ぶのは悪魔の特徴なのか。しかし嘘と判っていても何か人を引きつける魅力を言葉に乗せるのは、芝居がかった口調の為か、それともこれこそが悪魔の力なのか。
言葉にこそ出さなかったが、奴は自分の話に俺が食いついたのを確信したのだろう。しわがれた声を絞り出しながら芝居を続けた。「我はその宝を見つけた。いや、既に見つけていたのだが、それを宝と確信するのに手間取ったよ」少し謎かけのように言い回し、俺の関心を更に引きつけようと奴が試みる。俺はまるで撒き餌にまんまと群がる魚のように、言葉という餌に食らいついてしまっている。「その宝は時として、我が得意とする幻覚のようにはかなげで、我が好む幻聴のように疑いたくなる代物。故にその宝は人にとって「真実」であり、そして「偽り」とならん」嘘を誠のように語る悪魔が、誠を嘘のように語る。そんな謎かけに、俺は少しいらついた。「勿体ぶらずに、ハッキリ言ったらどうだ?」言葉を口にした時には遅かった。まんまと俺は奴の芝居に惑わされ、宝の在処を知りたいと公言させられたに等しい行いをした事に気付いた時には。
「恥じる事はない、我が友よ」勝ち誇った彼は、謎の答えを口にする。「それは「夢」だ、我が宝よ」羽根の先で俺の左胸を指し示しながら、嘘つきの悪魔は続けた。「全ての者が持つ宝こそ、「夢」なり。だがしかし哀しい事か、人の多くはこの宝の所在を知らないのだよ。そして多くの者は、その宝を「偽り」だと信じて疑わない」残念だとばかりに目を閉じる悪魔は、しかしくちばしは開き続け語る。「さて、親愛なる友よ。時としてこの宝は、所有者だけの宝では無い事をご存じか?」俺は素直に、首を横に振った。「この宝は形無き物。だが確実にそこにある物。己の宝を信じ歩み続けその雄姿は、他の物に宝の存在を思い起こさせる。もう一度言おう、我が宝よ。我は新たな財宝を見つけたよ、ここにな」羽根の先で俺の左胸を突きながら語る。
「さて、ご存じの通り我は悪魔なり。偽りの使者なり。我が言葉を戯れ言と捉えるかどうか、その答えは己の「宝」に訊くが良い」

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