餓狼伝説vs龍虎の拳

第四章 用心棒

 開店作業は順調だった。歓迎すべきでない集団客がやってくるまでは。
 集団客を丁重に接客し終えた後で、今度は二人の東洋人がやってきた。この店「イリュージョン」の経営者、キングを訪ねに。だが、あいにくと経営者は留守だったため、彼女の弟が集団客に引き続き接客を行った。
 そして二人の東洋人は、用心棒兼ウエイターと言うことで店で働く契約をした。のだが・・・。
「ジョー! おいジョー!・・・ったく、どこまでゴミを出しに行ったんだか・・・」
「ジャイさん、どうかしましたか?」
 経営者の変わりに留守を預かっているジャンは、先ほど契約を結んだばかりの従業員、ホア・ジャイに声をかけた。
「ジョーの奴がゴミを出しに行ったまま戻らねぇ・・・ったく、どこまで行ったんだか・・・」
「ゴミって?・・・あぁ、あの粗大ゴミですか」
 壊れたイスやテーブルといった粗大ゴミは、店の裏に置いておけば明日には清掃業者が持っていってくれる。が、東が持ち出した粗大ゴミは、清掃業者ではなく警察が始末してくれる代物なのだ。
「ここから警察署までは結構遠いですし、あの量ですからねぇ・・・時間かかるのは無理ないですよ」
「そりゃわかってんだが・・・だから俺も持っていくと言ったんだ・・・」
 用心棒が二人も店を開けるわけにはいかないと、東はホアの提案を退け一人で行ってしまった。
「まぁ、どちらにしても今日は営業できそうもないですから・・・東さんが早く戻ってこなくても問題ないですよ」
「だと、良いんだが・・・」
 粗大ゴミの元・・・BLACK CAT’Sがどういう連中なのか、ホア達はジャンから大まかに聞いていた。サウスタウンの一地域を牛耳るチンピラ・・・それも、かのギースが気にもとめなかったような辺鄙な地域の。これだけを聞けば、今日のような事がこれからあったとしても、これといって問題はないように思えるのだが・・・。しかし、問題は2つほどあった。
 1つはギースがいなくなったことによる、秩序の崩壊。もちろん、ギースがこの街を支配していた時点で秩序はなかったも同然なのだが、暴徒的なギャングやチンピラ同志の抗争はあり得なかった。ギースに睨まれることを恐れていたからだ。だが、彼らが恐れたギースはもういない。となれば、次期ギースの座を巡って小競り合いが各地で勃発することとなるだろう。だが、これは今心配すべき事ではない
 今心配なのは2つ目の問題・・・BLACK CAT’Sとキングの関係である。
「ジャック・ターナーのことですか?」
 考え込んでいたホアに、ジャンが声をかける。
「BLACK CAT’Sを作り上げたのがジャックって奴なんだろ? そして君の姉さんとジャックには因果関係が残っている・・・そう言ってたな?」
 Mr.BIGという男の部下になっていたジャックとキングが闘い、結果敗れたキングはそのままBIGの部下として迎え入れられた・・・そういう経緯が過去あったとジャンから聞いていた。
 そして後にBIGの元を離れたキングは、ギースが裏で画策し開催した13年前の「キング・オブ・ザ・ファイターズ」に参戦し、偶然ジャックと試合が組まれ・・・過去の屈辱を清算したということらしい。
「現在BLACK CAT’Sが活動している地域と、この店は同じサウスタウンの中とはいえ離れすぎている。わざわざ連中がこの店に来た目的は・・・キング以外に考えられないだろう」
 当然の推測だ。
「たしかにそうですが・・・だからって立て続けに襲ってきますかね?」
「立て続けだから効果があるんだろ」
「え?」
 ギースの下で色々と活動していたホア・ジャイだけに、悪党と呼ばれる輩の手口は十分理解していた。
 まず部下を使って店内を荒らすよう指示を出す。そうすればキングが嫌でも闘うこととなる。いくらキングが手強くとも、多少の疲れは出るだろう。そこへ全く疲労していない自分が対峙すれば・・・勝算が上がるというものだ。
 姑息な悪党ほど、確実性を求めるものだ。
「それはつまり・・・」
 ジャンが言葉を制止するように、入り口の扉が大きな音を立てて開かれた
「噂をすれば・・・か・・・」
そこには、巨大な影が耳障りな笑い声と共に立っていた。

「よぉ・・・俺の連れが、先に邪魔してるはずなんだがなぁ・・・」
 ドスッ、ドスッ、という足音が聞こえてきそうな、そんな足取り出店の中に入ってくる影。
「すでにお帰りになられましたが・・・」
 わき上がる怒りをこらえ、店員として来客を迎えるウエイター。
「ん?誰かと思えば坊主の方か・・・てめぇの姉ちゃんの方はどうした?」
「オーナーは不在ですが・・・どのようなご用件で?」
 あくまで冷静さを保とうとするジャン・・・。
「なに、ちょっとした野暮用って奴だよ・・・まぁ、いないんじゃしょうがねぇな・・・かといってこのまま手ぶらで帰ったんじゃ面白くねぇもんなぁ・・・」
 ジャックにとってキングの不在は計算外だった。ならば本人の心へ傷を残していくのも悪くはない。ジャンの死という心の傷を・・・。
「なら、俺が相手してやるよ」
「ジャイさん!」
 東が不在の今、接客はホアが担当するのが自然な流れである。
「ん?誰だてめぇ・・・」
「ウエイターだ・・・客をもてなすな」
 見た目からはとてもウエイターとは言えないが・・・。
「・・・なるほど。元バンサー(用心棒)が同業者を雇ったか・・・おもしれぇジョークだぜ」
 巨体を揺らしながら笑い出したジャック・・・だが、すぐに視線をホアに戻す。貫くような鋭い視線を。
「それだけのジョークを用意してたんだ。当然、それ相応に楽しませてくれるんだろ?」
「どうかな?おめぇみたいな年食っただけのデブには、少々きついかも知れねぇぜ?」
 デブという言葉に反応したジャックは、唐突に太い腕を前につきだした。
 バシッ!
 予想外の攻撃ではあったものの、なんなくそれを手で受け止めた。
 そして、これが試合開始のゴング代わりとなった。
「イヤァァァァァ!」
 ムエタイ特有の、足技による猛攻がジャックを襲う。
「チッ!」
 ジャックにとってムエタイの使い手を相手にするのは初めてではない。が、慣れているわけでもない。徐々に追いつめられていった。
「うりゃあ!」
 攻撃を受けながらも、力強い一撃を与えようと腕を振る。
 シュッ!
 猛攻の中をくぐり抜けた一撃は、むなしく空を切った。ホアがバックステップで避けたためである。が、ジャックにとってはそれが狙いであった。
「どぅりゃ!」
 見た目の巨体からは信じがたい攻撃がホアを襲った。顔面めがけてドロップキックが飛んできたのだ!
「くはっ!」
 とっさにガードしたとはいえ、あの巨体がまっすぐ飛んできたのだ。腕がしびれていうことを聞かなくなる。
「ライデンみてぇなことを・・・」
 かつて同じくギースの下にいた同僚のプロレスラーを思い出す。
「もういっちょ!」
 また巨体が動く!ホアはとっさに上段をガードする体制を整えようとするが・・・
「ジャイさん、下!」
 ジャンの声が響く。なんとジャックはスライディングキックを放ってきた!
 ズササァッ!
 とっさのジャンプで何とか攻撃をかわす。ジャンの声がなければ確実にやられていただろう。
「危ねぇ・・・ったく、図体でけぇくせして細かい芸を見せてくれるぜ」
 端から見れば、動きは大きく細かいとは言えない。が、心理的の面から言えば、充分細かい配慮がなされた連続攻撃だったといえる。
「ちっ、もう少しだったのによ・・・」
 のそっと立ち上がるジャック。完全に無防備と言える体制なのだが、ギリギリで避けたホアは体制をまだ整えていなかった。が、相手の動きを観察することは出来る。
(動きは遅いが・・・パワーは充分。やはりライデンと同タイプと見るべきか?いや・・・)
 ホアは一つ引っかかることがあった。もしライデンと同タイプなら、わざわざ距離を置くためにパンチを空振りさせる必要があったか? ライデンなら投げ技へ持ち込むだろう・・・。と言うことは・・・。
「ジャン、酒をよこしてくれ!」
「え!?」
 ホアの突然の申し出に戸惑うジャン。
「いいから、投げてよこせ! 酒なら何でもいい!」
 戸惑いながらも、ジャンはバーボンを一瓶投げてよこした。
「うりゃあ!」
 再びスライディングキックを放つジャック。それを今度はあっさりとジャンプでかわしつつ、投げられたバーボンの瓶を空中で受け取るホア。
「もう酒に頼った闘いはしないと誓ったんだがな・・・これで最後だ!」
 キックに失敗し、ゆっくり起きあがろうとするジャックから距離を置き、バーボンを一気に飲み干す。
「酒は客に出すもんだろ? ウエイターさんよぉ!」
 言いながら拳を振りかぶる。片足でトントンとリズムを刻み、渾身の力でホアに殴りかかる!
 が、それよりもホアの方が早く動いた!
「ドラゴンキック!」
 強烈な飛び膝蹴りがジャックの顔面をとらえた!
「ぐっ!」
 まともに食らったジャックは店の隅へ吹っ飛ばされる。
「ドラゴンキック!」
 そして間髪入れずにホアの飛び膝蹴りが再び炸裂!
「がはっ!」
 相手を隅に追いやった上で、近距離から飛び膝蹴りを連発する。
 ガッ、ガッ、ガッ!
 まるでドラムを叩いているかのように、リズムに乗った打撃音が店内に響き・・・決着が付いた。

「東さんも強かったですけど・・・ジャイさんも強いですね」
 ジャックを動けないように縄で縛り付けながら、ジャンが感嘆の声を上げる。
「いや・・・やはり俺は引退して正解だ・・・」
「え?」
 ジャンにとって意外な答えが返ってきたことに、思わず声を出してしまう。
「こんなデブ・・・それも中年もいいトコの相手に、酒に頼らなきゃ勝てないなんてな・・・元ムエタイチャンプの名が泣くぜ」
 それと、ジャックが接近戦に弱いことも勝因の1つだったろう。いや、決して接近戦が出来なかったわけではないだろうが、強烈な持ち技が長距離のものしかなかったのが幸いだったのだ。
「・・・でも、助かりました。僕だったら、ジャックにはとてもかなわなかったろうし・・・」
 ジャンはまだ経験が浅い。素質は充分なのだが、足への不安はどうしても拭えないだろう。たしかに今のままでは勝てなかっただろうが・・・東との一戦を見て、東以上に鍛えてみたいと思った一材だったのにと、ホアは心底悔しがっていた。
「しかしまぁ、これで俺達の役目も終わりか? あとはジョーが戻ってきて、君の姉さんが帰ってくれば万々歳って事になるな」
 当初の目的は、東がキングと試合をすること。用心棒はあくまでも事の成り行きなのだ。
「そうですね・・・闘いを捨てた姉さんが、東さんの申し出を受け入れるかどうかは解りませんが・・・店のために色々してくれたわけですし、渋々ながらも受けると思いますよ」
「ところが、そうもいかねぇんだよ」
 不意に、入り口から声がかかった。
「ジョー! それに・・・」
「姉さん!」
 なんと、東がキングと共に店に戻ってきていたのだ。
「なんで姉さんと一緒に?」
「それになんだよ、そうもいかねぇってのは・・・」
 驚く二人は、立て続けに帰ってきた二人に質問を浴びせ続けた。
「おいおい、そんないっぺんに訊くなよ」
「ジョーとは警察の前であったんだ。それと・・・」
 言いかけて、キングは縛り上げられているジャックをちらりと確認した。
「なるほど。ジョーから聞いていたが・・・BLACK CAT’Sの方は片が付いたみたいだな」
「えぇ、ホアさんが・・・」
「へぇ、やるじゃねぇか、ホア」
 意外だ、と言いたげな声を上げながらも、内心当然の事だと東は思っていた。でなければ、自分ではなくホアを一人で警察へ向かわせただろう。
「で、そっちのことを詳しく聞かせて貰おうか?ジョー」
「ん? あぁ、そのことは俺よりキングから聞いた方が早い」
 と言うより、説明するのが面倒なんだよと、顔にはそう書いてあった。
「姉さんが2,3日戻らないと言って出かけたのと・・・関係あるの?」
 実際には、たった1日で戻ってきたことになるのだが。
「あぁ・・・ギースがいなくなって、この街も平和になる・・・と誰もが思ってるんだろうが・・・やはりそう簡単には行かないようだ」
 弱小だったギャンググループの活性化。ホアが問題だと感じていた残り1つが動き始めたのだ。
「ギースの時のように巨大すぎる組織は、直接刺激するとかえって危険だったからな。今まで私もリョウ達もあえて手を出さなかったんだが・・・」
 13年前のKOFの時のように、直接ギースと接触して倒す機会があれば別だったがと、付け加えることも忘れない。
「ギースという手綱が無くなったことで、押さえつけられていた奴らが動き出しただけならまだしも・・・ギースの傘下にいた連中までも細分化して暴れ始めている」
「BLACK CAT’Sもそんな中の1つって訳だね・・・」
「確かにそうだが、ちょっとばかり状況が違う」
 今度は東が答え始める。
「どうやら、ハイエナどもがこんなにも早く活性化したのには2つの組織が絡んでるらしい」
「2つの組織?」
 元々サウスタウンの住人ではないホアにとって、これまでの状況も完全に把握できていないところに、さらに理解できない展開へと話が進んでいく・・・。
「もしかして・・・そのうちの1つって・・・」
「・・・ジャンが考えてる通りだ・・・」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ・・・俺にはさっぱり理解できねぇんだが・・・」
 3人だけで勝手に話が進んでいくのは、ホアにとって面白くない。なにより、東が理解していて自分が理解できないのがよけい気に入らない。
「ジャンから話を聞いたと思うが・・・かつて私が不本意にもバンサーとして働いていた組織さ」
 唯一の汚点。キングにとって思い出したくない過去なのであろう。ジャックをにらみつけながら言い放った。
「って事は・・・Mr.BIGとやらの組織?」
「BLACK CAT’Sも奴の差し金だろうってさ。BIGとジャックが接触していたって情報はつかんでるぜ」
 警察にBLACK CAT’Sの連中を引き渡す際、東は一人の警察官からその情報を得たという。その男は今時珍しいほどの熱血漢で、名をケビン・ライアンと言うらしい。これからも協力を惜しまないと、東とキングに約束までしたらしい。
「さすがに、BIGが動いたとなれば・・・黙ってるわけにはいかないからね」
 因縁って奴は嫌だね。そう言いながらオーバーに肩をすくめるキング。
「もしかして、2.3日留守にするって・・・」
「タクマさんの所へ相談しに行くのと、情報収集のためさ。まぁ、情報収集はこれからだけど、強力な助っ人を得られただけでもよしとしなきゃね」
 ちらりと、東を見るキング。それに答えるように東がニッと笑いかける。
「おい、ジョー・・・もしかして・・・」
「そう言うこと。俺達の仕事はまだ終わってねぇぞ?」
 なんでも、BIGの組織壊滅の助力をしてくれたのなら、解決後キングが試合の相手になると言う条件で再契約がなされたらしい。
「しばらく店はジャンに任せるよ」
「それはかまわないけど・・・気になることがもう1つ」
「あぁ、俺も1つ気になることがある・・・」
 ジャンとホアが共通して持ったもう1つの疑問・・・
「2つの組織の、もう1つは?」
「あぁ、それはタクマさんの方がイタリアにいるロバートとユリに調査協力をお願いしたから・・・」
「えっ!? サウスタウンの事をイタリアのロバートさん達に?」
 サウスタウンはアメリカの街。イタリアとは遠くかけ離れているはずである。
「そのもう1つの組織がどうしてサウスタウンに関わろうとしているのかはよくわからないんだが・・・どうやらドイツを中心に暗躍する組織らしくてね」
「ドイツ!?」
 ジャンとホアが同時に驚きの声を上げる。イタリアの次はドイツ。アメリカの1都市がずいぶんと国際的になったものだ。
「どうやらギースと何らかの関係があるらしいぜ・・・」
 東が不敵な笑みを浮かべながら・・・これから巻き起こる大事件にワクワクしながら、二人に説明を続ける。
「そいつの名はヴォルフガング・クラウザー。暗黒の帝王とまで言われてる男らしいぜ・・・」

 

to be continue

 

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