餓狼伝説vs龍虎の拳

第五章 紳士

 次の便がまもなく飛び立つというアナウンスが流れてくる。まずはイタリア語で。続いて英語で。
 空港というのはどの国であっても、様々な人種が集う場所である。とはいえ、比率で言えば当然母国の人種が一番多いわけであり、必然的に母国語であるイタリア語がアナウンスに使われるわけである。
 そう、ここはイタリアなのだ。
 この地に、一組の男女が降り立った。カップル・・・であることには変わりないのであろうが、二人の間では意識のずれが生じていた。
「うふふふふ・・・・・・・」
 女性の方は、二人きりの旅行がたまらなくうれしいのだろう。飛行機に乗り込む前から上機嫌だった。そして目的地に到着した今は、うれしさを隠しきれないとばかりにはしゃいでいる。
「舞・・・この後、どういうスケジュールになっているんだい?」
 一方、男性はちょっと困惑気味であった。相手の女性と旅行することを迷惑だと感じているわけではないが、シャイな彼としては恥ずかしさの方が先立った。
「この後?そうねぇ・・・このまま教会にでも直行して、すぐ結婚しちゃうっていうのはどう?アンディ
「あのねぇ・・・冗談はやめようよ・・・」
「あら?冗談のつもりなんて無いんだけどなぁ・・・」
 はぁ、とため息をつく。むろん、嫌なわけではない。しかし、彼女のペースに振り回されている自分が情けなくもあり、ストレートな気持ちを受け止められない自分に歯がゆさすら感じているだけなのだ。
「・・・もぉ・・・」
 当然、彼女も彼の気持ちを知らないわけではない。故に、彼女もストレートに返せない彼に歯がゆさを感じている。
 なんとも、奇妙なカップルである。
「ロバートさんとユリさんが、迎えに来てくれることになってるはずよ。たしか、西ゲートで待ってくれているはずだわ」
「あっ・・・そう。待たせちゃ悪いから、急いでいこうか」
 二人は西ゲートへ急いだ。女性の方から腕を絡め、男性が頬を赤らめながら。

「お待ちしておりました。不知火舞様と、アンディ・ボガード様ですね?」
 西ゲートで待っていたのは、ロバートでもユリでも無かった。
「はい・・・あなたは?」
 ひげを蓄えた、40代であろう紳士が声をかけてきたことに多少とまどっていた。紳士は礼儀正しく頭を垂れ、言葉を続けた。
「ガルシア家に仕えております、カーマン・コールともうします。ロバート様、ユリ様が急用につき迎えにこれなくなりましたので、私が代理としてお迎えに参りました」
 執事・・・というよりはボディーガードであろうか?柔らかい物腰で隠そうとしてはいるものの、修羅場をくぐり抜けたものが持つ「威圧」とでも言うべき気が、隠しきれずにいる。いや・・・隠そうとしていないだけなのかもしれない。
「急用?」
 アメリカを発つときには聞いていない話だ。いや、だからこそ「急用」といえるのだが・・・
 二人は、カーマンと名乗るこの紳士を信じて良いのか迷った。自分たちを、というよりはイタリア屈指の財閥であるガルシア家の客を誘拐するための芝居と考えられなくもないからである。この国はマフィアの国でもある。考えられない話ではない。
「・・・ユリ様より手紙をお預かりしています。舞様であれば、本物かどうかご確認できるかと」
 紳士は自分が疑われていることに気づきながらも、嫌な顔一つせずに手紙を渡した。紳士からしても、疑われて当然と思っていたのだろう。
「拝見します・・・」
 舞は手紙に目を通す。そしてこの手紙がユリ本人からのものであることを確信した。
「間違いなく・・・ユリさんの手紙ですね」
 執筆鑑定は忍としては当然の技能。舞にとってはユリ本人の手紙かどうかなどなんなく判定できる。
「信用していただけますかな?」
「えぇ。もちろん」
 もはや、疑う余地はない。
「それよりも、この手紙の内容ですが・・・」
「それは、道場についてからユリ様ご本人よりお聞きください」
「そう・・・わかったわ」
 先ほどまでの、新婚旅行でも楽しんでいるかのような雰囲気など微塵もない。そこには、「忍」としての舞がいた。状況が飲み込めていないアンディにも、なにかとてつもないことが自分たちのみに降りかかってきたことを感じ取っていた。
「では、こちらの車にご乗車ください。運転手には道場までお送りするように伝えてありますので・・・」
「あら?カーマンさんは同行してくださらないの?」
 迎えに来た本人が同行しないのはおかしな話だ。
 しかし、舞には・・・いや、アンディにもわかっていた。その訳は。
「申し訳ありません・・・たった今急用が出来ましたので・・・失礼は承知の上ですが、お許しください」
「わかりました・・・どうかお気をつけて
 アンディは彼の身を案じながらも、舞と共にリムジンに乗り込んだ。
 カーマンがリムジンを見送ると、「急用」を作らせた本人が近づいてきた。

「これ以上、我らの客人に近づくことは許しませんよ」
 紳士がゆっくりと振り返ると、そこには一人のマタドールが立っていた。
「簡単にはいかないと思ってはいたがね。こうもあっさりと見つかってしまうとは思いませんでしたよ」
「自分がどんな格好をしているのか、わかっていっているのか?」
 ここが仮にスペインだとしても、やはり空港に立つマタドールは目立つというもの。しかし、それだけはカーマンがわざわざ残る理由にはならない。
「もっとも、貴様は格好だけではない。その『殺気』は目立ちしぎる」
「私は派手好きでね。服装にしても『気』にしても。お好みにいただけたかどうか・・・それが少々気がかりなんだがな」
 殺気を隠すつもりなど、彼にはなかったのだが。
「・・・誤算だったな。それだけの殺気を漂わせていれば、舞様たちの方が気がついて近づくとでも思ったか?」
「とんだ雑魚が釣れてしまったよ。おかげで、大物を二匹、釣り逃がしてしまった・・・」
 二人を取り巻く『気』は、静かに、しかし激しくぶつかり合っていた。だが、この『気』による攻防を感じ取れる観光客は誰一人としていない。
 静かすぎる・・・激闘。
「・・・雑魚とはいえ、なかなか旨そうじゃないか。さて、どう料理すればいいものか・・・」
 腰に付けていたサーベルに手をかける。
「気を付けた方がいい。調理方法を間違えると、シェフの方が怪我をすることになる・・・」
 ファイティングポーズは取らない。だが、すぐにでも踏み込めるように足を開いて臨戦態勢をとっている。
 ・・・・・・幾ばくかの時が流れる。
 二人の「気」は激しさを増す。
 しかし、どちらも微動だにしない・・・
「ふっ・・・・・・」
 唐突に、マタドールはサーベルから手を離した。「気」もすでに押さえてしまっている。
 カーマンが怪訝ながらも「気」を押さえながら聞いた。
「調理方法が思い当たらなかったか?」
「いや・・・忘れていたよ。釣りはやはり『キャッチ・アンド・リリース』が一番大事だということにね」
「なるほど・・・」
 マタドールを倒すことが、カーマンの仕事ではない。相手が戦う意志を見せないのであれば、余計な戦闘は遠慮したい。なによりも、ここは人目のつく空港なのだから。
「海に戻って、あの大物二匹にあったら伝えてくれ。次は釣り上げる、とな」
「お前のような腕では、無理だと思うがな・・・」
 軽い皮肉に、ふっ、と口をとがらせるも、マタドールはくるりと背を向け、歩きだそうとした。
「あぁ、そうそう。大事なことを忘れていた」
 何かを思いだし、再び紳士へ向き直る。
「名乗りもあげずに失礼した。私の名は、ローレンス・ブラッド。以後、お見知り置きを・・・」
 闘牛前の挨拶のように、深いお辞儀とともに名乗りあげたかと思うと、すぐにまた背を向け立ち去っていった。
「・・・・・・恐ろしい男だ」
 今になって、冷や汗が出てき。
 これまでにも、様々な刺客と戦ってきたカーマンであったが、拳も交えずに強烈な「強さ」を感じさせる男に出会ったのは、片手で数えるほどしかいない。下手をすると、今まで以上の強敵なのかもしれないとさえ感じる。
「さて・・・いったん屋敷に戻るとするか。ロバートに頼まれたことも片づけなければならんしな」
 屋敷に戻り、ローレンズ・ブラッドの名をファイルリストの中に加えることも忘れないよう、メモを取りながら屋敷への帰路につく。

「下手をすると・・・」
 アンディと舞の暗殺。その任務が果たせないままドイツへと帰る途中。一人飛行機の中でつぶやいていた。
「あのカーマンとかいうエージェント・・・アンディや舞よりも手強いかもしれん」
 ターゲット以上の実力者がガードしている。これはやっかいなことになりそうなのだが・・・
「なに・・・釣りも闘牛も、その方が面白いというものだ・・・」

 

 

to be continue

 

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