餓狼伝説vs龍虎の拳

第一章 引退試合

 

 サウスタウン。
 広大なアメリカならでは・・・いや、アメリカの中でも珍しいほどに「何でもある」街として名高い。
 港や空港といった主要施設だけでなく、チャイナタウンなどの民族街など・・・あらゆる施設や地域が集合する。そのためか、あらゆる富からあらゆる娯楽。その陰に隠れるようにあらゆる犯罪までもがそろっている。
 いや、犯罪は陰に隠れることなく、堂々とその姿を悠然と街の人々にさらしていた。ギースタワーとして。
 先日、「何でもあり」の街ならではの娯楽・・・「キング・オブ・ザ・ファイターズ」という格闘大会が行われた。
 この娯楽が何のために行われたのかは・・・表向きには明らかにされていない。わかっているのは、開催者は「犯罪の象徴」ギースタワーの主、ギース・ハワード。開催者自らも大会に参加し・・・後にサウスタウンの英雄と呼ばれることとなるテリー・ボガードに倒され、死亡したという事実。
 そして今英雄は、アメリカにはにつかわないが、「何でもあり」のこの街ではごく自然とその堂々たる雄姿をさらしている「道場」と呼ばれる日本式建物の前にいた。
 その道場には、「極限流道場・本部」と日本語で書かれていた。

「ここが・・・ねぇ」
「ピィ」
 道場を前に、二人の男と・・・一匹のヒヨコが、感嘆の声を上げている。
「ダックは、道場を見るのは初めてか?」
 赤い帽子をクイと軽く持ち上げながら、英雄テリー・ボガードがもう一人の男に尋ねた。
「あぁ。俺も世界中を旅してきたが・・・日本ってのは俺のダンスリストに載ってなかったからなぁ・・・行ったことがない」
 サングラス越しに道場を見上げながら、もう一人の男、ダック・キングが答える。
「ピィ」
 その男の答えに、彼の頭・・・モヒカンヘアーの髪から顔を出して、ペットのPちゃんも答える。
「日本にだって、舞踊ってダンスがあったはずだが?」
「あれは女のダンスだ」
「・・・そうなのか?」
「・・・たしか」
 ダック・キング。ブレイクダンスのエキスパートであり、その多才なダンステクニックを格闘に生かす男。彼のダンスに関する造詣は深い・・・はずだ。
「で、テリー。ここがリチャードの言っていた『極限流』とか言うドージョーか?」
 道場という建築物の見学が目的ではない。二人は・・・いやテリーは、「パオパオ・カフェ」の店主、リチャード・マイヤからこの道場に行くよう指示された。ここで、テリーの「迷い」が何なのかを自覚させるために。
「間違いない・・・13年前に来たときと何も変わってない・・・」
 何かを思い出すように、ポツリと言葉が漏れる。
「13年前? なんだよ。お前このドージョーの事知ってたのかよ」
「あぁ・・・13年前、まだ父さんが生きていた頃にな・・・」

「引退だと?!」
 二人の息子を連れ、ライバルであるタクマ・サカザキの元を訪れたジェフ・ボガードは、唐突な引退宣言に驚きを隠せないでいた。
「うむ・・・先の大会でな、体力の限界を感じたよ。息子達も充分成長したことも確認できたのでな・・・そろそろ儂も身を引く時期だろう」
 突然、家族を連れて道場に遊びに来いと長年のライバルへ手紙を出していたタクマ。彼は現役格闘家からの引退という人生の節目を、どうしても口答で伝えたかったのだ。
「そうか・・・お前が決めたことだ。俺からは何も言えまい」
 一代にして自己流だった空手の流派「極限流」を完成させた男、タクマ・サカザキ。その意志の強さは、長年彼のライバルとして共に技を磨きあったジェフが誰よりも一番よく知っていた。
 そんな男達の熱く堅い決意表明を、幼い二人の兄弟はじっと見守っていた。話している内容こそ理解できないものの、自分たちの父、ジェフの顔を見れば、いかに重大なことなのかと言うことだけは理解できている。
 そしてタクマの後ろには、彼の可愛い兄妹と弟子が控えている。
「そこでだ・・・儂の引退試合をこれから行いたいのだ。もちろん・・・儂の最後を飾る相手は、お前しかおらんだろう」
 言い終わるやいなや、スクッとその場を立ち上がるタクマ。ただ立っているだけで、周りを圧倒するような威圧感すら感じさせるその雄姿は、とても引退を口にした男のそれとは思えない。
「なるほど・・・家族で来いとは、そういうことか」
 タクマに続いて、ジェフも立ち上がる。タクマに負けない、威圧感を漂わせながら。
「リョウ! ユリ! ロバート!」
「はいっ!」
 タクマに名を呼ばれた三人の弟子達は、空手家特有の気合いのこもった声で答える。
「しかとその眼に焼き付けておけ・・・このタクマ・サカザキ・・・生涯最後の晴れ舞台を!」
「はいっ!」
 これからの試合、一瞬たりと見逃すまい。そういった気迫のようなものが声に含まれていた。紅一点である女性の目には、涙すら見受けられた。
「そして・・・テリー君、アンディー君」
「はっ・・・はい!」
 タクマの弟子達の気迫に押されていた幼い兄弟たちは、うわずった声でタクマに答えた。
「君たちもよく見ておくと良い・・・君たちの偉大なる父、ジェフ・ボガードの雄姿をな」
 ジェフの闘う姿を、これまでに何度も見てきた兄弟であったが・・・父がいつも口にしていたライバル、タクマとの試合はこれが始めてで・・・最後になる。家族を連れてこいと言うタクマの真意は、ここにあるのだろう。
「二人とも、下がっていなさい」
 いつも優しい父の言葉に、緊迫の色が載せられている。闘いが始まるのだ。兄弟は黙って、道場の隅へと下がる。

 二人の男が対峙し始めて、どれくらいの時間が過ぎただろうか?
 おそらくは、2分と経っていないだろう。だが、この場に居合わせた全員が、非常に長いこの沈黙の時間を過ごしている錯覚に襲われているであろう。
 まだ続く。
 まだ続く。
 どこまで続く?
 この緊迫した雰囲気に、幼い兄弟は耐え続けられるほど、まだ心の修行が出来てはいない。しかも、見よう見まねでタクマの弟子達と同じ「正座」をしていたのだ。足に限界が来ている。
「イテッ!」
 耐えかねた来客の兄が、足を崩した。
それがまるでゴングとなったかのように、静から動へ、、二人の男がぶつかり合った!
 ガシッ!
 鋭いとも鈍いともとれる・・・格闘独特の音が道場に響く。
 そして再び動から静へ・・・ぶつかり合った腕を動かさず、にらみ合う二人。そして、ニヤリという擬音が聞こえてきそうなほどの、楽しそうな表情を浮かべている。
 そして、時は又動き出した。
 激しい音が幾たびも、道場の中に響きわたる。
「セイヤッ!」
 タクマの回し蹴りが、ジェフの頭部をとらえる!
「くっ!」
 直撃をくらい、ふらつきながらも・・・ジェフは耐えていた。そして、
「ハァッ!」
 左の握り拳をタクマの腹部へ! 回し蹴りを終えたばかりの体制では、よけることは不可能。
 強烈なボティーブローをくらったタクマは、そのまま吹っ飛ばされ、道場の隅に。
 しかしジェフも、頭部のダメージから回復し切れていない・・・
 吹っ飛ばされたとはいえ、無理な体勢からのボディーブローは、鍛え抜かれたタクマへは大したダメージにはなり得なかった。
 距離があるとはいえ、タクマにとって絶好の機会!
「飛燕疾風脚!」
 まさしく疾風のごとく、タクマの跳び蹴りが再びジェフの頭部へ! そして間髪入れずに空中で回し蹴りがさらにジェフを襲う!
「がはっ!」
「父さん!」
 息子達の心配をよそに、倒れようとするジェフ・・・だが、
「チィッ!」
 倒れ込もうとした体を片手で支え、後方に片腕の力だけで飛び退く。
「・・・何が引退だ・・・まだまだ現役で行けるだろう」
 素早く体制を戻しながら、毒づく。
「全力で行けるうちだからこそ、引退するのだよ・・・」
 極限流独特の構えを保ちながら、言葉を続ける
「父として、師匠として。強いままの儂を見せられるうちにな。だからこの最後の試合は・・・負けられんのだよ。ジェフ」
「なるほど・・・華を手向けるつもりで負けてやるのも良いが・・・俺も息子達の前では、負けられんのでね」
 男として、格闘家として、父親として・・・二人の維持が、再び炸裂する。
「バーンナックル!」
 間合いを一気に詰め、ジェフの拳がタクマの顔面へ・・・だが、
「フン!」
 紙一重というところで、ジェフの一撃はかわされた。しかし、これは予測された行動。
 はじめから勢いを殺していた一撃は、かわされた直後に次の行動へと移っていた。
 その場でしゃがみ込み、逆立ちの姿勢をとったまま垂直に回転して飛び上がる!
「ライジングタックル!」
 不意をつく攻撃に、後ろからまともに攻撃を受ける・・・はずだった。
「あまいわ!」
 ジェフの計算された一連の動作は、タクマに全て読まれていたのだ。
 よけると同時に反転したタクマは、逆立ちのまま無防備となったジェフに無数の攻撃を連続でたたき込んでいった!
 いくつもの打撃音が響き、ジェフの体をずたずたにしていく。
「父さん!」
「父さーん!」
 息子達の悲痛な叫びもむなしく、ジェフの体はぼろ雑巾のように道場隅へ吹き飛ばされていった。
「覇王・・・」
 これでは飽きたらず、タクマは止めの一撃のために気力を振り絞っていた。
 誰もが、タクマの勝利を確信していた。
 たった一人を除いて。
 気力をためているタクマは無防備だった。
 立ち上がることもできないと思われた男が、素早く起きあがり、バーンナックルをたたき込む!
 いや、バーンナックルなのか? 渾身の一撃と呼べるその拳は、光り輝いているようにも見えた。
 そしてたたき込んだ右腕を、さらに気力をためるように左腕でつかむ。
 爆発させた気力は、タクマを包むように襲った。
 そして、勝負はついた・・・。

「生涯最後の試合を・・・君のお父さんと出来たことを、本当に誇りに思う」
 極限流道場。
 門をくぐった二人の成年は、生きた伝説とも言える空手家、タクマ・サカザキの昔話に耳を傾けていた。
「あの土壇場で、全く新しい技を生み出すとは・・・見事の一語につきる」
 懐かしむように語る男からは、ジェフと同じ暖かさをテリーは感じていた。
「あの後、バスターウルフと命名していました。いつか・・・俺も会得したいと思います」
 タクマとの試合でしか見せたジェフの新必殺技「バスターウルフ」は、生涯たった一度の大技となってしまった。
 この試合の3年後、ジェフは新しい技を息子達に伝える前に・・・ギースによって殺されてしまう。
「君になら出来る・・・と言いたいが、今のままの君では無理だろう」
 暖かかったタクマの雰囲気が、一転して厳しいものへと変わっていく。
「俺が・・・迷っているからですか?」
 テリーの本来の目的。自分自身の迷いを知る。いよいよ本題か・・・。
「論より証拠という言葉が日本にあるが・・・実戦で確かめるのが一番良いだろう」
「実戦? だってあんた、現役引退してずいぶん経つんだろ?」
 不躾な質問を投げかけるダックに答えるまもなく、道場のふすまが開けられた。
「タクマさん・・・お客様にはお茶でよろしかったでしょうか?」
 着物姿の女性が、かしこまりながら道場へ入ってきた。
「Oh! ゲイシャガールか・・・舞とは大違いだね」
 質問を投げかけたことすら忘れ、二人の若者は女性に目を奪われた。
年は30前後か? しなやかな動きとは裏腹に、全く隙のない動き・・・
「極限流の方ですか?」
 突然の質問は失礼と知りながらも、訊かずにはいられなかった。
「いや、我が道場の人間ではないのだが・・・」
 と前置きした上で、タクマの次の言葉に、二人は驚かされることとなる。
「彼女の名は藤堂香澄。テリー君、君には彼女と試合をしてもらおう」

to be continue

 

 

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