餓狼伝説vs龍虎の拳

第三章 守る

 

 サウスタウン。
 広大なアメリカを、そのまま凝縮したような街。
 空港や港といった主要な設備はもちろん、遊園地やカジノといった娯楽施設、チャイナタウンのような民族街、富豪達の住まう豪邸街、荒れ果てたゴーストタウン・・・おそらく無いものはない、そういった街だ。強いて言えば、バスケットボールのプロチームが存在しないことぐらいか。
 その街を、ある一人の男が牛耳っていた・・・名を、ギースハワード。だがしかし、その独裁者も街にはいない。
 独裁者が善であれ悪であれ、その存在を失うことは秩序の崩壊を生む。もちろんサウスタウンも例外ではない。今までギースの下でビクビクと生きながらえてきた野心家達が、次は自分が独裁者になる番だと、抗争を始める。混沌の時代がサウスタウンを包もうとしている。
 そしてここに、野心を抱いた二人の男が対峙していた。
「で、この俺にまたてめぇの傘下に加われと?」
 大柄な・・・いや、肥ったという方が正しいだろう・・・そんな体型の男が吼える。
「強制はしねぇ。俺はただ、働き口もねぇおめぇに、仕事をやると言ってるんだ。悪い話じゃねぇだろ?」
 サングラス越しでもわかる鋭い視線が、肥った男を射抜く。
「BLACK CAT’Sを脱会して、お前ももう40だろ? ここで大金をつかんでおかねぇと、良い老後は迎えられねぇぜ」
「はっ、老後かよ。そんな話をするとは・・・お前も年だな」
 よほど老後の話を切りだしたことがおかしかったのか、肥った男はひとしきり大声で笑い出した。
「年か・・・たしかにな。ギースに失脚させられてから、ずいぶんとたっちまったな」
 ククッと、サングラスの男も自嘲した。
「やっと来たか?ギースがいなくなったこのサウスタウンを牛耳る日が」
「まぁ、そんなところだ・・・」
 目の前のバーボンを一口含み、言葉を続ける。
「だが別に、ギースがいなくなるのをずっと待っていたわけじゃねぇ。俺はこれまでも「財」と「武」という力を蓄えてきた。これからという時にたまたま、ギースがいなくなった。それだけだ」
 ほぉ、という言葉が漏れてきそうな、そんな皮肉めいた笑顔を作る。
「で、俺は『武』の方だってことかい?」
「まだ行けるだろ?」
 とはいうものの、サングラスの男は肥った男自身の「武」の力をあてにはしていない。必要なのは、彼の持つ兵隊。脱会したとはいえ、彼が率いていたグループ「BLACK CAT’S」は現在も存在しており、創立者である肥った男が一声かければすぐにでも集まるだろう。
「わかった・・・良いだろう、協力しよう。だが・・・」
「だが?」
 金か? 条件を提示してくることぐらいは予測していたであろう。だが、肥った男の条件は、サングラスの男の考えていたこととは違っていた。
「お前の仕事に協力する前に、けじめを付けてくる。それからで良いだろ?」
「けじめだと?」
「そうだ。ちょいとした縁でね。13年前に負けたまんまってのが気にいらねぇんだ」
「なるほど・・・」
 サングラスの男は、その「ちょっとした縁」をよく知っていた。かつてはそいつも、彼の部下であったのだが・・・
「良いだろう。俺の元を離れてから、悠々とバーなんか経営されてたんじゃ、俺も面白くねぇからな」
「それじゃ、商談成立だ。事が片づいたら又来る」
 そういって肥った男は席を立ち、レストラン「L’AMOR」を出ていった。
「・・・商談成立・・・か。場合によっちゃ、破談だな」
 どちらかと言えば、後者であろう事を予測しつつ、サングラスの男は別の兵隊をかり集める作を、髪の全くない頭で考えていた。

「ここか・・・その『キング』って奴がいる店は」
 サウスタウンにはいくつものバーがあるが、その中では、比較的小さなバー「イリュージョン」の前に、二人の東洋人が立っていた。様々な人種が存在するサウスタウンにおいて、東洋人はさして珍しいわけではないが、二人とも、とてもバーで酒を飲むといった服装ではない。
「どうせ来るなら、女と来たいね。こういう店は」
 髪を逆立てている男がつぶやく。彼がこの店にやってきた目的は、どうやら酒ではないようだ。
「お前が女の話をするとはな・・・珍しいこともあるもんだ」
 もう一人の、髪のない東洋人が切り返す。
「悪いか?」
「いや・・・格闘バカのお前が、格闘以外のことを口にするのが珍しくてね」
「・・・ちげぇねぇ」
 事実、彼はずっと「キング」という格闘家の事ばかりを考え、この店までやってきた。
「さて、ホア。そろそろ行くか?」
 ホアと呼ばれた、髪のない男がうなずく。
「そうだな。ジョー東のマネージャー兼トレーナーの、初仕事といきますか」
 二人の男は、バーの扉を開いた。
 そして目の前には、バー特有のきらびやかな世界・・・とは裏腹の、あれた店内が映し出されていた。
「なっ・・・なんだ!?」
 目の前の後継が信じられない二人は、こう言う他に言葉が見つからない。
 テーブルやイスと共に、何人かの男達が倒れている。そして店の中央には、若い男が一人佇んでいた。
「あぁ、お客さん・・・今日は店の改装工事中でね。悪いけど、営業してないんだ」
 男は笑顔と共に、平然と東達に言ってのける。
「いや・・・酒が目的じゃないんでね。人を捜してるんだが・・・『キング』って奴がここで働いているはずなんだが・・・」
 ホアが、若い男に話しかける。その男が「キング」だと確信した上で。
「・・・『キング』になんのご用で?」
 口調こそ丁寧だが、殺気を含んだ強い調子で聞き返す。
「勝負がしたい。それだけだ」
 今度は東が答える。この状況でも、試合という欲望を満たそうとする男なのだ。
「お前達も・・・か」
「も?」
 二人の東洋人は、何かと一緒にされたことに疑問を感じた。とはいえ、予測は出来る。答えは目の前で転がっている男達。もっとも、何と誤解されようが、東としては試合が出来ればそれで良い。
「いいだろう。相手になろう。僕が君たちの会いたがっていた『キング』だ」
 若い男はそう宣言し、かまえた。

 東もキングも、ムエタイの使い手である。東の構えはムエタイのそれであるが、キングの構えは独特のものがあった。元々タイを中心として広まった格闘技であるムエタイを、西洋人が会得することは希である。故に、独学で会得し、スタイルも独特のものになるのだろう。
「構えは妙だが・・・良い面構えだな」
 若いとはいえ、キングは見た目東と同年齢かそれよりも上。にも関わらず、まるで若手選手に対して激励する先輩選手のようである。誰に対しても東という男は、さわやかに威圧的なのだ。
「構えは問題じゃない。実力が問題さ」
「ちげぇねぇ」
 軽口をたたき合いながら、力量を牽制しあう。そして、ホアの口から試合開始の合図が放たれた。
「ファイト!」
 同時に東が間を詰める。それを予測してか、キングが蹴りを決めようとするが・・・それには間が開きすぎている。ミスか? いや、キングの技はただの蹴りではない。
「ベノムストライク!」
 蹴りから気弾が放たれる。一瞬驚いた東ではあったが、先のキング・オブ・ザ・ファイターズを勝ち抜いてきた実力者。取り乱しはしない。
 ギリギリのところで気弾を避け、その勢いを利用して体を回転。キングの顔面に裏拳を打ち込む。
 ガッ。
 あっさりと東の裏拳はガードされる。これだけの攻防ですら、二人には小手調べに過ぎない。
 ガードした腕で攻撃を払い、もう片方の腕で横っ腹へフックをたたき込もうとするキング。もちろんそれを予測していた東は払いのけられた勢いを利用して間を広げる。
「ハリケーンアッパーっ!」
 間を広げてから間髪入れず、すぐに十八番とも言える技を繰り出す。
 先ほどの東のように、やはり多少驚きはしたものの、キングはすぐに対策を打つ。
「ダブルストライク!」
 蹴りと共に放つ気弾が、東が生み出した竜巻とぶつかり互いを打ち消す。が、キングは続けて気弾を放っていた。1発目で生涯を取り除き、2発目を当てるつもりなのだ。
「もういっちょ!」
 考えていることは東も同じだった。先の竜巻に続けて2発目を生み出す。そした互いの2発目がぶつかり合い、消滅。
「ちっ」
 よほど自身があったのだろうか? いまだに一撃も相手に与えられない悔しさが思わずキングに舌打ちをさせた。
 一方東は、舌打ちをする余裕を見せない。ちょっとしたスキが、敗北を生むことを十分知っているからだ。互いの攻撃が打ち消しあったのを確認することもなく、すぐ次の攻撃へとうつっていた。
「スラッシュキーック!」
 気弾と竜巻が消滅し、一瞬小さな光を放ったそこから、東が跳び蹴りでつっこんでくる。
 舌打ちをしている場合ではなかった。すぐさま腕でガードをするが充分ではない。
「くっ!」
 多少ダメージを減らせたにしても、すさまじい痛みが胸と腕を襲う。
 相手が攻撃を食らい、バランスを失っているのを見逃す東ではない。いや、仮にバランスを崩してなかったとしても、畳み掛けて攻撃を続ける。それが東の真骨頂。
「おらおらおら!」
 拳が、蹴りが、いく手も繰り出される。それを何とか腕だけでガードするキング・・・腕だけで?
 東はキングのガードの仕方に疑問を感じた。そしてもう一つの事実に気がつく。極端にローキックを恐れているのだ。ムエタイの使い手ならば、足を絡めた攻撃はもちろん、ガードにも足を使う。それはローキックの恐ろしさを十分理解しているからだ。
 ローキックは一発一発のダメージは小さいものの、時間が経ってもなかなか回復しない。蓄積していけば、いずれ立てなくなってしまうほど、地味だが有効的で、恐ろしい技だ。故に足のガードは急所を外させ受け流すような方法をとるのだが・・・キングは足そのものに攻撃が当たるのを恐れている。受け流すのではなく、当たらないように避けているのだ。そのため当然バランスは崩れ、どんどん不利な状況へ追い込まれる。
「これが・・・あの『キング』か?」
 試合を見守っていたホアが、疑問を口にした。ギースから店を守るために闘い続けたキング。確かに最初の攻防は東と充分渡り合えるほどの実力だと思っていたが・・・この守りはあまりにも酷い。東の猛攻を不完全とはいえガードできるだけの実力があることは認めるが・・・。
「まさか・・・おいジョー! 試合中止だ! そいつはキングじゃねぇ!」
 ホアが一方的に試合中止を訴える。それに答えるかのように、攻撃を中断する東。
「・・・んなこと、とっくに気がついてる」
「え!?」
「・・・・・・・・・」
 東から意外な答えが返ってきた。
「最初っからな。構えが独特なのは自己流だとはいえ、あれは教えられて覚えた構えだ。自己流なら、もっと自然にかまえるだろうよ」
「じゃあ何で・・・」
 試合を始めたのか? 偽物だと気がついたのに試合を始めたのか。
「自分でキングを名乗ったんだ。男なら、公言した責任はとらなきゃならねぇ。ちがうか?」
「・・・・・・・・・」
 悔しそうな、それでいてまだ闘志の残った瞳を東に向ける、キングを名乗った男。
「本物が留守の間に、店を守ろうとしたんだろうが・・・チンピラ相手なら充分の腕だが、このジョー東様にその程度の腕で勝てるわけがねぇ」
 もう試合は終わった。ホアが中断した時点で・・・いや、結果なら、男がキングを名乗ったときから決まっていたのかも知れない。
「良い根性してるぜ。それは誉めてやるよ」
「店は・・・」
 誉められたことが、かえって屈辱なのか、怒りを込めて男が吼える。
「店はわたさない!お前達みたいなチンピラに、姉さんの店を渡せるか!」
「姉さんの店?」
 ここ、バー「イリュージョン」の経営者はキングである。それを姉と呼ぶということは・・・
「なるほど・・・キングの弟か。それで納得したぜ・・・ん?}
 男がキングの弟であることで、必死に店を守ろうとした理由はわかった。が、別の疑問が生まれた。
「キングって、女なのか!?」
 東とホアが同時にその疑問を口にした。
「・・・ホア! ちゃんと調べとけよ!」
「すまねぇ、俺はてっきり『キング』って言うから男だとばかり・・・」
 キングが女性であることを知っていれば、ホアだって彼女の弟を本物と間違えるなどと言うことはなかったであろう。
「お前達・・・姉さんのこと何も知らないのか?」
「しらねぇよ。ただ、ムエタイの使い手で、強えって事以外はな」
 それ以上、東にとっては知る必要すらない。
「なるほど・・・姉さんを知らないって事は、BLACK CAT’Sの連中じゃないのか・・・」
「なんだそりゃ?」
 サウスタウンに住む者なら、名前くらいは聞いたことがあるのだが、東もホアも、サウスタウンの住人ではない。
「このあたりを荒らし回ってるチンピラ連中さ。その辺に転がってる連中がそうだよ」
 くいっと、顎で男達を指すキングの弟。
「・・・こんな連中と一緒にするなよなぁ」
「・・・すまない」
 もっとも、一緒にされていることぐらいはすでに察していたであろうが。
「俺は、キングと試合がしたいだけだ。店がどうとか、関係ない」
「ははっ・・・」
 ちょっと疲れ気味の笑いがこぼれる。

「姉さんは・・・今この店にはいないよ。2,3日もしたら帰ってくると思うけど」
 普段は姉が守っている店を、留守中に襲撃された事。変わりに自分が店を守るために先ほどまで闘っていたことを東達に伝えた。
「僕の名は、ジャン。さっきも言ったけど、キングの弟です。普段はウエイターとバーテンダーを兼業しています」
 最初に出会ったときのように、丁寧な口調で自己紹介を始める。
「俺はジョー東。こいつはホア・ジャイ。ところで・・・一つ聞いて良いか?」
 東が試合中に感じていた疑問をぶつける
「何であそこまで、必死になって足をかばった? それさえなければお前は良い使い手になれるだろうに・・・もったいねぇ」
 本心からそう思っていた。東にとって強い奴こそ求めている人物であり、出会いたい奴らなのだ。ジャンは充分強いが、東と渡り合えるほどではなかった。あの足への尋常でない庇い方があるがために。
「・・・怖いんですよ。また歩けなくなることが」
「歩けなくなる?」
「僕は子供の頃、事故で歩けなくなっていたんです。その手術代を稼ぐために姉さんが格闘への道へ足を踏み入れることになったんですが・・・」
 後に手術代は極限流の猛者達に「ユリを助けてくれたお礼」として援助を受け、無事手術は成功。弟のためにためていた賞金はそのままここのバーを運営する資金へと使われたという。
「そして僕はリハビリの意味も含めて、姉さんからムエタイを無理矢理教わったんだ」
 歩けなかった少年が、店を守るために闘うようになるなどとは、教えていた姉も予想しなかったであろうが。
「なるほど・・・ムエタイを知っているから、ローキックの怖さを知っているからこそ、足へのダメージを怖がっていたのか」
 もったいない。東は再度思った。歩けなかった男が、あの足技による気弾を放てるようにまでなったのだ。技に対するセンスは抜群のものがあることがよくわかる。
「姉さんのムエタイは、主に足を使った技が多いんです。だからリハビリにはちょうど良いんですが、実戦で用いるには・・・僕にとっては・・・」
 あの気弾もそんな技の1つ。本物はどれだけの技を繰り出すのか・・・楽しみだ。東はすでに本物のキングとの一戦をイメージしていた。
「で、これからどうする?」
 ホアが話を切り替える。本物のキングがいない以上、彼らの目的は果たせない。
「そうだな・・・用心棒でもやるか?ここの」
「用心棒?」
 ホアとジャンが口をそろえて聞き返す。
「見ての通り、この店は主がいない間に襲撃された。BLACK CAT’Sってのがどんな連中だかしらねぇが、多分すぐにでもまた襲ってくるだろ。なら、キングが帰ってくるまで、俺達が用心棒をするってのはどうだ? 俺達にとっても、この店にとっても、悪い話じゃねぇだろ」
 たしかに、双方にとって悪いことではない。
「・・・良いでしょう。雇いましょう。本当は姉さんがいないのに決めて良い事じゃないんですけど」
「よし、決まり!」
「ったく、勝手に話を進めやがって・・・」
 マネージャーとして、なんにもしていない自分がちょっと悔しい。
「ただし、うちの店は用心棒という形では雇えません。ウエイターの仕事もして貰いますけどよろしいですね?」
「ん?別にかまわねぇよ」
 ただ注文された物を運ぶだけ。ウエイターの仕事をそれぐらい簡単な物としかとらえていない東。
「あぁ、俺もかまわねぇが」
 簡単に考えているのは、ホアも同様。
「わかりました。では早速仕事をしていただきましょう」
「今から? おいおい、この状況で店始められるんかよ」
 チンピラの乱入によってめちゃくちゃにされた店内。そしてそのチンピラはいまだ気を失って転がっている。
「ですから、店を始められるように大掃除から始めます。それもウエイターの仕事ですから」
 そして東とホアは、試合よりも疲れる重労働をさせられることになった。
 気を失った人間は非常に重いのだ。

to be continue

 

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