ウィッチ

薄暗い部屋で、大きな釜がぐつぐつと何かを煮えたぎらせている。「ヒッヒッヒッ・・・」と引きつった三人の老婆。その笑い声が部屋中に木霊する。イボだらけの醜い手でしっかりと長い棒を握り、ひたすらにかき混ぜている・・・いや、練っていると言うべきか?粉末状になった何かを入れながらひたすらに練り続ける。釜の中はドロリとした黄土色の液体が煮えている。
「練れば練るほど色が変わって・・・」混入した粉末の影響か?釜の中で煮える液体は徐々によりドロドロと、より濃い色になっていく。釜をかき混ぜていた一人が指を入れ、煮えた液をひとすくい。それをぺろりと、大きく尖った醜い鼻の下にある口へと指を運び味をみた瞬間・・・「うまい!」どこからともなく、テーテッケテーとファンファーレが鳴り響いたような気がしたのは、俺の気のせいだろうか?
「あんたらなぁ・・・」このお茶目なばあさん達に、呆れて溜息をつく。「どうしてカレーを作るのに、そこまで大げさな仕掛けまで用意してやるかなぁ」スパイスの良い香りに釣られ釜に近づきながら、俺は尋ねた。三人はヒャッヒャッヒャッと愉快そうに笑いながら、切り返す。「なに、魔女といえば釜が定番。それにカレーはこうしてじっくり煮込むのが一番良いんじゃよ」。俺が訊いてるのはそこじゃないとツッコミたかったが、彼女達も判って言っているのだろう。
「ええっと・・・このカレーにまず、これを混ぜてからモー・ショボーやシルキーに食べさせるとええ」小さな小瓶を、取り分けられたカレーと共に差し出す老婆。「なんだこれ?」と尋ねる俺に「ホレ薬じゃ」と平然と答える。そして三人が揃って、ヒャッヒャと笑い出す。「あのなぁ・・・」とまた呆れる俺に、「いいかげん、行くところまで行ったらどうだ?」「別に何人囲おうがかまわんしのぉ」「しかしお主、物の怪にはもてても同族にはもてんのぉ」また鳴り響く笑い声。このばあさん達、人の恋路をあれこれ話題にするのが好きだからなぁと、お節介というよりもスキャンダルのネタが欲しい彼女達の「好意」を受け取りながらまた溜息をつく。
「それとも、「そいつを」儂らに使うかえ?」と、言い出した老婆達。ふざけたことを。いくらなんでも好きこのんでよぼよぼのばあさん達を相手に・・・と言ってやろうとした瞬間。白い煙と共に、彼女達は姿を変えていた。「レオナルド様より授かったこの力。そなたをわらわ達の虜にするなど造作もないのだぞ?」「そして夜の方もな。なんなら次のサバトに招待してやっても良いぞ?」「儂らに歳はないからの。何時でも、愛し合えるぞ?」一人は赤いリボンと黒い服を身に付けホウキを持った少女。一人は小さなステッキを持ち派手な赤い衣装に身を包んだ幼女。一人はピンク色のセーラー服に魔女特有の帽子をかぶった女性。三者三様に化けた彼女達は、揃って俺を誘惑する。「お前ら・・・俺が隠していた「あの本」を見てやがったな・・・」くすくすと笑い出す彼女達の様子が、俺の推理が正しかったことを物語っている。願わくば、俺の精神的な抵抗が出来ている間にここを離れられる事を。彼女達の本当の姿を何度も何度も思い起こしながら、男の虚しい抵抗は続く。

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