ブリジット

「ご苦労様です。確かに、原稿の方は受け取りました」どうにか完成させた原稿を、俺は依頼主である目の前の聖女へと渡していた。彼女が住まう修道院の外で。「本来ならお茶の一つでも飲んでいって頂きたいのですが・・・」「いや、お気遣いは無用です。男子禁制ですからね。入れないのは判ってます」だからこそ、こうして外で原稿の受け渡しをしているのだから。
「それにしても・・・何で俺に原稿依頼を? 女神として詩や学問をも司るあなたが、俺みたいな三流の学者くずれに詩の執筆を頼むなんて・・・」自分の事を三流などと卑下してはいけないと諭しながら、女神は優しく語りかけた。「あなたにはあなたの、わたくしが経験していない幾つもの財産をお持ちですからね。あなたにしか書けない詩を、わたくしは欲した。それだけですわ」女神にここまで言われては、頬をゆるませずにはいられない。間抜けにゆるみきった自分の顔に気付き、慌てて取り繕う。そんな俺の様子を見て、女神は微笑んでくれた。
ふと、女神はそんな俺の顔をじっと見つめる。女性の視線というのは男にとっては熱く眩しい。特に彼女は竈(かまど)の火を司る女神でもあるだけに。それだけでなく、医術や治療すらも司る女神らしく「少しお疲れになっていますか?」と、俺の体調不良を見抜いた。見つめていたのはそういう事かと、少しばかり残念に思いながら寝不足である事を素直に告げた。「何か布を・・・ハンカチのような物で結構ですが、お持ちですか?」俺はポケットにしまってあった、少ししわくちゃになっているハンカチを取り出し、彼女に渡した。女神はそのハンカチを手に取り、綺麗に折りたたみ直ししばらく両手で挟むと、そっと俺に返す。「そのハンカチを額か胸元に当ててください。気分が楽になるはずです」確かに、すぅっと身体が楽になるのを感じる。「アルケニーさんの作品ですよね、そのハンカチ。ダメですよ? 折角彼女が作ってくれた物なんですから、もう少し大切に扱わないと」無精な自分を、さすがにこの時ばかりは恥ずかしく思う。

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