ローレライ

事故というものは、どうしても起きてしまう物だ。そして事故には、それを引き起こした原因が必ずある。ただ人々はその事故原因を己の過失などではなく、人のせいにしてしまう事がある。他人に罪をなすり付けるなど言語道断だが・・・「まして事故を、私達のせいにするのはお門違いもいいところよ」と、彼女は心外だとばかりに俺へ噛みついた。「私はただね、私の歌を聴いて欲しいだけなのに」
ヨーロッパ六カ国にまたがり流れる美しき川、ライン川。その一角、ドイツ国内にある場所は水難事故が多発していた。その為漁師達はこぞって「ローレライの仕業だ」と彼女に罪をなすり付けていたのだ。
「確かに、ライン川にある君の住居で多発する事故は、急激なカーブのため座礁するケースがほとんどだろう」溜息混じりに、互いが判りきっている事柄を今更説明口調で俺が語り出す。「しかし、だ。君の歌に魅了され事故を起こしたケースも多数有るのもまた事実で・・・」タンタンと、俺はパソコンのキーボードを乗せたテーブルを叩きながら続けた。「今回の事故は、間違いなく君せいだろうが!」エラーメッセージを表示し続けるパソコンの画面を指差しながら、俺は彼女に迫った。
「それこそ言い掛かりだわ」ドイツ語故なのか、それとも彼女の気が強い面が現れたのか、ピシャリと否定し彼女は続けた。「ただ私は歌を歌っただけにすぎないわ。事故を起こしたのはあなたが勝手に操作を誤ったから、でしょ?」実際、その通りだ。だが「こうなる事を予測して歌ったくせに」と、俺も負けずに引き下がらない。
「いいでしょう」彼女は川の流れのようになびく金の髪をさらりとかき上げ、こう言った。「仮に、私の歌が発端だとしましょう。しかし私に歌って欲しいと言い出したのはどこのどなた?」「・・・確かに、かのハイネが詩集に君の事をしたためた程の歌、一度は聴かせてくれと頼んだ事はある。しかしだ、なんの予告もなく訪れて、突然歌う事もないだろう?」言いながら、自分の立場が悪くなっているのを感じている。「それにだ」俺は分の悪くなったこの状況をどうにか取り戻そうと、言葉を選び続けた。「確信犯が君の手口だろう?」そう、彼女は事故を引き起こし楽しんでいるのもまた事実なのだから。
「あなたともあろう人が」手の甲を口元に当てながら、彼女はくすりと笑い「日本語は正しく使いなさいな」ドイツ語で指摘する。「いいこと?「確信犯」というのは、「自らの行為を正しいと信じてなされる犯罪」の事。罪を罪と認めて行う事ではなくってよ?」言葉のミスが、致命傷となり場の決着へと持ち込まれたのは言うまでもない。「大切な文章を無くしてしまった事には同情致しますが、言い掛かりはおよしになって下さいな。ほとほと、人はそうやって自分の過失を認めない愚かな民だと判ってはいても、気持ちの良い物ではありませんから」そんな愚かな民を誘惑する事を娯楽としている彼女には、あまり言われたくはないが。
うなだれる俺に、彼女はこう付け加えた。「せめて傷ついたあなたの心を、私の歌で癒して差し上げましょうか?」

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