アルケニー

「アハハハハ! それは災難だったわねぇ」豪快に笑い飛ばしながら、細長い足で器用に口元を押さえる女。メルコムとの一件を聞いて、この反応だ。「だいたいさぁ、あの守銭奴がタダで手伝うわけないじゃない」「んなことは判ってるよ。まさかこんな事をやらされるとは思わなかったがなぁ・・・随分高い出費になったぜ」寝転がる俺の横には、瓶が数本転がっている。「神経使うぜ・・・」グロッキー寸前の俺は、このまま寝てしまいたい衝動に駆られる。「ああ、寝る前に寸法計らせてよ」と、訪問の用件を言い出した。「あなたさ、そうやってだらだらしてるから肥るのよ。毎年サイズを測り直さなきゃいけないほどぶくぶく肥るのはどうかと思うよ?」言いたい事をずけずけという彼女の言葉に、少しばかりいたわりと気遣いを見つけられただけ幸せだ。
「お前もさ、そうやって言いたい事言ったり、押さえるところを押さえないから「そんな姿」になっちま・・・痛っ! 刺すな! その爪で刺すな!」肩幅を前足で測っていた彼女が、俺の言葉に怒りをあらわにしている。「私が悪いんじゃなくて、アテナが大人げないのよ! なによ、織物で競争しようって言い出したのアイツなのにさ。負けた腹いせに、私を蜘蛛の姿にするなんて! もぉ!」失言だった。今でこそ蜘蛛の身体を活かし、こうして得意の織物を楽しんではいるが、やはり姿を「変えられた」屈辱は消えるものではない。「判ったから! 刺すなってよ!」見えない背中が血だらけになってやしないか、心配になりながらも叫んだ。「つまらない事を言うのはアンタの方じゃないよ、まったく・・・」やっと刺すのをやめた彼女は、再び寸法を測り直し始めてくれた。
一通り計り終えて、彼女はもういいわよと俺に声を掛けた。「バストが1m以上あるってどうなのよ。カップもAどころかBカップはあるんじゃないの?」などと人の胸を突きながら言い放つこのセクハラに対し、俺は「それはお前に胸というものがな・・・ごめんなさい」と言いかけた言葉を謝罪で締めた。鋭く尖った前足を高々と持ち上げられては、嫌みの一つも言えたものではない。
本当のところ、こんな嫌みを言うべきではないのだ。彼女は人の身体でなくなり、自分の服を自分で作る事が無くなってしまったのだから。これは織物を生き甲斐としていた彼女には辛い事のはず。身体の事を言うのは無神経というもの。だが、気の強い彼女は気を使われるのを嫌う。俺の接し方が正しいとは言えないが、これが俺なりの「気を使わない」という「気の使い方」なのだ。それを彼女も理解してくれている・・・そう勝手に解釈して、俺はこうして嫌みを言い合う機織り姫との付き合いを続けている。
「じゃ、帰るわ。ああ、出来たばかりのパジャマ置いてくね。ちゃんと着替えてから寝なさいよ」何時の間にか、きれいに畳まれたパジャマが置かれていた。彼女は今、こうして人の為に織物をする事に生き甲斐を見出している。俺はそんな彼女の趣味に付き合っている。いや、付き合わせて貰っている。玄関を出ようとする彼女に、俺は「サンキュー」と軽く返事をした。振り向いた彼女は満面の笑み。蜘蛛という身体の不気味さなど、あの笑顔を前にしては意味を成さないだろう。こうやって俺は、彼女に惚れていくのだなと、そしてこれで何人目の女性に惚れているのだろうと指折り数えながら、自分の惚れやすい体質はどうだろうと自分に問いかけた。

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