ノルン

「過去をどう生きたかは、主の財産として残っておる」と、三姉妹の長女が俺に語りかける。「今を生きる事は、過去に生きた自分と未来に生きる自分との架け橋よ」と、次女が長女の言葉を語り継ぐ。「未来を生きる為には、今を一生懸命生きることだね」と、三女が言葉を締めくくった。「それで・・・」俺は姉妹の言葉を聞き、尋ねた。「何が言いたい?」
俺は今、ディスプレイの前に座っている。どうしても書き上げなければならない原稿を抱えていた。髪をかきむしり、うんうんと唸っていたところに現れた三姉妹の言葉が、これである。「つまりじゃ」「今頑張って書き上げないと」「二時間後の〆切に間に合わないよーって話♪」言われなくとも判っている。俺はただ、がっくりと溜息混じりに肩と頭を下げた。「励ますよりさ、こう、時間を少しでも俺に分け与える気はないんか?時の女神様方よ」まず過去の女神ウルドに俺は目を向けた。「過ぎ去った過去は、取り返しがつかぬから過去なのであろう」次女である現在の女神ヴェルダンディは「今は今でしょ? 過去でも未来でもなく。私が何をするでもなく、あなたは「今」を常に得ているじゃない」と告げ、「それとも、楽しい二時間後が今すぐ欲しい?」三女である未来の女神スクルドが笑いながら俺の提案を却下した。「訊いた俺がバカだったよ」無駄な時を使ってしまったと、俺は改めてディスプレイに向き直った。
「まあ、もっと早くから取りかかれば良かったなどと反省しても始まらんが」「反省を教訓に、今を頑張ってね」「二時間後を明るく迎える為にもねー」言いたい事はいやというほど判るが・・・「だったら、ちょっとは静かにしてくれ愛しい女神達よ。俺はちょっとでも「時間」が惜しいんだからさ」本当に愛しいよ。砂時計の中をこぼれ落ちる時という名の砂。その砂の中を泳ぐ身としては、時ほど愛しいものはない。

解説へ
目次へ